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花々華々――“四重奏”。
「店番ですか? 勿論、喜んで。実は買い物がてら、其方にお邪魔しようかと思っていたので……ええ、では後程。
――失礼しました。
ええと、リシアンサス、ベロニカ、アガパンサス。後は……ブルースターを。種類が豊富で助かってます。臣さん。
さてと……今日も色々と楽しめそうだな」
彼の鎖骨で揺れるシルバータグのペンダントが、雨雲の涙で艶に濡れた。
●
しとしと。
桜の昼行燈――藤宮 流架(jz0111)宅、
兼、
御子神 凛月(jz0373)が居候をする――骨董品店「春霞」。
雨な日和、頼まれ御用で参上する六人の生徒達。
流架――ではなく、凛月に頼まれ蝙蝠傘で渡米してきました。
大きな真黒の傘片手に、そんな冗談も真にしそうな彼女――夏雄(
ja0559)
慣れ親しんだ深縹色の着物を着こなす彼――鴻池 柊(
ja1082)は、安定した和心の本質を魅せていた。
主の為なら地の果てからでも駆けつけます。
雨時々ずぶ濡れの結果、撫子地に辻ヶ花の着物を凛月に頼り、楚々と――斉凛(
ja6571)
六枚桜の花弁が、はらはら。
送迎するは黒塗りの車――月の巫女、黒田 紫音(
jb0864)が通ります。
「久しいのぅ藤宮教師。店番の旨、承知したのじゃ」
「やあ、白蛇君。お久しぶり、白蛇君。会いたかったよしらへびくーーーん」
「ええーい、鬱陶しい! わしのことは“白蛇様”と呼べと言っておろうが!」
すぱぱぱ、ぱぱ、ぱーん!!
力と記憶を失った神――白蛇(
jb0889)の右手が、お馴染み対流架用ハリセンを乱舞させる。
青い鳥をモチーフにしたキャンバスパラソルで、雨の日を楽しく彩る。
黒いニット帽に白いシャツ、ショートパンツにレインブーツで、今日はどんな物語が生まれるのだろう――木嶋 藍(
jb8679)は、好奇心いっぱいに微笑んでいた。
しとしと。
雨はまだ、降り始めたばかり。
●
ずずず。
店頭に白蛇。
小紋柄の座布団に正座し、茶を啜っていた。
見目は麗しき幼女であっても、自称二千歳以上。
時代の流れと共に、古物も映してきた。それ故、その知識と目利きには自信がある。些か気懸かりなことがあるとすれば――、
「これが、れじ、というやつかの」
むむぅ。
白蛇様、レジスターと睨めっこ。
接客こそ、客が入店時に「尋ねたいことがあれば遠慮せず声を掛けよ」と告げておけば、物事の具合も良い。しかし、ふふりとも微笑まぬレジに関しては、フォローを買って出てくれた紫音に習いつつ慣れるしかないようだ。
ぴちょん、ぴちょん。
店先で唄う雨垂れを耳にしながら、白蛇は緩慢な首の動きで店内を見渡す。
「それにしてもかなりの品揃えじゃな。
無銘の物も多いが、有名どころで言えば古伊万里、古備前……む、これは白磁に柿色の赤……柿右衛門か?」
顎に手をやりながら、ふむふむ。
ひっそりと独白する白蛇の面は、記憶に映してきた歴史へ心を馳せているかのようであった。
「山水画は北宋時代の物のようじゃが、知らぬ画家名じゃな……。このギヤマン細工も阿蘭陀貿易での輸入品か。江戸期の鮫皮財布や長崎硝子の簪もじゃな。
ふむ。
無銘故に安価な物や、大正初期の大量生産が確立した故に安価な物も多い。誠、良い品揃えじゃ」
歴史の証人の御目に適い、「春霞」も鼻高々だ。
然(さ)るに、ちらりほらりと年配の客が訪れる。
ぴぴぴ。
手探りな指先でレジを操る白蛇。だが。
「ぬ? 包装じゃな?
