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――さあ、今宵の窓の外は捩じれた世界だよ。
いざ、狂ったお茶会――ハロウィンパーティへ。
ダイナマ 伊藤(jz0126)と藤宮 流架(jz0111)そして六人の生徒は、十九世紀の豪邸を模した大邸宅へと足を踏み入れた。
甲冑が飾られたエントランスで一同を出迎えたスーツ姿の老紳士、ラギ。
容姿から随分高齢であると窺えるが、背筋をピンと伸ばし、矍鑠としている。声にも張りがあり、佇まいからも静かな自信や威厳、誇りというものが感じられた。
「お久しぶりです。ご無沙汰しておりましたが……相変わらずお元気そうでなによりです」
「勿論だ。残念ながら墓石の下で眠るつもりはまだまだないよ。伊藤君の『思惑通り』になったらつまらんだろう、私が。
――さあ、存分にパーティを楽しみなさい。諸君らは今宵の『主賓』なのだから」
お互いの深層を探り合いするかのような、どこか道化めいた二人の会話から彼らのパーティは始まった。
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「ゴージャスご飯の数々楽しみなのー!」
エントランスから続く廊下を嬉々として走る小さな赤き女王。
絹糸のようにふわりと踊るロングヘアの白髪が、あまね(
ja1985)の赤いドレスによく映える。前はミニ丈、後ろはトレーンを長めに、赤の生地に金色のフリルやリボンがまるで妖精の粉のように輝いていた。
そして廊下に飾られた剥製や美術品、工芸品などのコレクションを興味深げに眺めながら時折「…美しいな」と、首を僅かに右へ傾け、感嘆の声を上げる花見月 レギ(
ja9841)
彼は黒と赤を基調とした繊細な刺繍が施されている騎士の服を纏い、漆黒の髪にはトランプの髪飾りを挿していた。胸ポケットには白き薔薇と桃色のスターチスを添えて。
対照的に、首を左の方へ不思議そうに傾げる清良 奈緒(
ja7916)
眺める世界が奇妙で堪らなく、故に彼女の好奇心を擽るのだろう。蒼色のエプロンドレスを海鳥のように羽ばたかせて、
「? ――えへへ! へんてこな絵が沢山あるね! あ! かわいい熊さんと蛙さんがいる!」
と、元気に剥製の側へ駆けていく奈緒であった。
長い廊下を抜け、一同は絢爛な大広間に到着した。
様々な仮装をした大勢のパーティ参加者の頭上には、大型のクリスタルシャンデリアが圧倒的な存在感を放ち、見る者を魅了するかのように煌めいている。だが、魅了するのは瞳だけではない。
「へえ、いい匂いじゃねぇか。美味い料理が食えそうだな」
ひく、と鼻を動かし、嬉しげな響きの声音は、大きなシルクハットをかぶったカルム・カーセス(
ja0429)のもの。
頭上のシャンデリアの輝きにも負けぬほどの派手なタキシードを纏った彼の横を、一匹の黒猫――ではなく、黒猫に扮した滅炎 雷(
ja4615)がまるで猫の如く俊敏に通り過ぎて行った。
そして、
「いや〜、ここの料理はとても美味しいね!」
猫耳ピコピコ、尻尾をフリフリ。蜜柑ジュースを使った鶏肉のピラフを幸せそうに頬張っている。その様子を見て、
「私も食べるのー!」
空腹と英気を養う為、皿に山盛りにされたビーフサンドを両手に取り、小さな口でかぶりつくあまね。
一方。
「大きなお屋敷ですね…」
片手に大きい袋をぶら下げ、物珍しげに辺りを見回す白兎、一条 常盤(
ja8160)は落ち着きなく大広間を徘徊していた。
緊張した肩の力は一向に抜けてくれず、ふと、何を思ったのか早口言葉で発声練習をし始める。
「毛牛蒡長牛蒡生ぼごぅ…っぐ!? 舌噛みまみたイタイイタイです…!」
じたじたと(大広間の中心で)悶える常盤。そこへ――。
