<撃退‥‥犬?>
理科教師の突然の思いつきに集まったレポート達。
彼はそのレポートに目を通しながら、天道ひまわり(
ja0480)が作ってくれたタコ玉を頬張っている。生徒達も待っている間、同様にソースの香ばしい匂いのするそれを頂くのであった。
●空は無理だから‥‥
「玲花の目の届きにくい上空に目をつけた所は面白いな」
一通り目を通し終えた教師は顔をあげて楊玲花(
ja0249)を見る。目が合うと、彼女は微笑み、口を開いた。
「ええ、天魔にも動物が元になった者も居ますし、アウルに目覚めたパートナーとしての彼らを考えてみましたが面白かったです」
「『猛禽類がアウルに目覚めてパートナーとして参戦した場合、補助戦力としての役割が期待できる。天魔に対して直接的な攻撃が加えられずとも立体的に上空から攻撃を掛けることで牽制の役割は十分に果たせると考えられる』。確かに人間の撃退士は流石に生身で空は飛べん」
「ええ、乗り物を使ったら天魔に的にされかねませんしね。その点、彼らならば小回りもききますし、地上へ天魔を誘導する事でこちらに不利な状態を一変する事が可能になります」
玲花の応答に教師は「つまりこういう事だな」と、黒板に彼女の意見を解り易く図解してくれた―つもりなのだろうが、如何せん彼は絵心がないようだ。何か団子の様な物の上に1つ羽と思わしき菱形が乗っている。
「先生!鳥さんの羽は2枚なのだ!」
唯一の小学生参加者レナ(
ja5022)が突っ込みを入れるが、そこじゃないだろうと高校生のお兄さん、お姉さんがは心の中で突っ込む。
取り敢えず絵から離れて貰おうと玲花と同じく空を生きる動物について考えてきた鐘田将太郎(
ja0114)が口を開く。
「俺は同じ空でも鳥類じゃなくて蝙蝠をパートナーと見立ててな」
「まぁ、それも面白そうね」
「同じエリアでも別種に焦点をあてるとは、大変興味深い」
将太郎の考えに気がついた玲花と、他者の知識に興味がある下妻笹緒(
ja0544)も乗ってきた為か教師もこちらに興味を戻し、椅子に戻る。
「で、将太郎は蝙蝠の何処に目をつけた?」
「そうだな。楊のように飛行能力にも勿論、アイツらは捕食や移動に反響定位(エコーロケーション)と呼ばれる超音波を用いた技がある。これを利用したら透過で隠れてる天魔を察知出来ると思わないか?それに夜目も効くし、俺ら人間と違って闇に対するペナルティがねぇ」
「それは実現した場合、天魔に対する戦闘に大きな変化が出来ますね」
氷雨静(
ja4221)が両手を合わせてにこりと笑い、
「成程、透過している天魔を探し出せたら俺達撃退士はかなり有利になるな」
と、月詠神削(
ja5265)も頷いた。
「そうなれば確かに良いのでしょうが、1つ大きな壁がありますわね、鐘田君」
「そうなんだよ、楊。蝙蝠を相棒する場合、調教が問題だ。どう思う?先生」
「そーだな。蝙蝠ってペットで飼ってるってのもあまり聞かないし、哺乳類だから意思疎通は出来るかもしれないが、鳥のがそう考えるとヒトに近いかもなぁ。玲花もレポートにその問題点を書いてたな」
「はい、確かに蝙蝠に比べればヒトに近いかもしれませんが、猛禽類はペットにされているインコ等に比べると専門知識や鷹匠等の特殊技巧がないと大変危険ですし、かといって技法無くてはこちらが思うような行動を取らせる事が出来るのかが大きな課題になると思います」
玲花の答えに教師は楽しそうに頷き、又、将太郎を見てウィンクをしてみせた。
「2人共よく各対象の特徴を調査した上で問題点を取り上げているな。アウルが宿った仮定でも現実味のある内容で面白かった。ありがとうな」
