●
枯れることのない約束をしよう。
偶然が必然に染まる時。
抱き寄せるように、穏やかに包む桜の花弁が空を隠す時。
想いを孕んで、強く、深く。
繋がっていく温かさで、君達に――。
●無垢な揺りかご:虚神 イスラ(
jb4729)
「硝子細工は心象風景…か」
透明感溢れる硝子細工の球を一心に見つめて。
彼は視線を空(くう)へと外し、そろりと首の角度を傾げる。そして、風に散る一枚の花弁を目で追うかの如き風情と響きで、想いの内を口にした。
「…世界。僕の心を示す世界、か。
では、僕は…これを。
僕がまだ天界に居た頃…最初に作った嘔を譜面にした物と、羽毛を中に飾ろう。
堕天した僕の、けじめ――のようなものさ。それと、初心を忘れない為に…かな。
色は敢えて入れない。
僕の心はまだ無色さ。
何色に染まっていくのか…僕自身も楽しみだよ」
くす、と、底の見えない笑みを漏らして、イスラは想いを馳せるように緩慢な瞬きをする。
「天界での日々は、まあ…決して悪くはなかったよ。
でも、他に興味のそそられる事を見つけてしまったからね。
住む世界を捨てても、後悔の無いものさ。
僕は心惹かれるものには全力なんだ。いつだって、ね――」
未来を求めよう。
揺らめく永遠の時を駆け、心の『誰』かへ優しく微笑もう。いつか、必ず。
●宵の境の道標:群雀 志乃(
jb4646)
形の良い唇に微笑を湛え、志乃は夕日色の生地に牡丹を花開かせる鮮やかな色合いの着物を身に纏っていた。
――色。
そう。景色は、世界は、こんな風に――当たり前のように原色で溢れている。
「(表現したい私の世界、今の私が作る世界は…)」
周りに悟られないくらいの微かさで志乃は息をつき、心を固めた。
青空に映える橙色の折り紙を一枚。
風船折りにしたその中へ、帯締めから取り外した赤とんぼ玉を折り込む。そして想いを籠めるように息を吹き入れ、紙風船を膨らませた。
「この風船は鬼灯のイメージ、そして…提灯。
鬼灯は赤い玉を灯りに見立てて、迎え火や送り火…なんて言うのかな。誰も、もう居ない方へ向けることもあるけれど…。
でも…緩やかでも、淡くても、確かに照らせる小さい灯り」
どこか哀愁を秘めた眼差しを硝子の球へ――志乃は掌の紙風船をふわりと閉じ込め、睫毛を伏せた。
自らのとんぼ玉を使用したのは、自分が灯りでいられるよう。
灯りを、自分自身を見失わぬよう。
この『場所』で誰と出会うのだろう。
彼女の道を照らすように、誰かの道を照らすように、小さな灯りがある限り――其処は暗闇にはならないから。
どうか、迷った時の灯りとなるように。
●語り、謳い――願おう:奥戸 通(
jb3571)
『My happiness and a wish』
――そう綴られた小さな紙を小指ほどの瓶に入れ、通はそれを硝子の球の中へ躍らせた。
其処は既に純水を注がれた水面下の世界。落ちていく小瓶の軌道が、鏡のように此方を映して浮かぶスパンコールを小さく弾いて煌めかせた。
コトンと底に沈みきった小瓶が、同じ空間に並ぶ桜と橘の花、そして小さなタコ人形の淡い彩りを反射する。水に溶けない蜜ろう粘土で作った、通のお手製のカタチだ。
「ほーう、器用なモンだなぁ。かわえーじゃねぇの」
