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殺したい程憎く
殺されたい程愛してしまった貴方へ
――偽りのラプソディーを捧ぐ。
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ファイトシミュレータ起動
翡翠 龍斗(
ja7594) VS 藤宮 流架(jz0111)
Are you ready?
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「先生。課外訓練をお願いします」
時の長針は僅かに遡る。
龍斗の提案で仮想空間での模擬訓練を行うことになったドSコンビ。
「そうだ…これはあくまでも推測なのですが」
複雑な機器と回線に繋がれた収容ポットの縁に手をかけながら、龍斗は複雑な顔つきで囁いた。
「以前やりあった女使徒が最後に放った、
『一緒に帰ろう。昔みたいにアノ、徒花が咲く世界へ』
…という、貴方への戀。以前、貴方は彼女と利害が一致した関係にあったのではないですか?」
己にも憶えがある衝動。だからこそ、危うい――。
「――…どうだろうか。俺達の全てが誤っていないと、何故言えるのだろうね」
どう捉えていいのか、『狡い』返答であった。
彼の双眸には、正しいものなど映していないように見える。
「…飢えて渇き、満ちれば絶す。それこそが鬼ですよ。俺でも、貴方でもありません」
答えに解で拾えたのかどうか自信はなかった。けれど、見返してきた流架の顔がそれを間違いではないと物語る。
「俺、付き合っていた彼女と結婚しました。人として俺を見てくれた盾の為、折れぬ刃で永遠に彼女を護りたいと思います」
龍斗の万感なる誓い。
おめでとう、幸福な時を大切にね――そう微笑む流架のポットが閉まっていく。同様、暗がりに微睡み始める龍斗。
「だから…どうか、貴方も幸せになって下さい」
希み口にし、瞼を閉じた。
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「ヒィ、ゾーイちゃん可愛いよぉ!!」
「そ、そんなことないのです。藤咲さんの妖精だってとっても素敵なのですよ! …って、もしもし?」
被写体の天使っぷりに、藤咲 千尋(
ja8564)は「むふっふー眼福眼福」と、デジカメのシャッターを押すのに夢中。フラッシュの嵐を全身に浴び、川崎 ゾーイ(
ja8018)は紅緋色の毛先を弄りながら小さく笑った。
柔らかな曲線やファンシーな色彩に溢れるセンスで造られた建造物が特徴のフェアリーランド。
その一角にある洋館は、誰もがメタモルフォーゼ☆
「わー!! すっごーい!! …あ、これ何の花かなー」
様々な種類の花がその色を競うように、彩り鮮やかな絨毯は二人を圧倒した。
「まずは花畑でご一緒しましょうなのです!
(尤も、あたしのお花は若干季節外れですし、あたしには似合わない花の1つですけど…)」
ゾーイはギリシャ語で風を意味するアネモネの妖精に。千尋は自身をイメージする撫子を妖精衣装として纏う。
西洋と東洋を彷彿させるような二人の妖精は、咲き乱れる花々をも魅惑の魔法にかけるかの様に美しかった。
「じゃあ、ちょっと泉の方でも撮ってくるねー!! ゾーイちゃんも楽しんで!!」
「はいなのです♪」
手をひらひらと揺らして千尋を見送ったゾーイは、ふと、風が優しくアネモネの花を撫でるように、衣装の裾へ触れた。
「(あの人と一緒に行った時は、もっと可愛くて美人さんの格好を…)」
純粋で眩しく、自分には無いからこそ嫉妬を感じ、恐れ、そして何よりも大切な愛しい人。
「えと、カメラマンさん、もう一枚…いいですか?」
思い出を胸にした、あの人へのお土産の為に。
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着替えで合流したゾーイと千尋がフェアリーハウスを後にしたところへ、
「あ、終わっちまった? 川崎と藤咲のぷりちーな姿が拝めると思ったんだが」
項に手を置いた、渋面のダイナマ 伊藤(jz0126)が声をかけてきた。
「遅いのですよ、伊藤先生。ご一緒出来ればと思っていたのです」
「いやいや。三十路過ぎた男の妖精なんざ目にデンジャーよ。ナイトメア見っからやめとけ。
――っと。どした、藤咲。オレの懐ちらちら見て。悪ぃな、大胸筋そこまで逞しくねーのよ、オレ」
「もー、違うよ!!
