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楽しいのがいい。
一緒に楽しいのが、いい。
傍にいて楽しいのと、傍にいればいいのとは違うから。
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幾つもの光が弾ける街の通り。
降り積もる雪のように奇蹟がきらきら。それは、誰かの未来日記を後押しするかのようで。
「(凛月さんはどんな色が好きで、どんなことで笑うんだろう)」
濃紺の青な瞳が、此度の出逢いに綻ぶ。
挨拶を交わした御子神 凛月(jz0373)の表情が、――キモチが、ふっ、とライトになった気がして。
「(……あ、ほっこり。
んっ、私も楽しもう。彼女も楽しんでくれたらいーな)」
木嶋 藍(
jb8679)の笑顔は、きっと悲しみも逃げていく。
「突然呼び出されたからてっきり血生臭い補習授業かと思ったけど……杞憂だったね」
「君、俺をなんだと思ってるんだい?」
「ミスター・ブロッサムライスケーキ。又の名を桜色軟体食物かっこ仮」
「てるてるおかめ君がどの口で言うのかな?」
逃げていくのは夏雄(
ja0559)
逃がさないのは藤宮 流架(jz0111)
顔を合わせれば相変わらずの二人に「やれやれ」と浅い溜め息を零して、
「先生、今日は。同居人が増えてどんな感じですか?」
社交的な笑みを置いた鴻池 柊(
ja1082)が、やんわりと仲裁に入る。
落ち着きをもった濃紺色の着物に、羽織、絹のマフラーという今日の身拵えは、実家の仕事での関係故に。
「賑やかだよ、とても。来る日も来る日も日ごと毎日」
柊が歯を見せずに微笑んだ。
夏雄がしめしめ、と、差し足で彼から退いたのを見届けると「さてと」、と。
「あいつにもお土産は買っていってやらないとな。――そうだ。良かったら何か選んでやって下さい。少し風邪気味で、来れないのを不満そうにしていたので」
「やや、俺でいいのかい?」
「寧ろ、先生でないと」
おどけたふうに答える柊へ、流架は「分かった」と言笑して頷いた。
「いつでも女の子の味方、マジカル☆エイキッキ参上!」
ダレ。
突如出現した魔法少女に、周囲の度肝を抜くイタイ視線と憐れみの視線が半々に集中する。
「今日は楽しみましょうね〜♪」
蟹歩きをしながら凛月に近づくその姿は、THE変態。
口をへの字にして「うへへ」と笑う東風谷映姫(
jb4067)に、凛月はぎょっとした表情で身を引き、柊の背に隠れた。
気味の悪い膠着状態が続く。
どうしたものか、と、柊が苦笑していると、
「……映姫さん。貴女、わたくしのご主人様に苦無を投擲しましたわね? 覚悟はよろしくて?」
宵桜のmaidenであり、流架の絶対防衛ライン少女――斉凛(
ja6571)のルビーな瞳がトランプのダイヤよろしく。彼女だからこそ似つかわしい釘バットを肩に、極上の笑み。
「凛月さん、悪い人へのオシオキ方法を伝授して差し上げますわ」
凛月と親密になることで、我が主との距離も近づくゲフンゴフン邪なお口チャーーーック!