「おや。常盤君、ご馳走食べたかい? 色々とお皿に盛ってきたからよければ一緒に……って、何やってるんだい……君は」
「はっ! るかりん! す、すみません…今ちょっとご飯食べれないです…」
「? そうか、残念…、――やや? その紙袋は何だい? 随分と大きいね」
流架の目線がするりと常盤の手元へ移動すると、首を傾げながらその紙袋へ。彼の興味深げな視線に思わず息を詰めた常盤は、紙袋をばっと胸元に引き寄せると、何故か一気に捲くし立てた。
「こっ、これはウチの目玉商品なのですよ! しかも公務員が触れると爆発するのです! この中身をお目にかけたいのであればメジャーリーガーになってから出直してくるのですー!」
「――はっ!? ちょ、何言ってんの!? 常盤君、頭大丈夫かい!?」
「それはこちらの台詞なのです…るかりんの頭髪的な意味で――アッーー!!」
合掌。
「――おーおー、あっちは随分賑やかだな」
「ん! とっても楽しそうだね! あ、カルムのお兄ちゃん! ボクにもお菓子頂戴! たくさん!」
「ああ、勿論だぜ。可愛いアリスの為なら喜んで」
大広間の子供たちにお菓子を配っていたカルムは、にぱっと見上げてくる奈緒の頭によしよしと手を置く。
あまねと雷はチョコレートファウンテンでマシュマロや果物を絡めながら舌鼓。
そしてレギはというと…。
(ご馳走? タッパーに詰めて持って帰ったら……銀髪の、俺の女神が喜んでくれる、かな)
本人は眼前の豪華なご馳走よりも、愛しい彼女の喜んだ表情を思い浮かべて、端整な容貌を幸せに染めたのだった。
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――さてもさても皆の衆。古今東西の皆々様。
この世には想像もつかない世界がある。そう、驚きと危険と不思議に満ちた世界――、
ワンダーランドが!
◆ ◆ ◆
『――ああ、忙しい忙しい!』
咲き誇る狂色が世界を飾る中、常盤扮する白兎があちらこちらへ走り回る。洒落もので時間にうるさく、自慢のチョッキのポケットには常に懐中時計を忍ばせていた。
『あ! 兎さん見つけた! 待って!』
そんな白兎を呼びとめるは、好奇心旺盛の我らがアリス――奈緒だ。
彼女は白兎を追って兎穴へ覗き込み、鏡の穴の中を真っ逆さま。落っこちた先の丸い空間には、鍵のかかった沢山の扉。
ただ一つしかない鍵を使い小さな扉を潜った瞬間、人の顔を持つキノコや花に囲まれた不思議な世界がアリスを待っていた。
『忙しいったらいそがし――はうっ!』
懐中時計を見ながら走る白兎は常に時間に夢中。アリスの呼び声も耳に入らず、彼女と正面衝突した。
『これは失礼致しました、可愛いお嬢さん。お怪我はありませんか?』
はっ、と我に返った白兎は、尻もちをついたアリスの小さな手を取って助け起こす。『うん! 大丈夫だよ!』という、彼女の言葉と弾けた笑顔に安堵すると、
『では私は急ぎますのでこれにて!』
時間を疎かにできない白兎はそう言って、跳ねるように森の中へと消えて行った。
『あ! 待ってよ、兎さん!』
海色のエプロンドレスを翻して、アリスも白兎の後を追う。
躊躇うことなく、その森へ。そう――射千玉の夢に消えゆくような、緑の闇の中へ。
捩じくれて歪んだ道中、アリスは流暢に喋る一匹の猫に出会った。
猫には九つの命があるといわれているが――その猫、チェシャ猫には無用。ただ一つの命をのらくらぐうたらしながら生きることが彼の喜び。
『白兎の通った道? 確かあっちの道で良かったと思うよ〜、いやいやあっちだったかな? まぁ、好きな方を選びなよ〜』
捩じれた木の上で横になり、にやにやした笑みを浮かべるは、チェシャ猫もとい雷だ。アリスの問いかけに答えているようで全く答えていない。