えっと、ダイ先生もカードもらったの? 何の押し花だった? あ、内容は聞かないよ。聞いても教えてくれないでしょ?」
ポニーテールを右へ左へと揺らし、千尋はけらけら笑う。しかし、その瞳には炯なる情が見え隠れしていた。
「大人の男性なら秘密の一つや二つあって当然。でも、大人ならわたし達に心配かけるようなことしないよね? しないでね?」
願望と言いつけが交錯している千尋の言葉に、ダイナマは珍しく弱った調子で口を歪める。
「そいつぁありがてぇ話だが、オレのコトは頭の片隅にでも、こんなヤツ居たな、ぐれぇの扱いでいいんだぜ。それと、カードに花なんてねーわよ? ん、ないない」
「むぅ、もーもー!! …ダメだよ? ダメなんだからね?
――じゃあわたし、ドールハウス内の花を撮影してくるから!! ばいばーい!!」
上目遣いにもう一度だけ念を押し、駆けて行った千尋の背中を二人が見送る。
「――さて」
パンッ。ゾーイが両手で空気を鳴らすと、大きな紅石の瞳が嬉々としてダイナマを映した。
「ピエロさんから風船がもらえると聞きました。一緒に写真も撮りたいのです」
「おう」
「行きたいのですよ」
「…はいよ。お供しますぜ、お姫さん」
リンゴ姫と従者、結成。
「そういえば、伊藤先生はちゃんと写真に映るんです?」
「妖怪かよ!」
――訂正。
黒リンゴ姫と下僕。
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踝ほどの水面に彩るは、永久に散りゆくソメイヨシノ一色の世界。
鼻腔を擽る桜の香りが、徐々に血で穢されていくのが分かった。
「重心の扱いが疎かだよ。ほら――ひのふの、みっ!」
一撃目は疾風の如く避けたが、二撃三撃は弄ばれるかのように受けた剣ごと身体が踊る。だが、その身を修羅の如く変異させていた龍斗は、ただその喜びにうち震えていた。
「(感覚が叩き壊されるかのようだ。流石は戦闘科目の職に就く者、だな。――面白い!)」
ガチィンッ!!
刃と刃が絡み合い、鍔迫り合いとなった。目の前に迫った教師の顔に、龍斗が囁く。
「――手加減無用、遠慮なさらず」
転瞬、顎を引いた龍斗は爪先を流架の両足の間へ滑らせ、前へ。
ゴッ!!
鍔迫り合いからの頭突き。
爆ぜるような衝撃と共に、急激な眩暈が流架を襲った。
「俺も遠慮はしませんので」
その顔は正に悪童。流架に訪れた秒すらの隙も逃さない。龍斗は神速に踏み込む。身体が低く沈み、奔る刃が水面近くで半月を描く。
だが、八岐大蛇の柄からは振動が感じられない。覚った瞬間、龍斗の全神経が警告を発した。
今思えば、思考の糸すらも断ち、命懸けの間合いまで行動すれば結果は違っていたのかもしれない。
「現実までおやすみ」
にやりと笑んだ気配を頭上で感じた後、龍斗は唐突に身体と意識が軽くなった――。
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「意外だったよ、龍斗くん。俺の得物に『合わせる』なんてね? 相手の戦りづらい戦法もしっかり調べておかないとだよ。でも、楽しかったね。――次はちゃんと『全力』でおいでね?」
黒い。
笑みには色が無い。だが、この黒い微笑みは如何に!?
