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「ウェルカム! ヒーローたち! ミーの牧場へようこそ!」
タイラー牧場の入り口では、ハムを思わせる太い両手を大きく広げてジョージが待っていた。
「出迎えありがとうございます」
六人の撃退者の一人、楯清十郎(
ja2990)が礼儀正しく挨拶をする。
「ねえ、一つ聞いていいかな?」
米国出身の小学生、クロエ・キャラハン(
jb1839)が荒れた牧場を見渡して、不思議そうに尋ねた。
「あれ、何? 干し草なのはわかるけど」
牛たちの乱行で荒野と化した牧場、そのところどころに干し草が積まれている。
それ自体、不思議はないのだが、配置が変だ。
放牧場の周囲数十m範囲をぐるりと囲うように積まれている。
ふんわりと積まれていて、壊された柵の代わりにはなりそうにない。
「あれは、ユーたちのベッドさ!」
「ベッド?」
「ミーは実験しておいたね! 人の重さ人形に赤い服を着せて、アイダホ号の前に投げ込んだね! そしたら、HAHAHA!」
ジョージはビール腹を、抱えて笑った。
「吹っ飛んだね! そりゃあ見事なもんだった! アメフトの五千万ドルプレイヤーが蹴ったボールみたいだったよ! HAHAHA!」
「HAHAHA、じゃねえだろ、シャレになってねえぞ」
普段はぶっきらぼうな向坂 玲治(
ja6214)がげんなりした顔でぼやいた。
「今夜は干し草のベッドで、死の夢を見るのか」
黒革ジャン姿の堕天使・命図 泣留男(
jb4611)が掌を額に充て、皮肉げに笑った。
「プリティベィビィから、スモーレスラーまで、どんなウェイトの奴でもキャッチ出来るよう、干し草を積んでおいたのさ!」
ドヤ顔をするジョージ。
「まずどこにツッコミを入れるべきなのか……色々ありすぎて分からん」
凛然とした雰囲気の女性・天風 静流(
ja0373)が小さく溜息を吐いた。
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ジョージと別れ、放牧場に行くと、数百頭の乳牛たちが眠ったり、散歩をしたりと思い思いに過ごしていた。
「さてと、暴れ牛の退治と行くか」
怜治は、ゴキゴキと指を鳴らした。
「ホルスタインで闘牛をするとは思いませんでしたね」
清十郎が、預かった赤マントを静流に渡した。
彼女が一番手という事で、話し合いが付いたのだ。
「しかし、どれがアイダホ号なんだ?」
「態度がデカいのがボスかと思ったが、全部、態度がデカいな」
「わかったとしても、これだけ牛がいると戦いにくいですよね」
ちょうどその時、牛舎の屋根に設置されたスピーカーから、アメリカンポップスが流れてきた。
それを聞いた牛たちが、ぞろぞろと牛舎へ戻ってゆく。
音楽で、餌の時間を知らせる仕組みになっているらしい。
「なるほど、こういう事だな」
静流は、片手に赤マントを靡かせた。
とたん、一頭の乳牛が物凄い勢いで突進してきた。
他の牛が撃退士など気にもせず、牛舎に戻ってゆく中で、赤色に反応したのだから間違いはなかろう。
サーバント・アイダホ号!
タイラー牧場での死闘が、幕を開けた。
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闘牛士のように両手でマントを晒し、静流はアイダホ号に対峙した。
アイダホ号も、静流がただものではないのを本能で察しているらしい。
両者は、距離を置き睨みあいながら牽制をしている。
他の撃退士たちは、左右に別れ、攻撃をしやすい位置に陣取りつつ、静流が作ってくれている時間でアイダホ号に癖がないか観察した。
一瞬、静流が小さく前に出た。
それを攻撃動作と見たアイダホ号が突進を開始する。
速い!
六人の撃退士たちの、全ての予想を上回っていた。
静流が破壊の暴風に天を舞わなかったのは、六人の中でも卓越した反射神経を有していたからこそだ。
「流石は静流さん!」
司が反撃の口火を切った。
勢い余ってつんのめているアイダホ号に、黒い光の衝撃波を打ち込む!