彼女の背後から腰を屈めて声をかけてきたのは、保健医のダイナマ 伊藤(jz0126)
通の硝子の球を興味深げに眺める彼を見て、緑の双眸を弓形にした通は白い歯を零した。
「私は言葉や文字にして伝えるのが苦手だからか…手先は器用なんです。桃色の左近桜、白色の右近橘…なんだか先生達みたいだなって」
「へぇ、オレ達?」
ダイナマの訊く声に目で頷くと、通は心に決めているとわかる淀みのない返答をした。
「色々考えたのです…けど、私の幸せや願いは沢山の笑顔を見ることなんです。
ほらっ、せんせー、見てください…過去にあったことも全部含めて、ここに映る自分が今の世界の全て、なんだと思うんです。
大好きな先生方にいつまでも幸せが続きますように――…」
祝福を願おう。
「サンキュ、奥戸。
――お前さんもな」
大切な人達の――。
●愛し誓いの奏で:香月 沙紅良(
jb3092)
「地球と同様、私の世界も光ある処と影を落とす処が御座います故」
ひっそりした声でそう独白すると、沙紅良はどこか物憂げな風情で硝子の球を手に取る。そして球体の半分を絵筆で薄桜色に、残りの半分を濃藍色に塗った。
「薄桜は、何不自由なく常春の様に…されど静寂なだけであった此れ迄の世界。
其の侭であったならば、穏やかに、けれど寂しさを感じつつ生きていたでしょう」
それは木漏れ陽のように暖かで、時の砂のように零れていく――。
「濃藍は今。戦いに身を投じた日には、闇もはっきりと見えます。
此の闇を切り開いた先には…過去とは違った桜の世界が待つので御座いましょうか」
――呪縛、木霊する哀しみ。
「球の中には折り鶴を二つ、入れましょう。
深緋と常盤――私と『彼』。
独りではなく二人ならば、闇も恐ろしくは御座いません。
そんな存在になろうとしている方。
常盤は大地の緑色。サクラという名の私を支えて下さいます」
沙紅良は視線を落とすと、右手指に嵌めている指輪の表面をそっと撫でて呟いた。
慎ましく、愛おしく。
●我輩の新たな黎明:マクセル・オールウェル(
jb2672)
モヒカン。
筋骨隆々。
とある天使と戦う為が故に堕天した天使、その名はマクセル。
彼の『見る』世界とは?
「どんな世界かと聞かれても困るのである。
皆同じ世界を見ているのではないか。感じ方は違うやもしれぬが。
ふむ、その感じた世界――という事であろうか?
我輩はどこにでもいるごく普通の天使である。故に人間が期待するような我輩独自の物は見せられぬのである。誠に遺憾ながら」
…しょんぼり。
マクセルのその言葉に、いい年をした大人――藤宮 流架(jz0111)が、わかりやすく鬱ぎ込んだ表情をして肩を下げた。
「(まるで子供であるな…)」
脳筋天使、不本意だがこの場はお茶を濁すとする。
「まずは、無色のエタノールと薄茶に色付けた水を入れるのである。これで下半面は無色、上反面は薄茶となる…はずである。
この液体の中に防水加工した白い羽根を一枚、錘を付けて沈めれば完成である!」
この羽根はマクセルが嘗て拾った最大のライバルの物。
そう、即ち――。
「我輩が勝者(上)で、あの者めが敗者(下)の図であるな! これぞ正しき世界であろう!」
それは遠くない未来か、それとも――…?