「まあ…今回は大先輩のお手並みを拝見出来たので良しとします」
「やや。可愛くないなぁ」
どっちがですか。
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現実に近い正気とシュールな狂気が彩られている、THE ASYLUM。
行けども行けども恐怖と悲鳴の渦が――、
「さて、隅から隅までアトラクションを楽しもう!」
「ほわー!? 悪霊退散ー!」
「――ボンジャック!!(謎の悲鳴)」
「へえ、最近は本物そっくりのものが出てくるんだね!」
「先輩、あぶなーい!」
「――ピロシキ!!(謎の悲鳴part2)」
サバ折りに突き飛ばしの被害を受けた森田 良助(
ja9460)と、ちっちゃい先輩に技をかけた一条 常盤(
ja8160)が、騒がしく病院内を徘徊していた。
「(お化け屋敷は本物の幽霊も呼び込むと噂で聞きましたので、出来れば近寄りたくないけど…ちっちゃい子を一人で行かせられません!)」
士道不覚悟よりも母性本能が勝った常盤ではあるが、良助への物理的ダメージを地味に蓄積させていることに気づいていない。
その良助はというと。
「(一条ちゃん、怖がってるだろうからちゃんと手を引いてあげないと…。あれ? でも僕、何でこんなに傷だらけなんだろう? あはは、ふっしぎー)」
持ち前のポジティブと頭のお天気さが彼を真実から遠ざける。だが、そんな良助だって真面目ナンデス。
「あ、一条ちゃん。分岐路戻ってもいいですか? 怪しいモノとか怪しいヒトとか、色々と念入りに調べておきたいので」
左斜め45度で、キラリ。漆黒の瞳と、微笑みから覗く白い歯が眩しい。――が。
「(――森田先輩、此処には怪しい物と怪しい人で溢れ返っているのですが!!)」
しかし察せよ常盤!! …という天の声を聞いたような気がしたので、全力で呑み込む。
ふと、常盤の視界の右隅で景色が歪んだのも束の間、一瞬で背筋が凍り――、
「しゅっしゅっぽっぽーーー!!」
血濡れ看護婦のお化けを見た常盤は、蒸気機関車イッチーとなって廊下を駆けて行く。
「――ちょっ、一条ちゃ…待っ、早い、って、マキズシィッ! トロッ、タマ…グォッ!?」
良助が乗車(手を握って)していることも忘れ、ずんずん進むよ何処までも。
ドゴン!!
「――いったぁっ! 背骨が…って。こら、落ち着きなさい、常盤君。他の人に迷惑だろう。…良助君は無事かい?」
「ほわー! るかりんがワカメでアレしてたので海藻がドウとか思ったのですが実は昆布もヨイショみたいでして」
「うんうん。言っている意味は分からないが言わんとしていることは分かった。さあ、オチツコウネ」
流架に頭をホールドされ、じたじたする常盤に「おー…ご愁傷様…?」と、流架の後ろから顔を出した常塚 咲月(
ja0156)が労わりの視線を注ぐ。どうやら彼と行動を共にしていたらしい。
「お、お邪魔してしまって、すみま…せん。…はっ! 僕、藤宮先生に相談があるんです! ダイナマ先生のカードを拝見させてもらう為、僕と一緒に模擬戦をしてもらえないでしょうか! 僕が勝ったらカードの内容を教えてもらって、負けたらダイナマ先生の言うこと事何でも聞く! みたいな」
「ほう、なるほど。しかし…俺のメリットが迷子になっているようだが、ねぇ?」
「げっ!? あ、あのその、僕、今大福しか持ち合わせがなくって…ええと、その…、
――しゅっぽっぽー!」
モリタ号は口から蒸気を出し、萎びた常盤の手を引きながら暗闇の果てへと消えて行った。
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「…は。機関車に見とれてた…。先生、先行ったら駄目だよ…?」
咲月は不安そうに目尻を下げながら、つぃ、と、隣りに居る流架の袖を――摘まんだつもりであった。
「う…? …ふぉ…居ない…。…流架先生…」
縋るように人影を目で捜す。もう一度、今度は大きめの声で彼の名を呼ぶが、先程まで共に居た流架は暗闇に呑まれたかのように姿を消していた。
「せんせ…」
蚊の鳴くような声で呟く。と、
「ごめんよ、咲月君。大丈夫だったかい?」
