冬の寒さが感じられる風、自然溢れる農村、黄金色の稲穂。
食欲そそる秋には相応しい光景なのだが約1名を除いて撃退士一同のテンションは高いものではなかった。
「悪魔も妙なのかなり多いって話なんだけど……い、いや、とりあえず待て。何をどうしたら虫に猫属性を付けるという話に…また、頭が痛くなりそうだわ…」
そう呟きながら頭を抱えている唐沢完子(
ja8347)の隣でジュリオットに貰ったお菓子を頬張るのは最上憐(jb5222)。
「……ん。ジュリオット。もっと。100%。いっぱい。食べたい」
「うん、僕は田んぼに行くからこれで最後ね。おーい、戦闘用じゃない荷物持ってる人、預かるよー!」
ジュリオットの掛け声に反応したのは戦闘後の食事を用意しようと考えている神埼累(
ja8133)と染井桜花(
ja4386)。
「ジュリオット先生すみません、お願いできますか?」
「……これも頼む」
「うん、わかった。じゃあね、皆!間違った萌え生物の抹殺頑張ってねー!」
2人から預かった荷物を抱えて農家に走っていくジュリオットの後ろ姿を、
「抹殺、とは物騒な言葉を温厚的なジュリオット先生の口から聞く日が来るとは思いませんでした」
「先生はネコミミを生やした可愛いモノがお好きと白田先生がおっしゃってたので余程昆虫+猫属性がお気に召さないのかと思われますわ」
と、鷹司律(
jb0791)と御堂玲獅(
ja0388)が話しながら見送るのだった。
●準備!
「窓の大きさは1mにも満たない、正面扉は……ああ、やっぱり人が出入りするから1.5m以上はあるわね。でもいにゃごとやらに幅がある場合ぶつかる可能性もあるわ」
考えられる侵入経路を確認しておこうと完子は倉の窓という窓と唯一の出入り口である正面扉の高さと幅を測っていく。
皆で話し合い、村の最西にあるこの倉がまず始めに西からやってくるらしいいにゃごの標的になるだろうと予測した結果、半分の人数をこちらにつけ、他にある倉を1名ないし2名で警護する事にしたのだ。依頼人・白田は警護役をしてくれる鑑夜翠月(
jb0681)がこちらの担当なので取り敢えず西の倉班にいる。
「白田先生、及ばずながら傍で守りますので宜しくお願いしますね」
「おう、こっちも宜しくな、翠月」
白田は猫っぽい翠月の容姿をいたく気に入ったようで気の済むまで彼の頭を撫でまわした後、いにゃごが来襲したらどのような手順で行動していくのかの打ち合わせに入った。
「倉の中の新米に被害が出るよりはマシとは言え、お米をばら撒くのは心苦しいわね……」
「…累、後で使えばいい」
桜花の言葉に浮かない顔をして囮用の米をビニールシートの上に撒いていた累は顔をあげて、ハッとしたような表情をする。そして、何度か頷くと桜花に笑顔を向けた。
「そうよね!シートと御座どご使ってるんだすもの、なんぼがくらいは使えるかもしれねわね。ありがとう!」
興奮して秋田弁になっている累に桜花は無表情のまま頷いて、
「…日が落ちる」
と、天を仰いだ。
いにゃごはもしかしたら猫耳や尻尾が付いている事からねこの性質も持っているかもしれないとまたたびを用意してきた桜花は暗くなる前に用意してしまいたい旨を累に告げ、またたびといくつか村の人や学園で用意して貰った光源になる物を設置しに倉を一時離れた。
他の倉でも勿論、同様の準備をしている。
村のやや北側に位置する倉の警護についた鬼定璃遊(
ja0537)と律も西の倉班同様、米とまたたびを囮用に撒き、周囲を巡回しつつ警戒をする。
「『秋の陽の釣瓶落とし』の言葉通りですね。夜が近い時期ですので暗闇対策はしておきましょう」
「そうだな、段々暗くなってきてるしライトつけとくか」
「私もいつでも点灯できるようにしておきます」
璃遊はヘッドライトを頭部につけ、また律も持参したフラッシュライトをすぐに使えるよう左手首から下げ夜の闇に備える。既に西の空は夕日の赤みが消え、夜の闇が支配し始めているのだ。
「いにゃごとか言うキモイのはここまで来るかな」
「さて、西の蔵には4人待機していますが、白田先生のフォローをしながらですと恐らく1匹はスルー、2匹相手でも難しいかと」
「そうだな。まぁ、メインはセンセの研究だしそれは仕方ない。その為にあたし達、別動隊がいるわけだしな。あー、それにしてもディアブロ如きがうまい飯食うなんて生意気だ。それにイナゴに猫耳と尻尾ってなんだ?そんな珍妙なもん作ったの誰だ、悪魔か」
「悪魔……には違いないでしょうが変わった趣味ですよね。ジュリオット先生のような趣味の者が悪魔にもいるのかもしれませんね」
律が苦笑いを浮かべながらそう言うと、何処かの農家からくしゃみの音が聞こえた気がした。
●来襲!
