●プロローグ
無人の道路にぽつりぽつりと立つ街灯の明かりは薄暗い。無機質に光るそれがなんだか不吉な未来を暗示しているような気がしてシルヴィアーナ=オルガ(
jb5855)はかぶりを振った。
深夜のサーバント襲撃の知らせが入ったのがつい先ほどのこと。
山奥にある教会のシスターが負傷しているという。同じシスターとして、いてもたってもいられなくなり依頼を受けて急行している途中だった。
「神よ……偉大なる父よ。どうか彼女らをお守りください」
十字架を握りしめ、祈る。
「シスターたちの教会……」
シルヴィアーナの隣では「非モテ騎士」の二つ名を持つラグナ・グラウシード(
ja3538)がぽわんとした顔で宙を見つめている。
「どうかされたのですか」
心配に思って問うとラグナはいきなり真剣な表情になった。
「シルヴィアーナ殿、シスターはみな淑女なのか?」
「大半の方はそうだと思います――それが、なにか問題なのでしょうか?」
「とても大事なことだ」
よし! と拳を握りしめながらラグナは頷く。
そして浮かない表情の仲間に心強い言葉をかけた。
「教会のシスターたちは絶対に大丈夫です……私が、護ります!」
「ラグナ様……」
シルヴィアーナは大きく深呼吸をして気を引き締めると、わだかまった不安を振り払うように教会の方角を見つめた。
後方では別働隊がサーバントの討伐に動いている。きっと全て無事に終わると信じて二人の撃退士は道を急いだ。
●サーバント討伐隊
一人地上を走るギルバート・ローウェル(
ja9012)はしきりに上空へ視線を走らせていた。罪なきシスターがサーバントに襲われたという地点に差しかかっている。そろそろ敵と遭遇するはずだ。
ギルバートの頭上には三つの影がすでに見えている。一つは不死鳥を思わせる真紅の翼。あとの二つは闇に溶け込む漆黒の翼。目撃したサーバントに飛行能力があるとの情報を受けての陣形だった。
「まさかシスターを狙うとは……不届きなサーバントも居たものです」
紅き翼を広げて飛翔するアクセル・ランパード(
jb2482)がため息混じりに呟く。
「教会の方も何事もなければいいのですが」
「彼らも腕の立つ冒険者だ。問題ないだろう」
答えるギルバートの表情は言葉ほど明るくない。教会の孤児院で育ち、いまも神父として活動する彼の内心は穏やかなものではなかった。
「我らは眼前の敵に集中すべきだ。少なくとも確認された三体のサーバントは討伐しなければな」
冷静な口調でケイオス・フィーニクス(
jb2664)が作戦目標を改めて明確にした。
「負傷者の護送もあります。迅速に行動しなければいけませんね。サーバントが三体のみだという保証はないですから、全力で事にあたりましょう」
ミズカ・カゲツ(
jb5543)の銀色の狐耳がせわしなく動く。彼女は月光に染まる銀髪を揺らし、空中で制止した。視線の先には追い求めていた三体のサーバントの姿。情報通りだ。
「どうやらお出ましのようですね。こちらの存在に気付いたのでしょう」
敵影を睨みながら抜刀すると同時に、狐の尻尾が顕れ、戦闘モードに突入する。
「此処に時間を割いてる余裕なんてありません。さっさと決めましょう!」
アクセルは等身以上もある巨大な槍を抱えて翼を閃かせた。
夜闇を切り裂くように手前のサーバントに突きかかる。肩口に穂先が食い込み、鈍い感触が伝わった。その勢いのまま他の二体から引き離し、一騎打ちの戦闘にもっていく。
アクセルによる紅い閃光が過ぎ去った瞬間、刀を振り上げたミズカの姿が現れていた。炎の如き光彩を放つ愛刀・村正がサーバントの胴を袈裟斬りに裂く。夜闇に紅蓮の奇跡が刻み込まれた。
「私の名は霞月瑞華。寄らば――斬ります!」
武術家らしく名乗りを上げたミズカは、不意の一撃をまともに受けたサーバントが繰り出してくる鋭利な爪を悠々と回避し、懐に潜り込む。残像を追いかけるように反撃したきたところを見計らって背後に回り、一閃。さらに返す刀でサーバントの両翼を落とす。
空を飛ぶ術を失った天使の従者は糸が切れたように地上へ吸い込まれ始める。ミズカは武器を正眼に構え、告げた。
「これでお終いです」
落下していく身体よりも早い速度で斬りかかる。全力を込めた斬撃はサーバントの身体を真っ二つに切断した。
空中で留まり続けるケイオスは自分の元へ突撃してくるサーバントを視認し、五つの指輪を嵌めた拳を軽く握った。
「天の傀儡共よ……我が間合いに踏み込むのは愚策と知るがいい」
果たしてその言葉を理解したのかどうか。翼を生やした人型は人語を超えた叫び声とともに鉤爪で殴りつけてくる。
ケイオスは軽く身体の位置をずらし、敵の攻撃が鼻先を掠めていくのを見送った。すれ違いざまに炎の鉤爪を無防備な胴体に食い込ませる。その一撃で十分だった。サーバントは力なく落ちていった。
