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はっくしょん!
うう、寒い。
けれど、“春霞幼稚園”の園児達は今日も今日とて元気いっぱい。
「こんにちは、きじまあいだよー。
好きなものはせんたいヒーローのあお! だってわるいやつをぎったぎたにできるんだもん!」
にこぉっ!
なんて可愛らしい笑顔なんだろう。濃紺の花が、ぱぁぁっ、と咲いたような。ハピネスな花粉がキラキラと藍ちゃん(
jb8679)を包んでいるね。
「流架先生……伊藤先生……おはよう……ゴザイ……マス……」
んん? 元気、かな?
咲月ちゃん(
ja0156)低血圧?
「おはよう、咲月君。お腹いっぱいにしてきたかい?」
「ん……お茶碗五杯ぶん……お味噌汁も……お腹、ちょっと……ちゃぽんちゃぽん……?」
なるほど。咲月ちゃんのお腹はぽんぽこぽんのちゃぽんちゃぽん……ではなく、物言いがマイペースなんだね。
おや?
早速エアヒーローごっこをしている藍ちゃんが「とぅ!」と、跳躍。子供のバネは凄いね。\ぴょぃんぴょぃん/している。
その音を耳にしながら、何処か心を馳せるように一人の子が呟いた。
「ここに来ると闘志が湧きます。不思議です」
樹木の深い緑な長髪がさらり。きっと円らな瞳をしているだろうに、包帯で何重にも巻かれてしまっているね。視界を遮ることが、彼女――龍子ちゃんの御家事情なのかな?
「――ああ、龍斗君。シャツが見えているよ。こっちにおいで」
ん?
「男の子も冷えに注意しないと。はい、いいよ」
……んんっ?
「ありがとうございます、流架センセー」
よく見れば男の子色のスモック。その裾をそよがせて、藍ちゃんのエアへとつげきー。かと思いきや、くるりと“こちら”へ向いて、
「慣れてる」
一言残して彼は去っていきました。
すみません龍斗くん(
ja7594)
あたたかいフォローありがとうございます……。
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つみつみ。
縁側で、ぽつん。積み木で黙々と遊んでいるのは、威鈴ちゃん(
ja8371)。赤、青、緑……と積んでお城を作っているようだね。
ちらり。
威鈴ちゃんはひとり遊びが上手な子。だけど時々、緑玉石の垂れ目が外で駆け回るお友達を羨ましそうに追うんだ。
「にゅ……みんな……すごい……ね……」
唇を、み、と結んで。
ひとりで遊ぶのが上手でも、それは決してお友達を遠ざけているわけじゃないんだよね。一緒に遊びたい、仲良くしたい、そう思うのは当然。ただ、威鈴ちゃんは――、
「威鈴ちゃん、一緒にあそぼ!」
びっくんちょっ!
「ぁ……ぅ……!」
もじもじと人見知りなだけなのです。って、そんなに慌てたら積み木が――、
がんがらがしゃぁん。
威鈴ちゃんのお城、倒壊……。おやおや、小さな身体をあんなに大きく震わせて。四つん這いになって、ぱたぱた、桜餅組のお部屋へ逃げて行っちゃった。
威鈴ちゃん? 隠れたつもりなのは分かるけど、壺の後ろから小さな頭とお尻がぴょこんと覗いているよ?
「(にゅ……)」
びくびくびく。
その姿はまるで、猛獣に怯えるうさぎさんのようだね。
「Σがぁん! まさかの俺、猛獣!?」
うそうそ! ごめんね、悠人くん(
ja3452)。例えだよ、例え。
っと。その悠人くんはどうやら、いつもひとりで遊ぶ彼女のことが気になって気になって気になっちゃう病にかかっているようだ。
「Σえっ!? まさかの俺、病気!?」
ちがうちがう! 早とちりさんだなー。
さて、問題です。お胸と心がほっこりきゅんきゅん切ない状態を何というでしょう?
