雲ひとつない満月の夜になるその日。
白田が見たトピックスの情報を元に黄昏時に指定の海岸までやってきた撃退士達は予め相談しておいた班に分かれて各自準備を行っていた。
ちなみに引率である筈の白田は海岸の駐車場で様子見を決め込んでいる。
『もう少し頭の方にかけてくれない?風が吹いているのを感じるわ』
A班、ヤナギ・エリュナーク(
ja0006)に携帯を通じて指示を出しているのは同じくA班に分かれた陽波飛鳥(
ja3599)。彼女は先に自分用の穴を掘り、そこに寝そべって上から砂をかけて貰っている。ちなみにヤナギはこの後、レインコートを水に濡らして土をつけやすくしてから隠れる予定だ。
「OK……まぁ、こんなもんじゃね?ヴォルガは気配がしねぇから隠れただろうし、俺も隠れるな」
『わかった、砂掛け感謝しておくわ』
一方、奇襲B班は砂に埋もれる作戦ではなく、各自カモフラージュ。
水で濡らしたレインコートに砂をまぶすと言うA班と同じ戦法を取っている沙夜(
jb4635)だが他二人はとてもその手の人間っぽい仕様だ。常木黎(
ja0718)は任務の為ならば体裁を取り繕わずと言っているかのように岩場横の屈めば向こう側から姿が見えない位置に水に少し浸かりながらも腹ばいになっている。ちなみに顔は黒顔料でペインティングが施してある。
もう1人の厚木嵩音汰(
jb4178)は黎と沙夜の後方にある草場に黒シートで暖簾の様に張り、自身はその草やシートの合間から望遠鏡で覗いてる。
(少し葉がチクチクするな)
そうは思うが風も強くないのにガサガサ動いたら不審だろうからそこはアルバイトで鍛えた精神で我慢だ。それに戦争屋である黎が神経を張り巡らせているので本能的に大人しくしておいた方がよさ気な雰囲気である。それにもう、夜はそこまで来ているのだから。
●満月の夜、降り立つ桃色の鳥
囮役を買って出た涼風威鈴(
ja8371)は聴覚を研ぎ澄ませながら海岸をゆっくりと歩いていた。
「あ…お月様……だ」
近くにはC班である来崎麻夜(
jb0905)が潜伏しているし、あまり彼女の行動可能範囲から出ないように心掛ける。
「蛍光…ピンク………そんな……いるんだぁ……」
羽ばたく音を聞き取り、そちらの方向を見ると確かに満月の光を浴びてど派手な羽をひろげてこちらに飛んでくる物体を発見した。都市伝説に夢見る乙女達には恐らく神々しいとか、優美とか見えるかもしれないが天魔慣れしている威鈴から見ればなんか奇怪とか言うか面白サブカル本からそのまま出てきたかのような、そんな奇抜な生き物に見える。何せ『蛍光』とネットで付けられているだけあって凝視していると夜の闇の中なのにちかちかするし、ハート型の羽が何とも面白さに拍車をかけている気がしてならない。
何はともあれ自分は囮なのでまずあのスウィーツな敵に見つからなければならない。見つかった場合行方不明になるとのことなので何らかの理由があって人間を捕獲しようとしているのかもしれない。だから、あちらはすぐにこちらを見つけるであろうが成るべく鳥の正面に立つ。
「真正面から見ると……うん、やっぱ…凄い……なぁ」
一緒に来ている仲間の何人かが羽を持って帰ろうと言っていた気も分かるかもしれない。そう納得しつつ、威鈴は鳥と目があったのを確信するとA・B班が潜伏している方向に走り出した。
「こちら…涼風。囮…成功……」
走っている威鈴を追いかける桃色の鳥。更にその後ろShadow Stalkerを使用した麻夜が追いかける。
(本当に派手で可愛い羽根の鳥だなぁ、終わったら…取り合えず取りあえず毟ろう、全部)
羽を毟り取っている様を想像しているのか天使の笑みを浮かべる麻夜。考えている事はえげつないのに可愛い笑みである。
