●
――emergency!
現在“台風の目”は藤宮 流架(jz0111)家、骨董品店「春霞」の頭上で\ヒャッハー!/している。総員、直ちに\なんとかせよ!/
**
本編は此処からデス。
「――流架ママー♪」
グッドともバッドとも捉えられる生徒の訪問タイミングに、流架が表情を探しながら玄関へ。すると、甘えた音色を乗せた一匹の白兎が勢いよく彼の胸へ跳び込んで来た。
「ややっ、紫音君。こんにち――ぐわっ!?」
床の滑りに足を取られた流架は、仔兎を抱えた体勢でなすがまま重心を後ろへゴンッ。後頭部を強打した。
「Σマ、ママ、だいじょぶ!?」
月の輝きを彷彿させる銀髪はふわりと癖毛で、円らかな瞳に小柄なその様は正に――うしゃぎ。失敬、兎。人の名を(いえ、人です)黒田 紫音(
jb0864)。流架の胸板に両手をついて、心配そうに顔を覗き込む。
「――ん、平気。可愛い仔兎を抱っこできて役得だ」
「えへへ♪ ママ大好きー♪」
満遍の笑みで流架の胸元に顔を沈める紫音。そんな彼女を支えながら上体を起こした流架の緑玉石の瞳は、紫音の背後を護るように位置していた黒曜石の彼の瞳へと互いに落ち着く。
「おう、失礼するぜ。
互いに面ぁ合わせるのは初めてだが……お前が流架、だな? いつも家内が世話になってるみてぇだな。俺ぁ、黒田 京也だ。見知っておいてくれ」
「ん、此方こそ。歓迎するよ、京也君。
……その、えーと」
教師の膝に妻を取られたままの黒田 京也(
jb2030)は、流架の意を察して余裕に笑んで見せた。
「構わねぇよ。紫音が誰に甘えても、最後は俺のモンだからな」
その言葉に紫音が、ぼふっ、と顔を真っ赤にしたのは言うまでも無い。
●
「おっはようございまあああす!」
雑草根性魂の奇襲、もとい、訪問の理由は「お家とお店を見せてもらって、プライベートな先生を知りたいなー」の、夏木 夕乃(
ja9092)が家人に元気よくご挨拶。
でも本音は?
「(いつもこっちがやられてばかりと思うな桜餅教師。今日は弱みを掴んでやるのぜー!)」
ですよね。
「――でもアレですね。先生とはいつも仲良くさせてもらってますけど、自分と先生で恋人は無理でしょう。ムリムリでしょう」
「何が無理だって?」
「Σうぉっと、桜餅先生。今日も餅肌うるわしゅう」
流架の妹、藤宮 桜香との対話で夕乃が何やらメモ書きをしている様子を視界に留めた流架は、妹がお茶の淹れ直しで席を立った隙に夕乃の背後へ忍び寄る。
「そう言えばです。自分、他の生徒さんからアンケートを取ってきたんですよ。先生が教え子にどう思われているか。まあ、一部ですけど。知りたいですか? 知りたいですよね? しょうがない、自分が教えて進ぜましょう」
「……俺、まだ何も言ってないんだけど」
魔女っ娘のシンボル、とんがり帽子の鍔の位置を平素より高くし、なんちゃって貫禄を出した夕乃だったが、流架の無言の圧力を受けて背筋ぴーん。
「ええとですね――“すごく付き合い良くて親しみやすいけど、裏がありそうな感じがチョット怖い”だそうです」
「ほうほう。んー……。――まあ、教師としての威厳を保てている証拠かな?」
「はぃ? 威厳? 先生、先生の威厳は桜餅の葉っぱに包んで無くしたんじゃなかったでしたっけ?」
「HAHAHA。……何だって?」
ぐわしっ、と、容赦の無い握力が夕乃の頭部へ襲いかかる。此れこそ人体握力機(真似しちゃ駄目だよ☆)
「Σはぅっ!? ふぎぎぎぎっ、じ、自分、ちょっと良いこと言ってあげようかと思ったのにぎゃぎゃぎゃっ! せんせっ、ちょっ、割れるー! お嫁行けなくなっちゃうー!」
「その時は俺が責任を持って引き取ってあげるよ。新しい頭部のメロンも用意してあげるし」