「まぁ、まずは足を止めるのが定石だろうぜ。」
玲治が白銀の槍を構えて背後から突進し、鋼の如く堅固な力を乗せた一撃をアイダホ号の後脚に叩きつけた。
清十郎も銃の引き金を弾き、アイダホ号の片角を折った。
さらにクロエも弓を引き、光纏う矢を放とうとしたが、新たな力と引き換えに、光を集中しきれなくなった事に気付いた。
ノーマルのショットに切り替え、アイダホ号の肩に矢を刺す。
これだけ撃退士の攻撃を受けたのだ、ただではすむはずがない。
そのはずだった。
だが、アイダホ号は苦痛の気配すら見せなかった。
牛革が、古来より丈夫な素材として重宝されている事からもわかるように、牛の全身は、固く、張りに満ちている。
大の男が渾身の力で殴ったとて、意にも介さないほどなのだ。
その牛を模しにし、さらに天魔に力を与えられたアイダホ号の防御力は、推して知るべきものがあった。
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静流が、二番手の玲治にマントを投げ渡した。
「動きは分かりやすいが……中々に肝が冷えるな」
焼き斬れるほどの緊張感を味わった成果、彼女の脈拍、心拍数はあがり切っていた。
「先ほどは、右前脚で地面を深く叩いた後に突進してきた、それで全てが見切れたとは思えないが」
玲治は引き継いだマントを舌でも出すかのようにひらひらと翻した。
「牛さんこちら、マントの方へってな」
アイダホ号は一直線に玲治に向かってきた。
余りに単純な行動パターンと直線的な動きに、判断が濁るのはむしろ当然だっただろう。
相手の動きを読んで、横っ飛びにかわす玲治。
だがアイダホ号は、その動きに合わせ突進角度を切り替えた。
飛びのくタイミングが、一瞬だけ早すぎたのだ。
牛の額が、その胸を突いた。
七百キロ近い巨体の、超高速突進!
怜治の肉体が、ボールのように宙へと舞った。
「玲治さん!」
青空に弧を描いて飛んでゆく玲治。
その身は、数十m先にジョージの用意しておいた干し草のベッドに落ちた。
「映像でみた牛よりも飛びましたよ!?」
「牛と人間では、体重差がありすぎるからね」
そんなやりとりをしている清十郎と司も含め、全員、玲治の身を確認しに行きたかった。
だが、猛牛はすでに次の突進体勢を整えている。
勢いを存分に玲治にぶつける事が出来たため、隙が生じなかったのだ。
六人中、最も幼いクロエが、玲治が落としたマントを拾い上げた。
乾いた唇を舐め、小さな背中を赤い決意に包み込んだ。
「クロエちゃん、それは!?」
「高火力と引き換えにリスクを背負う、それはナイトウォーカーの宿命だよ」
まだあどけない笑顔を、司に返す。
アメリカンヒーロースタイル。
回避力と引き換えに、強力なカウンター攻撃を打ち込むべく考案されたスタイルである。
幼い女の子にそれをさせる事は他の撃退士にとって不本意だったが、ここで流れを変えねば敗北は必至である。
何より、クロエのナイトウォーカーとしての誇りに、傷を付けるわけにはいかなかった。
「さあ、来なさい。お前の天下もこれまでです!」
大人びた口調で言い放つと、くるりと背を向け逃げ始める。
少女の挑発を受け止め、猛牛が突進を開始した。
敵に背を向けて逃げ、後ろ向きに突進をかわし、カウンターを狙う。
それは、あまりにもリスクの大きすぎる賭けに思えた。
だが、クロエにとって、ハイリスクを選ぶことと、ハイリスクを許容することはイコールではなかった。
彼女は、手鏡を用い、背面からの攻撃を確認していた。
さらには陽光を反射させ、敵の目に一瞬、強い光を当てる。
同時に、自らの体を闇で包んだ。
少女は、敵の照準を完全に狂わせる事に成功した。
「闇に飲まれて果てなさい。 グローリアカエル!」
横っ飛びに躱しざま、弾丸を恐るべき勢いで猛牛の右目に打ち込む。
これまで動揺のなかった猛牛が初めて、苦痛の叫びをあげた。
「見事だ!」
