●
朝まだき。
――の、二時間後。
「――……くー……ん……ぼー……」
ピピピピッ、ピピピピッ――。
藤宮 流架(jz0111)は微睡んでいた。
枕元の目覚まし時計が、けたたましく悲鳴をあげている。
「(……まだねむい)」
毛布を引き摺り上げると、流架は頭からすっぽりとそれに包まった。
「――……るー……くーん……そーぼー……」
五月蠅い。
流架は毛布から片手だけを出し、目覚まし時計のスイッチを手探りに切る。
しん……。
「(ざまあみろ)」
むにゃむにゃ。
流架はまた眠りの中へ落ちかけ――、
「流ー架ー君ー……あーそーぼー……」
……。
全く心の籠もっていない“耳慣れた”呼び声。
第二の目覚ましを用意していた憶えはない。流架は寝惚け眼で毛布の隙間から枕頭を窺うと、正座をした置物人形のように“ソレ”は居た。
「…………なに?」
朝駆け忍軍――夏雄(
ja0559)です。
・
・
・
十一月四日。
秋の頃の高く澄み渡った空。
本日も晴天なり。
「――ということで、参上つかまつり候。
やあ、おはよう流架君。最近鈍っていると指摘されたからね、訓練を所望するよ。私の安全第一ということで、得物は竹刀でよろしくだ」
紅葉はらはら。
桜の木の庭で対峙するのは、寝起きの教師とてるてる坊主。互いの右手には夏雄が持参してきた竹刀ということでやる気は充分。
「……ん? もう始めていいのかい?」
「うん。いつでもどうぞ――」
ッひゅ、
「だ?」
――ぐるぐるぐるぐるぐる、
「先生、朝餉食べてくるから。君もお腹空いていたらおいで」
どてーーーんッ!!!
「う、うん……だいぶきゅうけいしてからごちそうになろう、かな……ぐふぅ、う……」
なにがどうしてこうなったのか。
実は事前に、朝駆けのアポイントメントを御子神 凛月(jz0373)にとっていたのだが……その結果がコレ。果たして意味はあったのか。お腹痛い痛いポーズで蹲る夏雄は暫く悶絶していた。
凛月君が作った味噌汁美味しかった。因みに具は山芋とわかめだった。by夏雄
一服後、夏雄は朝餉をご馳走になったお礼に、流架の妹の桜香と共に骨董品店「春霞」の開店準備をしていた。
流架がのんびり寝間着から着替えていると、外から「おはよー!」と、まるで一日の始まりを告げる“お日様”のような、そんなぽかぽか陽気の声音が響いてくる。
「――おや、藍君。いらっしゃい。今日は君のシフトだったかい?」
流架が縁側から顔を覗かせると、木嶋 藍(
jb8679)が玄関先からだだーッと走って来た。
「えへへー。お迎えに来ました!」
「やや? 迎え?」
Σおっとと。
藍が慌てて口を噤む。実にわかりやすい。
無言で問い質す彼の視線に藍が脂汗を流していると、助け舟の夏雄が参上。
「やあ、藍君。流架君と一緒に花屋に行く約束だったよね」
「は?」
「え? ――あ、そうそう! 友達にプレゼントする花を選びたいから、臣さんの所に連れて行って下さい!」
「……そんな約束していたかい?」
「したよ! いま!」
「……」
「ああ、店番のことなら気にしないでいいってさ。君の妹君からの伝言だ。――おっと、私もそろそろ時間だ。ん? いやなに、これからデートなんだ」
「ほう、でーと……デート!? 君が!?」
「失礼な桜餅だね」
「相手は人間かい? それとも妄想かい?」
「HAHAHA。本当にがっつり無礼なおのれ桜餅だ」
「ほら、先生。なっちゃんのデートの邪魔しないの。私達も行こっ!」
ぐぃ、と腕に寄ってきた藍の笑顔に心惹かれる流架だが、夏雄との別れがどうにも名残惜しいのは勿論――夏雄のデート発言の所為。だが、藍の前で駄々を捏ねている場合ではない。此処は大人しく彼女をエスコートだがしかしめっちゃ気になるけどね。
