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「さて、着せ替えのお時間です。見事華麗に、私好みに染め上げてみせましょう」
オペ開始と言わんばかりにいつもの無表情のまま、両手をわきわき動かすハートファシア(
ja7617)と、彼女の横でメジャーを構えてにっこり微笑む、夏木 夕乃(
ja9092)。
「はい! じゃあ早速始めましょうか。まずは――採寸から」
そう言うと、夕乃は手際良く小日向 千陰(jz0100)の肩幅や胴回り、ウエストなどを「え、ちょ」と彼女が戸惑っている間に測ってゆく。「わー! 千陰姐さんスタイル綺麗!」と、思わず感嘆の声を上げてしまうが、続いてうっかり千陰のスリーサイズを口にしてしまいそうになり、無言の圧力とオーラが婦人服売り場を一時、支配した。
「――あたしからはベアワンピをチョイスしまーす。上にデニムを羽織って、あ、麦わら帽子もかぶったら更に可愛いっす!」
試着室から恥ずかしそうに外の様子を窺いながら、夕乃のコーデで千陰が姿を現す。夏らしい帽子の爽やかさと、レースとハイウエストなベアワンピでセクシーな印象も大きい。
「おー、素敵なのですよー。あ、このコサージュとか耳元に飾ったらどうです? アクセ一つで印象もガラッと変わるですよ」
久野居 恵理(
jb0085)が三輪バラのコサージュを千陰の耳元に挿す。空色のバラが彼女の黒髪に映え、実に涼やかしい。
「足が…かなり露出するわね。少し恥ずかしいわ…」
「女性には男性の目を楽しませる義務があるんすよ? こんなんで照れてたら、ファシー先輩が持ってくる本命は着られませんよ?」
「本命…?」
当惑する千陰に夕乃は笑んだまま、スーツと何か赤い生地を持って藤宮 流架(jz0111)に迫っているハートファシアの元へ駆け寄――、いや、加勢しに行った。
「…ちょっと待っておくれ、ハート君。スーツはよいのだけれども。その赤い生地は…俺の目が確かならば、褌だよね? 何で? ねぇ、何で?」
「藤宮先生は漢ですよね? でしたら赤褌しかないかと。上はスーツ、下は赤褌。何という斬新な組み合わせなのでしょう。あ、褌はズボンの上からでもよろしいですよ」
「変態じゃん!!」
「大丈夫っすよ! 桜餅先生なら!」
「何が!? 夕乃君!」
必死に異議を申し立てる流架の後ろから「大海原に六尺一丁で立つと、気持ちがいいと思いますよ」と、翡翠 龍斗(
ja7594)が彼の心中を察しながらもトドメの一言。
ピシ。
「……ほう。…龍斗君は…まあいいや、後でね…アトで…」
気のせいか、場の空気が僅かに冷えたような。そして眼前の彼が妖しく微笑んだ吐息と奇妙な不安を、龍斗は強烈に感じた。
「はいはい、わかったよ。着てみるから少し手伝ってくれるかい?」
流架は生徒に対する素の笑顔を見せながら、視線を合わせてグッジョブと親指を上げるハートファシアと夕乃と共に試着室へ入ろうとして――
「――俺に挑もうなど、百年早いのだよ」
冷静に、恐怖を味わう前に。千陰が流架の意図を気づいて、二人に「逃げなさい!」と叫ぶ前に、
――バタンッ!!
流架が両脇の二人を抱えて、試着室に滑り込んだ。そして、
「アーーーーーーーーーー!!!」
ビビビビガタガタガタタタタッッ!!
