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さてもさても皆の衆。
此度、舞い降りた世界。紳士淑女の皆様はどうか心ゆくまで、繊細な“花”と“愛”に心繋ぎとめて下さいませ。
第七回「Fantastic」――開幕。
●Ich liebe dich:星杜 藤花(
ja0292)&星杜 焔(
ja5378)
――あなたを愛している。
甘い旋律のようなこのフレーズは、とある国ではそうそう口にしないという。相手の全てを知った上で零せる奇蹟――それ程、大切な言葉なのだ。だからこそ、伝えよう。
雪片がふわふわり。
本日の日和、パウダースノーが二人の“優しい聖域”に吐息を零す。
冬の静けさ、枯淡な白、雪月花なその風景に佇むのは――焔と藤花。
「(……ねえ、藤花ちゃん)」
始まったのは青春の悲しみだったのか。それとも、恋であったのか。
俺を好きになる人なんている訳がない――。
「そんな風に心を閉ざしていた俺の心に白く咲いたのが、藤花ちゃんという花だった」
焔は表情穏やかに、春色で彩るスーツの胸ポケットへ、そっ、と指先を添えた。微かに、だが、確かに触れた真白――プリムラ・シネンシス。
俺の悲しみを和らげてくれたきみ。
俺の悲しみを共に抱えてくれたきみ。
俺の青春に色彩を取り戻してくれたきみ。
「生きる意味をきみがくれた」
ペリドットとルベライト――プリムラの葉を染める色彩は、決して離れる事がない二人の心。
「きみと俺の瞳の色だと、今だけはうぬぼれても良いだろうか」
その、花言葉の一つに赦されるのなら。
彼の想いに応えるかのように、藤花のバレッタに挿したプリムラが雪の涙で揺れた。
サイドを編み込みでアレンジした淡い栗色の髪は、上品と可愛らしさを兼ね備えたハーフアップに。その毛先は緩く、羽根のように戯れている。
「(……ねえ、焔さん)」
童話の森にいるような少女をテーマにした白のワンピースは、プリムラ・シネンシスをイメージしていた。
ナチュラルなパフスリーブが、藤花をより女性らしく印象的に魅せる。
切り替えのハイウエストには、ふんわりと重なるシフォンリボンを。五枚はぎスカートは、可憐に舞う花弁をイメージしたハートのフレアシルエットだ。ワッシャー加工の生地が肌に爽やかで、ロング丈の裾レースを染める緑は葉をイメージしている。インナーには、ふわりと可愛らしくペチワンピースを合わせた。
柔らかい春メイクな彼女の雰囲気は何処か、森風にそよぐ妖精めいている。
――幼い日に芽生えた小さな恋心。
きらきら光る銀の髪と吸い込まれそうな蒼い瞳。それは五つの時の焔さん、貴方でした。
「けれど、貴方の身に起きた哀しいことを知って、幼いわたしはその思い出を意識の底に沈めてしまった。貴方と再会して、それと気付くまで忘れていたのです」
日々を過ごすことで見えなくなっていたのは、素直な本当の気持ち。
それでもわたしは貴方の傍にあると誓った。
三つの時の気持ちを大切にしたかった。
たとえそれが自己満足に過ぎなくとも。
それでも貴方の傍にいるだけで、わたしはとても優しい気持ちになれる。
だからこそ、これまでに沢山あった辛いこと、哀しいこと――。
「貴方の傍で支えていきたい。そう願っているのです」
見つめ合う二人の瞳が、昔の面影を胸に、心に刻んでゆく。
粉雪が微笑に溶けてゆく――。
「俺の心をきみに捧げよう。きみの心を決して裏切らないと誓おう。
――永遠の愛をきみと咲かせよう」
藤花への愛情を面と心に灯し、その微笑みと共に“証”を捧げた。
プリムラ柄でデザインされた刺繍のレースに飾ったのは、焔の手作りチョコレート――プリムラの花冠。茎の周りを輪になって咲くハート形をイメージしたのは、その花言葉の由来故。
藤花は穏やかな視線を焔の手許に置くと、一度、緩慢な瞬きをした。そして、小さな掌をそっと彼の頬へ添わせ、柔和な微笑みで“応え”を返すと――、
光の羽根が舞った。
焔の背に、真白の翼が“今日“という誓いを立てる。
止まない雨がないように、明けない夜がないように、やがて芽吹く花のように――訪れる“春”に“冬”も心溶かすのだ。
虹色に晴れる花畑、一片舞う花弁の風、幻想的な色彩の奇蹟――それらだけが唯々、焔と藤花を包んでいた。
冬に咲く白い可憐な花、プリムラ・シネンシス。その花言葉は――“永遠の愛”。
●白の世界、唯一つの永遠(愛)を探して:白蛇(
jb0889)
「色取り取りの薔薇を使うのも考えたが、折角じゃ。わしの髪も白、服も白。ならば全て白一色で、白薔薇の茎蔓の緑のみ色がある――というのも良いじゃろう。無論、千代古齢糖も、ほわいと、でな。
……む、わしの瞳も金じゃったな。
これといったもちーふは無い……が、わしが思う真理と、薔薇に託された想いを込めたつもりじゃ」
――と?
