●
雷鳴鳴り響く闇の中、小高い祭壇の上に玉座が存在する。
玉座には、王冠を戴いた男が腰かけていた。
男は堂々たる巨体で立ちあがり、漆黒のマントを翻した。
「グァハハハハ、吾輩はこの悪い子帝国の帝王ワルベルト一世である! 今宵、我が城に数多くの悪い子が集った! この者たちによって、我が帝国の幹部の座を競う大武闘会を開催する!」
●ROUND1 悪逆! 知り合いに悪戯対決
帝王が宣言すると、舞台の上手から金髪の少女が歩み出てきた。
歩くたびに、ガミョンガミョンというアニメロボの歩行音ぽいSEが鳴る。
一人目の幹部候補生、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)である。
「へへへ、俺様はこういう依頼を待ってたんだぜー」
ラファルがマントを両腕に広げ、邪悪な笑いをあげると背後に邪悪噴煙があがった。
こういう演出は欠かさない。
「ラファルよ、そちがいかに悪い子か披露するがよい」
帝王に命じられ、ラファルが黒マントを翻す。
「俺の悪さを聞かせてやろう! 俺には相棒がいる! いつも任務で一緒の女だ、そいつの家の風呂を、俺はコーラ風呂にしてやったんだ!」
首を傾げる帝王。
「ほう、コーラ風呂といえば健康に良いと聞くぞ、汝は相棒の健康に気を使ってやったのか?」
「へへへ、悪い子は健康なんか気にしない! 俺はコーラ風呂に入る相棒に入浴剤として、こいつを渡してやったんだ!」
ラファルが帝王に見せたのは、白い塊だった。
よく見ると、コイン大の白い錠剤を接着剤で百粒ほど固めたもので出来ている。
「これはコンビニなんかに売っておる、食べるとスーとするソフトキャンディじゃな?」
「そうだ! 知っている奴は、知っていると思うが、このお菓子とコーラの相性は最悪だ。
味どうこうってレベルじゃなくな! こいつをコーラに入れると、化学反応みたいなもんでコーラが天井高くへと吹き上がるんだ! 浴槽一杯のコーラに、百粒もこれを入れたらどうなると思う?」
巨体を震わせる帝王。
「おお! 考えるだにおそろしい!」
「結論から言うと、風呂が爆発したかと思ったね。 錠剤が浴槽に投入されたとたん湯船が大海瘴のごとく爆発して風呂がコーラ臭くなっちまった。 ついで相棒もしばらく口をきいてくれなかったぜ。 けけけー」
笑いが不気味にエコーを起こし、ラファルの周りをCGの蝙蝠が飛び回る。
満足げに髭を撫でる帝王。
「うむ、スペシャル開幕を飾るに相応しい悪い子っぷりだ!」
「だろ、さっすが俺!」
「さて、このラファルと戦う悪い子はコイツじゃ!」
スタジオの下手から、魔眼を煌めかせた少女、黒神 未来(
jb9907)が歩み出てくる。
「うちは悪いで〜! もう悪すぎてみんなオシッコちびってまうぐらい悪いで〜!」
さすがは大阪人であってノリノリな未来。
「あ、でもホンマにやってええんかな? あんまりにも悪すぎて、失神したりしても知らへんで! 言うたで? 警告はちゃんとしたで? もうどうなっても知らへんで? ええな?」
しつこい未来にラファルが、面倒くさそうに手を振る。
「前フリ長えよ、スベッてもフォローしねえぜ、けっけけ」
ラファルに脅され、咳払いを一つする未来。
「心配あらへん、なぜならうちの悪はやね……」
とたん、スタジオの天井から檻が降りてきた。
中には、斡旋所の独身アラサー女子所員・四ノ宮 椿が入っている。
「ここどこなのだわ!? 拉致られたのだわ!? 出すのだわ!?」
「こいつは今日、婚活パーティの会場前で捕えてきた独身アラサー女や、うちはこのアラサー女子に対してこんなこと言ってまうねん!」
未来は、檻の中の椿に向かって思い切り避けんだ。
「このいきおくれ!」
とたん、椿の体から椿色のアウルが燃え上がり始める。
アホなアラサーである彼女だが、数年前まで歴戦の撃退士だったのだ。
しかし、未来は余裕綽々。
「あらかじめ檻に入れておいたからシバかれることも無いやろ!」
檻に寄りかかる未来。
が、その檻の入り口があっさりと内側から開く。
「え? 鍵閉めてへんかったの?」
焦る未来に対し、拳をバキバキ鳴らす椿。
「フフフッ、ドッキリにかけたつもりが、逆ドッキリにかかっている。 TV業界ではお約束なのだわ!」
ニヤニヤしているラファル。
「あーあ、俺は助けねえぞ」
椿が十五年間磨き続けた正拳突きが、未来の顔面に炸裂する。
「ギャーッ!」
死にかけの昆虫のように、手足をビクビクさせる未来。