もうすぐ奇襲地点なので底上げとしてChange Houndを発動。アウルで作られたふさふさの犬耳&尻尾が出て戦闘準備OKだが、そのおかげで少し遅れを取り、既に奇襲地点に鳥がさしかかっていたのでワイヤーを取り出す。
「陽波さん、沙夜さん、OKだよ!」
麻夜の合図で飛鳥と沙夜がレインコートを脱ぎ捨てワイヤーを鳥の左右の足を、麻夜本人も後方なので尾の付け根を狙う、が――
「くぅ……!」
「きゃ!」
「えぇー!?」
反対にグィ!と上空に引き上げられ、3人ともワイヤーから手が離れてしまった。
「逃がしません、おいでなさい!スレイプニル!」
沙夜の召喚したスレイプニルといつの間にか姿を現し、満月をバックに闇の翼で飛翔していたヴォルガ(
jb3968)がトリックスターとスマッシュを叩き込む。上空からの攻撃に不意をうたれた鳥は高度がグンと下がり、跳躍を使ったヤナギの攻撃範囲に入ってきた。
「お前が動いていいのは地面だゼ」
白鶴翔扇で羽の付け根を狙い叩き込む。
そのタイミングに合わせてカモフラージュを解いた黎と嵩音汰がそれぞれ羽と頭部を目がけて攻撃を仕掛ける。
「こちとら“害鳥獣の駆除”は茶飯事でね。サクッと片そうか」
「さぁ、狩りの時間だ」
頭に来たのか目の前に居た飛鳥に爪で攻撃を仕掛けるが、鳥の攻撃パターンを読んで特に足に注意していた彼女にあっさりと避けられてしまう。
「今度はこっちね……叩き潰せ、紅炎っ!」
「ボクも援護するぞ!」
飛鳥のグラシャラボラスを使った物理攻撃に、岩場まで移動していた威鈴がロングショットを続けて放つ。
「ギャァァァァァ!!!」
攻めて逃げ場所を確保とばかりに鳥は尾を振り上げ、空に居るヴォルガをなぎ払おうとするが更に高度を上昇させたヴォルガには弱った鳥の尾など届かなかった。
「毟りとれー!」
まるで神話のケルベロスのようなアウルが鳥めがけて大きな口を開け、麻夜によって放たれる。それは鳥を撃沈させるのには十分な威力であった。
「グギャァァァァ!!」
断末魔をあげ、地にひれ伏す鳥。巨体が沈んだ衝撃により、噂のお守りとされていた例の羽がその色ゆえ、キラキラと舞い散るが手を伸ばしたヤナギや沙夜の手に触れる前に消えてしまった。
「あれ、念の為?」
まだ動くかもしれないと気配を押し殺して降りてきたヴォルグが首をはね飛ばす瞬間を見ていた黎は微笑みを浮かべて彼に顔を向ける。無口な彼は言葉を発しなかったが、黎はその戦争屋の気質ゆえ沈黙や無動作は肯定と取り、彼の冷静な判断を評価するかのように1つ頷いた。
「おー、終わったかー。帰るぞー」
「全部終わってから来るたぁ、センセイとして駄目じゃん」
ヒヒッとからかうように笑うヤナギに白田は「俺面倒なのヤなの」と持ち前の気まぐれさを発揮し、羽を取れなくて残念そうな生徒達に目をやる。
「先生、消えちゃったよー」
「そーか、残念だったな麻夜。ディアボロは死んだら残らないからなー。俺もコレクションが増えなくて残念だ」
しっぽをシュンと垂らした麻夜は本当に仔犬の様である。
「どうせ、写真を撮ったんでしょう」
「白田先生は抜け目がなさそうですものね」
残念そうに見えない引率を見て、飛鳥は嘆息を、沙夜は微笑みを浮かべるのであった。
●余談 帰路の車内
「所で嵩音汰は何で全身タイツなんだ?来る時から気になってたんだけど」
「俺もそれ、気になってたゼ」
白田が運転席からバックミラー越しに、ヤナギが助手席から振り向いて嵩音汰を見ると来た時同様カモフラージュ用の全身タイツを着用続行。
「気にするなこう言う格好はバイトで馴れている」
「バイトって探偵事務所だったかな?」
「でも……その格好…」
「どっちかっていうと探偵って言うより犯人だよねー」
黎、威鈴、麻夜にそう言われても、不屈の精神で気にすることもなかった。
「俺、探偵って言うとハードボイルドのイメージなんだけどなー」
「先生、『事実は小説より奇なり』ですわ」