こほん。
そんな想いは抜きにして。
距離をはかりかねるのは気高くないから、ハリがあってまっすぐに――、
「わたくしと、仲良くなりましょ?」
――青空キラリ。
変態少女の遺影的なナニかが浮かんだような気がした。
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in favorite。
女の子の大好きとお気に入りがきっと見つかる空間(ショップ)。
雑誌でしか目にしたことがないパステルカラーとハジメテの素材、ふわりとシフォンにひらりとフリル。凛月は童話の世界を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしていた。
「ほらほら、こっち☆」
そんな夢路を途中にしている彼女へ、藍が温もりでエスコート。優しく腕をとって「行こ行こ!」と、ふわふわな魔法をかける。
「おいらが意見を出せるのは小物やヘアピンとかだけど、凛月君は興味あるかな? なんせおいらは流行りの服より、今時期に安くなりがちな冬服に目が――いや、なんでもないよ」
「……? 夏雄が選んでくれる、の?」
「ん? アドバイスなら出来ると思うよ。個人的にはだけど……可愛らしい飾りが付いているのも良いが、シンプルな方がお勧めだ」
「しんぷる」
「ヘアピン単体の可愛らしさより、そのヘアピンが自分に合っているか、違和感が無いかが大切だ」
「おぉぉ、勉強になるなぁ」
「ん、意外」
「意外って言われた……。ええと、続けるよ。後、強度とある程度の柔軟性も必要だ。購入する際は二つ以上が好ましい」
「……強度?」
「柔軟性、ですか?」
かくり、二人の乙女が小首傾げて。
「次は金物屋だ。手に馴染むドライバーを買おう。そしたらおいらが簡単な鍵開けを教え、」
――殺気。
六時の方向。おめめがとってもこわいであろう桜餅先生が確実にイル。
「うん、冗談だ。ええと、そうだね……あ、これなんかどうかな。凛月君スタイルのおしゃれ、って感じがする。いや、おいらがそう思うだけかもしれないけど。うん」
夏雄が遠慮気味に、そろり。白い指先に触れたそれは、ピンクトパーズとホワイトシェルのブレスレット。芸術的で繊細なデザインのシルバー細工が施されている。
「薄紅と白、ね」
「うん。なんというか、こう……女性らしくて幸福を感じるような色合いというか、うん。そんな感じがしたけどそれはきっとおいらの気のせいかもしれない。だから別に、」
「じゃあ、夏雄はこっちね」
何が“こっち”?
――ずぃ。そう尋ねる前に押し付けられたのは、
「夏雄の服は色味が少なくて寂しいわ」
夏雄の胸元にちょんと留まった鳥のブローチ。金の鳥は透かし模様の羽で、中に埋め込んであるのはラピスラズリのようだ。
「……おー?」
「私はこれ。貴女はそれ。……夏雄が、幸せな気持ちで今日を過ごせますように」
――、
「あっ、藍。私、あっち見たい」
「うん? あ、帽子? 私、新しいの欲しかったんだ。良いよー♪」
ぱたぱたぱた。
二羽の鳥が羽ばたいて、夏雄の胸元に彩りが一羽残る。
出逢いは大切、とはよく言ったもので。
何だかんだで藤宮邸に誘導したのは自分であったが故に、その後の凛月の生活を気にしていたのも事実。だからどうにも気懸かりで。
「(凛月君、刃以外で自分の考えを伝えているのかな。……伝えられる、はずなんだ)」
そっ。
手が無意識に胸のブローチに触れた。
刃だからこその対話、それも在るだろう。
だが、凛月が選んだブローチには、確かな“良い日”が灯っているから。だからこの先も、その彩りで過ごしてゆける道は凛月にもきっと在る。
「――お悩み?」
「当たらずしも遠からず」
「夏雄君」
「何だい」
「凛月ちゃんとも友達になってあげてね」
ぽんぽん。
目深に被ったフードに宵桜の掌が弾んだ。
トモダチ。
宣言。
――あんなのは精神的、或いは肉体的に余裕がない時くらいしか実行出来ないけれど。
「えぇい、ぽんぽんすな……!」
