●山野の洞窟に潜むモノ
下草が膝丈まで青々と茂っている。その中を細々とした獣道が通っている。どこからともなくドクダミの匂いがした。
招集された撃退士たちは早足に山の斜面を歩いていた。麓の村落から目的地である二つの洞窟まで、身体能力に優れた彼らの足でも一時間はかかる。しかし誰一人として息の上がっている者はいなかった。
歩きながら、真剣な表情で天魔討伐のシミュレーションを行っていく。
「デカいディアボロに大量のサーバントか……同時ってのは実に面倒だねぇ」
笹鳴 十一(
ja0101)が眉間に皺を寄せてぼやく。
十一を含め、撃退士たちの手には簡易の地図が握られている。事前に目撃者である猟師から情報を聞き集めた青戸誠士郎(
ja0994)が作成したものだ。
「被害が出る前に倒さないとっすね」
川崎 クリス(
ja8055)が端正な口元を引き締めて同意する。普段は笑顔の絶えないクリスだが作戦前とあって真面目な顔だった。
「放置すればいずれは被害をまき散らすは必定。この場でしっかりと土へ還してやりましょう」
と誠士郎は再度、作戦の趣旨を確認する。ディアボロやサーバントが洞窟から抜け出し村人たちを襲う可能性もある。取り逃すわけにはいかなかった。
誠士郎の言葉を受けて、隣を進む紫鷹(
jb0224)は愛用の太刀を強く握りしめた。
「憂いは早く取ってしまおう。人々の為にも、動物たちの為にも」
「そうですね。山は生活に欠かせない場所です。必ず天魔の支配から奪還しましょう」
黒い学園服に身を包んだ黒井 明斗(
jb0525)が銀縁の眼鏡をくい、と上げて気合を入れ直した。
洞窟まで残り数分という距離まで来て、一行はふた手に別れた。片方は巨獣のディアボロが潜む洞窟に、そしてもう片方は無尽蔵のサーバントが控える洞窟に向かって。
「みんな……気を……付けて」
大量に出現したサーバントを討伐する部隊を横目に見送りつつ、浪風 威鈴(
ja8371)は凶悪なディアボロの待つ洞窟へと急いだ。
ぽっかりと口を開けた洞窟の入口は、まるでそれ自体が獣の一部のようだと浪風 悠人(
ja3452)は思った。今にも巨大な牙を露わにして、立ち入った人間たちを食い殺さんと暴れだしそうな雰囲気がある。猟師の情報によればこの中に目標がいるはずだが。
「ディアボロの姿は見えませんね……」
目撃証言のあった洞窟の周囲は水を打ったように静まりかえっている。
ディアボロ討伐班の四人は気配を悟られぬよう慎重に入り口まで接近していた。しかし内側から獣の気配らしきものは感じられない。
「準備はいいか?」
ふう、と息をひとつ吐き。小声で合図する十一に、龍を召喚した誠士郎が無言で頷いてみせる。その隣で三つ首のストレイシオンが主人の真似をして頷いた。
「俺が先頭を行きます――みんな光に注意してください」
悠人の身体を中心にして明るい輝きが発せられる。その悠人は慎重な足どりで洞窟の内部へと侵入していく。思ったよりも広く、奥行きもある。しかし肝心のディアボロは見当たらなかった。
「……奥に進みます」
後ろに続く仲間たちに声をかけ、光源である悠人はさらに深部へ足を進めていく。洞窟特有の冷やりとした空気が肌を刺す。痛いほどの静寂のなかに撃退士たちの微かな足音が反響する。
何倍にも引き伸ばされた体感時間が思考を焦らせていく。
どこまで行っても闇しか感じられない。
「もしかして、すでに逃げ出した……?」
悠人の脳裏に一抹の不安がよぎったその時、強烈な殺気が全身に走った。
暗闇の奥深くに一対の瞳が浮かぶ。次の瞬間、巨大な獣が牙を剥き出しにして襲いかかった。
「来る……ッ」
