●教室にて
「それでは……よろしくお願いします」
頭を下げる少年カズマの表情は硬い。
制服のブレザーのポケットには彼が夜を徹してしたためた渾身のラブ・レターが眠っている。できれば手紙に頼ることなく自分の言葉で気持ちを伝えたいところだ。
そんなカズマの淡い恋心を応援すべく、六人の撃退士が名乗りを上げた。
曰く、「馬の足蹴団」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえという格言がある。それにあやかって名付けられたチームだ。
恋する少年カズマの道を阻むもの――メグミの親衛隊を足蹴にし、告白の時間を稼ぐというのが彼らのミッションだ。すでにメンバーは配置について作戦の準備を進めている。
桃色のツインテールをした平野 渚(
jb1264)は左右で色の異なる瞳を隣にたたずむ少年に向けた。
「ん、と。本当に良い? 君は、何で必要と思う?」
「ど、どういう意味ですか」
「告白。本当に必要?」
再度問う渚の口調は真剣そのものだ。
「……もう待つだけの生活は嫌なんです。だから一度きちんと気持ちを伝えたい。それが成功でも失敗でも後悔はしません」
しばらく覗きこむように渚はカズマの瞳を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「直前まで、普段通りで居ること。いい?」
「はい!」
こうして慌ただしく甘酸っぱい青春の1ページが幕を開けた。
黒髪の乙女ことメグミの遥か後方で目を閉じ、うっとりと恍惚の表情を浮かべている男がいる。親衛隊のひとり耳長だ。アルファ(
ja8010)は靴音高く近づくと、わざとらしく声をかけた。
「やあ、何をしているんだ?」
「……」
返事は戻ってこない。完全に無視された。
アルファは常備している飴の包み紙をあけ、もう一度言葉を発した。
「ずいぶん楽しそうだな。俺にも教えてくれよ」
すると耳長は片目だけ開き、追い払うような仕草をした。会話を成立させる気は毛頭ないらしい。
アルファは迷いなく手に持っていた飴を耳長の口中に突っ込んだ。
常に携帯している飴は無尽蔵にポケットから出てくる。すぐさま次の弾を補充した。
驚いて両目を見開く親衛隊に向かってまくしたてる。
「ちょっとくらい話してくれよ。どうして親衛隊なんてやっているんだ? ほら、これやるから食べな。で、あんた達は何をしているんだ?」
答えさせるつもりがあるのかないのか、次々と飴を投入する。
餌を頬張ったリスのように膨らんでいく耳長の口は今にも裂けそうだ。気づけば涙目になっている。
「何をしているんだ、なあ、なあ?」
なおも容赦なく飴を詰め込んでいくと、呼吸ができなくなったのか耳長は一言も発することなく気絶してしまった。
やれやれと肩をすくめるアルファ。
「悪気があるわけじゃないんだ。ただ、君たちが何をしているのか教えてくれればそれでいいのさ」
そんな台詞を残して。
他の仲間達に思いを馳せるのだった。
標的の影が無警戒に接近してくる。廊下の壁から目だけを出した状態で柳田 漆(
jb5117)はタイミングをとる。
肝心なのは正確性。
闇夜から忍び寄る暗殺者のような気分でぬっと腕を突き出すと、見事に獲物が引っかかった。
「むぐう……」
足音ひとつなく尾行していた。敵ながらさすがだな、と感心しつつ。
片手で影山の口元を塞ぎ、銃を背中に押し付けながら壁を完全にすり抜ける。
「……動くな。動けば撃つ、声を出しても撃つ」
耳元で脅迫すると影山はおとなしくなった。
とはいえこのまま放置しておくわけにもいかない。依頼主のカズマが不便なく告白できる環境を整えるにはもうひと押し必要だ。
無防備な背後をとったことを認識し、頭のなかでとある技のイメージを思い描く。
武道ではないが興味本位で習得していてよかった。今がその使いどきだろう。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕らは――」
ふっと突きつけていた銃を捨てる。次の瞬間、影山の腰を両手で掴むと勢い良くのけぞった。
半円の軌跡を刻んで頭から床に叩き落とす。
耳元で鈍い音がした。ブリッジの体勢から起き上がって見ると、泡を吹いて気絶している。
