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Cache-Cacheと響くのは誰の心(コエ)?
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それは青の心。
細い肩にひらひらと揺蕩うオパールグリーンのチュニック、マーメイドロングスカートで海の唄声を奏づ――人魚姫。艶感のある赤毛のロングウィッグを手櫛で整える海のプリンセスは、木嶋 藍(
jb8679)
更衣室の隅では、肌色羞恥で膝を抱えるリリス――御子神 凛月(jz0373)の姿。
「ねぇ、りっちゃん」
「なに?」
「最近楽しい?」
「え?」
「――あ、ううん、表情が明るくなったかなぁって思ったんだ」
「……」
「なんか嬉しくて」
「……そうね。貴女達の“所為”よ、全く」
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プロが施すメイクに緊張する藍を残し、凛月は天井のステンドグラスが一際目を引くホールへ赴いていた。周囲の賑やかさに交じって、二人――常塚 咲月(
ja0156)と、鴻池 柊(
ja1082)の姿が。
「んー……なんか目がシバシバする……」
「目擦るな。両目ともカラコン入れてるんだろ」
「うー……だって、変な感じする……。あー……ひーちゃんの髪、長い……」
「演出上な。それにしても、本格的なコスプレが久しぶり過ぎる……髪が長いと首回りが暑いな――って、凛月?」
むすぅ。
「なに膨れてるんだ?」
「……私、邪魔でしょ」
「は?」
凛月に尋ね返してすぐ、柊はふとなにかに気づいた素振りで端整な顔立ちに微笑みを灯した。
「凛月。今回は洋装なのか」
「ん」
ゆるキャラのような蛇の人形を身体に巻きつけている凛月の頭へ、彼の掌が温もりを置く。
しかし、彼女の表情を窺えば、
「――の割には後悔の表情に見えるな」
「だって……腕とか、足とか、……胸元とか、スースーする」
「まあ、何時もよりは大胆だよな。けど似合ってるな、その仮装」
「……むぅ」
恥じらう彼女を真ん中に、三人でパシャリ。
「写メったー……後で送るね……?」
さて、そろそろ“怪奇と伝説の街・ほろうたうん”の世界を楽しもう。
「月、一人で大丈夫か? この賑わいだ、人酔いするだろ?」
「大丈夫……お茶屋さんもあるし……しんどくなったら入る……」
「分かった。お土産、楽しんで選べ。――凛月」
「?」
「一緒に行くか? 凛月が良かったら、だけどな」
「……し、しょうがないわね」
――と、そこへ。
「はい、チーズ☆」
――パシャリ。
あーんど、
「とりっく おあ お稲荷さん!」
もふもふの妖狐が呼ばれてないけどこんにちは。
金の毛並みに白な狩衣姿、想い出撮影兼悪戯担当の彼女――春都(
jb2291)
「あ、あれ? なんかクーデター前夜みたいな空気になってますけど……?」
そりゃそうですよ春都ちゃん。
稲荷寿司なんて予想外デス。
「ふっふっふっ……だってこれが狙いげふんげふん。――というわけで、持っていなかったお人には悪戯ターィム☆」
きゅぽん。
ボディメイク用のペン先を、咲月達の手の甲にさらさらり。
「御子神さんには特別にハートです! 藤宮先生には桜もちを……」
額に。
文字で。
油性ペン――って、るかっぱこと藤宮 流架(jz0111)お前いつからいたッッ!!!
「未熟だね、君達」
この河童(の着ぐるみ)動くぞ!