甲高い二人の絶叫と共に、試着室が不自然なほど縦に横にへと揺れた。…少しして「やや、残念。この二人は俺のコーデは辞退するみたいだね〜。代わりにこの子達の洋服を見立ててあげようじゃありませんか、千陰先生」と、困ったような微笑みを浮かべて試着室から出て来る流架。見る者を逆に不安にさせるようなその笑顔、千陰だけが目元をひくひくと痙攣させながら正視していた。
遅れて、棺桶から這い出てきたかのような状態のハートファシアと夕乃には、流架と千陰が見立てた服を逆にちゃっかり着せられてしまったのだ。
ショールをふわりと羽織ったようなデザインのドレスワンピースと、シフォンフラワーの首元用アクセサリー。ハートファシアは青、夕乃はオレンジという、色違いのお揃いの服だった。
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「ふむ、俺様のイメージでは小日向殿は格好良い系だな。これと…この服はいかがだろうか。失礼ながら、普段はあまり薄着のイメージの無い方だからな。ギャップも狙えると思う」
上は華やかさと繊細さが素敵な白のレースブラウスに、下はデニムのショートパンツ。アクセサリーにレザーブレスレット。
「お好みで中折れ帽なども。スーツをキチっと決めてらっしゃるので、偶にはこういうものもいいのではないか?」
夏の上品カジュアル、Nidhogg Dainsleif(
ja9529)のコーデ。
「シンプルだけどお洒落で素敵ね。それに動きやすくていいわー」
「そうか、気にいって頂けたようで何よりだ。ふむ…もしよろしければ、俺様の服も見立てて頂けないだろうか。俺様はイケメン故、どんな服も似合うので好きに選んでほしい」
「あら、いいわよ。そうね…。あなたは自分に確固たる自信を持っているから…こんなのはどうかしら?」
そう言って千陰が見立てたのは、女性らしさ溢れるレースバタフライスリーブの黒チュニックと、イレギュラーヘムがポイントのスカートだった。優雅なシルエットが個性を発揮していて、細身のNidhoggの身体にもしっくりきている。
「フハハハ、イケメンに似合わぬものなど無いのだ」
「やや! ニーズ君、いつもの赤い服もいいけれど、その服もよく似合っているよ」
「藤宮殿。イケメンである俺様故に対するお言葉、感謝致す。しかし、貴殿もその洋服実に、似合っているかと」
「そうかい? 紫苑君が見立ててくれたんだ♪」
嬉しそうに頬を緩ませる流架の格好は、ストライプの七分袖シャツと五分袖の黒のジャケット、そして下はベージュのパンツというスマートな見立てだった。「センスないですけど…」と呟きながら、流架と共に試着室に入った神楽坂 紫苑(
ja0526)の着せ替えの手際の良さは……何故。
「得意なんです」
解せずに首を唸っていた流架に、紫苑は小さな苦笑いで一言、返してくる。…余計に謎が深まった気がしてならない。そして、
「…神楽坂のおにい、いえ…おねえ、なのですか?」
恵理が目をまん丸くして彼を見上げていた。無理もない、今の彼、紫苑は――。
「藤宮先生が見立て…いや、着付けてくれた。どうだろう? 着物は一番着なれているんだが」
長身の着物(女物)美人になっていた。深い静けさを連想させる黒の生地に、柄は紫と赤を基調にした牡丹。帯は白地に金糸の刺繍が施され、長くて艶のある髪は結い上げ、白と薄紅色の胡蝶蘭の髪飾りで留めている。元々端整な容貌の持ち主の為、女に引けをとらない美を彩っていた。
「綺麗だよね〜紫苑君! 細身で美人さんだから着物がよく映えるよ〜」
「そうでしょうか? ――あ、失礼、携帯にメールが来たようです」