●夢路の社のその奥に:ルーガ・スレイアー(
jb2600)
稲穂のような美しい髪と瞳を持つはぐれ悪魔、ルーガは、時折不可思議な夢を見る。
「……」
夢路を辿るような面差しで、ルーガは硝子の球の中にビー玉ほどの小さな硝子玉を入れた。
赤と緑、そして透明な硝子玉をいくつか。
気のせいか――。
それは何を意味するかわからないけれど。
自分ではない自分。
恐らく、人間の撃退士になっている夢。
その世界でルーガは出会った。自分を『先生』と呼ぶ、緑の髪と紅い瞳を持つ青年、そして透明な瞳の少女に。
何度目だろうか。
夢を見るたび、いずれ彼らと巡り合うのではないか、という予感を抱く。具体的なイメージは持てないというのに、ただ、ひたすら、ひたすら――。
だからこそ、ルーガはそれらの『色』を選んだのかもしれない。
自室に戻ったら宝石箱へしまおう。
何時かの幻想を大切に包み込むように、彼女は硝子の球に封をした。
「また今宵に、な……」
●交わされる秋桜を胸に:レガロ・アルモニア(
jb1616)
「壊れやすくも透明な世界…か…」
思案する口調で呟くと、レガロは硝子球を手に取ってブラックオパールの双眸に映した。
緑の光沢を放つ苔を敷き詰めた硝子球の中。
其処はまるで、三世界の調和を保たれているかのような――天使と悪魔と人型の硝子人形が設置されていた。
鮮やかに透明を彩るは、差し入れられたコスモス。意味する言葉は、世界、秩序、――調和。
「一人で出来る事なんてたかが知れているからな。同じ気持ちで協力出来る事があるのなら、天使だろうと悪魔だろうと関係ない」
心には、世界には――正視すべきではないものが数多くある。
例えばそれは絶望であったり、又は希望であったり。それでも、レガロは見て見ぬふりはしない。
「全員が同じ気持ちなんてものは無理に決まっている。だが…俺は、互いに手を取っていきたいと思っている」
そしてレガロは密やかに、囁いた。
「それが俺の夢見る、…いや、目指すべき道だ」
眩しく、コスモスのように柔らかな表情で。
●玉響の旋律、咲き香る笑み:八重咲堂 夕刻(
jb1033)
「やや。君の硝子の球に入っているのは桜のピアスとオレンジコーラルのピアスだね。
…ふむ。もしかしてそれは…」
軽く問いかけるような表情で夕刻を見るのは流架。「ええ」と、夕刻はゆるりとした瞬きで彼に頷くと、遠き昔に想いを馳せながら言葉を繋いだ。
「私の…大切な方々の形見の品です。桜は亡き恋人の、コーラルは亡き妻のもの…。二人共、私の大切な方です。比べることのできない大切な…」
――愛しい。
等しく、愛おしかった。過去の想いだけではなく、今も、これからもきっと。
しかし、夕刻はふと、自嘲に似た感情を覚えるのだ。
「こんな私を愛してくれた彼女達を、私はひと時でも幸せにできたのか…偶に迷うのです。そんな時、何処からか叱咤する声が聞こえてくるような気がして…」
そう言笑すると、夕刻は硝子球の表面を掌でやんわりと添うように撫でた。その彼の横顔に、流架が微かに愁眉する。
死という厳然たる結末は、残された者の心には酷く重たい。だからこそ人は、こう願って止まないのではないだろうか。
亡くなった者の心はすぐ傍に在る、見守ってくれているのだ――と。
「…馬鹿な事を考えた、と思い直すんです。彼女達がどう想っていたかは分かりませんが…浮かべていた笑顔に偽りはなかったと、そう思う…いえ、思いたいので」
正直な気持ちをそのまま言の葉へ乗せ、夕刻は右手で掬いあげた硝子球を広い青空に翳した。
小さな、此の愛しい世界に。
●母の抱く思慕:白蛇(
jb0889)
「久しいの、藤宮教師よ。
ふむ。わしの心を表す、とは。改めて考えると中々難しいのぅ…」
白蛇は物思いに耽るように一度言葉を句切ると、正面に位置する流架の眼差しを暫く見た後、静かに話を続ける。
「強いていうなれば…あるがままの世界を、そのまま映している物と思いたいものじゃ。
緑に包まれた山々。
黄金色の稲穂が覆った大地。
生命溢れる青き海。
どこまでも高く深き空。
自然とは、あらゆる生命とは――涙を歓びに変えるほど…美しい」
だが、白蛇は哀愁を秘めた微笑みを浮かべる。
「…しかし、のぅ。
利便の為に木々が切り倒され、黄土を露出する山や森。
無機質なる、こんくりーとに覆われた灰色の大地に…釣り合い崩れ、赤やあるいは奇妙な青に冒された海。
低くなり、黄と灰に染まった空。
人とは…賢しく、――…。
…さて、わしはこれを入れるとしよう。
透明なあくりるという板で仕切ってみた。地上と海は色砂で、空は色水で表し…硝子球を取り囲むは、紙粘土でわし自らが作った巨蛇だ」
白鱗に、瞳は金の蛇。
人の子を慈しむのは、彼女にとっては息をするのと同様に当たり前のこと。
ならば――…。
「例え世界が変わろうと…わしは人の子の世界を護り続けよう」
●幸せの連鎖:久遠寺 渚(
jb0685)
「へぅ?