●海に潜れるけど‥‥
「ひまわりはこの具材と同じ多足連中をピックアップしてたよな」
お好み焼きを皆に振舞ってくれたひまわりは皆の話を聞きつつも後片付けをしていたのでキリがついたと見計らって声をかける。
ひまわりは手伝ってくれていた八角日和(
ja4931)にタオルを渡し、皆が腰かけている卓へ体を向けた。
「せや。忍者なうちにぴったしの相棒・たこのはっちゃん、イカのよっちゃんや!」
既に名前まで決まっているそのユニークな発想に教師はこう言うのを待っていたと言わんばかりに両手を叩いて大笑い。
「タコやイカは海の忍者って言われててな、周りのモンに色合わせて隠れながら移動できるし、墨の煙幕で遁走も出来るやんな。水陸両用の動物とも迷ったんやけど、うちも忍者やし、こっちの2杯に惹かれて纏めさせて貰ったわ」
「鬼道忍軍のパートナーだったら確かに一緒に行動する点ではメリットがあるかもしれませんね」
「タコさんイカさんと一緒に泳いで天魔退治なのだ!」
同じ鬼道忍軍である玲花とレナがそれぞれ同意するかのような意見を述べるとひまわりは得意げにニヤリと笑い、自論を続ける。
「せやろ?それにこいつらは意外と頭良いんやで?互いに情報伝達をする事が出来るんや」
「そういや、そんなテレビをこの間見たな。お前はああいうの好きそうだけど」
見てたか、と神削に問われると笹尾は大変興味深い内容だったと頷いた。
「目の前の同族が自分に出来ない事を行っているのをじっくりと観察し、次の機会では確実に失敗はしない。あの観察力と学習能力は実験を見ていて実に興味深いモノだった」
「それってうちらがやって見せてたら同じ事が出来ると思わへん?空と違て海ん中って移動は出来るけど息続くのには潜りレベルが海女さんでも限度あるやん。だからアウルの宿ったはっちゃん達に色々サポートしてもらえへんかなーと思て」
ひまわりが締めると教師は美味かったし、面白かったよ、と笑う。
「蛸は無脊椎動物の中でも一番知能が高い。笹緒の言った通り学習能力をさることながら視覚が他の動物に比べて発達していて我々の様に色や物質の正確な形を把握しているとされている。と、言う事は元々視覚ってのは脳からくるものだから脳や神経の造りがヒトに似てるのかもな。その点ではいい目の付け所だ。だが、こいつらを使う場合も調教が問題になってくるな。何せ現時点では視覚が意思疎通方法って言われてるからな」
「って事は音が聞こえてない可能性もあるのか?」
将太郎の質問に教師はかもな、と笑うだけであった。
「では、同じ水中生物でもイルカは如何でしょう?」
次に話題を出したのは静。
彼女もどうやら海中生物についてレポートを出したようだ。
「静はバンドウイルカ、だな」
「はい。イルカは馴染み深い動物であり、また調教次第では様々な芸を仕込む事が出来るのは既に子供でも知っている、知能も友好度も高い生物です。これは高い技術が無くても意思疎通が出来、教育がしやすい事が考えられます」
「ほう‥‥今までの意見と違って先に訓練と言うデメリットを抑えるとは面白い」
ニヤリと教師が笑みを浮かべるが、静は軽く目礼を返し、尚続ける。
「先程天道様が人は海中では時間制限があると仰った事も勿論クリアでございますし、彼らは左右の脳を交互に使う事で長時間の活動が可能です。又、鐘田様提案の蝙蝠同様、超音波を使用し、状況把握能力も高いです」
「死角なし、ですわね」
「左様でございます、楊様」
静は静かに頷き、またイルカが道具を使っている例も挙げ、動物専用V兵器が開発されても問題がない、と見事に隙のない意見を述べあげたのだった。
●平和的に解決
