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「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ!ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」
『いきなりテンション高い散歩人は、愛と絆のイリスお姉ちゃんにょろ』
公園の入り口に立つ、金髪ツインテ美幼女、イリス・レイバルド(
jb0442)。
彼女に、ナレーターのニョロ子が無線マイクごしに話しかけた。
「あっれー? ボクのナレータ、ニョロ子ちゃんになったんだ?」
『椿お姉ちゃんが、“イリスちゃんは自分がロリなのに、ロリコンだから”とか言ってニョロ子を推薦したのにょろ』
「誰がロリかー! そしてロリコンかーッ!」
公園の入り口で独り叫んでいるイリスを、道行く人々がジロジロ眺めている。
視線に気付くと、元気っ娘スマイルでカメラに手を振るイリス。
「やふー、ボクは今いつも飛行訓練してる公園に来てまっす!」
『切り替えの速さ、ハンパないにょろ』
遊歩道を歩いていくとベンチの辺りで、十歳くらいの美幼女が四人、バトミントンをして遊んでいた。
イリスに気付くと手を振ってくる。
『お友達にょろか?』
「お友達というか、ボクが可愛がっている子たちかな?」
お姉さん顔をするイリス。
美幼女たちが駆け寄ってくる。
「イリスちゃん、可愛い〜」
「ちっちゃくなったね〜!」
「羽根出して〜、モフらせて〜!」
もふもふされ始めた。
『むしろ、可愛がられているように見えるにょろ』
「いぁいぁ、こないだまではボクが彼女たちを後ろからモフモフしていたんですよ? いつの間にか、こんなに大きくなっちゃって――成長期ですから! 個人差がありますから!」
『イリスお姉ちゃん、最近、身長が縮んだように見えるにょろよ?』
目逸らし顔のイリス。
「……イヤダナー ボクガチイサクナッタナンテ カノウセイスラアリマセンヨー」
実は最近、ハーフ天魔に覚醒したイリス。
その影響で体が縮み、幼女をモフる側からモフられる立場へと転落したのだ。
「あ、イリスちゃんの髪触っちゃダメだよ〜、怒るよ〜、噛むよ〜」
「じゃ、こっち触る〜」
「ここか、ここがええのんか〜」
くすくす笑いながら、イリスの胸元に指を這わせる少女たち。
そこには虹色をしたゼリー状の物体がある。
ハーフ天魔化と共に出現したイリスが“宝石”と呼ぶ謎器官である。
「ちょまっ!? くすぐった…〜〜〜〜ッ!!?」
ジト目顔で真っ赤になりながらカメラに訴える。
「乙女の恥じらいを尊重するなら、編集でカットよろ」
『触られるのは止めないにょろね、イリスお姉ちゃんエッチにょろ〜』
イリスは公園の小高い丘に登り、身長と引き換えに手に入れた翼を広げている。
「んじゃ、華麗に可憐に大空に羽ばたくボクの絵で〆めますかねー」
空色の天使が空へと飛び立ってゆく。
なお、提供テロップの文字に隠れて、パンツは見えなかった!