ということで――河童ハイキックDE春都の油性ペンよ永遠に。
「おぉ、すごい似合うね、狼男……」
「そうか? ま、顔つきがもともと険悪だから違和感ねーだろ」
ねーっす。
人魚姫の藍と、地毛の金髪にしっくりと生える大きな獣耳のウェアウルフ――藤谷 健司(
jb9147)がホールへ到着。
「ハロウィン初めてなんだよね、楽しんでね!」
「ああ。じゃーな、藍も楽しんでこいよ。また帰りにな」
狼男らしい毛深い腕を伸ばし、鋭い爪で彼女を傷つけぬよう、そっ、と。瞬息。藍の頬に触れた健司は、夕日色の双眸を細めながら彼女を見送った。
「眩しいわね、お前さん」
「ああ?」
低音ボイスに、健司が首を捻って背後を見る。
安定のドラキュラ――だいじょうぶ服着てますのダイナマ 伊藤(jz0126)と、彼の斜め後方に河童な流架。
何とはなしに、健司は首筋を片手で押さえながら視線を周囲に流す。
「しっかし、これが日本のハロウィンってやつかい。いや、まともに参加すんの初めてだ」
「あ、そうなん?」
「ガキの頃イギリスにいたんでね。向こうじゃこれよりも、“ガイフォークス・ナイト”で盛り上がったからよ。……にしても日本のこういうイベントはカップルだらけだねぇ。なんでかね、他人のああいうのはまぁ、心底爆発しろと思うが」
物事を隠さず言を発するのは彼の平素。
だが、
「それでも微笑ましく見えるよ」
元々の険ある目許に、仄かな穏いが差していた。
「なぁ先生」
目線の想は遠く、言葉の奏では傍らに置き――“彼”に只、伝える。
「オレは、恋はああいう、甘ったるくて優しいものだと思ってたんだ。だが、恋をするたびに知る。そんなのは違う。オレにとっての恋は、どうしようもなくどろどろとした、火のような暴力的な感情だ。それはオレの根っこの部分が、化物に近いから、ってことかね」
それは寂しげに祈りを捧げ、怒り、傷ついているかのような。
その身に宿る――狂気。
「なんてな。どーでもいい話しちまったわ」
「――健司君。君の恋に罪はないよ」
「……そんなもんかね。
うっし。伊藤保険医、ちっと付き合ってくれねーか?」
「オレ?」
「ああ? 悪かったなヤロー同士で。――っと、先生。あんたは爆発でもしてな」
けらけら。
走り出した“音”のように、健司は笑った。
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それは赫の心。
空と提灯の明で世界が赤く染まっている。
狂乱の色――。
からん、ころん。
黒塗りに白薔薇咲かせる高下駄鳴らし。
指先戯れるは金彩の煙管。
しめやかに――花魁なる九尾の狐、斉凛(
ja6571)
大胆にはだけた前衿が、雪白な両肩と胸元を惜し気もなく魅せていた――が、どうにも気に掛かるのは、
「胸平でも色気は出せるわ」
母なる山の絶壁。
「……カンパーニュでも詰めておけばよかったかしら」
硬くない?
辺りはあやかしの万華鏡。
そぞろに歩き、見紛うことなき彼――流架の姿を見つけた。
凛は、しなを作り、
「主様。わちきと遊んでくだしゃんせ」
――流眄。
――、
ぷちり。
「きゃっ」
高下駄の鼻緒が唐突に千切れ、瞬、凛の視界がぐらついた。反射的に目を瞑ってしまう。
だが、不安定な体勢は、ふわり。
恐ると上目遣いに窺えば、
「ご、ご主人様……!」
「大丈夫かい?」
さり気なく姫抱き。
でも河童。
「……ど、どうせ大人っぽくなんて無理ですの」
むぅ、と拗ね、膨らませた頬。
つんと澄ました“ふり”の妖な狐――しかし、何時だって見透かされている。
野点の茶席。
京和傘の影に二人、腰を下ろす。
「一曲、聴いてくんなまし」
ぽろろん。
奏でたハープに歌を乗せて、語りを謡う。
いと恋し――、
♪ 主様が化物なら わちきも共に堕ちましょう ♪
♪ この身は何処迄もお傍に 永遠に心寄り添う ♪
故。
――堕とさぬ為。
己も堕ちぬと誓うのは、凛の小指。
「指切りいたしましょ?」
「ん? ……俺の小指、河童だよ?」
「ふふ、それも一興ですわ」
――きゅ。
「そうですわ。和風な怪に因んで、これをお受け取り下さいませ」
「Σわ」
「アウルで造り上げた小指ですわ。わたくしの……花魁の“不変”ですの」
遙空に散り逝く迄。
尚、この愛は永久に捧ぐ――。
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・
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それは蝶の心。
現世(うつよ)の鬼が通りゃんせ。
「やっぱり人多い……」
緋の赤目に二本の角。
一つに結い纏めてもらった烏羽色のロングウィッグが、色白な項に凛と――艶めかしく映える。繊細さと力強さを併せ持った瑠璃地の着物に舞うは、蝶。
「ふぉお……鬼灯の提灯、いい……」
大太刀右手に、咲月は朱き光を仰ぐ。
スタッフの河童に借りられないか聞いてみよう。
――ん? 河童?