「何じゃ、藤宮教師。わしに見惚れておるのか?」
「いや? 意外と花が似合うんだね」
相変わらず何て無礼な男なのだろう。
白蛇の手から放たれたお馴染みのハリセンが彼の額に直撃したところで、彼女は雪景色へ温い吐息を零したのであった。
さらさら――粉雪の息が空を舞う。
白の世界を白で飾るのは101本の白薔薇。光を透過する白妙を導くかのように中央で佇むのは、白蛇だ。彼女の金の双眸が辺りを――世界を求む。白いハート型のチョコレートを見つけようとする間違い探しの如き遊び心も密かに隠れてはいるが、それだけではない。寧ろ、その行動こそが真理を表現しているのではないだろうか。
「愛が唯一つかは種別もある、議論の余地があるじゃろう。しかし、愛は漫然としても中々見つからぬ」
自身の物であれ、他者の物であれ。
「故に……愛を欲するなら、愛を探せ。他者の内に、自らの内に――」
清純で素朴な香りが白蛇の頬を撫でた。
聞こえるのは、彼女の柔らかな足音。
「他の花もそうじゃが、薔薇の花言葉は大量にあってなぁ……花言葉辞典のような物を見ても、各々違った言葉が載っておる。“美”や“愛”といった共通点はあるが、な」
清らかな容花の如き白蛇の面が、明らめるような――彼女らしい穏やかさを色づける。
「薔薇は部位にも花言葉があるのじゃ。茎は“私を悩ませる”。葉は“希望”、“頑張れ”――数でも意味を持つのは有名じゃが、101本は永遠を意味する。……そうじゃ」
全てが。
人々がどれだけ薔薇を好み、想いを託してきたか分かる事柄――。
「む? 千代古齢糖がどこか、じゃと? 決まっておるじゃろ……愛は胸に抱くもの」
胸の前で組んでいた両腕の中から面を覗かせるのは――……。
愛と美と、“神”が抱く深い愛着。それは果たして、“勤め”であるから――それだけなのだろうか。
●Souvenir heureux:春都(
jb2291)&ダイナマ 伊藤(jz0126)
「ダイ先生は……ここ、です!」
二人の舞台は花畑であった。
赤、黄、白、桃――柔らかい色彩の頭花を微睡むかのように揺らすのは、ヘリクリサム。
彼の大きな手を引いて、春都は自らの心に決めていた“目印”――その立ち位置へとダイナマを誘導した。
「ん? オレの足許に橙色のヘリクリサムが一輪、混ざってんぞ?」
「まっ、混ざってるんじゃなくて、この花畑で“唯一”の橙色なんで――って、……もう。
ええと……世界観はヘリクリサムの花言葉、“記憶”や“思い出”を表現してみました」
ダイナマの切れ長な双眸が、彼女の動作を追う。
春都の印象が何時もと異なるのは、ロングウィッグの所為だけではない。
ヘリクリサムを思い浮かべたワンピースは、黄色から赤色へかけてのグラデーションが目を見張る程に美しい。肩を楚々と彩るのは白のストール。メイクは軽めに、アースカラーをベースにした。知的な印象を与え、大人っぽい雰囲気を演出している。
対して、ダイナマは黒のジャケットをベースに黒パンツを合わせたシックなコーディネートだ。インナーには白のカットソー。シルバーのフェザーネックレスでアクセントを付けていた。
――蜂蜜のような甘い香りが揺れ動く。
その香は、花は、色鮮やかな“楽しい思い出”。そして、点々と存在するのは枯れた花(こころ)――“哀しい記憶”。
「絵の様な花畑と悩んだのですが……今日は心の儘に表現すると決めたので」