着物の袂から携帯を取り出してメールを確認する紫苑に入れ換わり、恵理が流架と千陰の側に走っていって楽しげに尋ねてくる。なので、携帯の画面を見ながら薄く笑み、口元を掌で覆い隠す紫苑の様子を流架が知ることはなかった。
「せんせー達に恵理の服も見立ててもらいたいんですよー。家族に見立ててもらうのと他の人に見立ててもらうのでは全然違うらしいですから。よろしくなのですよー☆」
「やや! 恵理君の目がキラキラ輝いている…! これは期待を裏切れませんね」
「ええ、藤宮先生。そうね……久野居さんの瞳に合わせた色の服はどうかしら」
「あ、じゃあグレーとか、ピンクとかが似合うかなぁ」
二人はまるで自分達の子供の服を選ぶような会話で、アレでもないコレでもないと、売り場を見て回っている。
「ふむ、お二人はまるで夫婦のようだな」
その二人の様子を眺めながら、Nidhoggは偉そうに腕組みをして呟いた。
恵理に見立てた服は、フロントに大きなリボンとふんだんに盛り込んだフリルの黒色のリボンブラウスと、ピンク色のシフォン素材のブリーツスカートのフェミニンスタイルだった。
「おー、かわいーです☆恵理の新しい意外性発見ー☆」
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「え、藤宮先生、桜餅の着ぐるみ着ないんですか? 先生の桜餅の愛ってそんなものだったんですね…」
と言いつつ桜木 真里(
ja5827)は、しょんぼりヘコむ流架に「冗談ですよ」と微笑みかけた。
「ふふ、こういう格好の藤宮先生って何だか新鮮です。似合いますね」
かっちりとした流架の姿を見たことがない真里は、シャツを着た流架の首にネクタイを締め、黒のジャケットとベスト、眼鏡も薦めてみる。すると意外や意外――。隣りで千陰を見立てていた八辻 鴉坤(
ja7362)が、「へえ」と眉を浮かせて微笑する。
「藤宮先生、知的な感じだね。執事みたいに見えるよ。みたい、だけど」
「だよね。見た目だけだったらイイ線いくと思うんだけどね」
「やや、そうかな? 照れるなぁ」
流架は照れくさそうに前髪を掻き上げて目線を服に落とすが、微妙にヒドイこと(他意のない)を言われているのに気づいているのだろうか…。
「あ、八辻の小日向先生の見立て、クラシックな感じでいいね」
「そう? 今回の俺の見立てに題をつけるなら『良家のお嬢様とご子息』って感じ。小日向先生はスタイルがいいから、上下で分かれるツーピースより落ち着いたワンピースが良いと思うんだ」
裾はAラインのフレアに、太いベルトでアクセントをつけていた。そして「…ふむふむ、こうなっているのね」と千陰は何度も頷きながら、服の色合いに合わせたヘッドドレスの生地を手で触って確かめている。
一頻り今のスタイルを楽しんだ後、流架は鴉坤にスーツスタイルを見立ててもらった。
「オーバーサイズやタイトフィットじゃなくて、ジャストサイズが一番。…採寸していいかな?」
メジャーを取り出す彼。スーツスタイルの先輩、鴉坤にスカーフやネクタイの柄の遊び方なども伝授してもらい、すっかりご満悦の流架。一方千陰は、
「こういうのだと下にデニムを合わせるとカジュアルになりますね」
上にパステルカラーのシフォンブラウスを薦めて、真里が柔らかく微笑む。「あ、花柄のガーリー系もいいですね」と、…何故か女性の服にやたら詳しい真里。どうやら故郷にいる妹の影響のようで、学園に来る前はよく買い物に付き合っていた為らしい。
そういえば、という表情を鴉坤は装い、
「和装ってする機会なくて…」
首を傾げて緩慢な瞬きをする。
「あ、良かったら俺にも似合いそうな服を選んでもらえませんか?」
続けて、真里も目をうっすら細くしながら流架と千陰に顔を向けた。そうとなれば、期待に応えてみせるが久遠ヶ原教師!
