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ほわ。
斉凛(
ja6571)の頬がローズに甘く咲いたのは、
「はぅん!!」
彼女の“ご主人様”―― 藤宮 流架(jz0111)にすけこまされた所為。
「斉、無事ですか?」
「だ……大丈夫ですの。レバニラで鉄分補給できますから」
凛は持参した箸でタッパーから大量のレバニラをもぐもぐ。そんな彼女を眺めて「用意がいいですね」と、樒 和紗(
jb6970)が感嘆の声をあげた。
状況を遡り。
ぴんぽーん、と、流架宅兼「春霞」の訪問チャイムを鳴らしたのは和紗。
がらり、
「こんにちは、藤宮先生。義理チョコのお届けに伺いま――」
ぴしゃん。
――エ?
三秒待機したのち、再び玄関口の扉が開いた。
「すまない、石臼の押し売りかと思って……」
銀鼠地を主に、薄紅の暈し色を裾へ染めた枝垂れ梅柄の付け下げ纏った彼女の小脇には――石臼。流架が見当違いをしてしまったのは、多分いやきっと仕様が無かったのではないかと思われマス。
そして、後は機を窺ったかのように続々と集まった来客者。
「いつも図書館でお世話になっている小日向さんにチョコをと思って野生の勘で辿り着きました、たのもー!」
活字大好き酢昆布食べる? の、蓮城 真緋呂(
jb6120)が\野生パネェ/
「と、ここ藤宮先生の家だったのね。和のインテリア素敵だな……」
「あら、蓮城さん。いらっしゃい――って、私のウチじゃないけど」
「う……? 今日は人、多い……?
流架先生、小日向先生……こんにちはー……。本の事とか聞けると良いなって……小日向先生……色んな本の事、知ってそうだし……」
「もちろん、私に任せなさい! なんてねっ!」
常塚 咲月(
ja0156)と、彼女の幼馴染であり親友の、鴻池 柊(
ja1082)が居間の敷居を跨いでくる。
「今日は、小日向先生。――意外と小柄だったんですね……パワフルだって聞いていたもので」
「あ ら 、 誰 に ?」
左の眼球から覗く小日向 千陰(jz0100)のソレは、冗談のない“笑み”。
柊は空惚けた顔で、ふぃ、と彼女を視界から外した。その目線の先、茶を給仕していた流架が首を傾げるように柊を見て、目で尋ねていたものだから、
「あぁ――このマスクですか? 風邪ではなく……家で甘い匂いにやられて、気持ち悪くなってしまったので」
甘味が苦手な柊が、苦笑する。
「あ、小日向先生。良かったらどうぞ。オランジュショコラ……オレンジピールにチョコをかけた物ですね。あ、シロップは入ってないですよ」
「え、シロップ? ――って、え? あ、ええ、ありがとう!」
「あ……私も、これ……。手作りだから、口に合うか分からないけど……チョコチップクッキー……」
「――さて、俺は縁側で一服。今日はカオスな予感しかしないな」
渋面な柊が縁側へ消える。
チョコを抱えた千陰の心の温度は、ほくほくと。
裏腹に、彼女――凛。目鼻立ちの整ったその表情は、真剣に真を重ねていた。日頃の感謝を籠めたチョコ、それを捧げる相手は言わずもがなの彼。
「(普段から甘い言葉を口にするご主人様が、どんな風に変わるのか……。ああ……楽しみですわ)」
スイートな至福を堪能するには、なんとしても護りきらねばこのチョコ(いのち)!
メイドが扱うシルバートレイ舐めたらあかん。絶対要塞の如く完全防御、近づくな危険オーラを放ち――いざ!
「ご主人様に真心こめて、貴方のお口にダイレクト……必殺チョコレートスナイパーしてもよろしいでしょうか?」
「――やや? ふふ、射撃なんてしなくても君のチョコなら喜んで。勿論、手作り……だよね?」
こくこくこく!
