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久遠ヶ原ケーブルTV第三会議室。
ここで新アニメ“もえスキル!”の、キャラクター制作会議が始まろうとしていた。
「私の最初のキャラは“聖なる刻印”をモデルにした八歳の女子小学生、聖(ひじり)ちゃんよ♪」
口火を切るのは、白衣にマイクロビキニの美痴女、雁久良 霧依(
jb0827)。
「聖なる刻印はバステを予防するスキルですね」
気遣い上手な男、浪風 悠人(
ja3452)が、本日のスキル解説全般を務めるようだ。
「聖ちゃんは女児ぱんつの上にタンクトップをワンピース代わりに着ただけの薄着で真冬でも外で走り回る超元気で明るい悪戯っ子なの♪ パンチラ頻度高よ♪」
「昨今のアニメだと“謎の光”さんが、大活躍しそうな設定ですね」
さっそく悠人を唖然とさせる設定を持ち出す霧依。
「好物はトラフグの踊り食いよ♪ 毒効かない♪」
「シュールすぎる……理解追いつかない……」
悠人の妻、浪風 威鈴(
ja8371)は、フグ毒に当てられたように青くなっている。
「でも、夜中に聖なる水を漏らしてしまう癖があって、よく住み込みのメイドさんにお尻にお灸を据えられて泣いてるの♪ ああん、私が直接お灸据えたい♪」
自らの妄想に、恍惚と身を震わせる霧依。
すでに自宅をロリショタハーレム化している彼女。
それでも足りないのだから、凄い性欲である。
「次は可愛らしい金髪ショタ雲兎(うんと)君よ♪ 聖ちゃんの兄なの♪」
「元スキルはタウントですか、注目を集めるためのスキルですね」
悠人の解説に頷く霧依。
「そう♪ 注目を浴びるのが大好きなの♪ よく女装してスカート姿で街を歩いてるわ♪ パンツ無しでね♪ お外でお尻を叩かれる時はわざと大声で泣き叫んで注目を浴びてるわ♪ 萌え♪」
「……お子様には見せられないアニメになりそうですぅ……(ふるふる)……」
このアニメの行く末を怖れ、爆乳を震わせる月乃宮 恋音(
jb1221)。
初端から、スキル習得啓蒙アニメという目的が吹っ飛んでいた。
「最後はピンク髪巨乳眼鏡の住み込みメイド、コメットよ♪ “さん”を付けると厄介な事になるから注意してね♪」
「俺は子供だから、よくわかんないな」
参加者最年少の藤沢薊(
ja8947)はおろか、参加者ほとんどが理解出来ないネタだった。
「広範囲の仕事を瞬時にこなす凄腕メイドなんだけど超近眼なのでよく無関係なものも巻き込むの♪ 衣類と一緒に飼い猫を洗濯したり、料理に下着が混入したり♪ ほわんとした口調だけど、怒ると無言の重圧が周囲に発生し、誰も逆らえないの♪」
「コメットは広範囲無差別攻撃の上、重圧が発生しますからね、スキルの特性を活かしつつ、自身の変態趣味まで満足させた見事なキャラ造詣です」
悠人は感心しつつも、最初から危険地帯に飛んでしまった路線をどう修正するか内心必死だった。
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「俺の一キャラ目は封砲ちゃんです」
悠人が選んだのは、直線的なエネルギー攻撃だった。
「曲がった事が大嫌いで、それ故に融通が利かずに何処までも突き進んでしまう体育会系黒髪ロング少女です。 大雑把で不器用な性格は自覚していて、落ち込んでしまうこともしばしば、男勝りな彼女がしおらしくなってしまう姿が男心をくすぐるんです!」
悠人の力説に、重々しく頷く袋井 雅人(
jb1469)。
「ギャップ萌えは萌えの基本ですね」
ラノベ的ハーレム主人公を目指している雅人。 萌えには一言ある。
「そんな時に登場するのが相方のシールドくん。 一見、地味な少年ですが、封砲ちゃんの行き過ぎた暴走を秘かに食い止め続ける縁の下の力持ち! 封砲ちゃんも内心では頼りにしており、弱いところは彼にしか見せない!」
