「レディーース、ェン、ジェントルメン!!これより第913回っ、『毛刈りコンクール』の幕開けだーーーー!!」
見物人と遊園地スタッフが歓声を上げる中、ステージの幕が開き、出てきたのは10匹のカラフルな羊と12人の出場者。
「凄いお客さんの数だねぇ」
「そうだな、栗原君。やはり913回の伝統を誇る大会ゆえだろう」
「少し緊張してしまいますね。けど、お互いもふもふを堪能しましょうね、ひなこ先輩」
「うん、そうだね!穂鳥ちゃん」
青羊を連れた栗原ひなこ(
ja3001)と黄羊を連れた牧野穂鳥(
ja2029)が盛り上がる横で白羊(まんま羊だが)を連れたパンダ……もとい下妻笹緒(
ja0544)が観衆を見て感心をしている。
その一方、ライバル心を燃やしあっている緑羊担当の地堂光(
jb4992)と赤羊担当、グレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)もいる。
「負けたらホットケーキを奢ってもらうわよ、光」
「いいぞ。その代り、明守華が負けたら猫の刺繍でも作ってもらうからな」
こうしてなかなか盛り上がりそうな大会が、この小さなステージで幕を開けた。
「羊さん、怖がらなくていいで御座るよ。自分は羊。同じ仲間で御座る!」
『ニンジャヒーロー』で観衆からも羊からも注目を集め、赤ちゃんの様にハイハイで『そう』と言うネームプレートを下げた金羊に這い寄って行くのは毛玉、ではなく羊の着ぐるみを着た静馬源一(
jb2368)。
少し他の参加羊より年上でクールなそうは、そんな源一を奇妙なモノを見る目でみやる。
その横ではそのそうの弟である銀羊の『しーくん』と黒羽・ベルナール(
jb1545)がにらめっこをしている。とても臆病なしーくんはV足蹴りはしないもののベルナールから距離をとり、兄羊に助けを求めている。
「大丈夫、怖くないよ〜。俺は危害を加えるんじゃなくて君を涼しくしてあげる為に来たんだよ〜」
「めっ……めぇー!!!!」
「お兄さんも静馬さんに涼しくして貰うから心配いらないよ?」
「めぇーーー!!」
そうも弟に悲痛な声で呼ばれているので颯爽と助けには行きたいのはやまやまなのだが如何せん目の前の同族?相手に動いていいのか分からない。対する源一は観客からの「暑い中なのによくやるよ」と言う声援に対しても褒め言葉と受け取り、そうににじり寄っていく。
「静馬さん、それ凄いね。皆も言ってるけど暑くないの?」
「心頭滅却すれば火もまたき●し師匠●すし師匠!某書物に『羊は臆病なので自分より大きいものには近づかない傾向がある』との事であったのでこうして扮装をし、身を低くする事で警戒を解こうと言う作戦で御座る」
「そっか、良い考えかも」
そう言ってベルナールは態勢を低くしてしーくんに向き直り、にっこりと微笑んで先程と同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫、怖くないよ〜」
それに効果があったようで、しーくんは悲痛な鳴き声を出すのをやめ、少しずつベルナールに近寄り始めた。やがてベルナールの横に辿りつくとお尻をもふっと彼に軽くぶつけ、やるならやってくれと言いたそうに目を向けた。
「いい子だねー」
よしよしと、しーくんの頭を撫でるとベルナールはバリカンにスイッチを入れた。
「う、うーん……」
ピンク羊『シラー』の毛を触りながら残念そうにしているのはエルレーン・バルハザード(
ja0889)。どうやら見た目と想像より固い羊の毛に落胆しているようだ。
「これは…そっかぁ、毛だけ洗わないといけないのかあ」
しょんぼりはしたが羊をすっきりさせる為に参加したこの大会。気合いを入れなくては、と彼女は自分を奮いたたせると羊が不必要に怖がらないようにと目隠しをしてあげた。そして更に遁甲の術を使用する事で気配を消し、羊が抵抗する時間を作らせないようにセッティング。それに付け加え、このシラー。参加羊の中でも他の羊に頼られた姉御的な羊(飼育員談)らしく、目隠しされる際も少々震えたものの落ち着きを払っていた。
「いちげき必殺……そそそそぉい!」
その為、身動きしない羊+俊敏さが売りのジョブの人間と言う奇跡的な組み合わせにより、シラーはモフモフ羊からしましま刈り羊に大変身。この目にも止まらぬ速さに観客からは拍手喝采。
当のエルレーンは意外と可愛く出来たそれを記念に、と写メる。
「よし、じゃあさっぱりさせてあげるの。今すっきりさせたげるからねー」
そう言ってエルレーンはシラーの下に潜るのだった。
「こら、ぺたぺたするな」