凛は羞恥に首筋を染めながら、何度も顎を引いて。平素の甘さで遠慮なく顔を覗き込んでくる上に「あーん」と口を寄せてくるものだから。
「桜リキュールと塩を仄かに効かせたガナッシュをビターチョコで包み、桜の形にしてみましたわ。お召し上がり下さい……ご主人様」
凛の白な指先が流架の唇を越えて、チョコを落とす。
もぐもぐ。
――ドキドキ。
ごくん。
彼の口元が綻ぶ。
「ん、美味しい。俺の好きな味だ」
「そ、そうですか?」
「ああ」
……。
…………。
………………をや?
「(ふ、普通!? カシスリキュール、確かに垂らしたはずですのに……)」
そんな馬鹿なと期待外れもいいところ。凛、しょぼん……の、矢先。
「――おや、主人に対してそんな物欲しそうな目をするとは……いけないメイドだ」
「Σ!?」
まさかの、
「でも、そうだね……いつも良くしてくれているから、偶にはご褒美も必要かな?」
――落として持ち上げるフラグでした。
なでなで、甘い色で彼女の頭に手を置いて。凛の繊細な目元は既に、抗えない彼の魅力で虜になっている。抗う気も更々ありませんが。by凛
「凛君の耳、俺の唇で貰ってもいい?」
「はぅ……! あ……ん、ご主人様にでしたらわたくし……。ですが、何故、耳なんですの?」
「ふふ、それはね――」
凛の肩に手がかかり、じっと見据えていた双眸が凛の横面を滑った。そして、彼女の耳朶を生温かい吐息が覆う。
「君を“誘惑”していいのは、この世で俺だけだから」
鼻から(血飛沫)マーライオンの経緯、ご説明致しました。
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ごりごり。
居間の隅を借りて和紗が挽いているのは、抹茶。チョコの仕上げに欠かせないようで、ごりごり挽きつつトップバッターを行った凛と流架の姿を観察していた。
その横で「(……石臼。和紗さん、いつも通りだなぁ)」と、お茶請けの塩煎餅をぱりぱりしながら真緋呂もチョコを取り出す。
「――あ、真緋呂。様子を撮影しても構いませんか? デジタルビデオ持参してきました。何なら全力で潜行しますが」
「別にいいけど、期待するもの撮れるか自信ないよ?」
「それでも万が一ということもありますし。ほら、女子っぽい反応とか勉強して女子力上げたいじゃないですか。あと、リキュール効果で誑し度UPのお二方も記録に残したいですし」
「おっけー。
――小日向さん、ちょっといい? はい、手作りトリュフを贈呈♪ 絶対美味しくなるリキュール入れたから、味は保証付!」
真緋呂、サムズアップ。
「あとついでに藤宮先生も。予備持ってて良かったー♪」
ついで(
でもちょっと待って。今リキュールって言ったよね? 確実に不穏な単語出たよね?
流架と千陰の顔色がビミョーな警戒に染まるが、当の真緋呂に悪気もなければ実はカシス色の効果を知らないという美味しい状況!(
暗黙の微笑みでイタダキマス。
ぱくり。
……もぐもぐ。
Σうまっ。
「……あら、蓮城さん。貴女の藍色の瞳、奥深くて神秘的ね」
とろん。
千陰の左目が熱を帯びて、キャンディのような甘さへ早変わり。
「落ち着いているのに、深く敏感な揺らめきも窺える。ああ……だけど、此方を見つめるその輝きはまるで金平糖のようだ」
安定の流架。
だが、彼の瞳にも千陰と同じ色が映っているような……いないような。
「ほへ? ……なにこれおもしろい」
二人のすけこまし化にびっくりしながらも、状況を把握した脳が“今を楽しめ”と告げてくる。
「(撮影したいって、和紗さん知ってたな? でも藤宮先生あまり変わってない気がする)」
真緋呂は苦笑しながら持参していた肉まんを頬張った。チョコの配達で体力を消費するに伴い食料を携帯していた彼女であったが、明らかにチョコよりも多い食料は最早“携帯”とは言いません!