「馬の足蹴団だ。人の恋路を邪魔するのは、僕らが許さない……とはいえ、すこしやり過ぎたかな」
頭を掻きつつ呟いた。
目を覚まさないうちに手足を拘束し、いつもの癖で煙草をくわえたところで気付く。
「学校で吸うのはさすがに不味いかね」
紫煙をくゆらせるのはまた後にしよう。仕事後の一服ほど旨いものはない。
壁を這っている姿は、傍から見ると思いのほか気持ち悪い。
ロリータ服をまとったフィー(
jb5976)は日部を発見して苦い表情をしたが、すぐに愛らしい少女の演技に戻った。完璧な女装、足りないのは胸だけ。そんな健気な少女が救いを求めれば少しは立ち止まってくれるだろうと思っていたのだが、予想が甘かった。
「た、助けてくれ……! 通り魔に襲われた……」
自分で足につけた傷を指さして倒れこむ。
しかし日部は一瞥さえくれることなくメグミの後を追っていった。
「……く、今度は腕をやられた!」
大げさに目の前で悶えてみせるも、壁から下りてくる気配すらない。
恋は盲目というが、これもそのせいだろうか。フィーは自分を無理やり納得させると銀色のトレイを取り出しおもむろに殴りかかった。
後頭部を捉えるかと思った一撃は見透かしたように直前で避けられる。
「なんだ、ちゃんと見えてるんだな」
不遜に言葉を投げかける。戦闘能力はそこそこあるようだ。
「困ってる女の子を助けないような根性なしだと思っていたが中々やるな」
「その下手くそな演技に騙されるとでも?」
日部はフィーを敵だと認定したらしい。四肢を折り曲げ臨戦態勢をとる。
フィーは赤い舌を出して、
「俺様が天使だと見ぬくとはさすがだな! ここで会ったが百年目、人間てめえ命はないと思え!」
「いや、そこまで言ってませんが……」
反論も許さず殴りかかった。
と、見せかけて攻撃を当てる寸前に反転し、距離を取る。大事なのは時間を稼ぐことだ。なにも倒しきる必要はない。
「ははっあたんねーな! 地べたをはいずる人間に俺様が負けるとでも!?」
とりあえず挑発の言葉を放っておく。
「……よくわかりませんが我々の活動を邪魔する存在は排除します」
二つの恋路が激しい火花を散らす。肝心のメグミから注意がそれているのを見て取りフィーは内心シメシメと嘲笑った。
影で壮絶な恋のバトルが繰り広げられていることなど露知らず。
メグミは本を小脇に図書館から出て来た。予定通りだ。待ち受けていた渚は周囲に監視の目がないことを確かめると、横から手紙を差し出した。
「……?」
突然のことに小首を傾げるメグミ。
今まで親衛隊の厳重な保護下にあったので不意に話しかけられることさえ珍しいのだ。
「ん、と。これ。屋上で、待ってる」
簡潔に説明して立ち去る。余計な会話は不審がらせるだけだとメグミは判断した。
これで舞台は整った。あとは役者を集めるだけだ。
「よし。作戦は上手くいってるみたいだな」
携帯で報告を受け三下 神(
jb8350)は小さくガッツポーズを作った。すぐさま当初の作戦を進めることにする。
「行くぞ少年。俺様がエスコートしてやる」
「は、はい……」
「心配するな。仲間たちが上手くやっている。妨害は入らない」
事前に調べてあったルートを通って足早に屋上へ向かう。妨害工作のかいあって親衛隊の気配すらない。
ふとカズマの顔色を窺うとかすかに青ざめているのがわかった。
神は足を止めて尋ねる。
「緊張してんのか」
「失敗したらどうしようって思うと……」
「ふっ、百戦錬磨の俺様が告白のレクチャーをしてやろう。いいか女の子ってのは――」
緊張を和らげようと弁舌をふるい始めたその時、背後からすさまじい殺気を感じ神は振り返った。
血走った目をした三人の男たちが、荒い息でこちらを睨んでいる。
「まさか――気力で立ち直って来やがったのか!」
恐るべき執念だ。恋とは人をここまで強くするのか。仲間たちの処理が中途半端だったのではなく親衛隊の気持ちが予想を遥かに上回っていたのだ。
驚くと同時に、神の心中で静かに熱い感情が渦巻いていた。彼らの想いに対抗するためには生半可な気持ちではだめだ。
「早く逃げないと――」
駆け出そうとするカズマとは対照的に神は階段の途中で立ち止まったまま動こうとしない。それどころか階下の三人組の方へ足を進めていく。