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学園の校庭を散歩するのは、長身に黒く短い髪の精悍な青年・藍那 禊(
jc1218)。
「ふぁ〜あ……久遠ヶ原へ来たばかりやし、探検でもしよ」
登場するなり、大あくび。
精悍なのは見た目だけで、中身は伴わないらしい。
『藍那くんは新入生なんだな、皆、宜しくしてくれよー』
ナレーターは面倒見よくクレヨー先生になった。
校舎に入る藍那。
「普段せわしない雰囲気やけども、放課後やし人も少ないやろ……」
あちこちの教室ドアをガラガラ開けてみると、どこも中に人がいて何やら騒いでいる。
「多いわ。 全然賑やかやんな……」
『みんな部活中なんだな、授業は出ないけど部活だけは出るという、意味不明な子がたくさんいるんだな』
「さすがはマンモス校や……変わりもんも多いねんな」
『人の事言えないんだな』
藍那が部室のドアを閉じて立ち去ろうとすると、後ろから追いかけてきて、藍那の肩を掴まれた。
振り向くと、バスケユニホームを着たいい男が立っている。
「キミ、いいカラダだな」
「寝る子は育つってだけの話や」
「だったら俺とやらないか? まずはバスケをやらないか?」
部員につれなく手を振る藍那。
『藍那くん、せっかく恵まれた体格をしているんだから、何か部活をやってもいいと思うんだな』
「……睡眠部とか無いやろか。 スイミング的なノリで」
『語感が似ているだけなんだな』
「……この音楽は……」
廊下の向こうから聞こえてくる音楽に惹かれ、音源をフラフラと探し始める藍那。
CDから流れてくる曲などではなく、楽器の練習をしている音に聞こえる。
音が聞こえてきた部室に入る。
軽音楽部だったようだ。
椅子に腕組みして座り、部員たちの奏でるドラムやエレキギターを真摯な顔で聴き始める。
『好きな事を見つければ真剣になれる子なんだな、先生、安心したんだな』
だが画面には、精悍な表情に鼻ちょうちんが膨らんでいるのが映っていた。
子守唄を求めていただけのようだ。
『安心出来なかったんだな』
部員が去り、無人になった部室で藍那は眠り続けている。
『藍那くん、実は編入してから睡魔のせいで一度も寮に辿り着けたことがないらしいんだな。 寮長さん、番組を見ていたらこの子を引き取りに来てほしいんだな』
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「さて、待ちかねていた休日だ。収穫があるといいな」
鞄に本とハンカチと財布を入れ、家を出たのは築田多紀(
jb9792)。
路地裏に入って行く多紀に、ナレーターの椿が問いかける。
『多紀ちゃん、路地裏探検に来たのね、見た目に反した渋好みなのだわ』
路地裏を歩きながら、あちこちを見回す多紀。
「おや? 可愛い店が出来ているな。 こっちの廃墟に見えるところも喫茶店だ! ふむ。今日は大収穫だな」
「むむ、こちらの廃墟は定休日か。 明日来よう」
『定休日でよかったのだわ、廃墟の店員さんが聞いたらガチ凹みなのだわ』
時すでに遅し、電波に乗った上、アラサーナレーターまでもが廃墟認定している。
「生チョコレートケーキと、チョコレートサンデー、飲み物はホットチョコで」
可愛らしい店に入り、本を捲りながらチョコレートメニューを食べる多紀。
読んでいる本も、なんたらのチョコレート工場という題名である。
『多紀ちゃんのチョコ好きは、最近、ますます深化しているのだわね』
「うむ、いずれチョコレー党首選挙に出馬するつもりなのだ」
支持率より、血糖値が上がりそうな党である。
「今日も“梵天”に寄ろう」
続いて入った店は居酒屋だった。
『あら多紀ちゃん、お酒飲める年齢だっけ?』
「飲めない、だが、ここの甘いものは絶品だ」
店に入ると、白髭の店主が目を細めて多紀を迎えた。
「おお、多紀、座りなさい」
カウンター前に、子供用の足の長い椅子が置いてある。
「僕の専用席なのだ」
メニュー表よりも早く、チョコレートクリームでメルヘンチックにデコレーションされたクレープが出てくる。
『常連さんなのだわね、いつも同じものを頼んでいるの?』
