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某アテレコスタジオ。
一番手として選ばれた加具屋 玲奈(
jb7295)は自信ありげだった。
「この脚本なら、刑事さんのミスごまかせるし、デパートの人もプラスの話題性で客足回復で喜ぶっしょ? レナって天才〜♪」
「脚本も大事ですが、演技もまずいとアウトですよねぇ」
黒紫色の長い髪を持つ少女・緋流 美咲(
jb8394)は今回、天魔役を受け持つ。
元々、澄んだ美声の持ち主だが、男性役を演じるために歌い込んでダミ声にしたという気合の入れようだ。
そこまでしてなお不安なのは、とんでもなく恐ろしい審査員が現れたせいだった。
「おら、とっとと始めんかぁい! 訴えんぞ!」
この動画流出の被害を受けている宝デパートのオーナーである。
長身の上、怒りと迫力が凄まじい。
椅子に座ったまま、バンバン机を蹴っている。
ビビり体質の静馬 源一(
jb2368)などは、それだけでガクブル状態になっていた。
「大丈夫、任せておけや!」
おっさんぽい低い声を作りながら、玲奈は台本を手に取り、アテレコを始めた。
『玲奈の脚本』
「頼んだ毛生え薬とちゃうやんか! どないなっとんねん。」
天魔は駐車場の地面に這いつくばり、土下座を始めた。
「申し訳ありません。店頭にはそれしかなくって…」
「あっ! この販売員はプロや! お得意さんの分はきっと取り置きしとる!! 聞いてこい」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「新商品のサンプルまでつけてくれとる、流石宝デパートやぁ〜」
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動画が終ったとたん、オーナーが怒鳴り出した。
「どういうつもりだ、オーバーオール! 説明せい!」
着衣名で呼ばれ、楽天的な玲奈もさすがにビビった。
「流出をステマとして利用する提案なんです。 イメージの回復+話題性を出すために、新鋭プロデューサー&声優による、『CMオーディション』を銘打ってはどうかと……」
「バカ!」
頭ごなしに怒鳴られ、思わず俯く玲奈。
オーナーはさらに怒鳴り続けた。
「賢いんだよ、バカ! 名案じゃねえかバカ!」
口調と発言内容が正反対である。
玲奈は困惑した。
「気に入ってくれたみたいですよ」
ユウ(
jb5639)が、玲奈の耳元に唇を寄せて囁いた。
「バカバカ言われてるけど!?」
「多分、素直に褒めるのが苦手なんですね」
「気に入ってもらえたのならば、これにて任務終了でござるよ、では、さらば!」
逃げようとする源一。
「逃げようとしてんじゃねえよ、犬ころ!」
「きゃいん!」
つまみあげられた。
犬扱いされる事が多い源一だが、さすがに初対面でこの扱いは酷い。
「てめぇも作ったんだろ! 見せてみろ! 隠してんじゃねえ!」
『源一のアテレコ』
「この大判焼きを作ったのは誰だ!!」
天魔は駐車場の地面に這いつくばり、土下座を始めた。
「わ、わたくしで御座います!」
「こんなものは大判焼きとは言わん! 失敗作だ! 作り直せぃ!」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「これだ……これこそが至高の大判焼きだ…よくぞ再現しt……って冷凍食品の今川焼じゃねーか!」
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「ああん? ふざけてんのか、この犬ぅ!」
オーナーは源一の頭上に拳を振り上げた。
「つ、つまり、おっさん殿は美味しくない大判焼きにイラッとしてしまった料理評論家だったので御座るよーー!」
半泣きになりながら説明した源一に、拳が降り下ろされる。
その手には一万円札が握られていた。
「てめぇの動画のせいで、大判焼喰いたくなっちまったじゃねえか! 買って来い!」
「え?」
「自分も大判焼き食べたいで御座る!」
じゅるりと涎を垂らす源一。
「てめぇの動画見て、ウチのデパートに来た客が満足するよう、美味い店に支店を出させるからな! 参考になるようにいろんな店で買ってくるんだぞ!」
パシリにされた源一は嬉しそうにスタジオから駆け出て行った。
「これは、いわゆるツンデレというヤツなのでは?」
龍崎海(
ja0565)が思わず呟きを漏らした。
「聞えたぞ! 舐めんな、腕時計!」
確かにこの場で腕時計をしているのは海だけなのだが、まさかそこをツッコまれるとは思わなかった。
絡むと面倒そうなので、海はとっととアテレコを開始した。
『海の脚本』
「何だねこれは! フィギュアじゃないか。 私は大和、長門、金剛を買ってこいと言ったはずだ!」
天魔は駐車場の地面に這いつくばり、土下座を始めた。
「はい、ですから流行りものを買ってきたのですが、間違っていましたか」