威鈴の警告と同時に十一が入れ替わるように前線に飛び出す。
「行かせねえよ!」
暗がりから突如として飛びかかってきたディアボロは血走った目と獰猛な牙を備えていた。十一は怯むことなく眼前にまで迫ったディアボロの眉間に一撃を叩き込む。鈍い手応え。致命打にこそならなかったが重たい衝撃とともに獣は洞窟の奥へ弾かれる。
「最深部に隠れていましたか。ハンターとしては合格ですが、やはり逃がす訳にはいきません」
素早く側面に回り込んだ誠士郎が無防備な脇腹へ鉄扇による連撃を見舞う。さらに相棒のストレイシオンが青白く輝く光球を放ち、体勢を立て直す隙を与えない。
鮮やかなコンビネーションのフィナーレを飾るべく、威鈴は銃口の狙いを定めた。奇襲が来ると感じた瞬間に対処を仲間に任せ、自分は光源の影となる場所に転がり込んでいた。完全に敵の死角をとった。気付かれる心配はない。
巨大な獣の弱点と思しき首筋に、迷うことなく立て続けに弾丸を打ち込んだ。
「本物のハンターをあんたに見せてやる。外しはしねえよ!」
性格の豹変した威鈴の怒号に、耳をつんざくようなディアボロの咆哮が重なった。
ディアボロ討伐班が突入したのと同時刻。百メートル余り離れたもう一つの洞窟でも戦闘が始まろうとしていた。
太陽光の差し込む範囲だけでも六本腕の人型サーバントが密集しているのが見て取れる。洞窟内で増殖を繰り返しているのかもしれない。早急に一体残らず掃討する必要があった。
精鋭の撃退士四人は予め予定していた通りそれぞれの持場につく。
洞窟外に迷い出ている数体のサーバントを排除すべく第一陣として紫鷹と翡翠 龍斗(
ja7594)が木陰から影のように躍り出た。
「まるで出来の悪いホラー映画のようだな」
呟きながら紫鷹は地面を蹴って青褐色の瞳を細くする。身体がぶつかりそうな距離にまでサーバントとの間合いを詰め、それが敵であると判断するやいなや片刃の太刀で斬って捨てた。斜めに刻まれた軌跡には一分の迷いも存在しない。芸術的なまでの切断面だった。
視力が悪くとも六本の腕がある人間はいないので、容易に見分けがつく。
誤って味方を攻撃する心配はなさそうだと胸を撫で下ろし、無駄のない動きで一陣の風を巻き起こす。刃が見えたのは瞬きよりも短い時間だった。
紫鷹が刀を鞘に戻すのと同時に、三体のサーバントが力なく崩れ落ちた。
傍らでは龍斗が独特な動きで相手を屠っていた。平素は閉じている瞳を見開き、敵との間合いを瞬間的に把握する。狙うは後の先。相手の動きを利用し自らの攻撃に繋げるスタイルこそ龍斗の真骨頂だ。
サーバントの六本腕が伸びてきたところを逆手に取って体制を崩す。たとえ天魔でも人の形をしていれば要領は同じだ。無防備になった腹部に強烈な蹴撃を食らわせる。さらに間髪入れず両側から迫ってきた二体の人型サーバントに足払いをかけ、倒れた喉元に突きを放つ。
まるで修羅の如き闘いぶりだった。緑色の長髪だけが戦闘のあったことを示すように揺れていた。龍斗は静かに内心の想いを言葉にする。
「天魔、お前という悪夢を終わらせる」
紫鷹と龍斗は瞬く間に掃討を完了した。二人が振り返った先ではクリスが両手を高々と掲げ、奇襲となる範囲魔法の準備を終えていた。
「ファイヤーブレイク、ぶち込むっす!」
味方を巻き込まぬよう明朗に宣言し無数のサーバントがひしめく洞窟内に巨大な火球を打ち込む。暗闇が赤く染め上げられた。
閃光弾を投げ入れた特殊部隊が雪崩れ込むように、入り口の脇に待機していた明斗が先陣を切って突入した。
「ここで全て殲滅します。一匹たりとも討ち漏らしはしません」