……ああ、黒田殿。主に感謝を。すまぬが包装は任せたのじゃ」
「はい。得意分野なので頼って下さって嬉しいです。――ええと、こちらですね。割れ物ですので、緩衝材に巻いてのお渡しとなります。袋の柄は種類が御座いますのでお選び下さい」
ぴぴぴ。
くるくる。
焦らず丁寧に。
各々の手つきで。
そんな、ゆったりとした流れが続く。
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・
主夫の柊と主婦の凛月。
家庭に優しい者同士、お昼なクッキングを共にしていた。
「今日の昼食はしらすと梅の冷製パスタだな。凛月は梅、苦手じゃなかったか?」
「平気。でも、冷たいスパゲティは初めて食べるわ」
「店番は交代制だからな。各々、腹が減ったらすぐに食べられるような食事の方がいいだろ」
「ん。その、柊。……昼食の準備、ありがとう。わざわざ食材も用意してくれて……助かったわ」
「お安い御用だ。凛月にはご褒美とお礼をしたかったからな」
「……? なんの?」
「きちんと家事をこなしているし、縁日のデートに付き合ってくれただろ?」
「Σッ。……馬鹿」
手すきの者は柊の手製パスタに舌鼓をし、早めの昼食を済ませた。
凛月が洗いものを終えると、
「はい、凛月」
見計ったかのように、彼は声をかけてきた。
凛月が振り返ると同時に、手許へ、ぽん、と渡されたのは、麻の紐で飾り付けられたブルーのアンティークボトル。瓶へ活けられているのは、青と紫で調和された小さき花々であった。
「小さい花なら、飾るにしてもこっちの方が飾りやすいだろ?」
小さくても存在感があり、幸せを呼び込むような“花言葉”達。
誰の為を想って購入してきたのだろうか。それは、柊のみぞ知る――のかもしれない。
●
心身の“腹拵え”もしたところで。
働くか、と。
柊はタブレットを片手に店内の在庫を確認しつつ、骨董品の手入れも欠かさなかった。
来客があれば、アルバイトの経験を活かして対応すればいい。何度も此の空間へ足を運んだ所為なのか、おかげなのか――気苦労は生まれず、思った以上に居心地が良かった。
「色んな骨董品があるんだな……お土産に何か買っていくか」
――。
からからから、店の戸が開く。
「――いらっしゃいませ。何かお探しですか?
彼女様への贈り物……日常的にお使いになるのでしたら、ネックレスや指輪でしょうか。ペアの時計もお勧めですよ」
しとしと、ぴちょん。
並行するのは二つのオト――。
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同時刻、壱。
雨足ぴっちゃん雨粒弾き。
パラソル踊らせくるくるり。
雨散策――も兼ねて、近辺の和菓子屋へ向かっていたのは藍と流架。
道中、和菓子屋の袋をぶら提げた白蛇とすれ違った。重々と修理された和傘が彼女らしくて。
二人、紫陽花咲く小路を微笑み湛えてぶらぶらり。
「他の方のお店番、少し覗いちゃいましたけど……いい仕事ですね、お店番って。嬉しそうに笑ってくれる人がいて、それを見れるのが素敵」
其処で、ふと。
藍は徐に流架の傍らへ添い、傘の縁を上げた。憂う、青の瞳。
「あと、怪我はもう大丈夫ですか?
先生は強いけど……私、先生が痛いのは嫌だな」
――すぃ。
伏せる瞼に温んだのは、彼の掌。藍の片頬をやんわりと包み、睫毛を揺らした視界には流架が微笑んでいた。
「じゃあ、俺の古傷が痛んだら藍君が摩っておくれ」
胸に沈めたのは、とくん。
雨の、オト?