私の心に映る世界ですか?
うーんと、楽しい事も悲しい事も、いろんな事がある世界でしょうか? でも折角なので『今』じゃなくて、夢見る未来の世界にしましょう!」
渚は黒曜石の瞳をぱっと輝かせて、着物の袖をたくし上げた。
彼女が望む世界、理想のカタチとは――…?
「まずは、白鱗赤眼と白鱗金瞳の白蛇を一体ずつ入れます!
そして白猫さんと亀さん、ブルーハワイ味のかき氷も入れちゃいますよ! …溶けないといいのですが。
えと、続いて。
お化け、柴犬、黒猫さんを三匹、それと…黄龍にケルベロス、魔女さんの帽子も!
あ、この和風のお城はガチャガチャで取ったんですよ!
あとは十字架と…桜と月、これは桜の木に三日月が刺さっているんです! それに緑色のおっきなビー玉と、虹、青白の綿に白銀色のビーズと…」
渚ワールドは続く。
…勿論これらの、そしてこれから彩るもの達も全てミニチュアサイズだ。
「茶色い天使さんと禿げ天使さんは向かい合わせで入れましょう!
そして最後にお手製のフエルト人形をテグスで吊るせば…完成です!
喧嘩なんて無く、皆が楽しく過ごせる世界…私はそんな世界になってほしいです!」
夢の先まで、理想の奥まで届け――。
●繋ぎ、繋いだ希望と光:藤咲 千尋(
ja8564)
千尋は白い指先で無色のアクリルストーンを手に取ると、静かに硝子の球に放った。
そして発色の良いビーズを一粒ずつ、――いや、一文字ずつ、思い起こした感情をそれぞれのピースへ乗せるように、
『HOPE&LIGHT』
――そのモチーフを繋げた。
千尋が最初に思いついた色、それは緑と青。深いほどに温かくて優しい――大好きな色。
次は赤と金。太陽と月のように眩しく、柔らかく。
真ん中を彩る『&』は橙。この夕日色は千尋の色。
橙のあとにもう一度緑と青で言葉を繋げると、銀と、もう一つの金のビーズで彩った。そして、大切な――危うくも繊細な光を放つ赤色を最後に。
「大好きな人達がいっぱいの世界。
詰め込むにはこの硝子はちっちゃ過ぎるけど、これを通して見えるのがわたしの世界――なんてどうかな」
はにかんだ微笑みを口元に湛えたまま、千尋は頬を赤く染める。
どうか、どうか――、大切な人達がいつまでも、
「硝子球に透かして覗く世界が、今日も明日も大好きな色でいっぱいならいいな!!」
――幸せでいられますように。
●君の心へ届け:緋野 慎(
ja8541)
「俺の世界?