「――ああ、そうだ。流架君。
今日のラッキー行動は良い行いをした頑張った子を目一杯褒める事だ。じゃ、またその内」
白い掌ひらひらひら。
訝しがる流架を藍に任せ、忍軍は“彼”との待ち合わせ場所へ向かい始めた。
「さて、今日の彼はちゃんと服着てるのかな。出来れば冬仕様だといいな……薄着は見ていると寒いんだ」
とことことこ。
●
鳩を模った木製の看板。
何故か“カッコー”と鳴く北欧風の鳩時計。
本日貸し切りの喫茶店「Cadena」。
既にパーティー用の料理の仕込みを始めていた店主の漣 悠璃の店に、チリリンと来店合図の鈴の音が。
「こんにちはー……」
「あら、咲月さん。いらっしゃーい」
「悠璃さん、後でコンロ借りていい……?」
「もち。色々好きに使っていいわよん」
常塚 咲月(
ja0156)は穏やかに目笑すると、肩にかけていたトートバッグを下ろした。前日に流架を借りると桜香に根回しをしていた彼女――藍の荷物と楽器が既に置いてあったので、その隣りに。そしてミニショルダーバッグを肩に下げると「ちょっと行ってきます……」、早々に店を出た。
「んー……風、気持ち良い……」
丘の金風。
琥珀に染まった咲月の髪が、まるで旋律を奏でるかのような流れで美しさに揺れる。
下り坂を終え、右に。
ショッピングや散歩にも楽しいお洒落な通り――音羽通りへ出た。
周囲の店に視線と心を奪われながら咲月が訪れた店は、「Quartet」。流架の学生時代からの“悪友”、迦具山 臣が経営する花屋だ。
「こんにちはー……んと、竜胆と……ブルースターをプレゼント用に……」
「おや、常塚さん。こんにちは。ふふ、彼に、ですか?」
「おー……バレた……。あ……あと、別でベロニカがあれば下さい……」
「はい、少々お待ちを」
花と緑の空間でぼんやり佇むこと、三分。
すっきりとした花姿と淡い青色のロマンチックな小花が、山吹色のクレープ紙で丁寧にラッピングされた花束と、爽やかな花色のベロニカを臣から受け取った咲月は満足そうに微笑んだ。花束を大切そうに腕に抱えた彼女は臣に礼を伝えると、来た道を緩やかに戻っていった――その僅か数分後。
「――っと、今度は流架本人ですか」
「は?」
「いえ、此方の話です。お二人共いらっしゃいませ」
藍の要望で訪れたのは勿論、藍と流架。
ネイビーな娘さんの実家は花卉農家ということで、彼女の瞳は海の底に沈む瓶欠片のように輝いていた。
「わ、わ……! すごい! 花の洪水! わーっ、わわー!」
「ふふ。木嶋さんのお眼鏡に適う花はありますか?」
「あ、騒がしくてすみません……! 花揃えが豊富で興奮しちゃいました。えっと、冬桜とピンクのチューリップをお願いします! ――それと、」
ささやかではあったが藍の声音が落ちたので、気を利かせた臣が自然な仕草で彼女に耳を傾ける。
「今日、悠璃さんのお店で先生の誕生日パーティーするんです。是非寄ってください、きっと先生喜ぶから!」
「ああ、ありがとうございます。実は斉さんの方から、会場に生ける花をご注文頂いているんですよ」
「わぁ、さすが凛ちゃん!」
「私がお邪魔出来るのは閉店後になりますが、それで宜しければ」
「はい! みんなで笑って、歌って、美味しいもの食べて――幸せを伝えられたらいいなって!」
「……」
「あ、なんだか単純で恥ずかしいな……私、語彙力なくて」
「いえ、……なるほど。ふふ」
意味深い微笑みを浮かべる臣の流し目の先には、バツが悪そうに背を向ける流架。
只、藍だけが「?」――きょとんとしていた。
そしてこの頃。
喫茶店「Cadena」では、Cherry blossom sticky rice cakeがRehni Nam(
ja5283)の手によってinされようとしていた。待て次回!