「――恋煩い、だねぇ……」
流架先生(jz0111)が、ぽんぽんと悠人くんの頭を撫でた。当の本人は「はい? コイ?」と、眼鏡レンズにクエスチョンマークを表示していたけど。
「ああ、ごめん。糸電話の作り方だね」
悠人くん、糸電話で威鈴ちゃんとコンタクトを取ろうとしているようです。ふふ、上手くいきますように。
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「らっしゃーい。ほっかほかのおでんと焼き芋はうっめぇぞー」
重低音の声が圧倒的存在感のダイナマ先生(jz0126)。おでんと焼き芋が霞んじゃう? いやいや、ちびっこは美味しそうな匂いを逃がさんのです。
「焼き芋……!」
ひと戦隊し終わった藍ちゃん、お昼前のお腹を刺激されちゃったみたい。おや、でも視線と興味は逸れて、ある一角――手毬で遊ぶ凛月ちゃん(jz0373)へ。
「あれ、りつちゃんひとり。なにしてるのかな? うーん……。あ、そーだ! ダイナマーせんせ! ダイナマーせんせ!」
藍ちゃん\ぴっかーん!/
軽快な駆け足でダイナマ先生のもとへ。――因みに、藍ちゃんの“ダイナマーせんせ”呼びは、名前がヒーローっぽくてお気に入りだからなんだって。
「おっす。どしたん、藍。芋か? おでんか?」
「あのね……」
藍ちゃんの囁きと口元へ添えた手のポーズで、ダイナマ先生は察したみたい。膝を曲げて藍ちゃんの方へ耳を寄せると、内緒のこしょこしょ。
それを聞いたダイナマ先生、優しく笑って「あいよ」と答えた。次いで「えへへ」と藍ちゃんもにっこり。くるりと踵を返し、手毬をつく音の方へ駆けていった。入れ違いでやってきたのは、
「プリン、ください、なの」
リーンちゃんこと、凛ちゃん(
ja6571)。
光の豊かな長髪をツインテールで垂らし、歳の割に大人びた瞳は碧眼。その美貌は、アンティークドールを彷彿とさせるね。
「よっしゃ、プリン一丁な。――あ? プリン?」
――は、凛ちゃんの好物。であるからして、食べたいんだよね? 簡易屋台にはおでんと焼き芋しかないけど。
「プリン、たべたい、の」
食べたいんですって、ダイナマ先生。ココで頑張らねば男が廃る。なんとかせい。
「おっけ、リーンの為ならえんやこらしょよ。――うるぁ! いでよ、プリン!」
少々お待ち下さい。ダイナマ先生が冷蔵庫までスライディングしております。
おおっ! 凛ちゃん、お喜びなすって。ダイナマ先生は約束(パシリ)を果たしました!
「ダイせんせ、ありがと、なの」
木葉のお金を差し出し、凛ちゃんが微笑み湛えて向かったのは流架先生のところ。
「るかせんせ、いっしょに、プリン、たべるの」
「おや、そろそろお昼だよ? ちゃんとご飯も食べられるかい?」
「おひる……いっぱい、たべるの。るかせんせの、ごはん、どっちもべつばら、なの」
流架先生、凛ちゃんの“別腹”使いに思わず吹き出しちゃった。
「ふふっ。じゃあ、喜んで」
二人縁側に腰を掛け、一つのプリンを仲良く美味しくいただきます。
プリンの甘さと誰かさんの“甘さ”で、凛ちゃんはいつも以上に頬を綻ばせているね。っと、凛ちゃん、大切なうさぎさんのぬいぐるみをお胸にぎゅぅ、と、もじもじ。どうしたのかな?