ん、なんだろう、よくわかんねーけど…。
…今までの俺の世界は、じいちゃんだけだった」
――そう、あの子と出会うまでは。
時の流れを示す秒針のように、慎はさらさらと奏でる砂を硝子の球へ入れてゆく。
「あの日…学園のとある名前の無い神社で、女の子と出会ったんだ。そこから、俺の世界は変わった」
半分ほど砂で埋まった硝子球の中へ、桜の花弁を一枚。そして、黒い石と黒い羽根、桃色のビー玉に、多数色のビーズを入れた。
「沢山の友達が出来た。沢山の思い出が出来た」
カタン。
そこで慎は蓋を閉めた。親しみを胸に、眉を下げて目笑する。
「俺は感謝してる。最初に出会った女の子に。そしてその後に出来た友達に」
慎は慈しむように硝子の――、己の世界を両手に包んで、
「俺の世界をこんなに綺麗にしてくれた。感謝してもしきれない。
ありがとう。
今度は、俺が皆の世界を守るんだ」
にしっ、と少年らしい顔(かんばせ)で笑った。
●激しい愛が満ちる刻:姫路 眞央(
ja8399)
今は失った世界。
今は失った愛しき人へ。これからも愛し続けると誓おう、我が妻へ。
「二人の思い出の品――。
まずは、新婚旅行先で入手した星の砂を敷き詰めよう。そしてその上には、レインボークォーツの原石を飾ろう。虹の橋を渡ってしまった君に…心から会いたい。
…そうだ。これは君が好きだった白いレース編み。心の豊かさを表すような…温もりある繊細さだ。
ほら、練習して私もこんなに綺麗に編めるようになったのだぞ」
一花ずつ、想いを描くように。
眞央は自らが編み込んだ、円形の花模様のレースをひと時見つめ、緩やかな瞬きをしながら散りばめた。
「白い世界は何者にも穢されていない私の世界。
私と、君だけの。
そして君が最後に残した息吹。
私達の大切な…大切な…。
あの子…。
君が蝋燭の火に宿ったあの夜を、私は忘れない。
今この世界でもう一度、言葉として、カタチとして…誓おう」
それは二人の愛の証。
結婚指輪に輝く大粒のスタールビーは、赤い炎のように力強く燃え煌めく。
「この愛は永遠に燃え続ける。…そう、永遠に――…」
●色イロイロ:一条 常盤(
ja8160)
「――お邪魔します。
初のお宅訪問ですね。…はっ! 私としたことが、特大のしゃもじを持参して来るのを忘れてしまいました! …うぅ…やってみたかったです、るかりん家の突撃晩○飯…。
あ。そういえば、るかりんとダイ先生はいつから同棲していたのです?」
常盤の足元に履物を用意していた流架は一瞬の間を置くと、小さく笑って眉を浮かした。
「いらっしゃい、さあ――中へ オ ハ イ リ 」
長廊下で誰かの悲鳴が聞こえたとかいうのはきっと空耳。
「…ねぇ、るかりん。私の頭頂葉、ピスタチオのように割れていませんよね? あ、いえ、…別に。
――ええと。
何を入れるか散々考えましたが、私の答えはコレです!」
びっ、と差し出された空の硝子球に、流架は「え?」と面食らう。
「私は今、硝子球越しにるかりんを見ています。
この眼に映る全ての現実が私の世界――、一人では空っぽなままですからね。何かと関わる事で色づくのだと思います。
春の日は桜色、雨の日は土の香り。
風の日は葉擦れの音、夜は闇に反射した自分の顔――。
今はるかりんと話しているので、るかりん色です」
かち合っている眼差しを微動させる流架に、常盤は尚、偏に告いだ。
「貴方が何色に染まっても、ありのまま受け止めますよ」
そう、晴れやかに破顔して。
●追いては失き獣道:翡翠 龍斗(
ja7594)
ヒトの形をしたマモノがその殻を破った時、――彼は友を殺した。
「白銀の砂で大地を…そしてその地へ飾るは、生命力と永遠の意味を持つモミの木を芯にクリアキャンドルを完成させてみました。