『こちらは準備完了いたしました』
「OK、こちらも阻霊符の段階まで完了しているわ」
時刻は17時過ぎ。
別の倉を1人で警護している玲獅からの連絡を受けたのは完子だ。
「今は神埼さんが屋根に上って西の方角を監視中。ちなみに最上さんには今、染井さんがメールを送ってくれたんだけど―」
完子がちらりと桜花を見ると、桜花は無言で1つ頷き携帯画面を見せてくれた。
『…ん。こっちも。全然。まるっと。全て。完了』
画面にはこちらも1人で別の倉を守っている憐からの完了報告があった。
「最上さんも完了したみたい」
『わかりました。それでは引き続き一の倉の警護にあたりますね』
「うん、宜しく。何か起きたすぐに連絡するわ」
「皆!来たわよ!」
完子が電話を切ると同時に倉の屋根に上っている累が声を張り上げる。皆、それに反応し、西の空を見やると、段々と大きくなってくる3つの影。スピードは自転車より早いであろうか、徐々に近づいてくるそれは明らかにイナゴなのだが、頭部を良く見ると三角形が2つ―言わずとしれた猫耳である。
「あーはっはははは……!!本当についてるじゃん!ジュンちゃんもやっぱこっちに来ればよかったのに!」
超望遠レンズでいにゃごを目測した白田はひとしきり大笑いして、小さなタイヤ付旅行鞄から柔軟性のあるビニールメジャーとレフカメラ、そして小型録音マイクを取りだした。これは翠月と先程相談した手順で、いにゃご来襲前に倉の周囲に何台か監視カメラを設置。来襲後は写真撮影と、もしいにゃごが撃退士達の攻撃でダウン状態になったらメジャーでいにゃごが起き上がる前にぱっぱと全身や胴回り等測ると言った寸法だ。録音は近づかないと出来ないので翠月がガードしながら皆の戦闘中こっそりとやる予定。
「いつでも俺は準備オッケィ!」
「ほんっとに自分だけテンションあげる教師ねぇ、まったく……」
完子は倉と反対側に走り出し、ある程度皆から距離をあけると、地面を蹴りつけて雷打蹴を放つ。
すると、先頭を切っていた1匹のいにゃごが進路を変え、完子めがけて一気に飛んでいく。
「…させない」
「めんけぐね…じゃない…可愛くない上に有害なんて、最悪だわ……。この世には許されない組み合わせが、あるのよ…!」
まず、光纏状態になった桜花が倉に向かってきた内の低空飛行をしていた1匹めがけ黒漆太刀で切り付け、その直後屋根に上がったままの累がストライクショット打ち込む。致命傷にはならないが倉への進行を妨げるのには成功。
残り1匹はそれを見て上昇。力いっぱい羽をはためかせ、5人の上を素通りしていった。
「他の倉に行ったな」
「そうですね、先生。でも北の倉には鬼定さんと鷹司さん、古い倉周辺には御堂さんと最上さんが居ますし、大丈夫でしょうね」
さぁ、こっちはこっちで済ませましょうと、翠月がほわんと笑うと同時に後方で完子の叫び声が聞こえた。反射的に振りかえるといにゃごの尻尾を掴んで振り回している幼女……基、完子の姿。