次に白羽の矢が立ったのは見た目からして今回のテーマを具現化したような笹緒である。
彼は皆に『もしも』の戦闘を想像するように指示をした。その戦闘とは『対子猫型天魔』というものであった。
「うーん‥‥‥無理やわぁ」
「私も、無理」
と、戦闘不能の意見を出す者もいれば、
「撃退士なのですからどのような相手でも撃破いたします」
「まぁ、外見なんて気にしてられないよな」
と、戦闘続行の意見も出た。
「ふむ。氷雨君や月詠君の言う通り撃退士としてはそれが正解であろうが、天道君や八角君と同意見の者も少なくない筈だ。そこで私は猫、つまりはにゃんこの対天魔に関する役割について述べる」
数名がこの笹緒の言動に対し、何か聞こえたと違和感を感じたが『にゃんこ発言』は多分聞き間違いだろうと、スルーした。
「にゃんこはまず見た目が愛らしい。つぶらな瞳、か弱げな『みゃー』と言う鳴き声、たよりなさげな尻尾、ぽふぽふと懸命に歩くその様をまったくの躊躇なしに殲滅できる者がどれほどいるだろうか。これは知性も精神性も我々人間と同等、もしくは上位の者であればそれ以上である天魔も同じではないだろうか」
「猫を囮にして攻撃を仕掛けるか?」
教師の問いにそれもいいだろうと、笹緒は頷くが、どうやら彼の真の考えはそこではないらしい。皆が彼の次の言葉を待っていると、彼はすくっと立ちあがり、両手を広げ、
「だが、大いなるねこにゃんたちの前では、いかな戦闘行為も野暮というもの!」
と、舞台俳優さながらのアクションをして見せたので皆は目が点状態。先程スルーした『にゃんこ』も聞き間違いではなかった模様。
面白いモノ好きな教師はニヤニヤしながらその振舞いを茶々を入れず見る。
「散々戯れさせた上で『もっと撫でたければこちらの陣営についてもいいのよ?』と誘いをかけるのがクールと言えるだろう」
「天魔勧誘に猫を使うの?」
「その通りだ、八角君。戦いに持ち込むのではなく、戦わずして勝つ。本来であればスーパーキュートなジャイアントパンダこそがその役割を担うべきだが――」
「パンダがパンダをキュートって言うんかい」
ひまわりが大阪人らしく突っ込みを入れるも笹緒は当然と言わんばかりの表情で返して続ける。
「いかんせん有効活用するにはあまりにも絶滅危惧種。パンダちゃんには一歩劣る!‥‥が、個体数で勝るねこにスポットを当てた次第」
完全なる独演会状態がフィニッシュすると笹緒は一礼をして席に着いたのであった。
●宿る?宿らない?
「そもそも人間以外の動物にアウルが宿る時ってどんな時だろうね」
唯一アウル発現を否定しているのは日和。彼女は学園内の過去の資料を調べあげ、人間がアウルに目覚めた理由をまず考え、なぜ現時点でアウルに目覚めた動物がいないのか、これから可能性があるのか、を纏めたとのこと。
「取り敢えず、言葉で説明すると長いから学校の資料を調べて考え付いた人間がアウルに目覚めた理由として考えられたものをお見せしまーす。先生手伝って」
日和は教師に手伝って貰い、あらかじめ用意しておいたレポート抜粋のB紙を黒板にはる。
そこには、
・親または親戚、祖先に能力者がいる
・過去に天魔と接触した
・天魔との接触を切欠に発現
・(天魔との接触に限らず)生命が危機に瀕した際に発現
と、4つの理由が挙げられていた。
「私を例にあげると4番目なんだけど、この場合はぬくぬく育ちのペットは兎も角、野生動物は常に危機に瀕しているようなものだから可能性はあるんだよね。で、真ん中2つの場合、過去に天魔と会った動物を探せれば研究は出来ると思うんだ。でもね、最初の仮定だと今確認されてないならこれからも動物にアウルが宿るって事はないと思うだけど‥…」