思い出を散りばめて、と言うよりかは…そうですね。俺の場合は…脳裏に焼きついている、と言った方がいいでしょうか。
これは、俺の一番好きな情景であり、俺の罪…ディアボロとなった親友を殺した場所です」
あの日――。
友に刃を振り下ろしたあの瞬間、理不尽だとは思わなかった。殺すことも、殺されることも。ただ、決意をしたのだ。別れの時を、逆らうことが出来ない決断の時を。
「…俺って女々しいですかね? 過去に囚われたままって」
そう発した龍斗の瞳に感情の色は灯っていなかった。微かに双眸を細くした流架が、即座に低く言い返す。
「過ちも真実も嘘も、人だから求めて――また、囚われるんだ。それは罪じゃない。大事な君自身だ」
「……。
…罪では、ない。…なるほど。そういう考え方もあるんですね」
――そうだ。
所詮、自分には前に進むより他の道は残されていない。
ただ大切なものを守り、この世界で生きていく為――。
「天魔、お前という悪夢を終わらせる」
●花染の水鏡:駿河 紗雪(
ja7147)
互いの真を映し合い、支え合い――三枚の鏡を硝子球の中へ。
そして、アリアの旋律を奏でるかのように、紗雪は微かに甘く香るリネンウォーターを注ぎ入れて蓋をする。
「私は誰かに必要とされたくて学園に来ましたけれど…必要とされるだけの価値を自分からは見いだせません。だから私は私に映る全てのものを価値とし、意味とする。私の周りは素敵なもので溢れているから。
私そのものはきっと空っぽなのですよ…」
小さく開いた紗雪の唇から、自嘲するような掠れた声が零れる。
どこか痛切に訴える表情で独りごちる彼女の横顔を、流架は眉宇を切なく歪めて見守った。
「私の世界は、私の見ているものです。私の色は、私の世界が付けてくれるもの、この鏡に映るもの…今なら桜が映っていますね…。
桜、綺麗ですね。一層に幻想的で…まるで夢見心地のようです。
…この指輪。
そう…今は、これが私の全て――です」
紗雪は双眸を細めてそう囁くと、嵌めていた指輪をそっと外し、花の泉の中へ沈めた。
風に乗って薫る春の匂いに、ふと、桜を望んで仰ぐ。
「桜が見る夢とは…一体どんなものなのでしょう…?」
じわりと目の縁に浮いた、えも言われぬ感情は、紗雪の頬を温かく濡らした。
●目に映る花の像:〆垣 侘助(
ja4323)
花は言葉、ことば、コトバ――。
彼にとっては温もりと等しい、確かなるものの一つ。
侘助は二輪の花を手に取る。
漆黒紅色の半剣弁高芯四季咲き薔薇、そして、紅白色の小型な猪口咲き椿。
飾りはしない。
透明な空間、硝子球へ無造作に落とすだけだ。それ以外は何も入れず、侘助は感情に乏しい漆黒の瞳でその殺風景な世界を見つめる。
「…そう、花さえあれば充分」
思考はさも、当然のように。
だが、何故この花を選んだのか自分でもよくわからない。ただ、これ以外に思いつかなかったから――理由を告げるとしたらそうだ。
花――、だから。
これは、理解を放棄した自己完結か。
それとも無自覚な執着――。いや、それが『主従による敬意』だということを、本人ですらまだ気づいていないのかもしれない。
その『想い』が既に、胸にあるということを――。
●懐かしい灯火:桐生 直哉(
ja3043)
心の中で揺らめく、さらさらとした白い波のような感情。
それに呼応するかのように、硝子球へ入れたLEDキャンドルの灯火が穏やかに揺れた。
キャンドルの色は紫がかった静寂の青。
直哉の半身とも言える大切な恋人の髪と同じ色だ。周りを控えめに埋めるのは、様々な形と色を持つシーグラス。日頃から世話になっている人達や仲間に見立てて、感謝の想いと共に飾り入れた。
直哉は何度も微調整して、シーグラスに反射する光の渦を確認する。
――そう、これは自分の心に映る世界、カタチ、そして色。納得のいく満たし方を視認した直哉は、仄かな灯りを見つめながら記憶のシナリオを思い浮かべた。