一番槍の勢いに任せてアクセルは敵を捉えたまま上昇していた。
穂先で手足をじたばたと動かして抵抗するサーバントからは完全に反撃の射程外にいる。だが敵は翼で空気抵抗を作り出し、転げ落ちるように槍から逃れた。
「教会で待つシスターたちのためにも時間はかけていられません。速攻で決めます」
自分に言い聞かせるようにアクセルは温和な目つきを鋭くした。
槍の弱点は間合いの内側だ。そのことを知っているようにサーバントは柄のそばを降下してくる。ふっと全身の力を抜きアクセルは重力に身を任せた。
「堕天使は、このような気分で落ちていくのでしょうね」
そのまま槍を手元に引きつける。山の斜面に生い茂る木々の先端に触れる直前になって、ようやく翼を開いた。
「ですが俺は飛ぶのをやめるつもりはありません。守りたい人間達がいますから」
槍の先端が黄金の輝きをまとう。
あらん限りの力で太陽神の槍を穿つ。闇夜を貫く光はサーバントの身体を包み込み、ゆっくりと収束していった。
「上が騒がしいな……」
すでに戦闘が終わりに向かいつつある味方に注意を向けつつギルバートは木々の間を駆け抜ける。情報によれば三体の飛行するサーバントは地上にいるらしき仲間と連絡を取っていたという。その残党を排除するのが彼の役割だった。
上空のサーバントが密集していたちょうど真下に辿り着いた。油断なく周囲に視線を走らせると、闇に紛れるように動く影を捉えた。
青い瞳が猫のように引き絞られ、影の正体を探る。間違いない。サーバントだ。
敵はすでにギルバートの存在を認識していた。上体を低くし、四足の獣のような走り方で向かってくる。
しかし彼は攻撃を避けようとせず正面に立ち塞がった。血に飢えたハルバードが月光を反射してきらめいた。相討ちに近い形で互いに傷つけあう。再び間合いを取ろうとするサーバントに時間を与えず、ギルバートは地を蹴って追いすがった。
腹部に重たい一撃を見舞う。苦しげに呻くサーバントを冷徹に見下ろし、
「黙れ化け物、その腐った口を開くな」
武器に意識を集中させる。
ギルバードの怒りと殺意を吸収したように彼の斧が光りだした。
「知能を持たない蛆共が、存在すら烏滸がましいと知れ」
最後の一撃はサーバントを木っ端微塵に打ち砕いた。
相手が間違いなく絶命したのを見届けると、一つ息を吐き、辺りの気配を探る。
「これ以上の長居は無用だ。教会に向かおう」
ギルバードは頭上にいる仲間たちに呼びかけた。
「わかりました。急ぎましょう」
答えるミズカの声は月明かりのように涼やかだった。
●闇夜のカーチェイス
先行して教会に辿り着き、警戒していたラグナとシルヴィアーナは遠くにいくつかの光が点滅するのを見届けていた。
「あちらの方々は大丈夫でしょうか……」
「教会にサーバントが来ないということは、うまく事が運んでいる証拠だ。私たちも準備を始めよう」
偵察のために立っていた教会の屋根からひらりと舞い降りる。シルヴィアーナも修道服をはためかせて後に続いた。
敵の注意をそらすために明かりを消した講堂に入ると、二十名ばかりのシスターたちが不安げな顔で彼らを見上げた。
「撃退士さま、サーバントはどうなっているのですか」
シスター長が硬い口調で訊く。彼女の隣には負傷したシスターが腕を抑えて座っている。応急手当は施してあるがすぐに病院に運ばなければ危険な状況だ。
「安心してください。もうすぐ仲間たちが応援に来ます。彼らが到着したら速やかに出発できるように、車に怪我人を乗せておきましょうね」
優しく微笑みかける。同じシスターに諭され、彼女たちの表情も少し穏やかなものになった。
「とても頼りになる撃退士ばかりだ。サーバントなんかに遅れはとらないさ」
ラグナも紳士的な言葉で落ち着かせようとする。無灯の教会に明るさが戻りつつあった。
サーバント討伐隊が教会に到着したのはそれから十分ばかり後のことだった。
「お待たせしました。負傷者の搬送を頼みます」
入れ替わるように教会の警備につきながらアクセルは言葉をかけた。そして講堂の隅に固まっているシスターたちの元へ行き、すでに目撃されている三体を含めたサーバントの討伐が済んだことを伝えた。
「教会は私たちに任せて下さい。敵の傾向はすでに頭に入っています」
ミズカの狐耳はかすかな物音も逃さないとばかりに忙しなく動いていた。当面の目標は達したとはいえ、まだ残党がいる可能性はある。油断のできない状況に変わりはなかった。
運転席に座るシルヴィアーナは大きく頷くと、生真面目な性格らしく一つ一つ点検を行っていく。
「シートベルト、バックミラー良し。鍵を回してエンジンをかけて……サイドブレーキを外してアクセル……!」