「おお、ナイスガイだ」
気に入ったのか、パチパチ手を叩く薊。
だが、悠人は憐れそうに表情を萎れさせる。
「そうやって頑張れば頑張るほど、封砲ちゃん萌えの視聴者に、フルボッコにされるんです! ネット掲示板にアンチスレなんかも立つんです!」
「まだアニメ化していないのに、凄い想像力だな」
呆れる金髪俺様っ娘、テト・シュタイナー(
ja9202)。
「対応力はあるけど言い方を変えれば、トラブル巻き込まれ型ですからね。 家事や裁縫が得意なオトメンですが、自分ではそれが普通だと思っているので自信にはつながっていません、そのため封砲ちゃんにもアプローチしきれないんです! 不憫な子なんです!」
力説しつつ、しくしく泣く悠人。
シールド君の不憫さを、我が身に重ねている事は明らかだった。
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「ボクのは三人セット……一人目は“夜目”……」
無口な妻、威鈴を、夫の悠人がフォローする。
「暗視スキルだね」
詳細は、予め資料に記してあった。
そこに描いた夜目のイメージイラストを見せる威鈴。
くせっ毛のショートヘア、たれ目の下に泣きぼくろがある男性が描かれている。
ふむふむと悠人がそれを読み上げる。
「可愛い娘が大好きで女生徒に“僕の胸においで!”と絡んでいくが、後出の“侵入”と“スターショット”に妨害され毎回落ち込むという残念な男って設定か……ただのエロ教師という気も……」
悠人の指摘に、首を横に振る威鈴。
「いい先生だよ……生徒の成長を見守るのが好き……」
それに横から頷く雅人。
「わかりますねえ、私も恋音の胸の成長を見守るのが好きですよー!」
「……これ以上成長されると困りますぅ……(ふるふる)……」
「次は“侵入”……」
「しのび足スキルか? とことん地味なところを突くなあ」
「情報収集が趣味の変わった子……」
侵入くんは、夜目の担任生徒、ストレートの髪に猫耳のニット帽を被った学生だ。
何枚かあるイラストでは常に携帯をいじっている。
この携帯に面白そうな情報を保存しており、夜目が女の子に手を出そうとすると握っている情報を公開して、そのリアクションを携帯にまた保存するという永久機関を楽しんでいるという設定だ。
「ゆすり萌えね♪ 斬新だわ♪」
「霧依さん、ゆすってはいません」
とはいえ、握られた弱みにおびやかされ続ける夜目先生。 不憫である。
「最後はスターショット……」
「ここで攻撃スキルか、バランスはとれたね」
妻の嗜好が偏り過ぎていない事に、安心したような悠人。
スターショットは、髪をシュシュで緩く結ったほんわかとした雰囲気の男だ。
夜目の同僚の教師で日向ぼっこと、植物を育てる事を趣味に持つマイペースな男。
口癖は“一緒にのんびりしましょ〜”
「優しそうな先生だね」
薊の感想に首を横に振る威鈴。
「潜在的ドS……」
無自覚で相手――特に夜目の心を抉る言葉を笑顔で言い、無自覚に場の空気を凍らせるらしい。
「もうなんか、徹底的に夜目先生が不憫な設定ですね」
同情してシクシク泣く悠人。
その夫を幸せそうに見つめる威鈴は、フビンスキーなのかもしれない。
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俺様系金髪女子、テトがアクティブなキャラを披露する。
「俺様のスキルキャラはオリスキの複合言素≪雪麗槍≫だ。 元スキルであるクリスタルダストの妹って設定にしてある」
「クリスタルダストは氷の錐で敵を撃つ攻撃魔法ですね」
「外見は銀髪ポニテ、おしとやかそうだがその中身はバリバリの体育会系。 お節介で何事にも首を突っ込むトラブルメーカーだ」
「銀髪ポニテの部分を金髪サイテに変えたら、割とテトさん本人ぽいですね」
「そうか?」