「いや、ここの店主は僕を孫のように可愛がってくれているのだ」
クレープを一口齧る多紀。
「ふむ、今日は僕がすでにチョコレートを食べて来たのを見抜いて、チョコレートを少な目に仕上げてあるな、流石だ」
どう見ても、外も中もチョコまみれ。
普段は、どんなんだというレベルだった。
多紀は帰り道、コンビニに寄った。
「帰りは確実に新製品チェックだな。回転が早いから毎日来ないとな」
スキップをし、笑顔で帰って行く多紀。
その手にぶら下げた袋の中身は、もちろん。
『多紀ちゃんって凄いのだわ……最後までチョコたっぷりなのだわ』
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ネイビーブルーのデッキパーカーを着た少年、雪ノ下・正太郎(
ja0343)。
彼が歩いているのは児童公園だった。
『ここが激戦の舞台だったのだわね』
激戦というのは、昨年末に行われたアウル格闘大会の決勝戦の事である。
そこで雪ノ下は経験、体格とも自分を上回るライバルと戦い、ついに優勝の栄冠を掴みとった。
「最近は、ここで軽く鍛錬とかしてるんです」
苦戦の末の勝利、気が引き締まる場所でもあるのだろう。
感慨深げな顔をしていた雪ノ下は、ある時一転、表情を強く固めた。
黒のワークパンツを履いた脚を肩幅に開くと、腰を落として馬歩立ちになり、叫ぶ。
「龍転!!」
攻守一体を示すかのように両腕を回す雪ノ下。
その姿が青龍を思わせるヒーロースーツに包まれる。
「我・龍・転・成っ!! リュウセイガー!!」
全身から蒼いアウルが吹き出す。
物凄い気迫である。
『散歩中にも変身して修行なのだわ? 流石はヒーローなのだわ』
スタスタ歩き出す雪ノ下。
「いえ、ラーメンを喰いに行きます」
ただ変身を見せたかっただけらしい。
『……変身を解いた方がいいと思うのだわ』
「そうですね」
どう見ても、メットが麺をすするのに邪魔である。
雪ノ下は、商店街を訪れた。
足をとめたのは、和風づくりの建物にインド像の描かれたエキゾチックなお店。
“タイ料理 チャンチックマイ”
「俺のオススメのお店です、特にラーメンが。」
引き戸を開ける。
客の入りが、そこそこ良い店である。
傷だらけな顔にアイパッチをした作務衣姿の男が、厨房に立っていた。
「サワディークラップ(こんにちは)」
「店主さんは、古式ムエタイの達人なんです」
カメラの前に出てくる店主、何か言いたい事があるようだ。
「ニホンのマンガマチガッテル! ムエタイつよい! カマセ チガウ!」
『この番組で、それを言われても困るのだわ』
雪ノ下がカウンターにつき、注文をする。
「“マッハで脂肪燃焼撃タイラーメン”を一つ」
『ダイエットに良さそうな名前だわね』
「そうですね、食べる事が出来る人なら」
よくわからない返事の意味はラーメンが出てきてわかる。
スープが真っ赤、画面越しにも目が痛くなりそうな色だ。
『これは、人を選びそうなのだわ』
それをペロリと平らげてしまう雪ノ下。
「いやー、すごく辛いけれど美味いです♪」
最後に、店の前で古代ムエタイの象の型の構えをとる雪ノ下。
脂肪と正義の心を燃やす、ヒーローのお散歩だった。
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「おさんぽですかぁ〜。 いっしょに歩きましょう〜」
虚空に手を差し出したのは深森 木葉(
jb1711)。
大正浪漫な和服姿の美幼女である。
『ごめんね木葉ちゃん、これは一人でお散歩してもらう番組なの』
耳元の無線マイクから椿の声が伝わる。
「そうなんですかぁ、母娘に見えるかなぁと思ったのに、残念ですぅ」
『母娘……』
マイクの向こうでアラサーが呪詛のようにブツブツ何かを唱え始める。
『そう学生時代の友達は皆、木葉ちゃんくらいの子供がいるのだわ。 もう手遅れなのかしら、いやそんなはずは、美しく若々しい私が――』
放置しておくと木葉の精神が汚染されそうなので、スタッフはマイクの無線を切った。
「あるこ〜、あるこ〜♪」
歌を口ずさみながら、河川敷をお散歩する木葉。
「風が気持ちいいのですぅ〜、暖かくなるときれいな花々や、チョウチョウさんたちが飛び交うのですよぉ〜」