「…そういえば昔。死んだダチに言われた事があったな。
俺とお前の目に映ってるものは違う――、
って。
どういう意味なのかは…もう確認のしようがないけど」
二度とは戻らない時間の流れ。
人の命もまた等しく、貴く――。だからこそ、失うことは何よりも恐ろしい。
「彼女とは…そうなりたくないな。
――いや、なってたまるか。彼女を泣かせたくない。
もう、大切な誰かを亡くさないよう、誰かが哀しい思いをしないよう――俺は護り切る為に立ち続ける」
一瞬。
直哉は、首に提げている親友の形見であるゴーグルが柔らかな温度を灯したように感じた。
それはまるで、彼の背を押しているようで――。
●君を忘れない:亀山 絳輝(
ja2258)
「いつも弟がお世話になっています、桜餅先生」
中性的――というよりかは、美男という言葉の方がよく似合う彼女。薄く笑んだ彼女の眼差しには、弟への慈愛が見え隠れしている。
「…先生。私は、忘れることが何より怖いんです。
前を向いて歩くことすらできず、後ろを向き昔の記憶を纏って佇むことしかできません。
先生は…前、向いていますか?」
自身に説く、語り口のようであった。
尋ねられた流架の瞳が俄に膨らむ。そして一呼吸置くと、流架は「…ああ」と頬を傾けて目を細めた。
「だから今、俺は『此処』にいるんだよ」
偽りのない、澄んだ眼差しで。
「なるほど」
絳輝は真剣な面持ちで小さく顎を引くと、手元の硝子球に目をやった。
一つの紅いビー玉を下に、その上から水色のビー玉を絨毯のように敷き詰め。淡い青の輝きから埋もれ咲くように紫苑を象った硝子細工を置くと、純水を空間いっぱいに注ぎ入れた。
「(お前を纏って生きられるのは幸せなことだ。
そうすれば、そちらに行った時すぐにお前を見つけられる)」
紫苑を意味するは今の自分。
水色のビー玉と純水は自らが流した涙。
紅色のビー玉は、亡くした『絳輝』という少女の存在。
彼女は、彼女自身が在る限り、きっと忘れない。紫苑の花言葉と同じように――。
●桜の木に夢を彫る:犬乃 さんぽ(
ja1272)
「ボクの心と夢を映した硝子球! 神秘的でニンジャな箱庭を作っちゃうよ!
ふふっ、だって、父様の国の神秘さと、そして何よりニンジャが大好きなんだもん!」
日本人の父と白人女性の母を持つハーフの少年、さんぽ。
父の生まれ故郷である日本について独特な勘違いをしている所はあるが、この地を守りたいと思う心と愛情に偽りはない。
「父様の国とこの学園に来て、もう結構たつんだ。
あっという間だったけど、ずっと前のように思える…だから、ボクは大好きなこの国の神秘的なイメージと、目指すニンジャをこの硝子の中へ閉じ込めるもん。
そして、もっと凄いニンジャになる」
硝子球の中へ敷き詰めたのは、桜色の砂。
大地を春の色に変えて、ミニチュアの桜の木とニンジャ屋敷を入れた。…どこか勘違いしているのも、さんぽの愛嬌。最後に硝子球を手に取って、片方の面を夜空色に染めれば完成。
「…少しだけ春の色に染める、夜桜の忍法」
そう、心を映した夜桜見物。
桜の木にこっそりと米粒よりも小さく彫ったあの子の名、好きな子と共に――…ね?
●盾の獅子:リチャード・エドワーズ(
ja0951)
「私の世界か…。
いつでも誓いの為に生きている生き方はどうなんだろうね」
リチャードが苦く、呟き、獅子の色に似た瞳を一度短く閉ざした。
「ただ、一つ言えるのは私にとって世界は美しいもので守りたいものだと言うことかな。
なら…私の世界の形は盾なのだろうね。世界を守る為の私の世界だ」
そう言うと、そっと硝子球を手に取る。
「色は琥珀色かな。
目立たない色かもしれないが、長い時を経て鮮やかに輝く色だ。
古の記憶を残すというのかな?