既に咲いた花の色は変えられない。
だが、
「……大切な人の未来は沢山の幸で溢れてます様にって願わずにはいられませんよね」
開花をじっと待つ蕾は色鮮やかに咲き誇って欲しいから。
だから、先ずは今日を鮮やかに。
貴方に――。
「えへへ、ダイ先生に贈り物です」
春都が小さな籠から一つ。リボンを添え、感謝の想いを込めたワインレッドの箱――手作りのチョコレートを取り出す。
そしてもう一つ。
いや、二つ――。
「迦具山さんに作り方を教わって、喜びが続く様祈りを込めて編みました。ヘリクリサムの花冠です。……頭に飾りませんか? 一緒に」
橙の色彩に、今、この瞬間の記憶を乗せて――貴方と、私に。唯、伝えられますように。万感の想いを笑顔に、
「いつも照らしてくれてありがとうございますっ」
――私の“太陽”へ。
小さな橙花は、自身の花冠に手を添えて心に誓う。
足許で揺れる花でいい。俯く時はそっと照らしたい。Helios(太陽)chrysos(黄金)の意を示すヘリクリサムのように――と。
その手に、大きな掌が重なった。
「万が一、春都の心が真実を見失いそうになったら何時でも仰げ。オレがお前を照らしてやんよ」
●l'unique:木嶋 藍(
jb8679)&藤宮 流架(jz0111)
花も、甘いチョコレートも、大切な人達も、目の前の愛しい人も――私を笑顔にしてくれる、大切な“唯一”。
「流架にはシンプルな白いシャツに深い濃紺のパンツと……あ、ピアスはいつも通りで。シンプルでいいよ、流架はそのままできれいだから。
……流架?」
「――、あ、ああ」
「? あと、これを」
藍の指先が、三輪の山桜を流架の胸元へ添える。
赤、薄紫、白――三色の組紐で束ねた藍の“倖せ”を、揺らがない形に。
「いつも私達を支えてくれるみんなのイメージなんだ」
人知れずひっそりと山の中で咲く桜色と共に――“あなたに微笑む”。
春の柔らかさが風景を包む。
空は水色。その揺蕩う水面のない空に、細波が息をした。泉を抱擁するかのように取り囲む満開の山桜の花弁が風に散ってゆく。後には、残滓の舞いに身を任せ、ゆったりと泉を流れる花弁達。
藍の、海を纏ったような青翡翠色のシフォンワンピースが泉のせせらぎに吹かれる。山桜の花冠が映える濃紺な髪は緩く巻き、揺れるその様は穏やかな波の如き流れだ。
岸に佇むのは彼女の“光”――流架。
青い羽根を守るように閉じ込めたアンティークな鳥籠を指先に掛け、泉の中心に立つ藍と向き合う。その様は“青い鳥”のワンシーンのようだ。
流架、いつも通りでいいよ――そう、声をかけようとした藍は彼の瞳を眺めて察する。彼の眼差しが、心が、余情に惹かれているのを。しかし、藍は垣間見える“昔”の流架の面影すら、愛すると決めたから。だから、
おもいのさきへ。
「作ってみたんだ、はい、あーん」
桜の花弁を飾ったガナッシュチョコレートを手に、藍は悪戯心のある微笑みで、流架の唇へ、ちょん、と甘い味と香りを当てた。そして、吐息を零す。
「本当は鳥籠なんかなくても、ずっと、唯一のあなたのために微笑むよ。だから、傍に居て。ずっと笑って。幸せでいて――。私は私の我儘のために、祈るように……そう願う」
言葉の赤い糸で繋ぎとめた結び目に、流架の募る想いがそれを永遠とする。