と言いつつされるがまま。
夏雄の胸元で、金の鳥が愉快な音で鳴いていた。
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「今日まで無事、という事は……凛月の暗殺が失敗しているって事ですよね。まぁ、愉しい毎日の為に仕込めというのならやりますが」
裏の社会科見学を依頼すれば二つ返事で引き受けそうな黒い笑顔で、翡翠 龍斗(
ja7594)は片目を細めてにたり。肩を並べる流架が「こらこら」と窘めるが、言に気が入っていないのは先程も同じような遣り取りをしたからで。
『――凛月。暗殺の失敗要因は先ず、殺気だ。流架先生は殺気に敏感だというのに、振り撒いて襲っているのだろう。……まあ、こっそりと先生の布団に忍び込んで朝まで眠り、写真の一枚でも撮るだけで既成事実は作れるのにな』
なんて言うものだから。
危うく、鬼と龍の第一次戦闘乱舞が開戦されそうになったのを周囲が必死で制止したのであった。一名、煽った映姫がどうなったかは(ry
「まあ、冗談はさて置いて……悠璃さんは、どうしてます? ダイナマ先生の治療があれば傷は残っていないでしょうけども。まさかアレ以降、逢っていない……は、ないですよね?」
「俺はそんなに薄情に見えるのかな」
言葉とは裏腹に、感情が窺えない笑みで流架が遠くを見据える。
「いいえ。ですが、貴方は隠し事が多すぎる。多少は教え子の力を信じてみては?」
「……」
「流架先生?」
「無いように見えても、あったりするのだが」
龍斗は違和感を覚える。
何故だろう。彼の言葉も笑顔も嘘ではないのに、
「……先生も大変ですよね。御子神の茶番に付き合っているんですから。尤も、貴方の下ならほぼ“安全”である事に間違いないでしょうが」
「茶番ではないよ」
「……先生」
「珍しいことではないんだ。親しい者同士が殺し合うのと同じようにね」
やはり、重なる。
――流架の気配は、何処か葛藤していた。
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空間をふんわり浮遊する会話の花。
「凛月さんは蝶のモチーフが好きなのかしら? 好きな色は?」
「え? そ、そうね……でも、着物の柄では兎が多いかしら。色は……菫とか、撫子が……って、べっ、別に凛や藍には関係な――」
「実はあったりー? なんてね、あははー。折角の洋服だもん、好きな色で選んでみたらどうかなって。凛月さん、綺麗だから色々似合うと思うんだ。
んー、すらっとしてるからロングスカートにスニーカーとか?」
そう言うと、藍は水彩ローズ柄のロングスカートを手に取って凛月の腰に合わせてみるが、
「あ、でもミニスカートとかも絶対可愛い!」
しゅっと、凛月の下半身がガーリーなシフォンミニスカートに早変わり。
「(足出し勧めるとか、流架先生に娘の悪い友達的な目で見られそうな気がしなくもないけど)」
でも、可愛いはやっぱり――、
女の子の魔法だからいいのだ!
「まあ、素敵ですわ。その、凛月さん。よろしければ、わたくしの服も一緒に選んで下さいませ。わたくし、メイド服は沢山あるのですが……私服はあまり持っていませんの」
「わ、私でいいの?」
「ええ、勿論ですわ」
ガーリーな流れに異色――味噌樽で乗ってきたのは映姫太郎。
ここぞとばかりにゲスく参上。
「――このセーラー服みたいなのはどうです〜? 支払いは流架センセーが出してくれるでしょうし、どうせだったら全部買ってみては〜?」
見目は美少女であるというのに、この心の破綻さ。ある意味、称賛……に値するかどうかはさて置き。
映姫に対して免疫がない凛月は、怯えた表情で後退り。それが何とも悦で、「ほら……ほら……」と鼻息荒く迫る映姫は、
「――喝ッッッ!!!」
ぐしゃあッッッ。
流架の拳によってコメディ寄りにペッタンされました。
ダイイングメッセージ=“ロリコンセ”(ココで途切れている)
――さあ、レディ達。
お気になさらず買い物を続けて?
