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造田治朗の研究所に、六人のモデラーたちが集った。
「エリュシオー、セットアップ!」
B軍メンバー清純 ひかる(
jb8844)が練習用ジオラマに、自作のプラモを設置する。
「プラモデルが動いた。 技術の進歩というのは恐ろしいな……」
同じくB軍の桜雨 鄭理(
ja4779)が感嘆する。
「ゲーセンのロボゲームで、ぶいぶい言わせてる腕を見せてやる!」
市川 聡美(
ja0304)は、プラモも好きだが、ゲームはより好きなA軍メンバー。
ゲーム筐体を基盤にしたVPFの操作はお手の物。
それぞれ操作に慣れ、マクロ入力を終えた頃、VPFによる初のプラモバトルが開始された。
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「黄昏さんのは、運命の衝撃を感じる白い悪魔ね♪」
A軍基地の前。
姿を現した同軍の機体を雁久良 霧依(
jb0827)はそう表現した。
「疾風って呼んでいるんです。 それより俺には霧依さんの機体の方が衝撃です」
黄昏ひりょ(
jb3452)の眼鏡に映っている霧依の機体は、機体と呼ぶのすら躊躇われた。
頭にイカ帽子を被った、青髪幼女のフィギュアなのだ。
「クラ娘ちゃんよ♪ 漫画キャッチザスカイに登場するKVクラーケンの擬人化キャラなの♪」
「幼女を自在に操りたいんですね、実に霧依さんらしい発想です」
黄昏が汗をハンカチで吹いていると、
「VPF起動確認! 出撃します!」
聡美の機体がブースターを吹かせて走り出した。
本当はとっくに出撃済だが、カタパルト発進の真似をしたかったらしい。
大ヒットゲーセンロボゲーの主役格機。 モンゴル帝国始祖の幼名を冠した機体である。
ただ、頭部をウーパールーパー型に改造している
「跳べ! サトミン!」
聡美は、自機を愛称で呼びざまジャンプさせた。
低いビルの屋上に着地すると、そこを足場に中層ビル、高層ビルへと屋上を渡りあがっていく。
「ここからなら街が広く見下ろせるよ。 ふむ、敵さん基地の前にゴールキーパーみたいなのがいるね」
高所からの哨戒をするサトミン。
そのカメラアイに、街の中央を高速で横断する機体が見えた。
「何かきた!」
B軍の機体だろう。
暗緑色で、あまり派手ではない。 ロボットアニメなら量産機といったデザインだ。
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その機体、KDR-03の主は、桜雨だった。
脚内部に設置した弾薬庫から、癇癪玉をばら撒いて走っている。
相手が踏んだ時に炸裂する地雷であると同時に、その音で相手の位置を図ることを狙った諜報用の道具でもある。
「散布完了、引くか」
愛機を、B軍基地前に戻そうとする。
その背中に弾丸が鋭く炸裂した。
「なに!?」
振り向けば、ビルの上からパチンコを撃ってきている敵機がいる。
聡美の機体・サトミンである。
サトミンは、ビルの屋上を牛若丸の如く跳び移りながら射程外から狙撃してくる。
「敵機発見、交戦に移る」
通信機で仲間に報告し、サトミンに接近しようとした瞬間、足元から破裂音がした。
03に撒かせた癇癪玉の音とは、微妙に違う。
「爆竹か!?」
『やっぱり幼女には、赤いランドセルよね♪』
霧依である。
赤いランドセルを背負った幼女型機体。
機体の髪の毛に当たる部分を、イカの触手のように操り、背中のランドセルから爆竹を取り出して、投げつけてきた。
「はさみうちか!」
逃れようとしたところへ、さらに別方向から敵!
黄昏の機体が切り込んでくる!