「自分にも選ぶ権利はあります! それに高級メロンしか受け付けません!」
「……言ってくれるね」
\夏木メロンぶしゃー!/
――くやしーから言ってあげません。でも、先生は多分、
――隙の無さとワケあり感が相まって裏があるように見えるけど、
――実際は人より情が深いから、距離感に気を遣ってるんじゃないか、って自分は思うんですよね。
「雑音の中、鮮明に生徒の音を聞けるようにはしているよ――俺なりにね」
――……乙女の頭部をぶしゃーした人が言う言葉じゃないと思いますけど。
●
「ねえ、流架さん。この方お嫁さんにどうかしら」
「――は? あー、俺は男です。あと、妻帯者ですので……」
懐から出した学生証と左の薬指を証明に。早速、無邪気な藤宮 蒐に嫁候補にされた翡翠 龍斗(
ja7594)
でもね、そうみえてもしょうがないんですよりゅーとくん。
無駄の無い筋肉質の持ち主だが、見目は華奢。身の丈はさほど低くはないけれど、癖のない艶な長い髪がどうも誤解を生むらしい。其れに加え、龍斗の祖母の物を仕立て直した男女兼用の着物。黒地に金糸の花模様が纏う者の美を一層際立たせていた。
そ ん な こ と よ り by龍斗
「そう言えば、流架先生。以前、女の子の服を強制的に着せ替えましたよね」
「――ちょっ、はっ?」
「あと、俺もウェディングドレスを着せられましたが……」
「っ」
「それは、さて置き。先生って、ダイナマ先生のように両刀なんですか? 子供でも手を出すという事は、そっちの趣味も? まあ、結局“たらし”という事でしょうけども」
――確信犯であった。
此れは最早、彼に対する質問では無い。しれっとした表情の龍斗から、何か黒い渦の様な意図を流架は感じた。
ならば上等、と言わんばかりに青筋の立った微笑みで龍斗を見返す流架。そんな息子へ母は言った。
「あらあら。流架さんったら、恋が多いのも良いけれど……服を脱がすにも順序というものが――」
「蒐さん、色々とギリギリなので口を慎んで。――いえ、その前に俺は脱がせていません」
「では、どうやって彼女達と俺は服を、」
「――君も少し黙っていようか、龍斗君」
「……ハイ」
・
・
・
「せんせ、だいじょぶ……? 顔色、悪いよ……?」
「こんにちは、お邪魔しています。色々と大変そうですね。……色々と」
案じ顔の常塚 咲月(
ja0156)とは対照的に、表情と言葉に冷やかしを滲ませた鴻池 柊(
ja1082)が茶の間に腰を落ち着けていた。
苦笑を漏らしながら、流架が膳を挟んで二人の正面に位置すると「お嫁さん候補、探してるってほんと……?」と、咲月が小首を傾げて尋ね声。
「や、ややっ? いや、此れにはワケがあってね」
「――先生? こんな楽しそうな事、見逃せませんよ」
そんな事ないと流架が否定する間もなく、右の眉を動かして微笑んだ柊に肯定された咲月の問い。
「あ……ひーちゃんがSの顔してる……」
「月、それは言わなくていい事だ」
すかさず、柊は咲月の額を手の甲で払う様にぺちり。
「いたっ……うぅ……ぼーりょく反対……。先生、ひーちゃんが、ぼーりょく振るった……」
座を立った咲月が小走りで向かった先は、流架の背。ぴと、と彼に体温を求めるその様は、猫が気を許した者に寄り添う仕草と似ていた。
「こら、柊君。彼女を泣かせるなら俺の傍に置いてしまうよ?」
「……先生。貴方もギリギリだと思います」
「う……? ひーちゃんの言ってる事、よく分からない……。あ、えーと、先生……? ひーちゃんがとりあえず、どんな方法でも良いから円満にこの場を収めたら良いって言ってた……。だけど、無理になったら言ってね……? 助けるから……」