・
・
・
涼しげで艶のある美しい銀髪はシュシュで項の位置に束ね。
機知に富んだ黒い瞳がきらりん。
パレットナイフじゃきん。
「そんな時間はないのです。生ものは腐りやすいので早々に、早々に!」
作って、そして美味しく召し上がっていただければそれで!
「先日の依頼から、ほとんど先生と顔を合わせる機会がありませんでしたし……今回は丁度良い機会です」
Rehniが腕捲りをして製作していたのは、流架の好物である桜餅のinを可能とした桜餅型ケーキ。そう、その計画の名は“桜餅インケーキ計画”。まんまだが、そこは御愛嬌。
前日に用意していたスポンジは6号。
実質、食せる部分は4号くらいになりそうだがそれは想定の範囲内。
ショートケーキの形状は楕円に近いが、中央は納める桜餅のサイズに合わせてくり抜いている。勿論、納める部分と蓋の部分で二段だ。
「クリームは、ほんのりピンクの桜クリームなのです。ウエハーペーパーでケーキと仕切って……昨日作っておいた桜餅を入れましょう。私もフジミヤ先生と同じ道明寺の漉し餡派なのですが、粒餡も好きなので入れてしまいましょうたぶんだいじょうぶなはずなのです」
確信のない大丈夫で、そっ……と蓋をした。
「その上から桜クリームで飾りつけですね。葉っぱは抹茶チョコで再現して……完成なのです!」
惜しくもin出来なかった桜餅はそのまま召し上がっていただきましょう。
漉し餡粒餡15個ずつ作ったので、全員のお口へはもちもちしていただけるはず。
ふぅ。
額に光る滴を手の甲で拭い、Rehniは一息ついた。
そんな彼女と背中合わせの位置で、黙々と鯛料理の下拵えを行う神様――白蛇(
jb0889)
「藤宮教師のさぷらいず誕生ぱーてぃーか。一口噛ませて貰おう」
そう口にしながら白蛇が「Cadena」の扉を開いた時、彼女の右手にはびちびちびちーーーッと新鮮な鯛が逆さ踊りをしていた。活きよすぎ。
「ふむ、刺身は捌きたてが良いのだが……致し方ない。先に盛っておくかの」
切った刺身を備前焼の黒皿へ。
開花した白蓮のように美しく盛り付け、大根のけんを一山置き、大葉を立てかけレモンスライスを飾る。
お次は鯛をまるまる一匹使った鯛めし。
「土鍋は……と、ここじゃったか。鯛は焼き網で表面を焼いておくかの。香ばしさが出るのじゃ」
出し汁、研いだ米を土鍋へ入れ、中央に昆布と鯛を乗せる。
混ぜ合わせた調味料を注ぎ、蓋をして――強火。
「ふむ、そろそろ“交代”の時間か。荒汁は用意出来たが、煮付けはどうするかのぅ……出ている間に火にかけていれば丁度良いか?」
「差し支えなければ、わたくしが火の番をいたしましょうか?」
「おお、斉殿。めいどである主に任せておけば安心じゃの。すまぬがよろしく頼むのじゃ」
「ふふ、行ってらっしゃいませですの」
柔和に微笑んで白蛇を見送ると、斉凛(
ja6571)は火の加減を調整しつつ――その隣りで手際よく自分の作業を捗らせていた。以前、凛月から教わった流架好みの和食な肴を何品か用意しておく。
そして――。
「ご指導のほどよろしくお願い致しますですわ、悠璃さん」
彼の心を少しでも花浮かせたく、悠璃の“技術”を“猛特訓”する凛。
中途、一息入れる頃合いを見計らったかのように、凛が注文していた生花が配達された。十月桜、スターチスにポインセチアだ。
――さり気なく“甘い香り”が添えられていて。
「まあ、マドレーヌの差し入れまで……臣さんのお心遣いに感謝ですわね。折角ですので、このお菓子に合う紅茶を皆様にお淹れ致しますわ。
……ご主人様は今頃、何をされているかしら?」
その彼はというと――、
・
・
・
「主のお勧め、お気に入りはどれじゃろうか?」
「だったらこの白餡の桜餅が――」
「却下じゃ」
「えー」
「えー、ではないわ。偶にはぴんく色の菓子以外を選ばぬか」
白蛇おばあちゃんと連れ立って和菓子店におりました。