「くっ」
『連携による、各個撃破は基本です』
疾風のカッターナイフを、針金製の刺突剣で受け止めた。
激突の反動で互いの機体が後方に下がる。
見渡せば、上からはサトミン、左後方からクラ娘、右前方から疾風。
敵三体に完全に取り囲まれてしまった。
「万事窮すか」
桜雨が最初の脱落者たることを覚悟した時、
『援護する……』
味方からの通信が入ると同時に、右前方に黒い風が走った。
黒いFRPに覆われた、一種の前衛芸術を思わせるデザイン。
Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)の機体、R-AL01/Sである。
R-ALは疾風から03を守るかのように立ち塞がると、肩部の銃口から液体を発射した。
「く!?」
疾風も素早くかわしたが、飛沫を浴びてしまう。
液体が付着した右腕がわずかながら溶けた。
プラスチックを溶かす、酸を込めているらしい。
その射撃に一瞬遅れて、03の脇を黄金の矢が駆け抜けていった。
『キングゴーガン!』
矢は、サトミンの立つビルに突き刺さり、プラ板で出来たそれを貫いた。
金属楊枝で出来たその矢を放ったのは胸にライオンの顔を付けたロボ。
勇者を思わせる風体の大型機体だった。
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「勧善懲悪! エリュシオー!」
名乗りをあげるヒカル。
エリュシオーはアニメ“エリュドランシリーズ”幻の五作目に登場予定だった主役ロボである。
制作会社の倒産により放映は中止になったのだが、設定書がネットに流出し、それを元に清純がフルスクラッチで作り上げたのだ。
通信機から桜雨が話しかけてくる。
『サトミンは身軽だぞ、空中戦はその重量級では不利だ』
「心配ない、これでも、ここに転校してくる前は、十三代目名人タカハシに最も近い男と言われていたからね」
マクロボタンを押す清純。
「クオンバードチェーンジ!」
重厚なロボットのプラモが、清純の制作技術と、変形型VPFの威力により鳥形飛行形態クオンバードに完全変形する。
「これが僕のプラモ魂だっ!」
遠くビルの上にいるサトミンに向かってクオンバードが突進する!
ビルの上にいて、自由に動けないサトミンを金属製の嘴で、砕こうというのだ。
『いいねいいね、その攻撃! 戦い甲斐がある!』
サトミンは、軽やかにビルから飛び降りた。
着地地点は、またビルの上。
超高層ビルから、高層ビルの上に飛び降りたのだ。
プラモの強度は高所からの落下に耐えられない。
ビルを階段替わりに負担なく降りて、地上戦に持ち込みたいらしい。
「させない!」
清純は、バード形態を崩さないまま再突進をさせた。
地上で一対一になれば、変形型VPFは耐久力という弱点がもろに出てしまうことになる。
再び金属嘴で貫こうとするクオンバード。
足場は狭い、大きくは躱せないはず!
だが、サトミンは躱さなかった。
背中に背負っていた得物で、迎撃してきたのだ。
「定規!?」
サトミンが背負っていたのは、大きな折り畳み定規だった。
それとクオンバードの翼に仕込んだ金属刃が激突する!
「うわ!」
その威力に、互いがバランスを崩す。
二機は同時に地上へと落下した。
「大丈夫かな?」
地面に激突したサトミンの状態を確かめるべく、聡美はマクロボタンを押した。
サトミンが屈伸運動を始める。
元々は、挑発用に組んだプログラムだが、機体の調子を見るのに使ってみる。
やはり動きがぎこちない。
プラモの中で何かカラカラ音が鳴っている。
内部が、衝撃で破損したようだ。
「まいったなあ」
辺りを見回すと、同じく墜落したクオンバードの姿があった。
大破は避けられたようだが両翼は折れている。 もう飛行は出来まい。
「今のうちに!」
聡美は定規を手に切り込んだ。
『立て、エリュシオー!』
それに気づいた清純も、バード形態からエリュシオー形態に戻す。
互いにダメージは大きい。
長い継戦は望めないだろう。
飛びかかり、小さなためを作りながら定規を振り抜くサトミン。
「回転斬り! これで決める!」
エリュシオーも手には、巨大な両手剣を構えていた。
『トドメだ、グレートファイナルエリュシオー!』
朽ちかけた二体の巨人、二振りの長大な剣が交叉する!