まだ冬だが、木葉が後ろ頭に結んだ紫色のリボンが蝶のように舞っている。
『木葉ちゃんのその格好可愛いのだわね、ハイカラさんなのだわ』
「ありがとうございますぅ、この島では色んな格好の人たちがいるから、この衣装でもあまり目立たないですねぇ。 島の外だと結構目立っちゃうんですよ」
『この島は着ぐるみ人間とか、頭が蛇の娘とか普通にいるものね、度量が広いのだわ』
先程の呪詛は忘れ、和やかに木葉とおしゃべりするナレーター・椿。
やがて木葉の足は、公園に辿り着いていた。
「あのケヤキの木の下で休むのですぅ」
ちょこんと根元に座り込む木葉。
「冬は葉が落ちちゃうけれど、夏は木漏れ日が気持ちいいのですぅ。 秋は紅葉も見れますよぉ〜」
『木葉ちゃん小さいのに、自然を愛する心があるのだわね』
公園で遊び、散歩する人々。
それを見る木葉の目はどこか寂しげだった。
公園で、当たり前のようにボール遊びをしている家族連れ。
木葉もその中の一人で、それが当たり前だった。
天魔に家族を殺される光景を目の当たりにしたあの日までは。
やがて、木葉は笑顔を浮かべた。
孤児としてではなく、孤児をこれ以上増やさないために戦う撃退士として。
「今はまだ、いっぱい傷ついて、傷つけて……戦いの日々だけれど、いつの日か、天使さんも悪魔さんも、みんなが穏やかに暮らせる時が来ればいいですねぇ〜」
『木葉ちゃん』
マイクの向こうから椿が声をかける。
木葉が、我に返りぴょこんと立ちあがった。
いつのまにかまた、仲のよさそうな親子連れを見つめていたのだ。
「かえろぅ、おかあさ……あっ、ごめんなさい」
慌てて言い直す木葉。
『さて、帰りましょうか、椿ちゃん』
掌を差し出し、繋いだふりをして歩き出す木葉。
本当に包まれたかったのは、椿の掌だったのか――。
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平日の午後。
学園の校門から出てきたのは、眼鏡をかけた長身の青年だった。
「基本的にはまっすぐ帰るんですけどね、今日はちょっと」
美森 仁也(
jb2552)がスタッフから無線マイクを渡され、それを耳につける。
『美森くん、今日はどこへお散歩なのだわ?』
「あれ? 僕のナレーター椿さんになったんですか?」
一瞬、気まずそうな顔をする美森。
ナレーターの指定はあえてしなかったのだが、一番、面倒そうな担当をよこしてきた。
まあ、そういうのを狙うのがTVというものかもしれない。
美森が立ち寄ったのは商店街。
「妻の誕生日が三月三日なのですよ」
『あー、美森君も生き急ぎ族だったのだわね、モテそうなんだからもっと遊んでから結婚すればよかったのに』
「そんな選択肢ないです。 俺には、妻が一番ですから」
嫉妬ボイスを囁かせてくる椿に、強く断定する。
椿の散歩回の放送を見て以来、こうなる予感はしていたのだ。
「花が好きな娘ですからね。 花は切らさないように購入しているんですよ」
美森が渡り歩いているのは花屋だ。
一軒目、二軒目は手ぶらで出て来た。
『買わないのだわ?』
「こうして歩きながら色々考えるのが楽しいんです。 家の何処に飾るのかな、と考えるのも楽しいですよ」
幸せそうな笑顔で応える美森。
三軒目で、ようやく蕾を付けた桜の枝を購入した。
さらに近くのケーキ屋で、妻のためにケーキを買う。
「帰り道の楽しみは、これを家に持って帰った時、妻がどんな笑顔で迎えてくれるか、どんな仕草で花を生けるのか思い浮かべる事なんです」
『バリバリバリ……もしゃもしゃ』
「椿さん、収録中に味海苔を食べるのはやめてください」
マイクの向こうで、ふて腐れているであろう椿。
わかりやす過ぎるその表情が美森の頭を侵食してくるせいで、せっかく浮かんできていた妻の笑顔を台無しにしてくれたのだった。
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島の広さには限りがあっても、人の数、そして季節や時間によって無限にその姿を変える。
それが久遠の散歩道。
貴方も無限に等しい道筋の中から、最高の散歩道を探してはどうだろうか?