「何のことを言っているのか分からないが、それらなら模型に決まっているだろう、あらためて買ってこい!」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「今度はちゃんと買ってきたな。しかし、これから徹夜してでも組み立てないといけないからなぁ」
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「何のことを言っているのか、全くわからんぞ!」
『しまった』と、海は思った。
ツンデレを知っているのなら、もしやと思い、手持ちの中からこれを出したのだが、やはりジェネレーションギャップが過ぎたようだ。
「すみません、これを理解していただくにはアレコレ説明しなくてはならない事が多く……」
「なぁにが、アレコレだ! カンに触る言い方してんじゃねえ!」
「わかってるんじゃないですか」
知っている事を、言いにくかったらしい。
「次! そこのネックレス!」
人をまた装飾品で呼んだ。
田村 ケイ(
ja0582)はCDをバックから取り出している。
ケイは、振り回されない性格だった。
「少し待ってください、BGMを選びますから」
雰囲気に合わせて音楽を選ぼうと、何種類か入れてきたのだ。
そのうち一曲を流すと、ケイはアテレコを始めた。
『ケイの脚本』
おっさんはニコニコしながら紙袋を開けたが、中身を確認したとたん、激怒し出した。
凄まじい剣幕で、天魔に何やら怒鳴りつけている。
俺は発毛剤Xを持ってこいと言ったんだぞ!これは育毛剤Xじゃないか! はっきり書いてあるだろ!」
天魔は駐車場の地面に這いつくばり、何かを言いながら土下座を始めた。
「ごめんよおいちゃん! おれ発毛剤も育毛剤も同じじゃんだと思ったんだ……違うか? おれ間違ってるか!?」
おっさんは、叱りつけるように天魔に何かを言う。
「いいか坊主、発毛剤は毛を生やす薬で、育毛剤は毛を育てる薬なんだ。 いいか、俺は生やす薬が欲しいんだよ、分かったらとってこい」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
泣きながら、天魔に何かを言っているようだ。
「馬鹿野郎おまえ、なんでワカメなんか買ってきたんだ!ワカメを食べて毛が生えるのは迷信だと知らないのかぁ……!!」
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「この動画に出てくる天魔なんですが、必ずしも天魔とは限らないと思います。 むしろ、そうでない方がデパートにとって好都合ですよね」
動画は終わったが、まだBGMは続いている。
常に興奮しているこの男を落ち着かせるために、ケイはしんみり系の音楽を選んだのだ。
「田舎のチンケなデパートのために、そこまで考えて下くれるのか、世の中捨てたもんじゃねえな」
オーナーは、涙を隠しながら拭った。
効果テキメン過ぎた。
続いて、ユウが自分の動画について説明し始めた。
「私の脚本ではおじさんが喫茶店のマスターで元撃退士 、天魔はマスターに身元引受されている天魔で人間社会を学んでいるという設定になっています。 また、裏設定ですが、おじさんは隠しているが実の父親で天魔は、天魔の母親とおじさんの間に生まれたハーフです。 おじさんが父であることを既に知っています」
「その時点でいい話じゃねえか、バカ! この金でうまいものでも食わせてやれ、バカ!」
涙を拭きながら、財布から万札を五、六枚取り出している。
「あの、作り話なんですけど……」
『ユウの脚本』
「全く、間違わないようにメモも渡したのにどうして間違えるんだ! 間違いやすい豆だから、迷ったら店員に聞くように言っただろ!」
おっさん役の美咲がダミ声全開で怒鳴った。
「も、申し訳ありません店長。で、でも、目線が気になってどうしても声を掛けられなかったんです」
玲奈が、どこかユーモラスな男声を捻り出す。
「貴様! 以前母親の事が大好きで誇りと想うと語ったのは嘘なのか!?本当なら相手の目など気にする必要はないだろう!もう一度行って来い!」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「しっかり買ってこれるじゃないか…ん?これは。そうか、知っていたのか……お前が私の父親と言うことを。そうだな、今度は親子としてあいつの墓参りにこう、約束だ」
ナレーション『言葉に出来ない思いを伝えてみませんか? 宝デパートはサプライズカードのサービスを承っています』
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「CMじゃねえか! 騙されて泣いたぞ、バカ!」
「だから、最初から作り話ですって」
苦笑しているユウに、美咲が相槌を打った。
「事実のわからない話ですから、全部作り話にざるをえないんですよねぇ、私のなんか登場人物二人がSM趣味の合う会社の変態上司と変態部下って設定ですよぉ」
「……そのディープな配役を、私たちにやらせるのは酷いですよぉ……」
天魔約の月乃宮 恋音(