『ニニ』と呼ばれたこの園のマスコットな悪戯っ子羊を選んでしまった光は泥に手を突っ込んで洋服にぺたぺたとVの字を描くその羊に遊ばれている。しかも子羊らしいニニのそれは微妙にハートにも見えるので可愛らしく、ちょっと本気では怒れない。
「光の子は随分可愛らしい事をするのね」
光と好敵手的関係である明守華の担当する『殿下』と名付けられている、何処か高貴で冷静な印象を感じさせている羊は「これも初夏に目の当たりにする運命だ」と悟ったかのように明守華の前に堂々とたたずんでいる。
念のためにと作業用のズボンとTシャツを借り受けた明守華であったが、これなら難なく毛を刈らせて貰えそうだ。
「明守華の羊は落ち着いてるな」
「ええ、流石は殿下と名付けられるだけはあるわね。ニニ、だっけ。その子はまぁ汚れはするけどそこまで困った子ではなくて良かったじゃない」
明守華が殿下に自分の匂いを取らせながらニニに遊ばれている光にそう言うと、彼はどう刈ったらこの羊が涼しくなるかをじゃれられながらも計算中だが遠くに目線をそらしてある1チームを見た。
「そうだな、本当に子供の可愛らしい悪戯だ。アレを見ると余計にな」
光の視線の先には一般人参加者のオカマさんと、羊が足りなく、あぶれた為その一般人と組んでいる、この合宿の引率者・白田教諭が黒色の羊と格闘している。
「よりによって先生がアレを引くなんてな」
「まぁ、白田先生だから楽しんでいる可能性が大でしょうし?あのオカマの人もこの大会の常連って話だから大丈夫でしょう。よし、殿下はもう大丈夫そうね。縫い物での鋏使いがここで応用効くわよ」
十二分に殿下に匂いを取らせた明守華は鋏を構えると、押さえつける様にして固定し上から刈り上げてく。その手際を見て、
(やっぱ明守華は器用だな)
と、光が感心していると足跡付けに飽きたらしいニニがどうやら殿下が明守華に構って貰っている(実際は刈られている)のを見てこっちも構えと前足でひっかいてきた。
「よし、俺らもやるか」
光がそう声をかけるとニニは機嫌良く鳴くのであった。
「まかせておけ、後はこの自分に……まかせておけ」
笹緒の選んだ『げんげん』はぷるぷる振るえるようなか弱い羊ではなく、かと言って白田&オカマさん組が担当している黒羊程暴れるわけではなかったが元気だけは良いらしく、機嫌良さそうにリズムをとっているかのように体を左右に揺らしていた。
「げんげん君と言ったか。私は羊に触れるのも初めてなら、バリカンすら持つのも初体験なのだ。機嫌の良いところ申し訳ないのだが、このまま刈り進めていくと君の体を傷つけかねない。少し止まって貰えるだろうか」
げんげんはそんな笹緒のお願いを聞き、周囲の仲間達がどんどん涼しそうな姿になっていっているのに目をやると、彼を振り返り目を細めた。
これは刈れと言う合図に違いないと確信した笹緒は一点集中で狙った箇所を躊躇いなくバリカンを入れていく。これは下手に素人が考えすぎると危険だと考えすぎた結果だ。自分が不安になると担当している羊にもそれが伝染するかもしれない、と。
勿論二度刈り等も危険なのであくまで、この自分ほどに、羊の……羊ちゃんたちの、もふもふウールの暑さを理解できる者はいないと言う信念の元に最後までバリカンを入れることに専念し、他一切の邪念は持ち込まない。
「穂鳥ちゃん、見て。下妻さん、凄い集中力だね」
「一点集中、と言ったところでしょうか」
「気迫感じて見事って感じだね」
「見事、と言えば」
穂鳥はひなこの青羊『おりゅう』を見て微笑み、言葉を続ける。
「ひなこ先輩お手製のツンツンヘアーもお見事ですね」
まるでどこかの誰かの様だと笑う穂鳥にひなこは顔を赤らめ、
「これ、ね。これは櫛でといてるうちに青い毛が彼みたいだなーって思ったら皆に良く彼が髪の毛ネタでからかわれてる事思い出しちゃって、つい……」
と、やや笑いながら頬をかいた。
「そ、それにしても穂鳥ちゃん上手で羨ましいな。あたしって不器用だからおりゅうちゃんの肌さっき傷つけてヒールを使う状況下になってしまって。あの時はごめんね?」
ひなこが眉尻をへにゃりと下げてゆっくり撫でるとおりゅうは一瞬びくついたものの、「めぇ」と穏やかに一声鳴いた。
「私も昔、本で読んだうろ覚えな毛刈り方法を思い出しながら刈っているだけなので上手と言うわけではありませんよ?」
そう返しつつも穂鳥の手際は皮ごと刈ってしまわないよう皮を伸ばすようにして刈る等手際がとてもよく、今日が初めてだとは到底思えない。知識とはすばらしいものだ。
「めぇ〜」
「ふふ、涼しくなってきましたか?」