「属性とかもうそれ以前の問題だっつってんでしょがー!!」
そのまま見事にジャイアントスウィングで投げ飛ばされるいにゃご。
「おお、いい写真が撮れた」
「多分、気がつかれたら怒られるでしょうから図鑑には貼らないであげてくださいね、白田先生」
嬉々として完子といにゃごの決定的瞬間の画像を確認している白田に翠月は苦笑を浮かべるのみだった。
一方、迂回したいにゃごがたどり着いた先は玲獅が待ち構える一の倉であった。ここは古い倉で近い距離に『二の倉』『三の倉』があり、憐は『三の倉』で待機をしている。いにゃごの姿を確認した玲獅は攻撃範囲に入る前に素早く憐に連絡をし、ナイトビジョンを装着しいにゃごを補足する。
「行きます!」
いにゃごが範囲内に入ったのを見計らって審判の鎖を発動させると聖なる鎖がいにゃごを拘束する。
「…ん。呼ばれて。参上」
三の倉から走ってきた憐はハイアンドシークでいにゃごの背後にまわっていたらしく、ウォーハンマーでいにゃごを殴りつける。
「にゃーー!!!」
「…ん。鳴き声。属性。猫」
「鳴き声だけ聞いていると可哀そうな気もしますが、農家の方に御迷惑をおかけするのは死活問題ですので……」
憐れみつつ玲獅が火炎放射器のレバーを引くといにゃごは燃え上がり悲痛な猫の鳴き声と共に匂うのは不謹慎ながら香ばしい焼き物の香り。
「…ん。他も。片づけて。早く。ご飯。食べる」
空腹の限界らしい憐は他の2匹がどうなっているのかを確認すべく、まずは混戦していなさそうな北の倉班に連絡するのであった。
北の倉は少し遠い為か日が落ちても平和であったのだが憐が電話をかえる直前に西の方から気絶しかけたいにゃごが飛んできた。
「にゃーん……?」
少し混乱しているらしいいにゃごが首を傾げて目の前の璃遊と律を見る。その瞬間、璃遊は思い切り顔を顰め、飛燕を叩き込む。
「キモイ!鳴き声は猫か!!」
「混乱しているようなので丁度いいですね、少し寒くなりますので御勘弁を」
璃遊に詫びを入れ、律は氷の夜想曲を発動。
混乱していても多少抵抗された為、深い眠りには誘えなかったがダメージは与えられた模様。すぐさま火炎放射器を構えて発射する。
「にゃーーー!!」
「うっさい!キモイ!ぶちのめしてやる!」
火炎放射器の炎が止まった隙に打刀を突き刺し璃遊がトドメをさす。
「おや、良いタイミングで最上さんからお電話ですね」
思い切り刃を押し込んでいる璃遊を見てもう自分は手を出さなくて大丈夫だろうと判断した律は着信音の鳴り響く携帯を懐から取り出す。
「はい、ええ、こちらも今、完了しました。西の倉の人達はやはりまだで?わかりました、私達も向かいます。鬼定さん、最上さんと御堂さんも1匹倒したとのことです」
「んじゃ、あとはセンセ次第って事だな。行くか」
霧散したいにゃごを確認し、2人は西の倉に走り出した。
●完了!