『おお、藤宮教師。良い所で出会った』
と、偶然を装っていた白蛇であったが、勿論、藍と示し合わせがあってのこと。だが、白蛇自身、彼に用があったのは事実なようで。
『祝い用の和菓子を探しているのじゃが、普段わしが購入している店以外で求めたいのじゃ。お主ならば良い店の一つや二つ、知っていよう。済まぬが案内――もとい、紹介を頼むのじゃ』
ということで、むんずと流架の袖を掴む白蛇。
『じゃあ、俺の家の近所にある店へ――』
『いや、其処は前に行ったことがある故、他店を所望する。お主の家から多少離れていてもよい』
『えー』
『若人がわしの前で文句を垂れるなど百年早いわ』
ということで、ぐわしと流架の袖と肉を掴む白蛇。
Σいてて。
なんだかんだでそんな二人。
白蛇は結局、栗最中を11個――パーティーに参加する人数分の個数を包んでもらった。と、何故か別包装でもう1個。問うてきた流架へは「わしの分じゃ」と答えたが、それは体のいい返事で。
「(さて、時間稼ぎも出来たことだしの。この辺りで一度、藤宮教師の家に戻るか。家人への手土産も買えたことだしの)」
少々お邪魔させてもらう為、そのお礼ということで。
――さて、再び「Cadena」へspotを当てよう。
●
どんとこい食材。
「キノコにはバター炒めと醤油焼き。茄子は煮浸しと揚げ出しですね。南瓜は天ぷらと煮つけにしましょう。リーフレタスやラディッシュのポテトサラダにジャーマンポテト。薩摩芋の天ぷらも作りますか」
集え、秋野菜。
どんとこい秋――Rehniの腕が鳴る。
手で裂いたキノコ類をフライパンでじゅぅじゅぅ。
秋の香りが店に漂う。
和の香りはもう“一飯”――鶏五目と米を炊き込んだ土鍋からも、ふわり、空間に伝わってくる。
土鍋を温めておこげを作りつつ、咲月は慣れた手つきで道明寺の桜餅を製作していた。千歳緑が翳る視線は手許の薄紅へ、唇が零す言葉は隣りの悠璃へ。
「――……悠璃さんは大人、だよね……」
「んー?」
「恋愛って大変だね……こう……色々と……。ん、これ位作れば大丈夫かな……」
「咲月さん」
「う……?」
「人間って薄情な生き物でさぁ、傍にいないと忘れるもんなのよ」
「うん……」
「だから、見苦しくても私は傍にいるの。忘れたくないから。忘れられたくないから」
「……」
「貴女しか知らないあいつ。貴女とあいつだけの時間――在ったことは確かでしょ?」
「そうだね……。想い出は綺麗なまま宝石箱にしまって……でも、時々は開けて懐かしむもの……なのかな……」
時間は止まらない。
だが、自分の色彩は両手に溢した。
彼の背中に伸ばした指を宝石箱の縁にかけて、小さく願いたかったのかもしれない。
唯、
唯――。
「私は……」
●
本日の彼――ダイナマ 伊藤(jz0126)は冬仕様でした。
夏雄の懸念は温んだ吐息に沈み、デート相手=荷物持ちの彼と共にショッピング。ではなく、必要な物を記したメモ片手に“適当”な買い出し中である。
「サプライズパーティーか……。
オタマジャクシがカエルになるのも然もありなん、白檀香らせた人形が、鼻を伸ばさず日々人へ……自分の足で視野を広げるのだからね」
「おう」
「……だから、広がる視野に映る私も見栄を張ろうというものだ」
「その心は?」
「……パーティー、成功させようって意味だよ」
「だな」
「うん」
「しっかしまあ、アレね」
「ん?」
「見えねぇトコで気ぃ遣って、見えねぇトコで救ってるお前さんはマジでいい女だぜ」
「伊井女? 初めて耳にする言葉だ」
「そーかい」
「……」
「……」
「……まあ、私の友達だからね。一応」
「それでいーのよ。縁っつーのは生かす為にあるんだ。切って殺す為のもんじゃねぇ」
二人の平素。
二人の空気。
――しなやかに安定。
♪♪♪――、
と。
白蛇から連絡が来た。
彼の足音は喫茶店「Cadena」へ――。
Let’s party!