『えっと、じゃあじゃあ、こっちの道に行ってみるね! ありがとう猫さん!』
困ると思いきや、我らがアリスは常に前向き。
楽しげに笑うチェシャ猫に一礼すると、アリスは東の道へ軽やかに駆けだした。
禍々しくも輝かしい不思議の国。
キノコの森や喋る花。涙の谷に住む目玉の大きなカタツムリ。
そして、自分の肖像の目からあふれる涙の中を泳ぐアリス。彼女は流れ、流され……辿り着いたその先は――。
『これはこれは、可愛らしいお客様だな。ようこそ、終わらないお茶会へ』
そこはマッドハッターの荒れ果てたティーガーデン。
めちゃくちゃな組み合わせのテーブルウェアが、統一なき統一感を表している。だが、この国ではそれが普通なのだ。
『わあ! 大きなテーブル! ――あ、ボクはアリス! えっと』
『帽子はどうだい? お嬢ちゃんにぴったりな可愛いのがいっぱいあるぜ』
カルムはワンダーランドで名の知られた帽子作りの名手役。だが役作りの為、その紅石色の瞳に僅かな狂気を走らせていた。
『帽子? えーとね、ボク、兎さんを――』
『ん? 帽子は好きじゃないか? なら、美味しいお茶に甘いお菓子はいかがかな? それとも、俺と踊ってくれるかい?』
――そして女好き。
『?』
帽子屋の口説き文句にきょとん、と彼を見上げるアリスだが、お菓子という単語にすぐさまアリスの顔がぱっと輝き『――えへ! ボク、お菓子大好き!』と、帽子屋にハグをする。
その彼女の様子に、
『おや、お菓子が好物とは嬉しいね。遠慮せずに沢山食べていっておくれ。ナプキンは染みだらけ、カップは欠けているかもしれないが、美味しいお菓子はまだ溢れるほどあるからね』
何年も続くお茶会に呼ばれる客の顔ぶれは、ほとんど変わらない。
その一人が三月兎。
蝶ネクタイとチョッキを身につけ、麦藁を巻き付けた帽子姿の――桜餅教師。そして、
『ねぼすけはいつまで寝てる? さっさと起きて面白い話をするか、さもなきゃ美味しいお茶を淹れてきな』
帽子屋が彼に向けて顎をつん、と反らす。そこには擦り切れたテーブルクロスに突っ伏して眠りこける――爆弾教師、ヤマネの姿が。
…。
……。
………?
何かオカシイと感じる一同。
…………!
ヤマネは本当に寝ていました。
『やや! しょうがないなぁ、ヤマネは。俺ガオコシテアゲヨウ、エイエンニ』
バキボキバキと指の関節を鳴らしながらヤマネに近づく三月兎。
『三月兎さん! なんか言葉が変だけど、ボクもお手伝いするよ!』
我らがアリス。流石のノリの良さ。だがそこへ、ヤマネの救世主(?)が――!
『ああ、いそがし――、ほわー!』
時間に大忙しの白兎が、相変わらず懐中時計を見つめながら走って登場。そのままヤマネに猛スピードで激突してでんぐり返る。
『ぐふおっ!?』
――ヤマネの悲鳴が聞こえたということは、目覚めた証拠です。
『あ! 兎さん、捕まえたよ! 何だか怖いお茶会に巻き込まれちゃった!』
脇腹を打ってそれどころではない白兎の代わりに、
『おやおや〜、お茶会か〜。面白そうな事をしているね〜。だが、白兎にとっては今日が特別な日になりそうだ〜』
いつの間にか木の上から様子を眺めていたチェシャ猫の言葉が、文字通り降ってくる。
『あ、猫さん! 特別な日? 今日は何の日なの?』
『何の日って、私の命日ですよ…こんな所でお茶してるのがバレたら女王様に首を刎ねられます…』
くぐもった声の調子で白兎はそうアリスに言うと、ヤケ飲みとばかりに紅茶を煽る。
『さあ、ココで一緒に楽しく過ごすとしよう、アリス。いつまでも、いつまでも』
帽子屋が三日月型の笑みを浮かべた。
此処は誰も彼もが狂う場所。そう、イカレタお茶会へようこそ――。
『ううー! 帰りたいよー!』