静流が、薙刀で前足へ一撃を浴びせた。
「クロエちゃんこそヒーローだよ!」
司が封砲を打ち込む。
清十郎も、曲刀にエメラルド色の光を纏わせ、敵の胸めがけ薙ぎ払った。
ルビー色の鮮血が、猛牛の右目、前足、胴、胸から噴き上がる。
そして、もう一か所、後ろ脚からも予想しなかった鮮血が流れ出ていた。
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「へへへっ、借りは返したぜ」
槍を薙ぎ払った体勢で、敵の背後に立っていたのは玲治だった。
「無事だったのか!」
先ほど受けた突進は、通常の撃退士ならば致命の一撃だったはずだ。
だが、とっさに急所をずらした玲治の判断力、そして、ジョージが用意してくれた干し草のベッドが、それを救ってくれたのだ。
固い地面に頭をぶつけていたら、いかに堅牢なディバインナイトといえど、助からなかっただろう。
「無事とは言えねえなあ、アバラを二、三本やっちまった」
怜治は、苦しげに胸を抑えた。
「おっと、まだ無理はすんな、さっきのヒールだけじゃあ完全とは言えない」
泣留男が玲治を後ろから追いかけてきた。
怜治を、飛ばされた地点まで救出に行ったのは泣留男だ。
それは良いのだが、なぜか、今、黒革ジャンの前ボタンを外そうとしている。
「げっ、あれまたやんのかよ」
嫌がる玲治の前で、泣留男はレザージャケットの前を広げた。
「この俺の輝きで、身も心もとろけちまいな!」
胸元から放たれたヒールの輝きが、破壊された玲治の肉体を修復してゆく。
「やり方がなあ」
ぼやく玲治だが、手段を選んでいる時間はなかった。
猛牛は血まみれになったとはいえ、まだ死んではいない。
それどころか、ますます猛り狂っていた。
静流が呟く。
「さて、どこまで耐える?」
四番目に赤マントを継いだのは、司だった。
司はマントを両手に靡かせ、ほんの少し左右に動いて挑発をした。
「華麗でなくても、確実に回避してみせる!」
神経を尖らせつつ、紅の猛牛を見据える。
敵が突進を開始した。
司は、マントを持った腕を敵に向けて伸ばした。
自身の体はマントの左側に置く。
かわせるかどうかの間合いギリギリでマントの位置を変えぬまま、左に飛びのいた。
修学旅行で見た闘牛士の姿。
あれほどの華麗さは再現出来なくとも、基本を研究し、それを忠実に守った戦術だった。
……だが、司の体は宙に舞っていた。
人の技術を、野生の力が断ち切ったのだ。
「司!」
「お前たちの背中は、このブラッカーが守ってやるぜ!」
泣留男が、よくわからない事を叫びつつ、司の飛ばされた方角へ走る。
玲治は復活出来たとはいえ、それはディバインナイトだからこそだ。
ルインズブレイドの司が再び、武器を獲れるのかは確信が持てなかった。
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今、アイダホ号の目には、背中のマントだけではなく清十郎の全身が紅に染まって見えているはずだった。
忍法・雫衣。
全身を覆った水滴によって、相手に幻の衣装を見せる幻術である。
清十郎は紅のマタドール衣装の幻影を纏っていた。
これにより、敵にマントを見せるために背を向けなくても済む。
正面を向いたまま挑発し、武器を手に取ってカウンターを狙う事が出来る。
考え抜かれた完璧な作戦だった。
「あなたにとっての死神の衣装です。 もちろん死もお届けしますよ」
カウンターの有効性はクロエが実証してくれている。
決まれば、決着もありうるだろう。
だが、外せば清十郎の人生に決着が着きかねない。
温和な彼が、この賭けを選んだのは、仲間に危険を及ぼすまいとする生真面目さゆえか、時折見せる少年特有の悪乗りなのか、本人にもわからなかった。
敵が突進を開始した。
それを正面に見据え、手にした曲刀に力を込める清十郎。
曲刀の刃が、深緑色の澄んだ輝きを帯びる。
迫りくるはモノトーンの暴風!