●
日常が瞬いて、
――ぱぁん!!!
薄紅の代わりに色紙はらり。
。*。:゜☆Happy Birthday☆゜:。*。
――幸せが動き出す。
「はっぴ……、は? ――え? 何だい?」
「全く、なんたる阿呆面じゃ。くらっかーの音や、みなの祝い声が聞こえなんだか? まなこ開いてようく見てみよ。主に捧げる笑顔な子らを。
――はっぴーばーすでー、じゃ。藤宮教師」
春な雪の縁――“虚け者”を仰いだ白蛇の表情は、見目相応に愛らしく。そして、何かを企てているかのような悪戯な破顔も又、変わらずに。
――そう、変わらない。
それは、白蛇の“慈悲”であるような気がして。緩んだ吐息と心持ちの所為か、流架はつい彼女の頭を撫でてしまった。そして案の定――、
「Σ!? 頭が高いわ無礼者ッ!」
ハリセンすぱ、ぱーん!!
――さあ、気を取り直して。
「歓迎しよう、盛大にな! ――というわけで、私の作ったケーキをお披露目なのですよ」
Rehni製作、桜餅inケーキがサービスワゴンに乗せられて入場。
奇抜かつ可愛らしいケーキに、周囲から歓声があがる。
「えーと、フジミヤ先生。蝋燭は30と何本挿しましょうか? 沢山あるので、遠慮せずどうぞなのです」
「ふふ。何が“どうぞ”なんだい? 一本でよろしい」
というわけで、中央にぷすっと“1”のナンバーキャンドルを立てた。
火をつける。
「――それではここで、全員でハッピーバースディの歌を先生に!」
太陽少女の藍が弾けんばかりの笑顔を浮かべて、足許のケースから楽器を取り出した。
「(サックスの音色に心を籠めて――)」
貴方に想いが届きますように。
Rehniはキーボードを弾いて音を躍らせ、
凛はハープの弦で繊細な癒しを奏で、
♪♪♪〜
Soundで魔法をしかけよう。
――心で歌詞を打とう。
咲月は控えめな声で、
夏雄は念仏を唱えるように、
白蛇は童謡斉唱、
Rehniと凛は手許の音色に歌声乗せて、
ダイナマと悠璃は性格同様豪快に、
凛月ははっぴはっぴばとぅゆぅ……、
――。
過去にこんな個性のあるハッピーバースデートゥーユーを聴いたことがあったであろうか。
――いや、ない。
流架が、ふぅ、と“1”の火を消し、最後は拍手でぱちぱちぱちー!