鴉坤には、平安末期から鎌倉時代にかけて男性の衣装の色として愛された紺の着物を見立てた。羽織、角帯、長襦袢、羽織紐、小物の巾着も勿論揃えている。真里にはオフホワイトのUネック半袖Tシャツの上にグリーンのマドラスチェックシャツ。下は黒のシューカットチノパン。アクセサリーにはフレアチェーンのネックレスを見立てた。
「――どうだろう? 気にいってもらえたかな?」
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(普段の恨みを…もとい、御礼をしなくてはな)
龍斗の今回の目的は、ただ流架をコーディネートすれば良い、という簡単なものではない。押し付けるだけではまず袖すら通さない、いや、触れもしないだろう。何故なら龍斗が見立てた服というのが――。
マーメイドラインのウエディングドレス。
…常識的に考えてよほどの理由か趣味でなければ、生涯、男性が着る機会は無いであろうと思われる。そしてそのドレスに合ったラインストーンのネックレスや、ベールやグローブ、ピンクベージュの薔薇のシャワーブーケまでもが用意され、とりあえず流架の目のつかない所に置いてあるのだが…。
「ふむ、まずは釣ってみるか」
念のために流架の好物、桜餅と和菓子を商店街で購入しておいた龍斗。抜かりはない。
「先生。あなたの好きな和菓子を買ってきました。食べませんか?」
「――やや! 気が利くね、龍斗君!」
「ペットボトルですがお茶も用意してきましたよ。どうぞ。――あ、ですが。俺の見立てた服、着てくれますよね? でしたら全部召し上がって頂いていいですよ?」
ココまでは、龍斗の計画通り。そして次の一言、流架の言葉さえ引き出せれば――!
「やや? うん、別にいいけど?」
――もらった。
意外とあっさりであったが、勝ち取った勝利に思わず拳を握りしめてしまいそうになる。流架に騒がれそうになったらダイナマに連絡をとる手段も考えていたのだが…。
「では…」
「その前に――」
流架がにこりと笑い、目を細くした。
「まず君の服を見立てようか。――やや! 見ておくれ! こんな所に、ウ エ デ ィ ン グ ド レ ス が 」
全身の神経を電気が駆け巡り、龍斗の背中を瞬間的に震わせた。
「え、何故、それが…」
平静を装った声を上げたつもりであったが――龍斗の表情は固まっている。何故なら、目の前の流架が手にしているドレスは、龍斗が彼に見立てたものなのだから!
冷たく重い、空気すらも凍らせるような視線で龍斗を射貫きながら――
「甘いよ、龍斗君」
ニヤリと口元が歪む。
「―――っ!! ダイナマ先生を召喚せねばっ――!!」
戦闘態勢! 龍斗は瞬時に懐の携帯に手を突っ込むが、
「さ せ ぬ よ」
――合掌。
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「ふむ、各々の見立てが決まったようだな。実は俺様、カメラを持ってきているのだ。今日という日も何かの縁。各自に携帯で写真を撮っていた者もいたが、最後に全員で記念写真でも撮らぬか?」
「ああ、いいね。折角だし」
Nidhoggの言葉に鴉坤が頷きながら答える。確かに各々、夕乃は賑やかにバシャバシャと写真を撮っていたし、龍斗もスマホで撮影する度にパソコンへメール転送していたようだった。紫苑も携帯で撮った流架と千陰のコーデ画像を、ちゃっかり先程のメール着信の主に送信済み。…取り返しがつかないコトをしたとは思っていない。後悔は、していない。
「…あれ? 千陰先生その洋服、俺が見立てたやつじゃないですか? どうしてそれ着てるんです?」
鴉坤が見立てたスーツスタイルの流架が、静かに顔を向けて尋ねてきた。彼女が着ているのは確かに、流架が見立てた三段ギャザーの花柄ワンピースだ。隣りに立つ千陰は少しの間相槌もなく黙っていたが、やがて穏やかな面持ちで首を横に振り、
「…さあ、何故でしょうね」
流架に目をやって呟いた。
『何だかんだであの桜餅先生、本当に似合うと思って、コレを選んだと思うのですよ』
『自分もそう思うっす! だから自分とファシー先輩の本命見立ては桜餅先生のコレで! このワンピに合わせた蝶の飾り付きカチューシャと、コサージュ付きのサンダルも是非一緒に!』
「…まあ、楽しかったですよ。ありがとうございました、藤宮先生」
「――はい?」
じゃあ撮りますねー。ハイ、チーズ――!