「蓮城さんのお肌、触れたら壊れてしまいそうに綺麗ね。うっとりするわ」
「ええ。ふわふわの雪を見ているようで……触れたら温かいだろうに、手に入れたら蕩けてしまう大福のような」
「(……だい、ふく?)」
「ふーむ、これが砂糖吐く台詞……おお」
真緋呂は興味深げに遠慮なくガン見&おむすびもぐもぐもぐ。
「か、髪も素敵なブラックダイヤ色よね。深みがあって――」
「蜂蜜みたいに潤っていますよね。甘い香りで……いや、ここはやはり、真緋呂君が好む酢昆布色と言った方が、」
「ちょっとあんた! さっきから食べ物絡みの比喩ばっかりじゃない!」
「はい。彼女を見てたら何だかお腹すいてきちゃって」
「蓮城さん、何か言ってやって!」
「んー。じゃあとりあえず、Bダッシュで肉まんパンチとかしておく?」
これも真緋呂の魅力。
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「通りがかりなんで手土産もなくて、気が利かずにごめんね。次は桜餅でも持ってくるよ」
自分のセンスと優しい声色を持つ彼――Camille(
jb3612)
流架宅とは知らず、何とはなしに骨董品を眺めていただけであったのだが。優雅な曲調が染み渡っていたのは一時、目まぐるしく息を切らせるような選曲が――生徒達が加わって。
「お邪魔するよ。とても趣のある日本家屋にお庭だね」
珠玉な成り行き、とでも言うべきか。
Camilleは紫な甘い瞳で、伝統的な日本の家を控えめに眺めながら茶を啜っていた。
「(可愛らしいな)」
いつの間にか、視線は生徒な乙女達へ。
贈り物のチョコを携えて各々が期待し、甘さに溢れ、心に響かせる音色の日。Camilleは達観した心内で彼女達を見守っていた。
そんな彼の近くへ、千陰がよろよろと腰を移してくる。
「お疲れ様。藤宮先生が熱いお茶を淹れてくれたよ」
「あ、頂くわ。……なんていうか、お風呂でのぼせた時みたいにはっきりしないのよね。記憶が抜けてて妙な感じだわ」
落ち着きのままCamilleは微笑んで、何気ない首の傾きで真緋呂達へ顔を戻す。
リキュールには何の成分が入っているのだろう。
自分で垂らして自分で食べると効果はあるのだろうか。
果たしてどういう仕組みの“魔法”なのか――気になる点は幾つかあるけれど、Camilleの芯は、
「(俺は、薬で人を操ろうとは思っていないかな)」
――ただ。
女性がこれで勇気を出したいのなら、夢を見たいのなら。必然としてその気持ちが在ることも人それぞれのスタンス。彼が否定などするはずもなく。
「――全く。相変わらずモテモテねー、藤宮先生は」
そう言い放つ千陰の気配に、Camilleはお節介にならない程度に添った。
「小日向先生」
「んー?」
「こうして日々を過ごす中で、春の蕾も徐々に綻んでいくんだろうね」
「ん、そうね」
「過ぎていく季節も美しいけど、咲いた花もやっぱり可愛らしいから……春が訪れたら、その日を、その時間を、後悔しないように過ごしていけたらいいと思うよ」
「――Camille君?」
清い菫なメロディーに、千陰は背中をそっと押されたような気がした。
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「これ、藤宮先生に渡して貰って良いか?」
「う……? これ、先生に食べて貰うの……? ひーちゃんが作ってたヤツだよね……?」
「あぁ、試作品。感想聞きたいし。それに男が渡すと変な方向に勘繰られるだろ? そうだ……ついでに食べさせて来たらどうだ?」
「んむ……? 了解……」
というワケで有言実行。
何故かヒリュウの鬼灯もお供に、御勝手で漬物を切っていた流架の処へ。
「流架先生ー……。手作りチョコ……食べる……? 口、開けて……?」
「Σえ、チョコ? ああ、いや――うん」