jb1221)が豊かな胸を揺らせながら抗議する。
「いやいや、出演要請があれば喜んで声優をやらせて頂きます」
恋音の恋人でおっさん役の袋井 雅人(
jb1469)は乗り気だった。
『美咲の脚本』
「お前は天魔だろ?物質透過使って、受付嬢の履いているパンティーを獲ってこいと言ったよね?」
雅人が、くぐもった変態声を出した。
「ひぃ!お、お許し下さいご主人様ぁ。ですが、出来たとしても流石に履いている物は無理かとぉ。 代わりに下着を買ってきたので」
恋音が、危険なまでに色気に溢れた声え応える。
「新品じゃなくて使用済み“直後”が良いのが分からない? 次失敗したらお仕置きだからね?」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「ちょ、これ、お前がさっき履いてたヤツじゃない。 お前のその完璧“天魔コス”でも物質透過は無理かぁ。いい大人がパンティー欲しさに物質透過の夢見るなんて、所詮ダメなのかぁ。 いや、そもそもお前にもっと天魔の心があれば」
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「これで2人は無害な変態だと認識され、天魔の疑いも晴れ、デパートは平和になるのではないかとぉ」
「変態過ぎて、無害通り越していますよ」
演じてみて酷さに気付いたらしく、雅人まで抗議する。
「全力出しすぎましたぁ」
美咲がぺろっと舌を出した。
今度はなんとユウがおっさん役で単独出演だ。 天魔は無言らしい。
「無害な変態ネタなら、僕は自信がありますよ」
『雅人の脚本』
「おいっ、わしはお前にこのデパートの重要書類を盗んで来いと言ったんだぞ! これは宝デパートのチラシじゃないか、わしはこんなものはいらんっ!!」
ユウが中性的な男声を熱演した。
「わしを不当にリストラした宝デパートに復讐するため、今度こそこのデパートを潰せるぐらいの凄いブツを盗んで来るんだぞっ!」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「こ、これはわしが秘蔵していた雑誌のエログラビアのスクラップじゃないかっ! 誰にも見つからないようにこのデパートに隠して回収するのを忘れていたとは……。でも、回収出来て本当に良かった、これで明日から就活する気力が沸く、お前、ありがとなー。」
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「まさに無害な変態さんですね、雅人さんらしいですぅ」
美咲にいざ認めてもらえると、何か複雑な雅人だった。
次は、恋人の恋音の台本に従い、おっさん役を演じる事になっている。
「何か、演技に関して注文はある?」
尋ねると、恋音は首を横に振った。
「……いかにもって感じで、大丈夫ですぅ……」
「素でいいって事?」
「……いかにもダメそうな感じでぇ……」
その言葉でますます複雑になってきた。
『恋音の脚本』
「おい、なんで総菜を買ってきたんだ!オレは総菜に農薬や針を混ぜた後、店の金を盗んでこい、と言ったんだ! お前なら簡単だろう!」
雅人がドスの効いた声で天魔を怒鳴った。
「済みません、お客さん達や店員さん達の顔を見ていると、どうしても……」
恋音が淑やかな余韻を残し、言葉を途切れさせる。
「ふざけるな!こんな店に来る連中、どうなっても良い! もう一度行ってこい!」
天魔はデパートの中に駆けこんでいった。
しばらくすると戻ってきて、新しい紙袋をおっさんに渡した。
おっさんは、また紙袋の中身を確認すると、今度は号泣し始めた。
「馬鹿な、何で農薬と針をかえすのだ!? まさか、お前もオレを見捨てるのか!?」
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「おい、そこの乳とメガネ!」
アテレコを終えたとたん、不機嫌そうな声をオーナーが出した。
「お前らのアテレコ、両方ともおっさんがウチのデパートをリストラされた設定なのか?」
「そうです、デパートに復讐を企んでいるが失敗したと言う事で」
「……逮捕された事にすれば、世間も安心すると思いますぅ……」
「てぇことは、あれか! 俺が従業員をクビにして恨みを買うような鬼経営者だって事を、世間様に広めろって事か!?」
カップルは揃って絶句した。
リストラネタを使うというのは、そういう事なのである。
オーナーは眉間に皺を寄せて叫んだ。
「すみ……」
謝りかけた雅人の機先をオーナーが封じた。
「よし! 広めろ!」
「え?」
「俺は従業員をクビにした事はねえ、だが口が悪いから、傷ついて逃げちまった奴はいるかもしんねえなあ、今回の件もバチが当たったんだろ。 普段、偉そうにしている奴が悪かった事にすれば、世間様は信じたがる。 注目度をあげるため動画は全部流してくれ、ただ事実としてはそれを広めてくれよ」
オーナーの自嘲の混じった複雑な表情を見て、撃退士たちは、このデパートは立ち直るだろうなと確信した。