剣は互いのボディを貫き、切り裂いた。
【A軍 サトミン 大破】
【B軍エリュシオー 大破】
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その頃、黄昏は、スピカと地上戦を繰り広げていた。
「数の有利を作り出して圧すつもりが、分断されてしまうなんて」
黄昏の構想戦術は連携を基本としていた。
単独で突出してきていた03を三体で囲んだまではよかったのだが、その後、エリュシオーとR-ALが計算以上に早く戦場に駆けつけてしまったのが誤算だった。
エリュシオーは強度を犠牲にしての飛行変形型だからまだわかるのだが、遠く敵基地前を守っていた歩行型のR-ALがそれを上回る高速で参戦出来た理由が解らない。
高機動型である黄昏の疾風にも、不可能な移動速度だった。
なぜ、ここまで早く駆け付けられたのか? 何か秘密が?
目の前の敵の秘密に関して分析する間もなく、再び透明な脅威が飛んできた。
「くっ!」
プラモを溶かす水鉄砲である。
どうにか躱したが、また足の一部が溶けている。
液体であるがゆえ、飛沫が付着してしまうのだ。
さらに、R-ALの背部にはもう一種類の銃がある。
こちらには火薬弾が仕込んでいるらしく衝撃力が高い。
近距離で爆発すると、直撃せずとも酸で融けていた箇所が空気振動で崩れてしまう。
いわば水と火との二重責めに黄昏は苦しめられていた。
「広範囲攻撃ならこっちだって!」
黄昏は、相手の攻撃の隙をつき泡銃を発射した。
ビル街に無数のシャボン玉が飛び交いはじめる。
破壊力は皆無、だが敵の視界を攪乱させる兵装だ。
『!?……』
R-ALの射線軸がずれた。
攪乱が成功したのだ。
「今だ!」
疾風が腕から餅弾を二連射する。
餅を、薄いカプセルに包んだ弾丸である。
当たった衝撃でカプセルが破れ、粘着性の強い餅が飛びだす。
餅はR-ALの右の胴と、右肘に付着した。
完全に動きを封じられるわけではないが、動きと可動域に一定の制限を加えられたはずだ。
少なくとも右上半身はほぼ機能すまい。
「ここで決める!」
黄昏は、カッターナイフを疾風に構えさせた。
そのまま、R-ALに切りかかる。
「行くぞ疾風っ! 一陣の風となれっ!」
縦一文字に振り下ろされるカッター。
だが、それは空を切った。
「なに!?」
たった一瞬でR-ALは、黄昏の予想より遥か後方に移動していた。
「速い、なぜ!?」
スピカはR-ALの脚の裏に仕込んでおいたローラーシステムを発動した。
縦一文字に薙がれた疾風の剣を、大きく後方に逃げて躱す。
走るよりも、遥かに速く移動出来る方法である。
動きが直線的になりがちなため、交戦中は多用出来ないが。
疾風は、渾身の一撃を放った反動で体勢を崩している。
この隙に仕留めたいところだが、射撃武器は弾切れ。
切り札はあるが、右上半身が封じられた今、格闘戦で勝てるとは思えない。
要するに、もう有効な攻撃手段がないのだ。
ローラーをアウルで廻し、逃げ始める。
黄昏が知らず、スピカだけが知っている情報がある。
それだけが頼みの綱だった。
スピカは、追いつかれず、見失わさせないよう、疾風に全速をださせ続ける速度で逃げる。
だが、ある地点まで来た時、突然、大きく跳躍した。
『え?』
何があったかわからず、急停止しようとする疾風。
だが、全速で走っていたがため二、三歩たたらを踏む。
その足元が、パンッと音を立てて弾けた。
『しまった癇癪玉か!』
桜雨が撒いた癇癪玉、そこにスピカは誘導をしかけたのだ。
桜雨の仲間であるスピカは漢尺玉が撒かれたラインを知り、黄昏は知らない。
そこが唯一の勝ち目だった。
跳躍していたR-ALが着地ざま、電熱剣を振り下ろす。
「遊びでも、手加減無用……」
電熱剣は電熱線を積層構造にした剣であり、バッテリーで灼熱化させる事が出来る。