模範的な安全確認を経て、白いワゴン車は動き始めた。
「大丈夫かなあ」
車のルーフの上に座ったラグナが首を傾げた。
「夜道の運転は危険だ。我らが事故を起こしては元も子もないであろう」
先ほどの戦いに引き続き護衛任務にあたるケイオスが翼をゆっくりと羽ばたかせながら諭した。
「すでに救急車の手配は済んでいる。あとは安全に下山するだけだ」
「そうだといいけど……」
ラグナの表情は晴れない。
果たしてすべてのサーバントを討伐したのだろうか。一抹の不安が胸のなかでわだかまっていた。
右へ左へとカーブする山道の見通しは悪い。シルヴァーナの運転するワゴンは制限速度いっぱいを維持しつつ麓を目指していたが、道半ばにさしかかったカーブで黒い何かが前を横切り、急ブレーキをかけた。
「サーバントです!」
車内からシルヴァーナは叫んだ。同時に、スイッチが入ったようにアクセルを踏み込む。エンジンが急回転し唸りを上げて発車した。
「うおっと!」
振り落とされそうになるのをこらえてラグナは大剣を構えた。
鋭い目つきで車の後方を凝視する。敵の数は二体。どちらも翼が生えている。
「群れからはぐれたのか別行動だったのか――どちらにせよ護衛について正解だった」
ケイオスはバックミラーの視界を遮らないよう車の後方に位置取り、サーバントの攻撃に備えた。
「敵を振り切ります。遅れないでください」
シルヴァーナの宣言通り、ワゴンはうねる道の最短ルートを直進していく。そのスピードはサーバントであっても追いつくのが精一杯というほどだった。
しかしいくらドライブテクニックがあるとはいえ、相手は空を突っ切って飛ぶことができる。突き放したかに思えた距離が徐々に縮んでいった。
「……ラグナ様、ケイオス様、サーバントの相手をお願いできますか」
「もちろん」
ラグナは揺れる車上で首肯した。
「我の力が必要ならばいくらでも貸す。サーバント如きに傷つけさせはせぬ」
車をかばうように飛空するケイオスも頷いた。
「ありがとうございます。それでは――」
さらにアクセルペダルを力強く踏みつける。夜の山道では無謀とも思えるほどのスピード。対向車など想定もしていないカーチェイスと平行して、サーバントとの戦いの火蓋も切って落とされた。
先に動いたのはケイオスだった。
片手をつき出し、敵のいる方向に魔力を集中させる。次の瞬間、まばゆいばかりの火花が二体のサーバントの至近距離で炸裂した。まるで花火のように次々と降り注ぐ火球にサーバントがたじろぐ。
その隙をラグナが逃すはずはなかった。
「淑女に手出しはさせないっ!」
非モテ騎士の二つ名は、今の彼には相応しくないかもしれない。紛うことなき騎士としての使命に燃えるラグナの大剣は空を斬り、その奥にいる人型の敵に衝撃波を浴びせた。
大きくのけぞり、スピードを鈍らせるサーバント。
ラグナとケイオスは一瞬視線を交わした。二人の意図するところは同じ。そしてそれは、バックミラーで戦闘を伺っていたシルヴィアーナにも伝播していた。
「しっかり掴まっててください!」
車内にいる二人のシスターにひと声かけ、二度目の急ブレーキを踏む。金切り声のような音を立てて車は減速した。予想外の行動に対応しきれず、サーバントたちは間合いを見誤って接近してくる。
ほんの刹那、光がきらめいた。力なく地面に激突するサーバントの脇には、武器を振り終えたラグナとケイオスの姿があった。
「……やった」
「敵は殲滅した――二人共、見事な連携だった。感謝する」
「まだ休むには早いです。けれど……」
シルヴィアーナがハンドルを握るワゴンは再び法定速度を守って走り始めた。
「神はわたくしたちに救いの手を差し伸べてくださいました」
ほどなくして、麓に待機していた救急車と合流することができた。負傷したシスターが救急隊員に付き添われて搬送されるのを見送り、教会に連絡を入れる。
「神のご加護のおかげで、こっちも問題なしだよ。可愛いシスターもたくさんいるしね」
戦闘時とは打ってかわって穏やかな口調になったギルバートが報告した。
早期撃退の作戦が功をなしたのか、教会への襲撃は未然に防がれていた。その後夜明けを待って周囲の捜索を行ったが、新たなサーバントは発見されなかった。
●エピローグ
後日、撃退士たちのもとに完治したシスターの写真と感謝の言葉を添えた手紙が送られてきた。
「どうかあなた方にも神の祝福があらんことを」
文面はそのように締められていた。
美しい教会に響く賛美歌も、修道服をまとって静かに暮らすシスターたちも、すべてが平穏な日常に戻っていった。彼女たちの感謝の祈りが、神だけに捧げられるものではなくなったことを知っているのは、女神の像と十字架だけだ。