「ふふ、いいですよ。
先生の笑ってる顔、見れてよかった。
……ねぇ、先生。
私、手を伸ばすって……もう絶対、手を伸ばすんだって決めたんです。ほら、私、欲張りで……我儘だから」
「うん? もっと我儘言ってもいいんだよ?」
――もう、と。
藍はわざと、無理に笑ってみせた。
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同時刻、弐。
「流架の教え子さんは本日二人目ですよ。ご来店ありがとうございます、黒田さん」
――「Quartet」。
流架の学生時代からの友人、迦具山 臣が経営する花屋へ足を運んでいたのは紫音であった。
「学生時代の時の流架ママってどんな感じでした? 今と違います? 何か面白……じゃなくて、流架ママらしいエピソードとか意外なこととか聞きたいです♪」
四季咲きのグリーンアイスを束ねてもらっている間、臣に幾つか尋ねてみる。流架については今も知らないことが多いけれど、少しでも――知りたい。
「そうですね……昔はもっとトゲトゲしていましたね」
「棘、ですか?」
「ええ。それに、あまり笑わなかった。だから、今の彼は随分変わりましたよ。――はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。
……。私は穏やかだけど厳しい……教師としての顔しか知らないから……少し羨ましいです……貴方も、皆も」
手許の真白花へ、目線が沈む。
「では、行動しなければ」
「……行動?」
「ええ。待っているだけでは“見せ”ませんよ、流架はね」
「、」
気懸かりが口を衝きそうになったが、そろそろ店番の時間だ。
紫音は丁重に礼を述べ、楚々と傘を差す。
「今日はありがとうございます……また遊びに来てもいいですか?」
「はい、何時でも」
臣の微笑みは、何処か流架と似ていた。
●
「先生さえ良かったら、此処でバイトさせて貰えませんか? 今後の事にも役立ちそうですし」
「やや、それは有り難い。助かるよ。俺が」
「……凛月の気苦労も減らしてやりたいんですが」
そんな会話で柊の店番が終わる。
「おー、新妻凛月君だー」
「……」
「おー、冗談だ冗談。で、どうだい最近は。思う事や見えるもの、開けた先とか」
「……そうね。貴女達と違える道に進みそうになった時には、“今”の私に尋ねるようにしているわ」
「それは良い。私は今の凛月君、とても凛月君らしいと思うよ」
「……なによ」
「いや、人の成長は見ていて楽しいからね。つい気になるんだ」
縁側にてるてる坊主を吊るしていた夏雄の横を、凛月が目許を染めて、ふん、と小さな歩幅で過ぎてゆく。
「そういえば、凛君に店番を一緒にと誘われていたね」
「ええ、今」
「おっと、それは失礼したね。簡単な家事なら流架君捕まえて、藍君とやっておくよ」
「――誰を捕まえるだって?」
掌ずしぃん。
「戸棚に隠しておいた俺の桜餅が緑色になっていたのだが……君、何か知らないかい?」
フード(頭部)に圧がキテるキテる。
凛月は我関せずとさようなら。
よし、味方はいない。
「え? 桜餅? 何の話だい? 良く分からないね。それは君の桜餅管理能力の結果、緑色に進化したんだね。おめでとうだ、HAHAHA――んなー……!?」
夏雄の口にずぼっと押し込まれたのは、緑色の桜餅。
もぐもぐもぐ。
「――うん、私がすり替えたずんだ餅だ」
「やはり君じゃないか」
ぐしゃ(ry
・
・
・
「今日だけでなく、またお手伝いする時の為にしっかり覚えたいですの」
店番に、凛と紫音と凛月。
店頭に並んでいる骨董品の知識を凛月に教示してもらいながら、凛は彼女の所作にも目を向ける。纏い慣れていない着物だが、“今後”の為にも勉強を――と。
時折、客が来店すればメイドの本領発揮。
「(お客様が気持ち良くお買い物を出来るよう、最大限の配慮をさせていただきますわ)」
レジや包装は、扱い慣れた紫音が担当する。
「(いつもはほぼ一人でBARのお店番だけど……骨董店のお店番も楽しい。皆もいるしね)」
客足が途絶えると、凛は凛月に簪を選んでもらった。
――珊瑚色の片羽蝶。
それを白銀の波へ添えて。
凛は二人に断り、御勝手へ向かった。その足は次いで、縁側で雨見をする流架の許へ。
「――ご主人様、お茶をお持ち致しましたですの」
「おや、ありがとう」
「雨の日は香りが強く感じられますから、雫の様な葛と繊細な花見茶はいかがでしょうか?」
葛饅頭と日本茶を盆から差し出し。
彼が一口、啜る。
「桜葉の香りか」
彼の緩んだ口許に、凛は瞳を弓形にした。
移りゆく季節を共に過ごし、凛にとっては彼の傍に在ることが当たり前となっていた。
そのきっかけは――首に手。
だが、それだけではない。流架と過ごした時を思い返して、今、心に在るのは尊敬と恋慕。
この想いは何時か、貴方の香となるのだろうか。
「素敵だね」
「はい?」
「和な、君」
――。
彼に寄り添い、喜びで忘れる前に。
「ご主人様にお許しいただけるのなら、今後もお店番のお手伝いをさせていただきたいですの」
流架は目笑して、顎を引いた。
●
「――そちらの商品が気になりますか?