「う……? あの着ぐるみ……先生……?」
心做しかご満悦なような気がするのは、鬼灯の提灯をぶら提げているからであろうか。
そんな河童と視線が合った(気がする)
「……」
「先生……?」
「……」
「人ごみに酔ったし……一緒に、お茶屋さん行く……?」
河童はこくりと顎を引くと、「はい、あげる」――明後日の方角を向きながら、咲月に提灯を手渡したのであった。
柳の暖簾をくぐり、茶屋の座敷へ。
気になる甘味を一通り注文し、咲月は舌と心に蜜な潤いを与える。
「んー……やっぱり疲れた時は甘い物……。あ……気になってたけど……何で着ぐるみ……? ミソロジーの泉で、尻小玉抜くの……?」
「君の舌を抜いてあげようか?」
「Σう……」
「なんてね。……別に?」
「そっか……てっきり、他の人に読まれたくないのかと思った……自分の表情とか声……あと……」
想い。
「私は、藤宮流架を一人の人として……異性として大好きだし、尊敬してる……」
「君は、」
姿は見えないが、言葉は視える。
「俺と、どうなりたいんだい?」
「う……? 答えが欲しいとかじゃなく、伝えたかっただけ……」
「……そうか。君はすごいな」
「?」
「俺には真似出来ない。欲しいと感じたものは……手に入れたいからね」
再び、朱の景色へ。
かくり、咲月が頬を傾け、流架へ寄せる。
「貴方は、自分の願った世界でどうしたいの……? 生きていくだけで良いの……? ――んん、ご馳走様でした……私、行くね……? お土産買いに行かないと……」
微笑み置いて遠ざかる咲月。だが、言を残したのは――、
「俺は唯、夢を見たいだけだよ。何時の日か現世になる夢をね」
桜の鬼。
咲月が振り返ると、其処に求める人影はなかった。
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それは諸刃の心。
灰の降りそうな空が洋窓から覗いている。
空虚な玉座を一瞥した健司が、脇で佇むダイナマへ声をかけた。
「あんたの恋って、どんなんだい?」
「なんだよ突然」
「いやモテそうだもんなぁ。藤宮先生と並んでっとマジで爆発しろって思うぜ」
「は。“恋”なんつーもんは障害の連続だろ。だが、乗り越えた先にある“愛”は甘ぇもんだと思うぜ」
「……敵わねぇな。
よし、保険医の財力で食いもんでも奢ってくれ。いい男が奢るのが世界共通なんだよ!」
カフェへ向かう狼男の胸中は、何故か軽快であった。
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・
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それは椿の心。
エリア同じく。
怪奇で美なる城内を散策していた柊と凛月。
一息入れる為、書庫のカフェへ立ち寄る。
と。
「カップル以外に女性の集団も多いんだな。ミソロジーの方じゃないのか」
女性客の色目が一気に柊へと集中した。
彼――プラチナブロンドのウィッグは襟足長く、艶を引く。黒のYシャツと白のパンツという軽装だが、ムフロンのような巻き角と、背に生やした悪魔の翼が夢魔――インキュバスを彷彿とさせる。
柊は目が合った女性へ愛想程度の挨拶を返すが、背後のリリスは殺気充分。
「邪魔どいて座れない」
「凛月……妬きもちか?」
「うるさい」
「なんてな。冗談だ。凛月が誰に魅せられているのかは知ってる」
「……は?」
「凛月。どうしても伝えたい気持ちがあるなら、はっきり伝えるべきだ。どんな結果になろうともな。――月にも言ったが」
「……」
「凛月の幸せも願ってるし幸せになって欲しい。――と言っても、幸せの有り様は人それぞれだけどな」
「……なら、幸せにしてみなさいよ」
「ん?」
「ほんと、誰も彼も鈍感よね」
凛月は口に珈琲を含んだかのような渋面で、ぽつり、零した。
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流架と別れ、一刻が過ぎたのち。
凛は神社へと赴いていた。ホールでダイナマに問うた理を想い起こしながら。
――わたくしは、貴方達の居場所にふさわしい?