流架先生が不思議そうに窺っていると、凛ちゃんは幼いながらに精一杯の本気を出したんだ。
「あのね……せんせ……リーンは、るかせんせ、だいすきなの。だから……おおきくなったら、せんせの、およめさんに、なるの」
大人なレディになったその時まで憶えているかは分からないけれど、ピュアな乙女心と上目遣いに、きゅん、としないわけがない。
俄に膨らんだ流架先生の瞳はしっかりと凛ちゃんを捉え、愛おしそうに微笑んだ。
「ありがとう。でも、本当に? 俺でいいの?」
「もちろん、なの」
「ふふ、嬉しいね。だとしたら後悔はさせないけど……リーン君、苦労するよ?」
――その謎めいた微笑。流架先生の悪い癖ですよ。
「きっと」
捕まっちゃったね、凛ちゃん。
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「寒い……眠い……お腹空いた……」
そう呟いていたのも束の間。
かきかき、ぬりぬり。
お絵かきが好きな咲月ちゃん。愛用のスケッチブックをお膝の上に体育座り。ベストショットなその位置で描いているのはどうやら、桜の風景画のようだね。
「植物……花とか蝶々……なに描こうか色々迷ったけど……やっぱり、桜……綺麗……」
うん、本当だね。まるで絵巻草紙の一部、別の世界を観ているようだ。
風にひらひら、花弁くるり。
自分の色彩に没頭する咲月ちゃん。ぬりぬり、と、薄紅の色鉛筆で真白を染めて、クレヨンの白で淡く暈す。咲月ちゃんのまわりに流れる空気、時間の流れがゆる〜〜〜く……くんくん?
「……? 良い匂いがする……。おー……焼き芋と……おでん……? 美味しそう……」
おや、咲月ちゃんったら。
誘惑に負けて、両の足をぽてぽてと吸い寄せられてしまった。
「交換……? おー……。おやつ食べたら……食べていい……?」
「もち」
「うむ……じゃあ、まずはお昼ご飯……食べてくる……。今日のご飯は、なんだろー……」
というわけで、お昼ターイム☆
其々のちびっこが自分の席について良い子にしている中。
をや? お昼はまだ運ばれていないのに、おかずの良い匂いが。
「うまうまー……出汁巻き玉子、美味しー……」
THE早弁。
皆の視線が、ぴぴぴ、咲月ちゃんへ注がれちゃって。
「――はい、お待たせ。今日のおかずは蓮根つくねと茶碗蒸し……、咲月君?」
「は……。流架先生……バレた……。――だって、お腹空いた……。お腹と背中がくっついたら、大変だよ……?」
咲月ちゃんのぽんぽんに罪はないのです。
流架先生の愛情たっぷりランチをもぐもぐ。
お口に広がる美味しさに重なって、お庭からちゃぽんと音がした。すかさず、龍斗くんが訊いてくる。
「流架センセー、池に何かが泳いでいる音が聞こえますが、あれってなんですか?」
「ん? ああ、鯉だよ」
「それって、食べられるです? 捕りに行っていいですか?」
「ふふ。ご飯を全部食べて、池の前で仁王立ちしている先生を倒すことが出来たらいくらでも」
流架先生。子供の本気に本気で返さないで下さい。
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栄養と元気をたっぷり摂って、午後!
「よし、もう少し……」
おや? 悠人くんだ。
そういえば、威鈴ちゃんとの糸電話は二言三言、会話を交わせていたね。でもやっぱり、それだけじゃ物足りない。威鈴ちゃんの傍に行きたい。もっと仲良くなりたい。でも、どうしたら?
その為のラブドクター先生! 悠人くんはダイナマ先生に相談したんだ。すると。
「威鈴ちゃん、俺からのプレゼント……よろこんでくれるかな」
――そう、悠人くんが桜の木の下でしゃがんでなにかやっていたのは、威鈴ちゃんへの贈り物を作っていたからなんだ。汚れていない綺麗な花弁を丁寧に糸で通して、真心こめて。
「――威鈴ちゃん! はい、どうぞ!」
「ぁ……にゅぅ……?」
それは、桜の花弁の首飾り。
何枚もの薄紅が柔らかく微笑んでいるようで、あたたかい。悠人くん、威鈴ちゃんに逃げられる前にそれを渡すと、ぴゅっと物陰に隠れちゃった。でもまた、ちらり。隠れては、ちらり。どきどき。さて、威鈴ちゃんの様子は?