おや失礼。ですがお客様、背後の人影にも気付かぬ程、そちらの品に夢中のご様子。この様な空模様に、その品と出会ったのも何かの縁。
いや、勝手な事を申し上げますが、この縁、何やらとても素敵なもののように思われます。よろしければ如何でしょう? 雨の日の粋な思い出に」
終な店番に、夏雄と藍。
夏雄のセールストークは見事であった。だが、スキルで気配を薄め、足音を消した小細工さえ無ければ――だが。
「なっちゃんの言う通り、ここに来られたのも何かの縁!
骨董品との出会いは人との縁にも似ていると思いませんか? ここで離れたらきっともう出会うことはないでしょう。一期一会、ずっと寄り添っていける素敵なご縁が結べるようお手伝いします」
最後の客の笑顔を見届けて、「春霞」は閉店した。
「あの、先生」
「藍君、どうした? ――と、その瑠璃とパールの花のブローチ、気に入ったかい?」
「あ、はい! おばあちゃんに似合いそうだなって……あ、ええと。
――先生、私をバイトとして雇ってくれませんか? 何ヶ月でも働きますから、お給料の代わりに……これ、予約させて下さい!」
どっくんどっくん。
かなり勇気を出した。跳ねる鼓動が痛いくらいで――、
「いいよ」
あっさり。
「えぇぇえ!?」
「俺は、君が我儘を言っても困らないよ」
――あ。
と、彼の言葉を思い出して、顔を真っ赤にした藍であった。
●
わいわい。
雨の奏でに重なり、打ち上げの準備が始まる。
三つ葉と竹輪のお浸し、鶏の甘酢餡かけは柊の手製。
鰈の煮付けは白蛇が調理し、お汁粉は夏雄。
凛月に洋食の手解きをし、凛自身は彼女から和食を習っていた。彼の胃袋を鷲掴む為、流架好みの味付けを教わりながら、昆布でとった出し汁に味噌を溶く。
紫音は購入してきた花で食卓を飾っていた。
横を、すぃ――と、手の空いた凛月が過ぎったので、さり気なく藤の簪を手渡す。紫色のビーズを数種類あしらっており、手製のものと窺える。
「お近づきの印に。花言葉、知ってる? “歓迎”って意味もあるのよ。――あ、流架ママにはこれ。御守り代わり、かな。これからも……よろしくね、流架ママ」
彼には、淡い桜色のビーズで組み合わせた根付けを。簪にも根付けにも、小兎のチャームが添えられていた。
凛月は礼を示す流架の後ろで肩を縮こまらせていたが、上目遣いに「……ありがとう」と、紫音へ囁いたのであった。
日本酒くぴり。
酒の肴に料理と雨景色。
「――む、藤宮教師か。ここに座るが良い」
「ん、では失礼して」
しとしと……。
「ああ、そうじゃ。主に言いたい事があったの」
「やや?」
「……おかえり、じゃ。それと次は、助けて、を言える様に、の」
「白蛇――、
……おばあちゃん」
「!? この大虚け者めが!!」
ぱぱ、ぱーーーん!!
だが、
「(このやり取りこそが藤宮教師が戻ってきた証、平和の証なのじゃろうなぁ……)」
と、神は慈しむ。
雨の声は止まない。
だが、今宵はそれでいい。