流架の袖をくい、と摘まみ、彼を見上げた深い森色の瞳が親しく微笑む。
その咲月の様を眺めていた蒐が、キラキラと目に見える輝きを持って二人の傍らに腰を下ろしてきた。
「まあまあ、清楚なお嬢さんね。ねえ、咲月さん、ウチの流架さんどうかしら?」
「ん……? 先生を、どう……?」
「蒐さん、純朴な彼女をからかっちゃいけませんよ」
「あら、だってとても仲睦まじく見えたわよ?」
「あ……もしかして先生ピンチ……? 先生、頑張れ……」
「月。親指立てて応援しても原因の半分は月だぞ」
「咲月さんが卒業したらすぐ結婚なさいな、流架さん」
「――ち、ちょっと待って下さい! いきなりそんな事言って、彼女を困惑させな、」
「おー……。先生……私、ケーキ入刀やってみたい……あれって、全部食べていいの……?」
「……話は全く噛み合っていないのにこのスムーズさは凄いな。見ている分には面白いが……頃合いか。
――蒐さん、実は実家の姉が花を活ける花瓶と贈り物用のネクタイピンを所望しているんです。種類は問わないので、宜しかったら店内を案内して頂けますか? 骨董品は久しぶりに見るので楽しみにしていたんです」
柊の絶妙フォローにより、此れにてコント終了。
●
お酌桜餅の美女を傍らに。
龍斗の実家の蔵に眠っていた業物を目利きする為、赴いた場所。
「ママ♪ 頑張って作ったの。味見してほしーな♪ はい、あーん♪」
「あーん。……んっ、また腕を上げたんじゃないのかな? とても美味しいよ」
「……流架先生。真面目に鑑定してくれなければ紫音の手作り和菓子没収しますよ?」
「龍斗にぃやんダメー! 私がママにあーんしてあげるのー!」
「いや……俺はせんよ」
響く言の葉はともかく。
其処は、過去の歴史に感覚が古へと遡るような不思議な空間であった。香を焚いた店内は、美しく、暗く華やかで、格調高い雰囲気を漂わせている。
「ほぉ、結構いいモノ置いてるじゃねぇか。“オヤジ”への贈りモンに刀でも……出来れば試し切りされたモンが良いんだが、2ツ胴より上のモンはないか?」
端整な顎に指先を添え、心を浮かせて品定めをする京也。物騒な連想しか出来ないその場の一同であったが、柊を案内してきた蒐が穏和な表情そのまま、京也の御眼鏡に適う品を見定め始める。
「――それで先生、どうです? 何でも、実際に斬首で使用されていたものらしいですが、直刃ですし美術品というよりは殺傷目的に作られた……と言った感じですよね」
「ふむ、そうだね。……ん。此れは……、
――刀です」
そんなん見りゃ分かる。
「……先生のやる気スイッチは何処にあるんですか? 穿つ準備は出来ています」
「いや、俺は目利きについては精進していないのだよ。それに、刀は見るよりも遊ぶ方が好きだ」
「それは……分かりますけど。では、先生以上の目利きに渡してもらえますか? ご存じなのでしょう?」
龍斗はその時、初めて目前としたのかもしれない。敢えて“社交的”に頷いた、流架の不自然さを。だが、頭に小さく浮かんだ疑念は、背後から響いた面白がる声音ですぐに消えた。龍斗が肩越しに視線を上げると、がっしりとした京也の肩には目当ての物が似合いすぎる程に置かれて。
「家内が世話になってるバーの店主から聞いてるが、学園でも随分モテているようだし、そろそろ身を固める様に言われたりはしねぇのかい?」
「――あらあら、そうなのよ京也さん。恋愛下手では無いと思うのだけれど……何がいけないのかしらねぇ?」
「ふみゅ……ママ、恋愛系……凄く鈍そうというか……意図的に鈍くあろうって気がするけど、ね」