「鳴かないなー」
「鳴きませんね」
生徒達の戦闘を見守りながらマイクを弄んでいる白田。写真は完子とのツーショットを撮ったし、何台か設置してあるカメラが連写と動画録画しているので映像は十分なのだが音声が如何せん不十分なのでトドメをさせない。そうしている内に退治し終えた他の4人が戻ってきてしまった。
「センセ、まだ何か出来ない事あるんすか?」
「おかえり璃遊。まだ鳴き声聞いてないんだよなー」
「猫、でしたよ?」
「…ん。猫。まるきり。絶対。猫」
断末魔を聞いた玲獅と憐がそう言うと羨ましそうに2人を見る白田。
「悔しいからフラッシュ撮影しちゃうもんね」
ディアボロを興奮させないよう暗視スコープ付きのカメラを使用していたが拗ねた白田はフラッシュ機能をオンにし、いにゃごを撮影。
すると、
「シャーーー!!!」
と、いにゃごは威嚇してきた。
「猫……えっと、何だか変わった生き物ですね……」
今更っちゃ今更だが鳴き声を聞いて改めてそんな事感想を持つ翠月。
「何だか今更撮影に気付いて『勝手に撮ってんじゃないわよ!』って怒られた気がする。どうよ、玲獅」
「そうですね、虫の言葉がわかるわけではありませんがあの場から動かず先生の方だけ見てるようですから…当たらずけども遠くべからずと言う所ではないでしょうか」
「…ん。肖像権。侵害。かもね」
「そう言われてもなー、俺の趣味の為だし。まぁ、仕方ないでしょう」
仕方ないわけあるか、と思うものもいるが口に出すだけ無駄だろうとあきらめる。
白田はと言うと威嚇されているのにもかかわらずマイクを持っていにゃごに近づくので翠月はそれに付いていく。
「シャー!シャー!にゃーーー!!!」
いにゃごは近くに居た桜花を押しのけ白田に襲いかかるがナイトドレスで身を守っている翠月がすかさず間に入り、その攻撃を受けとめる。
「させません」
「援護するわ!」
木花咲耶でいにゃごを翠月が飛ばし、累がストライクショットを放って動きを止めると、白田が、
「これで音声もOKだ!協力感謝、終わらせて良いぞ!」
と叫び、先程押しのけられたお返しとばかりに桜花がいにゃごの傷口から手を突っ込む。
「・・・絶技・音止」
いにゃごは数回ぴくぴくと体を震わせた後、絶命し霧散した。
これで農村の新米は守られたのだった。
●実食!
「おかえりー、お米たけてるよー」
白田に依頼した人の家に行くと大きな米櫃にほかほかの白米を入れて笑顔で迎えてくれるジュリオット。
「…ん。お米。食べる。ジュリオット。ほしい」
「…憐、待って。おにぎりを作る」
「私も芋の子汁作るわ。最上さんが満足できるように一杯作るわね」
桜花と累の言葉に憐は思い切り頷くと、それまでのおやつ代わりにと頂いたイナゴの佃煮に手を伸ばす。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。大盛りで。沢山。いっぱい。希望」
「出してくれたのは悪いけどあたしは気持ちだけ貰っとく」
璃遊はそう言っておにぎりを作っている桜花の所へ去って行った。
「うまく出来ないと思うけど手伝うよ」
「…ありがとう」
「では、私はこちらの出来たのを運びますね」
律は既に出来上がっているおにぎりの皿を持ってイナゴをつまんでいる仲間の所へ持っていき、皆の傷を癒してくれた玲獅の目の前に差し出した。
「まぁ、鷹司さん。ありがとうございます」
「全員の傷を治した功労賞というとこです」
「…ん。律。おにぎり。私も」
「はい、どうぞ。鑑夜さんと唐沢さんはいかがです」
「頂きます」
「貰うわ、ありがとう」
そんな生徒達の戦闘後のひと時を見て、白田は穏やかな笑みを浮かべてシャッターを切る。
「動植物や天魔にしか興味ないんじゃないすか?」
近くに居たからかシャッター音に反応した璃遊が尋ねると白田は二ィと笑ってこう答えた。
「人間も動物だしなぁ」
「…そうね」
おにぎりを作る手は止めず、桜花が頷く。
「芋の子汁出来たわよーー。あと、ごめんなさい、量が多いから誰か手伝ってー」
累の声が奥の台所から聞えると醤油の香りが漂ってきて、おにぎりと佃煮の甘辛さにそそられていた食欲が更に増すのであった。