まだクリスの魔法の余韻が残っているところに明斗もアウルで作り出した彗星を炸裂させる。暗闇を切り裂く星々が機関銃のようにサーバントの頭上に降り注いだ。
いったいどれほどの敵が今の攻撃で吹き飛んだかわからないが、それでもなお相当数が生き残っていた。先制攻撃を終え、明斗は次の行動に移るべく仲間にバトンを託す。
「翡翠さん、紫鷹さん、よろしくお願いします」
「言われなくとも分かっている」
「まったく、倒しても倒してもキリがないな。私はしつこいのは嫌いだ」
明斗の横を風のようにすり抜けていく二つの影。当然のように壁を横走していく紫鷹と対照的に龍斗は徒手空拳でサーバントの群れを切り開く。頭、首、胸。人体のあらゆる急所を的確に貫く龍斗の表情は鬼気迫っていた。
対する敵も黙って倒されるのを待つわけもなく。数に任せて反撃を試みる。龍斗は四方から襲い来る無尽蔵の腕に視線を走らせた。一つひとつの動きは大したことがなくとも全てを受けきるのは不可能だ。咄嗟に判断し、洞窟の壁を蹴って反転する。その勢いのまま手刀で二体の首を跳ねた。振り向きざまに上段蹴りを放つ。さらに体勢を移行し、カポエラの要領で周囲のサーバントを文字通り蹴散らす。
「空間が狭くとも、足を活かす戦いはいくらでもある」
「そちらも中々やるな。だが壁を使うことなら負けてない」
腕が六本あろうとも攻撃が届かなければ意味が無い。紫鷹は洞窟の壁面に、クモのように張り付いていた。敵の間をするすると動いていく龍斗の動きを見定め、意識を集中させる。
「洞窟内で使うならこの術が一番だな――」
土遁の術。紫鷹の視線は穴の奥に潜んでいるであろう敵に向かけられていた。岩盤崩落が起きたかのような大量の土砂が降り注ぐ。アウルで生成された土砂はすぐに消え、今度は明斗の放った彗星がダメージを蓄積させる。
その明斗の眼鏡の奥で、瞳が鋭く光った。戦いの場は奥へと移っているが、明斗の意識は常に入口付近を警戒していたのだ。
取り逃したサーバントが数体、洞窟の外に出ようとしている。
「村人たちの平和のためです。日の光は拝ませないですよ」
ふらふらとゾンビのように逃げ出そうとしているサーバントの一団を流星群のようなアウルの塊が薙ぎ払う。
それでも、なお、倒しきれなかった六本腕の天魔の足首を、地面から生えた無数の腕が掴んだ。
「行かせるわけにはいかねぇんだよ!」
全体を俯瞰していたクリスが目ざとく発見し、追いすがっていた。動きの鈍ったサーバントを火球が包み込み、跡形もなく消滅させる。
「あと少し! みんな頑張るっす!」
「そちらは任せた。私は深部を殲滅する」
紫鷹は天井を逆さまに走って最深部の壁面に到達した。龍斗とともに目まぐるしい動きで次々にサーバントを葬っていく。
ほどなくして、最後の一体を龍斗の拳が抉った。洞窟内に倒れた無数のサーバントに安堵する暇もなく、明斗は巨獣のディアボロの潜む洞窟に注意を向ける。
敵の生命反応が、まだ残っている。
その時だった。
耳をつんざくような獣の咆哮が響き渡った。
手負いの獣が最も恐ろしい。猟師の間に伝わる常識だ。
巨大な獣型のディアボロは致命傷の一歩手前のダメージを負っていた。威鈴にも予想外の体力だった。どこから余力が湧き出てくるのかバネのように身体をしならせると、前線に張る撃退士たちの間隙を縫って逃げ出そうとする。
――しかし。
「裁きを受けよ、審判の鎖」
閃光の如き獣の疾駆。後衛に残っていた悠人が逃亡を許さなかった。
どこからともなく顕れた鎖がディアボロの四肢を拘束する。身動きの取れなくなった獣は悲痛な叫びを上げた。
「今です! トドメを!」
「助かった。もう逃しはしない」