雅人の言葉に首を傾げるテトだが、外見からは”俺様っ娘“であるなどと想像もつかない、正統派美少女だ。
キャラ作成は、どこか製作者本人の要素が混ざるものである。
「二人目もオリスキだ、造成言素≪珪槍庭園≫ こちらはアーススピアの妹という設定だな」
「アーススピアは針状の土で範囲ダメージを与える攻撃スキルですね」
「うん、姉であるアーススピアとしょっちゅう喧嘩してた結果、ツンツンとした毒舌家と化したんだ。 口を開くと周囲にぐっさりと言葉の棘をぶっ刺す」
「無差別範囲攻撃なスキル特製まんまですね」
察しよく、スキルキャラの特性を見抜き続ける悠人。
「同じクラスの複合言素≪雪麗槍≫に毒舌でツッコミを入れる事が多い。 ただ向こうは天然キャラなんで、結局スルーされちまうけどな」
「飛行系にはアーススピアは、無意味ですからね」
「おかっぱ眼鏡の地味娘、ただ眼鏡を外すと美人だ、普段は土の中に潜っているようなものと本人は言っている」
「眼鏡を外すと超美形、昭和からの伝統芸ですね」
「三人目はオリスキじゃないぜ、みんな大好き瞬間移動だ」
解説不要、読んで字の如しなスキルである。
「瞬間移動は、人に見られるとすぐ逃げる大人しい女の子だ。 黒髪ロング・小柄・華奢という三拍子のせいで皆にお人形さん扱いされている、そして捕まると、本人の意志に関わらず心ゆくまで愛でられてしまう」
「すぐ逃げるのは照れもあるのね♪ 私も瞬間移動ちゃん愛でたいわ♪」
小さい娘と聞き、すぐに食いついてくる霧依。
「内心では本当は皆と仲良くしたがっているんだけどな――言っておくが、霧依の考える仲の良さとは別だぜ」
同じだったら、深夜に放送するのも危うくなる。
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続いて最年少の薊の番。
「俺はお兄ちゃんと母さんから、萌えについて教えてもらいました」
「兄貴はともかく、どんな母ちゃんだよ!?」
テトにツッコまれたが、慣れているのかスルーする薊
「 一人目はオリスキ“薬師の意地”くん、元スキルは“応急手当て”スキルだよ」
「まさかの……!……」
「申し訳程度に、生命力回復するあれですか!?」
浪風夫妻も意表を突かれる、隙間的チョイスである。
「左目を前髪で隠したジト目男子、薬学見習い中の保健委員だけど簡単な怪我くらいしか治せない。 口癖は“ボクを解放してください……”だ」
「元スキルから察するに、ライトヒールちゃん辺りに出番を喰われて、いろんな意味で解放されちゃうんじゃないですかね?」
彼の不憫な未来を察して、悠人は涙した。
「次はポイズンミストくん、毒舌奇声系男子高校生だよ」
「毒霧で敵味方構わず巻きこんじゃうアレですね」
「黒髪前髪結び、ツリ目で辺り構わず毒を吐く。 口癖は“あ? バカじゃねえの? クズがっ!”」
「なんか、殴りたくなるキャラだな」
拳を握りしめるテト。
「なのに、顔がいいのでファンクラブがある」
「ファンクラブの連中、ドMばっかだろ」
「その割に恐がりで、怪談話を聞かされると絶叫するんだ」
「さっき言ってたギャップ萌えって奴ですね、基本は抑えてあります」
「最後は忍法“響鳴鼠”の響鳴 鼠さん。 獣医志望のおっとり女子大生。 何かやらかしても気付かずに“皆さんどうなさったんですか〜”なんてのんびり言っているドジッ子だ。 茶髪のゆるふわロングで、大きなたれ目に眼鏡、大き目の胸を白衣で包み、下半身はミニスカ+ニーソ、あとは……」
女子大生の容姿について語り続ける薊に、テトが顔をこわばらせる。
「薊、まだ小学生なのにそのこだわりはやばいだろ」
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雅人が作った資料には、黒髪眼鏡、中肉中背の地味少年が描かれていた。
「自画像?」
そう尋ねたくなるほど、外見はそっくりである。