「ありがとう、皆。俺の為に準備してくれたんだね。嬉しいよ」
「ん、さぷらーいず……先生の驚いた顔と喜んだ顔が見れて良かった……」
「では、お次は桜餅タイムなのです! あ、私の桜餅はケーキの蓋をぱっかーんして召し上がって下さいなのですよ」
「えっ、これオープン式!?」
「インですので」
ということで、咲月達が製作した桜餅を主役にご披露。
「私の桜餅は小ぶりの道明寺だよ! ちゃんと漉し餡です! 実は昨日、桜香さんと一緒に作ったんだけど……」
「Σ、」
「あ、大丈夫。全部私のだから……うん」
「しかし、何個作ったんだい? 藍君」
「50個くらい、かな? 大丈夫、ダイ先生も食べてくれる」
「いや、あげないよ。俺が全部食べる。……夏雄君のそれ、何?」
「何って桜餅だよ。普通に作ると崩れるから強度とか難しかった」
「普通のを作ればいいではないか」
「おー……サッカーボール大の桜餅……凄いね……。あ、私も道明寺の桜餅作った……けど、夏雄ちゃんのには負ける……」
「咲月君、俺の顎に優しいのは君の桜餅の方だから」
「ふむ。わしは菓子類があまり得意ではない故、少々形は悪いが許せ。粒餡20個程度じゃ」
「つぶ、え?」
「ん?」
「あ、イツキさんの桜餅……ふつくしいのです。桜の花弁を模しているのですね」
「ええ。――ご主人様、お誕生日おめでとうございますですの。ご主人様の幸せが永遠に続きます様に」
本日の凛の日和はメイドの白ではなく、一人の少女の赤。
チェックと赤のワンピースの裾ふわり、珊瑚色の片羽蝶の簪が銀糸の波でしゃんと揺れた。
凛は目許を赫の薔薇色で染めながら、おずおずと“コーヒーカップ”を流架へ手渡す。僅かに触れ合った指先に長い睫毛を伏せて、凛は楚々と微笑んだ。
「本日は紅茶ではなく、珈琲をお淹れ致しました。桜のラテアート……お気に召していただければ嬉しいですわ」
そう、“猛特訓”の成果を桜の香りに乗せて。
「やや、泡の部分に“おめでとう”のメッセージも入っているのか。へえ……素敵だな、飲むのが勿体ないくらいだよ」
「ふふ。珈琲の為、味見は出来ませんでしたので……是非、お味の感想を教えて下さいませ」
鶏五目の炊き込みご飯を人数分、器に盛りながらも「料理いっぱい、食べるー……美味しそう……」と、食べる気まんまんの咲月。勿論、「やっぱご飯が一番☆」の藍も頬ぱんぱんであったが、何かを思い出したのか、夏雄と共に凛月へ忍び寄り――煮付け頬張る彼女をスタッフルームへと連れ去っていった。
キッチンでは、白蛇が鯛の唐揚げを揚げていた。今日はとことん鯛尽くしの神様。
Rehniは流架のわんこ桜餅を見物しつつ、ドリンク担当の凛が用意したグリーンアップルのソーダをくぴくぴ。凛は桜の花弁を浮かべた日本酒をそっと主人の手許へ。
――と。
「少々お時間拝借だ、流架君」
「やや?」
パーティーの首謀者を奉る&ネタばらしということで。
夏雄と藍が全力でお洒落を施した凛月が、二人に腕を引かれて渋々登場。ベルフラワーで染めた、オフショルダーのマーメイドミニドレスを纏っている。因みに、凛月のドレスアップのアドバイザーは夏雄に頼まれて桜香が担当した。
「りっちゃん、さっきは歌ってくれてありがと。とびっきり可愛くしたから、いっぱい笑って! ――頑張ったんですよ、りっちゃん。先生のために」
「おやおや、そうなのかい?」
「……別に」
「ありがとう。……いい友達に出逢えてよかったね、凛月ちゃん」
「……うるさい」
唇尖らせ、ふぃ、と表情を背けた凛月であった。
「――と、ほう」
「……えへへ、うん、す、少しだけど、私も飾っちゃった……」
頬にシフォンピンクのチーク、唇にはハニーベージュで“乙女”を添えて――藍は桜色のカーディガンと、滅多に履かないスカート、ブーツでお洒落。
「ふふ、女の子しているね」
「女の子ですから!」
「見違えたよ、大人っぽくて素敵だ。……俺の為に?」