「ん……きれい……」
おどおどしながらも、緑の視線は首飾りに釘付け。壊さないように、そっと感触を確かめているようだね。
威鈴ちゃんは人見知りで、誰かと話すのはいつも上手にいかないけれど。悠人くんとの糸電話は必死にお喋りしたんだ。それは、威鈴ちゃんもお喋りがしたかったから。ダイナマ先生と何か話している悠人くんのことが気になって、積み木のお片付けがなかなか進まなかったりね。ふふ。
「威鈴ちゃん、あのさ……俺と、」
「あそんで……くれる……の……?」
「! うん! あそぼ!」
お互いに双眸を細めて、なんて嬉しそうな笑顔だろう。
悠人くんが、そっ、と威鈴ちゃんの手を優しく引いた。威鈴ちゃんにとって“お外”は眩しかったけど、悠人くんが一緒なら。
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さて、こちらは。
「やったー! 花びらの小瓶かんせーい!」
「桜の金平糖みたい。きれいね、藍」
藍ちゃんと凛月ちゃん。藍ちゃんが両手で掲げた小瓶の中には、桜の花弁がしゃらんと星屑のように音をたてて。午前中から二人で一生懸命集めていたもんね。――そう、これには藍ちゃんの思惑があったんだ。
『りつちゃん、あのね、ダイナマーせんせに焼き芋くださいっていったら、花びらいーっぱい! いーっぱい! あつめてこい、なんだって。いつのじだいも、おかねをもってるひとはつよいんだよね』
世知辛い世の中です。
『私ひとりじゃ集められないから、いっしょに集めてくれないかな? だってりつちゃん、花びら集めるのすごく上手そうなんだもん』
にぱっ!
笑う藍ちゃん。初めてのお誘いに凛月ちゃんは感激。なんの意地でか、つんつんはそのままだけど。咲月ちゃんにだって、挨拶されてぎゅぅされて頭撫でてもらったのにねぇ? でも――。
「あ、あの、ね、藍……ありが、」
「お礼! るかせんせといっしょに食べて!」
「え?」
交換してもらった“内緒”のお芋を凛月ちゃんに手渡して、藍ちゃんはかっこよく立ち去った。それがヒーローだから。そして、ダイナマ先生のところに行ってお辞儀。「お芋、かっこよく焼いてくれてありがと!」と。
凛月ちゃん、次は藍ちゃんみたいに素直になれたらいいね。
と。
屋台は大繁盛。今度は龍斗くんがやってきた。泥だらけなのは、池の水を汲んで泥団子を作っていたからだね。
「ダイナマセンセー、おでんと焼き芋ください。で、焼き芋は家族に持って帰ることはできますか?」
「もちよ。龍斗は家族思いだわなー」
ダイナマ先生、龍斗くんの頭を撫でようとした“だけ”だったんだ。ソレナノニ。
翡翠鬼影流サマーソルト(風)キーーーィック!!!
幼児の背丈故、ゴールデンは必然的。
「オレも継承者候補の一人です。あ、泥の後片づけはよろしくおねがいします」
お昼ご飯の後に流架先生にしがみついてウトウトした龍斗くん。元気充填ぱねぇ。
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「かんせー……。復活(?)した伊藤先生の所に持っていって交換してもらおうー……」
咲月ちゃん、描きかけの桜の絵が完成したみたいだ。
「先生……おでんの玉子とこんにゃくとはんぺん……あと、焼き芋ください……」
「食うわね。へぇ、良い絵じゃねぇか」
美味しいものを抱えて咲月ちゃんはほくほく。
桜の木の下でひとりお花見。
「桜の木の下で食べると、別格……。むぅ……眠くなった……」
ふふ、おやつはいいのかな?
「食べる……」
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甘いおやつで夢の中。
「これからもずぅっと一緒だよ」
「なか……よしぃ……」
お揃い――“お互い”にプレゼントした首飾りを大切そうに抱き締めて、悠人くんと威鈴ちゃんは寄り添って眠り、
「るかせんせ……いっしょに、おひるね……なの」
凛ちゃんは無邪気にすやすや。流架先生ぎゅぅ、と。
皆の寝顔を見守りながら、流架先生はタンスから藍染めのストールを取り出した。そして、眠る藍ちゃんの身体へふわり。
「(凛月ちゃんと遊んでくれてありがとう)」
藍ちゃんが目を覚ましたら伝えよう。
これは貸してあげるから、明日も、そのまた明日も、元気いっぱいに返しにおいでと。
なんでもない普通の日々だけど、皆がいるから大切に思えるんだ。
明日もきっと笑えますように。