にっこり微笑む三月兎とゾンビ化しているヤマネに両肩を掴まれ、抵抗空しくお茶の席へと引き摺られていくアリス。
――今、大義名分が揃った。
『女王の挑戦を受けなさいなのー! でないと首を切るぞなのー!』
登場するは、この国を治める君主、ハートの女王あまねだ。
ハートカットの大きなガラス宝石を飾った王杓。そして赤いガラス宝石を散りばめたミニクラウンを、ちょこんと頭に。腕にはジャムタルトを詰めたバスケットをぶら下げて。
彼女の傍らには女王の家臣、ハートのジャックであるレギが常に彼女を警護する。
『これはこれは、女王陛下。ご機嫌麗しく』
帽子屋が手の平を胸に、お辞儀。そして、
『今だけでいいので、三月と白を交換しませんかマジで!』
女王の登場に慌てる白兎がこそっと三月兎に耳打ちするが、無言でガション!と彼に頭を掴まれ、却下。
小さな身なりに大層貫禄がある女王は、顎の位置を平素より高くし、集った顔ぶれを見渡すと、
『さあ、アリス! 帰りたかったら私とクロケーで勝負なのー!』
視線をアリスに口で弧を描いた。
この世界のクロケットは残酷な競技。マレットの代わりに使われるのはフラミンゴ、ボールはハリネズミを丸めたものなのだから。
『ん! 受けて立つよ! ボク、頑張って勝つからね!』
『いい度胸なのー! ジャック、3番マレットを出すのー!』
『はい』
我が君、女王の命令通りにジャックは彼女のお気に入りのフラミンゴをマレットケースから取り出すが……何故かフラミンゴはしんなりしている。どうやら寝ているらしい。
『…む? おい、起きろ。首を刎ねられる、ぞ』
ジャックがフラミンゴの頭を軽くチョップすると、無事に頭の重さを失うことなく目覚めた3番マレット。
『さあ、アリス――勝負なのー!』
◆ ◆ ◆
素晴らしき地下の国は、へんてこで油断ならず、道理の通じない世界。
審判でもある女王は勿論ワガママ言い放題。
自分の首を守る為、必死に女王を応援する白兎。
にやにやした笑みを浮かべて常にその瞬間を楽しむチェシャ猫。
帽子屋と三日月兎、ヤマネはお茶会を続け、その輪にこっそりと混ざるジャック。
そして、ワンダーランドで驚くべき冒険に遭遇したアリスはというと……。
皆様既にご存じ。
この世のこの物語は、常にハッピーエンドで幕を下ろすということを――!
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拍手喝采で終了した不思議の国のアリス。
だが、彼らのイベントはまだ終わっていない。何故なら――。
「桜餅の先生! カルムのお兄ちゃん! お誕生日おめでとう! ずっとずっと幸せでいてね!」
「おめでとうなのー!」
そう、誕生日の近い二人へのサプライズを計画していたのだ。
「お誕生日おめでとう〜! はいこれ、誕生日プレゼント!」
「サンキュー。オメーさんたちと一緒に劇が出来て楽しかったぜ」
口元を綻ばせながら礼を伝えるカルム。雷からはアクセサリー、奈緒からはカルムの彼女も使えるお揃いのマグカップをプレゼントされた。
「桜餅の先生。カルム君。それから…」
この場にはいない彼女にも思いを馳せて。
「誕生日、おめでとう」
レギが柔らかく微笑み、言の葉を紡いだ。
「ありがとう、とても嬉しいよ。レギ君はサボテン――の、お写真ありがとう。現物を楽しみに待っているね」
流架のプレゼントに鉢植えサボテンを用意していたが、折れては可哀想だと、サボテンの写真を持参していたレギ。後日、サボテンは郵送予定。
そして――。
生徒六人で手作りした桜餅と、常盤が紙袋にこっそり持参していたケーキをティースタンドに、あまねが用意した桜湯を片手に持った彼らは――。
改めて、今宵の『終わらぬお茶会』を楽しむのであった。