私も悠久の時を盾として世界を守りたい…その想いもあるね。
中には何も入れないでおこう。
中に入れたものに意味を託すのではなく、入れないことで意味をつくろう。
何もなく、唯純粋にこの想い、誓いを果たしたいと願うが故に。そして、それに恥じぬ生き方をしたい」
リチャードは縁側から差し込む無数の光芒に目を細めた。
「ああ…世界はこんなにも美しい。守る為の盾で私はありたい」
穏やかに、
雄大に、
煌めく世界の反射。
●調べの箱庭:伊那 璃音(
ja0686)
思い出せない記憶。
時々、飲み込んでしまう言葉。
色褪せない微笑みと声だけを、そっと鍵穴の中へ。
「硝子の器、箱庭みたいですね。
…あ、藤宮先生。先程はお店でビー玉と小箱を選ばせてもらい、ありがとうございました」
璃音は軽やかに笑むと、流架にゆっくりと頭を下げた。そして、面を戻しながら細い指先で硝子球を撫でる。
「一番下には透明の硝子の砂を入れましょう。
その上には淡い青色の硝子の砂を。
混じり気のない水で満たして、キラキラと輝く思い出を…幾つかのビー球に乗せて落とします。
何時でも綺麗で透明に…それは私の、願い。
淡いピンクのシルクフラワーやグリーンも水に浸し、揺らして。
最後に、硝子の砂の中に小さな鍵の付いた木製の小箱を…硝子の粒の底に沈めましょう」
鍵はそっと花の中に隠した。
「沢山の人達に感謝を、そしていつか…」
星のように、真っ暗闇を照らして――箱庭の願いを叶えてゆこう。
●私がパンダである限り:下妻 笹緒(
ja0544)
「実に興味深い」
彼は硝子球の中に世界を作る。
その、もふもふの手で苦心しながら。
大地には一面の竹林。
鬱蒼と茂る冴えた青緑色の空間をプラスチックで表現する笹緒。正にパンダよるパンダの為の色。
空には輝く星々を。
煌き瞬くオリオンと遠く近い闇を、ビーズや色石で彩った。そしてそれらの緑と黒の中に、
「小さなジャイアントパンダをころり、と…」
配置。
完成した世界は簡素ながらも静寂で、心地よい空間だった。
「無理せず肉を食べればいいものを、何を好んでか竹を食べ。
冬には篭ればいいものを、何を好んでか冬眠もせず。
ただ自身はかくあるべきと、孤高の道を歩んだ先に何があるのかと問われれば…」
彼は縁側から見える風景を、――いや、その遠くを眺めるような風情で呟いた。
「一人静かに冬の星を見ることができる特権があるじゃないか。そう笑えるからこその、
――パンダなのだ」
誰にともなく。
●蝶を包む確かな温度:常塚 咲月(
ja0156)
「私の世界――…」
6ミリの黒水晶、白翡翠、ユナカ石、紅玉、ヘリオドール。
黒瑪瑙、黄玉、藍玉、翡翠、薔薇輝石――。
十石が咲月の心を彩る。
「中に、水も入れよう…。
これは…私の大切な人達をイメージした石…。
色んな事を教えてくれる…とても、大切な…。
この人達が守れたら…私はそれでいい。私の世界は小さい…けど、大切な世界だから。
――前はもっと小さかったけど…良い事…なのかな」
咲月は重ね手にしてある自分の手の甲に目を当てて囁いた。
「先生の世界は、作らないの…?
先生から見える世界じゃなくて、先生の世界がどんなのか気になる…」
静かに上げた顔を流架の方へ半分向けると、彼は吐息のような笑みを零して咲月を見返した。
「…そうだね。
春に降る雪――『だった』、かな?」
「…だった?
……。
…ん、そっか…私は先生が幸せなら…それでいい…。
ねぇ、先生…あの約束、忘れちゃ駄目だよ…?」
小指をそっ、と。
咲月が目元を弛めて差し出してくる。
忘れないで。大丈夫。
「見守って…助けるから…」
柔らかな感触と温度が、互いの小指に絡んだ。