息を漏らしたような声音であったはずなのに、一同の視線は紫音に。彼女は意表を突かれた面持ちになって、流架の背にぴょっ、と隠れる。ので、耽るような当の流架の表情を知ることはなかった。
「まあ、紫音さんは流架さんのことを理解して、慕ってくれているのね。嬉しいわ」
「ふぇっ、そっ、そんなっ、私こそ凄く可愛がってもらってます。幸せなくらいに。私が独身だったらお嫁にもらって欲しいくらいです!」
「何言ってんだ。そん時も、紫音は俺がもらうんだよ」
「Σ!!?」
「あらあら、ふふ」
「ご馳走さま、ですね。良かったな、紫音」
口許に親しみの情を乗せた龍斗が、耳まで真っ赤になっている紫音の頭によしよしと手を置いた。
「はぅ……。ぇと、蒐さん。流架ママを“ママ”と呼ぶ理由は……色々あるけど、いつも優しく見守って慈しんでくれるから、なんです。だから、ママはきっと、誰よりも幸せになると思います!」
希み、笑んで、紫音は白い歯を零した。
●
「――おかげさまで良質な品が手に入りました。ありがとうございます」
「ふふ、お力添えが出来て良かったわ」
桜の花さえ色を変えるような赤い夕日が、茶の間へ腰を移しにきた柊と蒐の頬を撫でる。冷茶で一息、喉を潤して。暫しの静寂が流れた後、柊は対面する蒐へ整然とした表情を向けた。
「蒐さん。藤宮先生は俺にとって、色々な意味で羨望の存在なんです」
「羨望?」
蒐はひと時彼を見つめ、柊は小さく顎を引く。
「はい。だからこそ――これは俺の想像ですが、大切な人を一度亡くしてしまえば……考えてしまうんじゃないでしょうか」
「そう、ね……」
「結婚適齢期って言うのも分かりますが……今は彼女をつくるより、仕事や生徒……家族と居る時間の方が今は幸せなんじゃないでしょうか」
「……ふふ。流架さんは欲張りだから」
「欲張り、ですか?」
「――ええ。ああ見えて、とっても欲が深い子なのよ。だから……心配になってしまうのよね」
蒐の囁きは、朱色に染まる部屋に少し寂しく響いた。
・
・
・
話題の主である当の本人は縁側の端で一服。
満開に花誇る桜の下で、二人だけの時間を過ごしている紫音と京也を遠くから眺めていた。
京也が服の胸元から取り出した一本の簪。
春風に髪靡かせる愛しい者に想いを乗せて、京也は淡い赤の樹脂で象った可愛らしい四ツ葉の簪を紫音の耳元に挿す。
驚きと幸福で、紫音は小さく息をつめて彼に微笑みかけた。
――これ以上は野暮だな、と、流架が視線を外して煙草盆に灰を落とす。
「先生……隣り、いい……?」
「咲月君。ん、おいで」
目元を弛ませて、咲月は彼の傍らに腰を下ろした。
「あのね、先生……今の私の願い事はね……」
耳朶を擽るような彼女の囁きに、流架は双眸を細める。
「大切な人達が生きて、笑ってくれますように……。だから、先生は……無理しないで……?」
「ふふ。君の音はいつも優しいね」
「あ……でも、先生に一番大切な人が出来たら……何か、ちょっと……もやっと、する……?」
「おや、奇遇だね。俺も」
「え……?」
「……なんてね、――っと、やや?」
ふふふ、と、廊下の方から聞こえる謎のしたり声。
「ナルホド、先生が幼少の頃好きだった戦隊ものはイカレンジャー。好きな遊びは人間だるま落としだった、と。反抗期は、……コレは聞かなかったことにしてあげた方がいいですかねー」
「……おやおや、随分な脚色を。メロン一つじゃ足りなかったか――、ん? 咲月君、どうした?」
言い置いて腰を浮かそうとする流架の手首を、咲月が両手で掴んでいた。考えるよりも早く、だが、胸の内は不思議な感覚で――、
「もう少し此処で……一緒にお喋り、しよ……?」
――はてさて、転んだ先はもやもや注意報発動、か?