それを……かわした!
「そんな速いだけの真っ直ぐな動き当たりませんね!」
エメラルドスラッシュの輝きを首筋に叩き込む!
清十郎の背中が、荒野の風に赤いマントを靡かせた。
決着!
……その光景は、干し草のベッドの中、で清十郎が見た夢だった。
全力で挑発した結果通常より猛威を増した猛牛の突進は、清十郎を、天へと弾き飛ばしていたのだ。
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「ふっ……フルメタル・ワークで飛翔する不死鳥の勢いで、女どもどころか猛牛もノックアウトさ!」
意味不明な事を言いながら、泣留男は戦場に帰ってきた。
気絶にとどまった司はともかく、清十郎の傷は彼の回復スキルだけで癒えるものではなかった。
ジョージに救急車を呼ぶように依頼し、自分の順番を守って戻ってきたのだ。
静流が尋ねた。
「大丈夫か?」
完全に理に適った戦術をとった司や清十郎が、敗れたのだ。
一体、何に適っているのかわからないこの男に、赤マントを任せて良いのだろうか?
「見ろ! この赤と黒……それは破壊と創造のメルクマール!」
赤いマントを手に取り、風に靡かせながら、全身黒ずくめの男は高らかに宣言した。
意味がわからない。
もう、これでいい気が皆にはしていた。
理論派の二人が敗れたのだ。
野生に、技術や知恵が常に勝るわけではない。
むしろ、意味不明の感性こそが、野生の猛威を断つ。
その可能性だってないとは言えなかった。
……期待は出来なかったが。
猛牛が突進してきた
黒い堕天使は、背に光の翼を出現させ上空に飛翔した!
「くくっ……貴様のような単細胞では、ストリートを駆け抜ける黒ヒョウを捕らえられない!」
躱した!
反射神経では、静流に及ばぬ彼だったが、独自の感性が飛翔を成功させる刹那のタイミングを掴んだのだろう。
しかも、仲間の攻撃斜線を遮らぬよう、絶妙な角度で飛んでいた。
「ここで仕留めっぞ!」
怜治がフルメタルインパクトを。
クロエがグローリアカエルを。
そして、静流が彼女の最大の一撃である弐式「黄泉風」を猛牛の肉体に打ち込んだ。
「いい加減終わりにしよう」
猛牛は……倒れなかった。
その四肢は、全身を矢と血に塗れさせてなお、立ち続けていた。
「さあ、奥に秘めた情熱をもう一度解放しな!」
泣留男が、トップバッターである静流に、再びの赤マントを投げ渡した。
だが、静流はそのマントを、流麗な動作で躱した。
「骸にぶつけるような情熱は、持ち合わせていないな」
アイダホ号は、立ったまま絶命していた。
それは偽りの野生を与えられて造られた者の、最後の意地であるかのように思えた。
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「ブラボー! ブラボー!」
ジョージがオーバーアクションで拍手をしている。
「ユーたちのバトル、ワンダフルだったぜ! 特にジャパニーズ、カミカゼガール! モアエクセレントよ!」
命がけのカウンターに成功したクロエをジョージは特に気に入ったようだった。
「でもあなた、荒れ果てたこの牧場や村を建て直さないと」
奥方に言われ、ジョージも前途の多難さを思い出したようだ。
「OH、そうだったね」
溜息を吐くジョージの肩に、泣留男は大きな掌を置いた。
「モテ過ぎちまった贖罪人は神を信じない……だが大丈夫さ、ストリートの女神はお前を見捨ててはいないぜ」
意味はわからなかった、ともかく思いやりは通じたようだ。
二人は互いにサムズアップをし、ニッと笑顔を合せた。