「うっ!? も、もう……! え、えーと、――あ! なっちゃんもお化粧したんだよね!」
「おや、そうなのかい」
「まあね」
「顔、見せておくれよ。フード邪魔」
「HAHAHA。――時に流架君。今日はラッキーかい?」
「ん? 勿論」
「それは良かった。じゃ、忍軍は秋野菜をいただいてくるよ」
くるり。
――南瓜の天ぷらに、アンティークローズがちょろりと付いた。
パシャリ。
パシャ、パシャ。
「今日という日は一度きりでも想い出は永遠ですわ」
一瞬一瞬の気持ちを、笑顔を、物語を写真に収める凛。
其処へ、遅ればせながら臣の足音が宴を奏でる。
「おお、藤宮教師の旧友か。飲むがよい」
白蛇が持参してきた大吟醸を振る舞われ、昔話に花を咲かせる流架と臣の笑い声が花の香りに乗って届いた。
凛は柘榴な双眸眩しげに、“メイド”な距離から主人を眺める。
隣りの彼へ、ふっ、と吐息のように談を零した。
「恋の炎に己の身を焦がしたとしても、好きな人の幸せを祈るのが本当の愛よね。……アレクさん、炎を鎮めるにはどうしたらいいのかしら?」
「……帰れねぇトコまで来ちまったか?」
「……ええ」
「そうねぇ。とある詩人曰く――“恋は炎であると同時に光でなければならない”んだとよ」
「光……?」
「まあ、胸に沈めた戀を赤くするか白くするかはお前さん次第だ。それに……何もかもを置いておくことなんて出来ねぇ。赤く灌いでも、白く滲んでも、感情は捨てらんねぇぜ。少なくともオレは――」
「アレクさんは?」
「ルカに跪いてもルカを羨(もと)める」
「ふふ……アレクさんらしいですわね」
凛はカメラのファインダーを覗く。
其処には、想いうつろわない“唯一”が微笑み近く――理想はするり遠くに感じた。
わいわいと泡沫弾き。
酣、為す。
皆で幸せを交わし、綴り、想いと絆を育んで――。
●
月夜深く。
はらりと紅。
――過去の朱で咲く、唐暮れ坂。
足音ふたつ。
穏やかな声音が響く。
「寒くないかい?」
「ええ、平気ですわ」
月明かりの下、凛の瞳は気品に、定めた意に――流架を宿していた。
「……散歩へ誘ってくれたのは、俺の酔いを醒ましてくれる為ではないようだね」
「はい」
「いいよ。明かしてごらん」
「――ご主人様」
もう、隔てられない。
夢を齎してくれた貴方だからこそ――。
「わたくしは過去に何度も幸せを壊されました。だから、永遠を信じていなかったのです」
しかし、知ってしまった。
誠を。至愛を。
故に、
「でも、流架様との絆は永遠。わたくしに永遠を教えてくれたのは貴方ですわ。ですから、わたくしは……」
――自らの永遠を逃したくない。
「流架様を殿方としてお慕いしております。貴方の隣りで幸せも苦しみも共に分かち合い、特別になりたいの」
メイドと主の関係から“欠けがえのない存在”へ。
「……」
この戀が、叶わぬ運命上にあっても――この願いは愛しき者へ、貴方に捧げたかったから。
だから、“認める”ことで前に進めますように。
「……随分と悩んだことだろう。ありがとう、凛君」
彼の指先が凛の前髪を掠め、片羽の蝶を挿し直す。
「だが、俺にとっての君への“唯一”は“主”であることだ。……望み続けてくれるのならば、だがね」
物柔らかに、しかし、芯と。
凛の主人はそうこたえた。
「……そう、ですわよね。流架様には愛する方が……、その、一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「彼女をお選びになった理由、は……何であったのでしょう?」
「理由?」
意想外を含んだ声音であった。流架の瞼が俄に膨らむ。
顎に指先を添えて牽引するようなその眼差しは、己の恋で染めるような表情ではなかった。
暫し、間。
そして、彼が漸く絞り出した言葉は――、
「…………子供っぽい、とこ、ろ…………?」
なに?