「この俺様が相手をしてやる、光栄に思うんだな」
「で、でもそれじゃ」
「俺様のことはいい、あとから追いかけるから先に屋上にいけ」
声を荒らげて追い立てる。大事なのは告白のシチュエーションを作ることだ。
カズマが走っていったのを見送って神は、
「さて――」
親衛隊の三人に向き直った。すでに仲間たちは屋上に先行しているはずだ。ここで時間を稼がなくては作戦が水泡に帰す。
とはいえ多勢にどう対峙しようかと考えていると、
「その親衛隊は間違っています」
両手を広げて立ちふさがる神の頭上から声が降ってきた。
城前 陸(
jb8739)は踊り場から身を翻すとミュージカルの役者のように一段一段ゆっくりと下りていく。小さく口笛も吹いている。このシチュエーションを楽しんでいるらしい。
荒ぶる親衛隊の目の前で陸は仁王立ちになった。
「あなた達は間違っています。大切に思うのならきちんとその気持ちを伝えるべきです。影でこそこそと他人の恋路を邪魔するなんて言語道断!」
ビシリと指を突きつけて一喝する。
「君に我々の何がわかるというんだ!」
親衛隊のひとり日部が叫ぶ。フィーとの決着の付かない戦闘を振りきって来たせいで全身傷だらけだった。
「あなた達の気持ちは私には理解できません。だけど一つだけ確かな事があります」
「それは、いったい」
神が続きを促す。陸はたっぷりと間をとってから断言した。
「女の子はご飯のおかずにするものではありません! ご飯に合うのは焼き肉です!」
「くっ……黙れ!」
「黙るのはあなた達です! 皆さん今です、やってしまってください!」
陸が号令をかけるとどこから湧いてきたのかピコピコハンマーを手にした学生たちが親衛隊を取り囲んだ。
一斉にピコピコという無数の音が鳴り始める。モグラ叩きなどという安易な喩えでは半分も表現できないほどの勢いだった。
「な、なんだこいつら!」
「お前たちに恨みを持った人間はたくさんいるんだぜ。日頃の振舞いを反省するんだな」
「行きましょう。告白の行方を見届けに」
神と陸はめった打ちにされている親衛隊を尻目に屋上へ急いだ。
●エピローグ
「やあ、遅かったじゃないか」
すでに待ち受けていた漆が神と陸を見て言った。屋上だから良いと判断したのか煙草をくわえている。校則違反と知っていながらも、大喫煙所は遠すぎたのだ。
「状況は?」
神が聞き返す。
「ちょうど今から告白するところだよ。見逃さないようにね」
上空ではフィーが飛び回りながら羽根を降らせ、それっぽい雰囲気を演出している。
「応援、してる」
渚はじっと当事者の二人を見守っている。
「あとは本人の勇気次第だ。俺の飴はちょっと後押ししただけだよ」
そんなことを言いながらアルファは馬の足蹴団の面々に飴を配った。
「結末がどうであれ気にしないつもりでしたが――頑張って欲しいですね」
陸が優しい視線を送る先には、なんのことやら理解できず不思議そうな顔をしているメグミと、言葉を切り出そうとしては躊躇っているカズマがいる。
少年はしばらく決心が付かずにモジモジしていたが、後ろでこっそりと応援している団員たちに目を向けると覚悟を決めて想いを告げた。
「――好きです。付き合ってください」
「よく言った」
漆が邪魔にならないよう小声で褒める。
メグミは黒髪を揺らして、長いまつげを瞬かせた。
「付き合う――といっても私まだ貴方の名前も知らないの。まずはお友達から始めましょう、ね」
あちゃー、と神は頭を抑えた。まさしくメグミの言うとおりだ。
「よ、よろこんで!」
だがカズマの反応は振られたというのに上々だ。
見ず知らずの関係から友達にランクアップできただけでも良かったということだろう。
馬の足蹴団の面々はそれぞれ違った表情をしていたが、ほんのりと暖かい空気が流れた。
「とりあえず依頼は成功ですね――というわけで焼き肉しましょう」
最高の笑顔を向けてくるカズマに向かって陸が提案した。
「もちろんメグミさんも一緒に、ね」
その後、親衛隊の三人と足止めに協力してくれた大勢の生徒たちも巻き込んだ焼肉パーティーが開かれた。ちょっとだけ縮まったメグミとカズマがどうなったのかは、また別のお話。