「……賑やかですね」
違う意味で。
場を外していた柊が紙袋片手に、状況を探るように流架の傍らに控えた。
「やや、お土産は見つかったかい?」
「ええ。色々と売っていて迷いましたが、あいつの好きそうな古書があったので」
「それは良かった。――ああ、これ」
流架は前衿の合わせから抜いた物を彼に差し出す。
「レース編みのシュシュ。蒲公英色が春らしくてね。包装してもらったから、彼女に」
「ありがとうございます」
「ん。――さて、凛月ちゃん達も各々決まったようだし、そろそろお昼にしようか」
「あ、俺、凛月にご馳走したい店があるんです。良いですか?」
穏やかに目笑する流架の背後から、店の紙袋をぶら提げた凛月達が口元を綻ばせて此方へやってきた。
「――凛月、荷物貸せ。約束通り、一緒に美味しいもの食べるか?」
さらりと向けられた柊の提案と掌に、凛月は「え?」と面食らうが、藍と凛が笑顔で背中を押してくれたから、
「……ん。行ってあげても、いいわ」
目尻を染めた上目遣いで、彼の大きな掌に指を添えた。
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昼食は柊の勧めでパスタの店に。
凛月の為に柊が気を利かせて色々な種類のパスタを注文し、皆で分け合い舌鼓。目をキラキラさせながら食後の甘味までペロリの凛月に、柊は満足そうに茶を啜るのであった。
後(のち)、再び商店街をぶらりとした一行は黄昏の祭りへ。
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凛月と凛は身なりを虹で摘んで、披露した。
凛月のトップスは兎のモチーフが静かに彩るナチュラルニット。下には藍が選んだ、桜色のシフォンミニスカートにフラワーレースの黒タイツ。
凛の彩りには、繊細な花レースが美しいナチュラルブラックのフレアワンピース。そして、薔薇模様の白ニットタイツ。
いつもの彼女達を更に可愛く魅せていた。
「着物も似合ってるけど、洋服も似合ってるな。可愛いぞ、凛月」
「ん、凛君も素敵だ。白と黒が可憐で優美だね」
柊と流架の御眼鏡に適い、二人は視線を合わせて吐息で微笑んだ。
「――あ、そうですわ。わたくし、凛月さんがたい焼きお好きだって聞いて作ってきたんですの。皆様、どうぞお召し上がり下さい。この型、可愛いでしょう? 見た目にもこだわって選んでみましたわ」
「凛、すごい……!」
「ふふ。あ……皆様には粒餡ですが、ご主人様のは漉し餡ですわ。皮は桜色にしてみましたの」
優しい色合いの桜は彼のイメージだから。
一同勿論――完食。
夜空に星が瞬き、地に盆が灯る。
柔らかな灯りが揺らぐ情景は、温もりと美しさで人々を誘うようであった。
甘酒(熱)絶対確保の夏雄はボール投げなら割と得意と称し、ぽんぽんぽん。
祭りの色に浮かれた輩が凛月にナンパをしようもんなら、龍帝が影でお仕置きお手玉ポンポンポーン。
凛は流架とアイスキャンドルを交換して、桜色を彼に、紅梅色を自分の想い出に。
映姫は祭りの混雑を利用して、凛月のバストサイズを触診ぐしゃあ(ry
「ああ、そうだ。凛月。これ、今日付き合ってくれたお礼に」
「……梅柄の、玉簪?」
「今を楽しめ。きっと色んな事が輝いて見える」
「柊……。ありが、とう」
彼に手を引かれ、凛月はまだ訪れぬ春風を感じたような気がした。
ドン、ドン!
満ち足りた時間の終わりを告げる音が、冬の夜空に彩りを添える。
誰もが夜空を仰ぐ中、
「同じ人が好きなら……ライバルだけど、最高の親友にもなれると思いませんか? わたくしお友達を呼び捨てで呼んだ事ないけど……“りつ”って呼んでもいいでしょうか? 特別なお友達として」
流架の色を瞳に、凛が凛月の手を引いて耳打ちをした。凛月は恥ずかしさのあまり目を剥いて耳を熱くしたけれど、逡巡し、やがて、
「……んっ」
俯くことで歓喜を隠し、顎を引いたのだった。
購入したニット帽をくぃ、と目深に。
ココロ、星に馳せて。
「(私、凛月さんも流架先生の事も何も知らない。でも、伝えられる言葉はきっとある。ゆっくり少しずつでも心に近づけたら、記憶に寄り添うことが出来たら、きっと楽しいと思うんだ)」
だから、昨日に、明日に。
――へくしゅっ。
「っ、」
ふわり、と。
マフラーを忘れた首元に、仄かな桜が香るストールが温んで。
藍のココロは幸せに添う。
これから何があっても、今はたくさん笑おう――。