眼鏡をくいっとあげながら、雅人が断言する。
「違います、その子は“袋井流奥義・暗黒破砕拳”君です!」
「どんな名前だよ!」
テトがすかさずツッコンだ。
「それは彼のソウルネーム、本名をDDDと言います」
DDDは攻撃と同時に相手プラスステータスを全て解除する、凍てつくような波動のスキルである。
「自分をライトノベルの主人公だと思い込んでいて、彼の周りには個性的な女の子が沢山います」
「やっぱ、自画像じゃねえか!」
「ちなみに彼には想い人がいて……恋音、お願いします」
「……ここでDDDさんの想い人を紹介させていただきますぅ……」
雅人のキャラはまだ残っているが、事前に設定のすり合わせをしたため、恋音のキャラ紹介を挿入する段になる。
「……お名前はラグナロクさんですぅ……」
「厨二病が好きな単語代表“ラグナロク”か、その意味ではキャラに合っているな」
「……外見は金髪にたれ気味の碧眼……ナイスバディなハタチのお姉さんですぅ……おっとり天然系で何か行動をしようとすると、一テンポ溜めが入ります。 行動し終えた後にも溜めが入りますぅ……」
「スキルのラグナロクも、高性能ですが前後に溜めが入りますからね」
「……家事全般から勉学までハイスペックにこなせます……ただスローモーなので必要なタイミングに間に合わない事もしばしばです……」
「どうですか“袋井流奥義・暗黒破砕拳”君が守ってあげたくなるのもわかるキャラでしょう」
雅人の言葉を、テトが突き返す。
「そうだな、だが俺様はその名前の男には守られたくない!」
「その“袋井流奥義・暗黒破砕拳”君に片思いしているのが“ペインズアンロック”さん、そしてストーカー姉妹の“ハイドアンドシーク”さんと“サイレントウォーク”さんです」
「なんで“袋井流奥義・暗黒破砕拳”が、そんなにモテモテなんだよ!?」
テトにはツッコミ不可避な設定だった。
「“ペインズアンロック”さんは、病弱なのにドMな女の子“理由は聞かずに私をぶって!”とか言っちゃう子です」
「生命力を犠牲にしてバステを治療するスキルですものね」
頷く悠人。
「ストーカー姉妹は、はぁはぁ言いながら、背後から密着してくる困った娘達です」
「元スキルは潜入行動用なのに、その姉妹からは存在を隠す気すら感じませんね」
雅人のキャラ紹介が終り、残りは恋音のみ。
「……私の二キャラ目はブラストレイさんです……」
「直線上の物を、敵味方構わず焼き尽くすスキルですね」
「……はい……思い込んだら一直線、周囲のことなど気にしない小学生女子です……」
「女子小学生♪ 周囲の事なんか気にしないのね♪ それなら」
「……おぉ……危険な香りがぁ……」
冒頭の霧依キャラの危険性を思い出し、恋音は次のキャラに話題を移した。
「……ラストキャラはシンパシーさんです……」
「相手の過去を探る感受性のスキルですね」
「……はい、芸術的センスが高く、女子中学生ながら様々な分野で入賞していますぅ……ただ内気で会話は苦手ですねぇ……」
「そこら辺は、昔の恋音に似ていますね」
雅人に言われ微笑む恋音。
彼のお蔭でだいぶ、内気が治っている。
「……見た目も、まんま私ですぅ……ここまで極端に大きくはありませんが……」
“何が”とは言わずとも、ふるふる震える二つの脂肪がそれを物語っていた。
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会議の日から数日後。
雅人は校舎屋上でスキル習得に励んでいた。
「もっと修行せねば、次はどのスキルを身に着けるべきか」
一見、撃退士として精進しているように見えるが実は己の中にスキルハーレムを作ろうとしているだけである。
「封砲ちゃんは強気萌え、だが男の娘なタウント君も捨てがたい!」
“もえスキル!”が放映開始された暁には、この種のダメ人間が大量発生するものと思われる。