「……過去に、少々当てられてしまったのかな。俺にとって桜は癒しであり、真理であり、狂乱なんだ。だが、揺るぎない。君と……藍と同じだ。
俺は、俺の手を引いて羽ばたいてくれる“唯一”を探していたのかもしれない」
夢に描いた世界は、これからも二人の目の前に継いでゆくことだろう。
●桃染の兎は藤に染む:不知火藤忠(
jc2194)&御子神 凛月(jz0373)
「――花の選定理由? そうだな……何となく凛月が藤を身に着けた姿を見たくなったんだ」
紅裙な面を仰いでいた凛月が「……ふむ」と、藤忠から視線を外し、自身の装いに桃染を落とした。その動作に、凛月の髪を緩く結い纏めた藤の髪飾りが揺れる。
「綺麗だ、凛月」
そう零した藤忠が、ふと、首を傾げた。
「(年下には可愛いとしか言った事が無かったんだが)」
「んむぅ? あ、ありがとう。……藤忠の色で飾りたかったのかしらね、私を」
「――」
着慣れない洋装でもじもじする彼女の横顔は、目を見張った藤忠の意に気づいていなかった。
時の舞台――大正。
夕暮れの蒼が濃くなる下、ランプ灯の仄かな明かりに浮かぶ景色は二人のひと時を重ねる。
紅色のマーメイドラインドレスの裾を泳がせてパーティーを抜け出してきたお嬢様――凛月。彼女が向かう庭の先。そこには、藤忠が軍服の外套を夜風に戯れさせながら、任務帰りの足で彼女を待っていた。
逢瀬を喜ぶ凛月の言を、藤忠は一粒のチョコレートで塞ぐ。何も言うな――彼の親指が彼女の唇へ添う。藤棚の下、月光に照らされ見つめ合う二人は慎ましやかに美しかった。
はにかむ凛月の微笑に、藤忠は切なそうな面差しを向ける。口許に浮かんだ彼の微笑みは、“お嬢様”への片恋を宿す“軍人”の情だ。
――そう言えば、と。藤忠は、凛月にも懇意にしている者がいると聞いていた。
「流架と藍は付き合っているが、お前は……」
……ん?
「何となく聞きたくない、ような?」
「……なによそれ」
「何だろうな。過ぎった可能性に俺まで酔った気分だ」
「え?」
「いや。藤の花言葉は“恋に酔う”だから、コンテストに相応しいと思ったんだが……俺は妹分の護衛任務で学園に来ている。それに相手は名家のお嬢様。設定通り釣り合わない上、相手の存在まで聞かされたら……また気持ちに応えて貰えない気分を味わうのか」
「藤忠?」
「……それでも藤を身に着ける凛月は綺麗だ」
紅の瞳が凛月を映す。
「花言葉、“決して離れない”もあったな。もし俺がそう言ったらどうする?」
そう揶揄って、藤忠は彼女の頭を撫でた。
「(さて、どうするべきか。といっても会ってまだ間もないんだ。もう少し傍でお前の事を知ってから深く考えても遅くはないな。藤の香に酔っただけかもしれないし……な?)」
胸の内に灯した想――しかし、
「藤忠は私の傍にいればいいのよ。それに、私に“酔った”なら許してあげてもいいわよ?」
彼女の無自覚な不意打ち。
かかりたるは、どちらか。
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――おや、コンテストの結果が届いたようですよ。
栄誉に輝いたのは、
白蛇サマ、そして、星杜夫婦の御三方!
おめでとうございます。
皆々様方、甲乙つけがたい素晴らしい“ファンタスティック”をありがとうございました。
第七回「Fantastic」これにて、閉幕――。