流架の僅かな躊躇いも、咲月の純な瞳には敵わない。
「はい、あーん……。それ……ひーちゃんの試作品……ベリーソースが中に入ったチョコなんだって……美味しい……?」
――え。
ごくん。
口には美味。胃に遅し。
「咲月君……君は俺のことをどう思っているのだろう。ああ……君の心を暴いてみたいな」
「おー……今日の先生……何時もより天然タラシ……? 勿論……大切な人、だよ……?」
どちらからともなく髪に触れ、頭を撫でり。
見つめて、応えて、微笑み合って。
どうしよう平常運転だこの二人!(
スマホでこの状況を動画として残した柊が、実に名状し難い表情で佇み。その背後から、同じくビデオを構えていた和紗が、すすす。遠ざかっていったのは“鬼”の気配を察知したから。
「……チョコどうもありがとう柊君」
「――……藤宮先生のスイッチ押したか」
目標、柊。
前髪を掻き上げる流架の目は爛々と、背後からは真黒のオーラ。
息苦しい空気に、柊は指でマスクを下げた。
「う……? 先生……私がチョコ、持つの……? え……私の手をとって、投げ……わ……」
「? ――っ!? あっ……ま……っ! 気持ち悪……っ、何す……っ」
柊の口にストラーーーイク。
さあ、変貌するがいい。ベストショットを撮ってあげよう。by流架
「――月……好きだ、咲月も好きだよな?」
「う……? 私も好きだよ……? ひーちゃんは私のもの……」
「あぁ……でも、外は危険だから、安全な所に閉じ込めておかないとな……?」
じゃらり。
咲月の頭を撫でていた柊の手には、いつの間にか手錠が。
「じゃ、後はごゆっくり」
流架は漬物の皿を片手に放置していった。
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漬物かみかみ――していたのも束の間。
撮影に満足し、一息ついていた和紗のチョコが流架を待っていた。
「抹茶を塗し、素材を厳選し作りました栗金団のチョコです。先ずは其の侭どうぞ。山で採取したので無農薬には自信があります」
先ずは、って何?
山って、何?
だが、珍しい栗金団のチョコの誘惑。
口に含んだ流架の双眸が美味だと笑んで。「では次は……俺自身もどう誑しになるのか見てみたいので、カシスリキュール付を互いに食べさせるのは如何でしょう?」とか言うものだから、思いきり噎せた。
沈黙の押し問答の末、
「嗚呼……和紗君。君は何故、和紗君なんだい?」
「親が決めたので。……ですが、俺のこの胸の高鳴りも、藤宮先生が感じているものと一緒なのでしょう」
――二人のすけこまし化をお楽しみ下さい。
千陰の隣りでポテチぽりぽり。
託されたビデオを片手に構え、二人を撮影する真緋呂が、
「……和紗さんて実は天然たらしというか、割と普段から口説いてるの? って台詞吐いてるけど自覚ないのよね」
ふと。
「君の体温を寄越してくれと願う俺は罪だろうか……」
「いえ……俺も藤宮先生の胸に、心臓に触れてみたいと……菓子よりも甘い貴方の吐息に抱擁されたい、と……」
「和紗君」
「藤宮先生……」
和紗は流架の胸に上体を寄りかけ、彼は彼女の肩を抱き、互いの視線が絡んで――、
はい、終了(
●
記憶のないココロの疲労に流架が卓に突っ伏していた。
そこへ、渡し損ねていたチョコに感謝の気持ちを込めて、咲月が傍らへ膝をつく。
「先生……今日は楽しかったね……?
チョコは、作った……。ポイントは、クリームに入った刻んだ桜と葉……桜の風味がして美味しいはず……」
「ふふ、ありがとう」
労いを述べ、流架は咲月の頭に手を置いたその時、
「観賞会、します」
研究熱心な和紗が成果の確認を宣言した。
Σひいい。
「気にしてないから大丈夫。どんまい☆」
両手で顔を覆い悶える千陰に、真緋呂がスンバラシイ笑顔で肩ぽむ。
論より証拠――妖精が振り撒いたスイートな香り、楽しめましたか?