耳に馴染んだその声音。咲月の表情に温度が灯る。
「良助君が大福を落として行った様だから拾って来たんだ。怖かったよね。さ、おいで」
考慮不足さを詫びる様に、先の暗がりから流架と――、
その背後から血の涙を流す患者のお化けが現れた。
「――っ!!」
引きつった顔の咲月を首傾げに見た流架は、平素のまま振り返り、
「すっこんでろ!!」
アクターに怒号する。本気の謝罪を小声で繰り返した後、患者お化けはそそくさと逃げた。
「さ、もう大丈夫だよ。…咲月君?」
その場にへにゃ、とへたり込む咲月。
「…腰…ぬけちゃった、みたい…」
身体を前傾に両手を床につくその様は、怯えた子猫のようだった。流架は頬を傾けて薄く笑み、首を捻る。
「やや、困ったね。それじゃあ…こうするのはどうかな?」
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「おんぶしてくれて…ありがとう…。先生の体温、温かくて…優しかった…」
ホラーハウスを後にした流架と咲月は、ワゴンで買ったアイス珈琲で喉を潤していた。
「あ…先生、どうぞ…? さっきのお礼も兼ねて…役に立つかもだから…」
「おや、大海の首飾りだね。どんな意味が隠れているのかな? ふふ、ありがとう」
「ん…。先生…一人で、無茶しちゃ駄目だよ…? 先生が抱えているもの…少しでいいから、私にも分けてね…? …う…えと、先生…チュロス食べる…? 買って来るからベンチで待ってて…」
思慮深い声音に隠れていたのは、目元に染まった朱色。白い項がゆるりと動いて、咲月の後ろ姿が遠ざかっていく。
「…ん、約束だ」
流架の囁きは、明度が落ちた空に寂しく響いた。
「先生、大丈夫?」
「――わっ! …あ、千尋君か」
デジカメ片手に、いつの間にか流架の隣りへ腰をかけていた。
「竜胆の花言葉には『悲しんでいる時の貴方が好き』っていう怖いのもあるからちょっと心配で。でも安心してね!! 確証は無いけど、確信ならあるの!! だって流架先生には皆がついてるんだもん!! だから、…って、もー先生!! 頭撫でてないで聞いてよー!!」
彼女の天性の明るさに救われた気がして、彼は声を上げて笑った。
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「――ダイ先生、るかりんデートだって気づいてないですよ! 肝心なところで押しが弱いんですから…。そういえば先生はどうしてるかりんの事そんなに大好きなんですか?」
「いやん、はずかしー。一条のえっち」
「年中半裸の人に言われたくないです」
のどかで平和な印象を受けるさんぽ通りで食べ歩き。
常盤の問いに、ダイナマは真面目に答える気は無い様子で茶化す。
「もう。本名といい、先生は色々と内緒が多すぎます。こう見えて先生の事すごく信頼しているんですよ。困ったことがあったら教えて下さい。ご恩返しがしたいので。
――あ、ちょっと失礼します。あの方…綺麗ですね」
常盤はひしと告げると、ダイナマの反応を待たずに路地へ入った。彼の体内で鼓動が大きく響く。
木蓮の、薫り――。
ブシュブシュッ。
肉を裂く音に一間遅れて漂うは、
血。
「――っ、一条!!」
路地へ滑り込んだダイナマの眼前に映ったのは、膝を折る常盤の姿。腹部と足許に大量の赤い花が咲いている。
「う…気をつけて、下さい…踊り子さん、が」
「黙ってろ」
ダイナマは慣れた手付きで止血を施すが、その表情は憤怒の色であった。ナニに対して。ダレに対して?
「――貴方様のせい、ですよ」
背後で耳障りな多連ブレスレットの音がした。
「一条ちゃん! うおおっ!」
視界の外れで良助の咆哮が聞こえたが、牽制する音は次第に小さくなり、消える。『敵』であった踊り子を逃がしたと物語っていた。
呼吸を取り戻してきた常盤に、ダイナマは痛切に詫びる。そして――。
「コレがオレの最後の手当てかもしれねーから特別に教えてやる。オレがルカを好きな理由な。
アイツ、
オレの女を殺したんだ」
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数日後、『彼』は学園から姿を消した。