「こど、も……ですか?」
「――いや、待ってくれ。この言い方は語弊を招く。ええと……跳ねっ返り、というか……あー……」
と、その時。
べちーーーんッ――と、流架の顔面に投擲された桜餅に、凛は「きゃっ!?」と短く悲鳴を上げた。
「やーい、粒餡桜餅ー。HAHAHA。ハハ八八ノ\ノ\ノ\――げふっ」
「なにしてくれてんだこのてるてるぼうず……!」
千鳥足の彼女――笑い上戸に絡み酒の正体を持つ夏雄の頭部に、流架のチョップが容赦なく咲いた。
「だって楽しい二次会……と言う名の後片付けが……凛君、すまないが手伝ってくれるかい?」
「え? ――ええ、勿論ですわ」
乱れた心を束にして、凛は気丈に振る舞った。
そして、流架への贈り物――桜と小鳥のペアグラスを手渡し、
「わたくしを傷つけた分、流架様達は幸せにならないと赦しませんわ」
囁きと微笑み零し。
いちばん近くて、もっとも遠い距離の愛へ背を向けると――、一雫、戀水を零した。
「……私も戻るよ」
「ああ」
月夜に沈んだのは、優しい鼓動。
●
「先生、誕生日おめでとー……はい……花束のプレゼント……」
後片付けも終わり、流架がスタッフルームで帰り支度をしていると、咲月が声をかけてきた。
「やや、ありがとう」
「ん……最後に先生をハグしておこうと思って……いい……?」
小首を傾げる上目な彼女に、流架は短く顎を引く。
口許を綻ばせた咲月が、ぽふり――。触れ合う体温に千歳緑の双眸が細まる。ぽんぽんと彼の背中で掌を弾ませると、“安堵”からそっと身体を離した。
「先生は忘れてるかも、だけど……前にした約束もう忘れていいよ……先生も……貴方もあの約束が無くても、もう大丈夫だと思うから……。それに……私も色々決まった事があるから、しないとだから……」
そして、彼の翠玉の瞳に慈しみを馳せながら、緩慢な瞬きを一度して。
「今日は楽しかった……サプライズも出来たし……。じゃ……先生の、貴方の、行く末が……世界が……きらきらして、幸せに満ちていますように……。お休みなさい……良い夢を……藤宮先生」
羽、くるり。
流架から羽ばたいた蝶の背を、彼は平素と変わらず柔和な眼差しで見つめ――「月は落ちても天を離れず」、
「――俺は忘れないよ。じゃあね、咲月君」
追想されるのは朱の景色。
だが、咲月はあの時のように振り返ることが出来なかった。
●
てくてく。
月に夜刻。
――二人だけの帰り道。
「流架、」
「ん?」
「――先生」
「ああ」
「……えへへ。お誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。何度でも言うよ」
「じゃあ、何度でも言って?」
「もう」
「ふふ、ありがとう。藍君からの贈り物も嬉しかったよ。青い鳥の根付、大切にする」
「ん、幸せが運ばれます様に、って願いを籠めたから」
「……俺の幸福の青い鳥は君だけれど」
「う、嬉しいけど……そういうこと、いわない」
ホットアップルぷしゅー。
「ふふ。――ああ、そうだ。少し早いが、俺からも」
「うん?」
「君も今月だよね、誕生日。19歳になる君へプレゼントだ」
突然のことに言葉も出ず、半ば呆然としながら贈り物を受け取る藍。
包装された小さな紙包みを丁寧に外すと、
「わ……!」
海な瞳の色彩に鮮やかな緑が映る。
それは、エメラルドのドロップピアスであった。
「かわいい……素敵! あ、でも、どうして“片方”だけなの?」
「ん。まあ、もう片方というわけではないが――」
流架の指先が、自身の右耳にサイドの長い髪をかける。
露わになったのは、
「アクアマリンのドロップピアス……? あ、私のと色違い――わ、わ! ……嬉しい。ありがとう。あなたの瞳と同じ色のこのピアス、大切にするね」
「ああ」
「……ねぇ、先生」
「ん?」
「こうやって、おめでとう、ありがとうを、これからもいくつもいくつも重ねていこう。そうしてわたしたちは、幸せになるんです!」
――笑い合えるのは幸せなこと。
例えそれが贅沢な感情であっても、繋いだ縁は紲になる。
遠い空。
巡る星、辿る声。
十一月四日の“倖”顛末――――。