スピカの兵装は全て、プラモの弱点を突くように作ってある。
効果は抜群だった。
『疾風ー!』
灼熱の剣に、黄昏の疾風は融けた。
【A軍 疾風 大破】
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「いやーんエッチゲソー!」
笑顔のままクラ娘が悲鳴をあげた。
アテレコしているのはむろん、霧依である。
03の放ってきたワイヤーアンカーに、クラ娘の服がひっかかってしまったのだ。
引き戻されたアンカーに、服が剥ぎ取られる。
その下から白いスクール水着が出てきた。
「白スクって全裸よりそそるわよね♪」
問いかけると、桜雨から憤慨したような通信が返ってくる。
『プラモだ、どうでもいい!』
戦闘中だろうが、何だろうがこんな事ばかり考えている。
脳液が媚薬で出来ている女、それが霧依である。
『そろそろ決着をつける』
桜雨が宣言してきた。
二人の戦いは、桜雨有利のままここまで続いてきた。
クラ娘の頭の十本の触手は、すでに九本までが破壊されている。
『最後の一本か……スキンヘッドにしてやろう』
03がテグスで鏡花したワイヤーアンカーを放ってきた。
霧依も本体への直撃を避けるべく、触手をそれにぶつける。
触手の方が砕ける。
ここまでと同じ流れだ。
ワイヤーアンカーと触手、性質は似ているのだが、多関節ゆえの脆さが触手の泣き所だ。
『お前を守るものはなくなった、終わりだ』
桜雨が宣言した瞬間、爆音!
03の左腕から肩にかけた部分が、大きく砕け散った。
『なんだ!?』
爆発の正体は爆竹だった。
片面には粘着テープを張ってある。
霧依は最後の触手にこれを持たせ、砕かれながらもワイヤーアンカーの先に貼りつけたのだ。
ワイヤーアンカーが左腕に戻ってきたとたんに、くっついていた爆竹が爆発したというわけだ。
すかさずクラ娘は本体に残された両腕で、着火式ライターを持った。
ライターの先端を、倒れた03に押し付けトリガーを引く。
「肉体をトロっトロに溶かしてあげる♪」
『くっ!』
03は逃れようとしているが、半身を砕かれVPFのパワーが出ないようだ。
霧依が、トドメを刺そうとしたその時。
黒い何かが、クラ娘に抱きついてきた。
R-ALだ、スピカの機体がローラダッシュで、飛びこんできたのだ。
「スピカちゃん大胆ね♪ でも、焦っちゃだめ♪ 少しじらした方が、後で気持ちよくなるものよ♪」
霧依は、R-ALを振りほどこうとした。
だが、どうにも離れてくれない。
黄昏がR-ALの腹にくっつけた餅が、二機を接着してしまったのだ。
クラ娘をR-ALで組み敷きながらスピカが呟く。
『トドメを……』
『だが!』
この体勢でクラ娘を仕留めるには、R-ALごと貫かねばなるまい
『構わない、パワーが足りないなら私の電熱剣を……』
桜雨の戸惑いを、スピカが振り払わせようとした時、
『そこまで!』
開発者である治朗がVPFを停止させた
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「勝敗は決した、これ以上はプラモを不必要に傷つけるだけだ」
皆が頷く。
B軍の勝利である。
「楽しかったです。 またプラモバトルしましょう」
涙ぐみつつも黄昏が手を差し出した。
A軍とB軍が晴れやかに握手をする。
治朗が満足げに微笑んだ。
「黄昏君の泡銃は夢があって良かったよ、聡美君のパチンコ共々簡単に作れそうだし、子供たちに広めるお手本にしたいね」
プラモは壊れてしまったが、修理改造してより強くする楽しみがある。
クラッシュモデルとして飾るのも乙だ。
設定ではなく、本当に激戦の上の破壊なのだから迫力が違う。
モデラーたちのプラモ熱ははバトルを通して、より高まりそうだった。