彼ら。
流架や凛月、ダイナマが心身に傷を負った時。
どうしようもなく胸が痛くなる。
だから、守りたい。子供な自分が背伸びをしても、大人な彼らの心を守る。三人との想い出を、深い絆を――。
「神様。わたくしの事はいいから……どうか、愛する人達を幸せにしてください。皆の笑顔がわたくしのご褒美ですの」
神前に、祈る。
「そうですわ、御守りを買いましょう。ご主人様とりつ、アレクへ。そして、もう一つ――」
水鏡に映る、“あなた”へ。
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幻想と楽想の路傍で。
「流架先生、ご一緒してくれてありがとう! でも……河童に似合わないエリアでごめん」
だいじょうぶ泉がある。
藍はワゴンで買ったプレッツェルを流架にインストールしてあげ、ガーデンベンチに並んで座った。
オーロラの海を眺めながら、ふと。
「人魚は見た目が綺麗だけど、悲しいよね。人に憧れても海の中でしか生きられないし、人を選んでも、苦しくて、最後には泡になって消えてしまう。でも、後悔はしなかったんだろうなぁ」
――幸せのかけらが刹那に消えても。
しかし。
藍は流架の腕にそっと手を添えた。この想いはきっと、消えない。
「届くかな、温もりが。
先生。人はこうやって寄り添うことが出来るから、本当の化け物にならないでいられるんだと思う。そのままでいいよ、化け物でも、傍に居るから」
「……藍君」
「なんて……本当はね、少しでも先生の心に触れたいんだ。どんな色でも、どんな音でも、それがあなたなら、私は必ず手を伸ばすよ。……我儘かもだけど、私も先生の笑った顔が好きだし、見たいんだ」
藍は穢れなく、笑む。
名前もない鳥でいい。唯、貴方の為に囀りたい。
「……青い鳥を追いかけているようだ。君に、触れたいよ」
夢の宿り木で、共に休めるだろうか。
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それは珀の心。
さて、此方は神秘の森。
星屑のような儚い灯りが、春都とダイナマを淡く包む。
「ダイ先生ってかっこいいですね! あ、そうだ。おいしそうなマカロンを見つけたのです! お一つどうぞ♪」
カカオ100%だけどね。
「悪ふざけ発動してんじゃねーよ。にがー」
でも、もっしゃー。
「なはは〜ごめんなさいです。お詫びに今度は甘いお菓子と飲み物をどうぞ♪ あとね、これも……」
「おっ、アルバムじゃねーか。へぇ、キレイなオレンジ色だな。……このワンポイントみてぇなのは何だ? 潰れた大福か?」
「え? 一応ラムくんのつもり、なのですが……うぅっ、これでも30回作り直した中で一番の出来なのです……すみません」
「いやー、ラムってるわー超ラムってるわー。あんがとよ、春都」
ダイナマが白い歯を見せ、春都の頭をがしがしと撫でた。春都は、ふにゃ、と双眸を細めて、吐息で笑む。
「アルバムの中が空っぽなのは、これからたくさん仕舞えるように。今日の思い出だけじゃなくて、これからの思い出もたくさん、たくさん……ダイ先生だけの素敵な宝箱を作ってくれたら嬉しいです。それでねダイ先生……あのね……お願いがあるのです」
皆には内緒で、と、囁いて。
「皆にも宝箱あげたいなって……今日の思い出と一緒に。だから……作るの、手伝ってくれませんか?」
「オレでいいのか?」
「はい!」
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――“ほろう”が外された後日。
其々をイメージしたワンポイント入りの手製アルバムが届いたのは、また別のお話。