穂鳥の選んだ黄羊『コウ』は幼く、温厚な羊の様で気遣いもあり、丁寧な穂鳥の手つきに歓喜の声をあげる。
「本物の羊に触れるなんて夢のよう。可愛らしいコウさんを触れる事がとても幸せです。あ、痛かったら足を上げてくださいね」
いくら動物交渉持ちで通じたとしても、羊相手に無茶言う穂鳥。
だが、温厚でのんびり屋さんの羊は「めぇ」と可愛い声でなくのであった。
「さていよいよラストスパート!あと5秒!」
司会者の声に合わせて観客のカウントダウンが始まり、皆、最後のチェックが始まる。
「久遠ヶ原学園の撃退士は世界一ィで御座る!」
「しーくん、銀色のリボン似合うなー」
着ぐるみにより熱暴走を起こしている源一とリボンをつけられて満更ではない顔をしている羊を見つめるベルナール。
「4!!」
「い、意外と、大変だったのっ。きみだって、いっそのこと水浴びしたいよね?ねー、羊ちゃん」
結構な重労働に汗まみれのエルレーン。
「3!!」
「喧嘩売ったからには思い知らせてやるわよ、光」
「そうか。だけどお前が負けたら約束は守れよ?明守華」
お互いの羊の出来を見せ、闘魂を燃やす明守華と光。
「2!!」
「はっはー、すっきりしたな。暴れん坊。若干マニアック向けだけど」
「すっかり、夏だな」
オカマ仕上げのハイセンスな仕上がりになった暴れん坊羊を抱きしめる白田と、つるんとなった羊を優しげな目で見つめる笹緒。
「1!!」
「ねー、穂鳥ちゃん。このツンツン、後で刈った方がいいかなー?」
「多分、大丈夫ではないでしょうか?体は涼しげですし」
刈り残しがないかチェックしている穂鳥に意見を求めるひなこ。
「終了!!ジャッジたーーーいむ!!!」
審査は速さ、仕上げ度、羊との接し方の3点から採点されるらしい。
その間に作業台等が撤去され表彰台が置かれる等舞台上はお色直しをする。
そして10分後――
「待たせたな、皆!ジャッジが終了した!泣いても笑ってもこれから表彰!君の押し羊担当者は果たしてこの表彰台に上る事が出来るのか!!!」
押し羊って何?と聞きたいところだが恐らく目当ての羊を決めている人間もいるのだろうと疑問に思った生徒も納得しとく事に。
「まずは第3位!!時間はかかってしまったが手際の良さと羊ににおいを取らせて警戒心を解いた事が高ポイントとなりました、グレイシア・明守華!」
「やるからには1位を取りたかったのだけれど…」
羊型の表彰状とビニール傘を受取る明守華はやや不満顔である。
「続いて第2位!!不器用ながらも頑張り、羊の毛を立てると言うのが審査員の心のポイントになった栗原ひなこ!!」
「あはは、そり残して良かったんだねー、アレ」
ぬいぐるみ風の楯とTシャツを受取り、恥ずかしそうに笑うひなこ。
「そして栄光の第1位!!刈りの時間はまさに神速!それなのにしま柄にするというパフォーマンスも見せてくれたエルレーン・バルハザード!!!」
「えぇ!?早かっただけなのに…でも嬉しいなぁ」
てっぺんに丸刈りになった羊のオブジェがついている優勝トロフィーとパーカーを貰ったエルレーンは戸惑いながらも微笑みを浮かべている。
「これにて今大会は閉幕!みなさん、またお会いしましょう!!!!」
大喝采の中、毛刈りコンクールは閉幕した。
「皆、お疲れー。軽い物とおやつ用意したよー」
合宿本部に皆が戻ってくると本部で留守番をしていたジュリオットが出迎えてくれた。
「先生、暑いし、熱中症になるといけないからスポーツドリンク持ってきたんだけど配っていいか?」
「うん、光ありがとう。コンクールで疲れているとこ悪いけど頼めるかな?」
その隣では重労働を終えてもハイテンションな源一が楽しそうだ。
「先生、見て見て!金髪アフロで御座る!」
「おー、源一貰ってきたのか?似合うぞー。エルレーンも貰ってきたのか?」
「うん、羊毛フェルトで、羊の分身マスコット作ってみようと思ったの」
楽しそうな生徒を見てジュリオットはほっとした表情を見せる。
「よかった、楽しんでたみたいで」
「はい、楽しかったですよ!あのもふもふな毛を自分の手で刈れるとか!」
ベルナールが嬉しそうに笑い、ひなこと穂鳥もうなずく。
「あのもふもふに直に触れられるとは素敵な機会でした」
「ほんとっ楽しかったし、あの子達も涼しくさせてあげれて良かったでっす。あとは下妻さんの毛も刈ってみたいよねー」
ぽつりとひなこが言うと笹緒は静かに彼女から身を引き、
「私の毛は刈らなくて良い」
とつぶやいた。
「光!約束は忘れてないでしょうね?」
「忘れてねぇって。久遠ヶ原に帰ったらちゃんとホットケーキ奢ってやるから」
遊びという名の合宿ではあったが皆有意義に過ごせた1日であった。