「それだと、最初にアウルを発現させた俺らの先祖はどうしてだ、ってなるな」
そこなんだよねー、と将太郎の意見に日和は頭を抱える。
そもそも「そういえば、逆にどうして動物はアウルを発現しないんだろ?」と考え始めた結果なので、うまい答えが出てこない。教師に、
「これって課題とずれてるよねぇ」
と、助け舟を求めるが彼は相も変わらず笑ったままだ。
「いーんじゃないか?原点を考えるの事は何事も大事だ。確かに俺の出したテーマからずれてるっちゃずれてるが、出来る限り学園内の関係資料を調べ上げたことは評価するし、これからの研究に役立ちそうだ、よくやった」
御苦労さん、日和をねぎらい、次のターゲットは神削だ。
彼はアウルを発現させた動物の可能性を纏めているので、今までの動物をパートナーにした場合の問題点をカバー出来る内容でもある。
「今まで皆の意見で意思疎通方法がヒトと異なるから課題が‥‥って言ってたけど、俺は動物がアウルに覚醒した場合、知性の上昇・会話能力の獲得という現象を引き起こす可能性があるって思うからその問題は全てクリアできると思う」
「根拠がおありの様ね」
楊の言葉に神削は頷き、以前に遭遇したヴァニタスの例を挙げた。
「あいつはアライグマから出来たんじゃねぇかって思える奴だったけど、ちゃんと人間の言葉で話してたし、持ってた知識も同様だった。と、動物でもディアボロやヴァニタスになれて尚且つ知識や話術も習得してるんだから的外れじゃない筈だ」
また彼は種類によってはヒトよりV兵器を扱えるかもしれないと言う。
「大型の兵器は人間1人じゃ使いこなせない事もある。だけど馬とかの馬力も体格もある奴だったら?チャリオットみたいなもん使いこなせる動物撃退士がいたらこの間の京都見たいな大きな戦場でも戦略に幅が出来る」
「そうなると、こりゃまた大きな情勢変化が生じるな」
教師の興味深い感情を乗せた声に神削は頷くのであった。
●わんちゃん大行進
「レナちゃんはわんちゃんについて忍者的に頑張ったのだ!」
最後はレナ。
何やら室外で彼女の声に反応してガタガタいってるが何だろうか。
「忍者らしく定番で犬、か」
「そうなのだ、先生。やっぱりニンジャは忍犬なのだ!ワンちゃんなのだ!可愛くでもふもふで癒されるけど、匂いも敏感で色々と探すのも得意なのだ。凄いらしいのだ!何でも匂っちゃうらしいのだ!」
「いるなー、空港とかうじゃうじゃわんこー」
「麻薬犬だな、それは。確かに犬の嗅覚は素晴らしい」
「ひまわりさんも笹緒さんもそうなのだ!戦闘でもきっと大活躍なのだ!忍犬とかズバババーンとかいけるのだ!アウルあったらもうー色々と出来る気がするのだ!特技いっぱいあるからチョーすごいのだ!レナちゃんなんか目じゃないのだ!」
小学生らしく高校生の様に理路整然とは語れないが、必死に犬がいかにアウルが発現した場合のカッコよさを語るので教師を始めとする皆は微笑ましく彼女を見る。が、どうにも観察力のある静は外の音が気になるようでじっと扉を見つめている。
「静さん、外が気になる?」
「ええ、レナ様のお声に反応しているようですが‥‥」
「知りたい?」
「お教え願い得るのであれば」
レナは無邪気な笑みを浮かべると扉の方へ走っていき、扉に手をかける。
「実践って大事なのだ。だから皆にももふもふヒーリングを実践して貰うのだ!」
と、言って勢いよく扉を開けた。
「あー、なんか同じ階で犬の鳴き声がする気がする。僕の脳みそ限界かなー」
職員室で1人試験問題制作に明け暮れている体育教師は外の喧騒ならず犬騒に耳を傾け、ペンを走らせるのであった。