背後から駆けてきた誠士郎が鉄扇を振るう。舞踏のように滑らかな一連の動きの後には、腱を切断されたディアボロの四肢があった。立つ力を失って崩れ落ちる肉食獣に、十一の追撃が襲い掛かる。
「どこ見てんだよ…そんなんじゃすぐ終わっちまうぜ」
ディアボロの頭頂部を着地点とするように十一は跳躍していた。時が止まったかと思われるような一瞬の後、全身の筋肉を使って大太刀を叩き込む。今度は完璧な感触だった。
顔面に十文字の傷跡を刻まれたディアボロは苦しげに呻く。その正面に、闇に溶けこむような黒いゴシックな服をまとった撃退士が立ち塞がる。
「ボクの銃から逃げ切れると思ったのか。愚かにもほどがある。所詮ディアボロだな」
最後の一撃はやはり威鈴だった。先ほど仕留め切れなかった弾丸を、今度は注意深く急所に向かって発射する。十一の切り裂いた額の真ん中に、狙い違わず銃痕が刻み込まれた。
ゆっくりと巨獣の全身から力が抜けていく。ディアボロはもう動こうとしなかった。
「これで本当に終わりだ」
念の為にディアボロの遺骸に触れ、絶命していることを確認する。威鈴の銃に撃ち抜かれた獣が村人を脅かすことはなくなったのだ。
洞窟の中に安堵の空気が流れる。
「なんか威鈴の口調変わってねーか?」
「そういう性格なんです」
素直な疑問を口にした十一に、威鈴の恋人である悠人は苦笑しながら答えた。
その時、洞窟の入口から複数の声が聞こえた。
「大丈夫か」
サーバントの大群を討伐し終え援軍に来た仲間たちに、誠士郎はぐっと親指を立ててみせた。
●祝宴
「ディアボロ及びサーバントの討伐を終えました。負傷者はいません――」
無事に依頼を達成したことを明斗が携帯電話で斡旋所に報告する。ひとまず一件落着だ。
撃退士たちを待っていのは不安そうな顔をした村人だった。
「悪さをする……天魔……は、もう……やっつけた」
銃を手放し、元の穏やかな口調に戻った威鈴が小さな声で告げると、盛大な歓声が上がった。若者が中心となって撃退士たちを胴上げしていく。
「わっしょい! わっしょい!」
「ちょ、ちょっと――」
「まあまあ、今日くらい浮かれちゃおうよ!」
顔を真赤にして戸惑っている紫鷹を弾けるように楽しげな表情のクリスがなだめる。途中からは自ら「わっしょい!」と唱和するくらいゴキゲンだ。
すぐさま村の集会所に大鍋が持ち込まれ、旬の山菜をふんだんに使った豚汁が振舞われた。
「美味しい――! 口いっぱいに広がる山菜の風味と豚肉がとろけてる」
「グルメレポートが上手くなったな。戦闘後の豚汁はたしかに格別だ」
木椀を片手に悠人と龍斗が感想を述べ合う。村の大人たちはすでに酒が入っており、賑やかさはどんどんと増していく。まるで祭りのような騒ぎだ。
「ほら、学生たちには豚汁だ!」
「も、もう三杯目なんですが……」
「そんなにでかけりゃ平気だ。ほれほれ」
「そうだぞ誠士郎、食え食え!」
酔っぱらいと同じテンションの十一が村の猟師たちと意気投合して豚汁の入った椀を勧めようとする。並々と具の詰まった豚汁から白い湯気が上がっていた。
「やはり平和が一番ですね」
「ほうら、少年も踊れ」
湯気で曇った眼鏡を拭いていた明斗の肩を酔っ払った猟師が引っ張った。連れて来られたのは老人たちがゆっくりと両手を上げたり下げたりしている広場だった。
村に代々伝わる伝統の踊りだという。明斗が見よう見まねで演じていると、次々に村人たちが集まってきて、ひとつの大きな輪になった。共に死闘を演じた仲間たちも加わる。
誰も彼も、笑っていた。
山の平和を取り戻した撃退士たちの祝宴は夜が更けるまで続けられた。いつまでも楽しげな歌声が聞こえていた。