「お、お茶の間にこの姿晒したのが真の悪や……」
ガクリと、その意識が落ちる。
ラファルと、ボロボロの未来が帝王の元に跪いている。
「この対決において、悪い子帝国の幹部として認めるのはただ一人! 帝王が裁きを心して聞くがよい!」
帝王が王杖を振り下ろす。
「ラファル! そなたをの勝利じゃ! 悪い子帝国でも誉れ高い称号“物凄く悪い子”を授ける!」
「やったぜ! いきなり上級称号じゃねえか!」
「うう、捨て身やったのにあかんかったか」
呻きながら、失望する未来。
「未来も悪い子じゃが、自分が返り討ちにあってはのう。 ラファルよ出来れば次はその相棒ちゃんに気付かれんようにお風呂に隠しカメラを仕掛けてくれ」
「さっすが悪い子帝王! だが、そいつはお断りだ! 俺が殺されちまうぜ!」
●ROUND2 アイドル魂VSお笑い魂
「私の名はミスティローズ。 今日は私の悪行の数々を紹介しよう」
声と共に、際どいボンテージにバタフライマスクの少女がスタジオに現れた。
視聴率大幅上昇な絵面である。
「私は表ではアイドルをしているが、その活動は悪の限りを尽くしているぞ」
「アイドルの悪行といえば、古くはライバルの靴に画鋲を入れたり、新しくはブログを炎上させる書き込みをしたりとあるが、そういう事かな?」
帝王に尋ねられると、扇子で美しい唇を隠しつつミスティローズは笑った。
「ホホホ、そんなものではないわ、私の存在そのものが悪い子といえるの」
「ほう?」
「例えば、私のファンとなった男性は恋人をつくろうとしなくなる」
「ふむ、虜にしてしまうという事だな」
「CDに握手権をつけるだけで皆、喜んで同じCDを何枚も買ってくれる」
「どこかで聞いた話だな」
「そして極め付け! 私に最近、恋人ができた! この事を公表したらショックで多くの者が無気力になったのだ!」
「夢を砕いてしまったか、これは罪深い」
「勇気や希望を与える代わりに、その者の人生を狂わせる。 ああ,アイドルとはなんと業が深いのか……」
顔を扇子で隠しながら、舞台裏に退場していくミスティローズ。
「うぅぅ、恥ずかしかったよ……。 でもこれで次の番組にも出演させてくれますよね,プロデューサーさん?」
バタフライマスクを取り、にこっと笑ったその顔は久遠ヶ原学園アイドル部。部長・川澄文歌(
jb7507)だった。
ちなみにカメラさん、こっそり舞台裏まで追ってきています。
「うむうむ、今流行りの腹黒可愛いという奴であるな。 表の顔だけ見せるよりは遥かに人間味があってよろしい。 ――さて人間味といえばこの男も負けてはいまい、参れ!」
帝王に呼び出され、玉座の前に現れたのは、小麦色の肌に茶髪の軽そうな男。
「ワルだぜぇ〜♪ 俺様のワルっぷりを聞いたら皆ぶったまげるぜぇ〜♪」
佐藤 としお(
ja2489) バラエティ番組出演でテンションがあがっているのかノリノリである。
「俺様、エピソード1! ゴミをポイ捨てするぜぇ〜♪」
着ているデニム半袖のGジャンのポケットから、紙屑を舞台に放りすてる佐藤。
だが、辺りに人のいないのを伺ってから、それを拾い直す。
「……後で皆にバレ無い様にゴミ箱に捨てるぜぇ〜♪」
サムズアップでちゃんと一度区切ってから、次のパートに入る。
「俺様、エピソード2! 信号は黄色でも渡るぜぇ〜♪」
突然、走り出す仕草を見せる佐藤。
だが、直前に急停止する。
「……その前に一回止って左右の確認はちゃんとやるぜぇ〜♪」
微妙な顔をする帝王。
「うむ、コントの内容よりも、全体的にパクリ臭いのが悪い子な気がしてならんのだが」
「パクリじゃないぜ〜、エピソード3でそれを証明するぜ〜」
サムズアップでちゃんと一度区切ってから、次のパートに入る。
手に持った、髑髏マーク入りスイッチを見せる佐藤。
「むむ、昔のアニメ風のそれはもしや!?」
玉座の裏に隠れる帝王。
「ここを爆破するぜぇ〜♪……威力をみせてやるぜぇ〜♪」
ポチッとな、とボタンを押す佐藤。
すると佐藤が背中に背負っていた大量の打ち上げ花火が点火した。
ひゅーんと打ち上げられ、セットの天井でドカーンと爆発が起こる。
数秒後、黒焦げになった佐藤が舞台にどさっと落ちてきた。
「ワ ル だ ろ ぉ ぉ ぉ……」
玉座で目を閉じ、悩む帝王。
「いわばアイドル魂VS芸人魂なわけだな、これは吾輩にも判定が難しい」
「芸人じゃねえ、ワルだ!」
全身に包帯を巻いた佐藤が何か言っているが、帝王は聞いていない。
やがて帝王は、目を開いた。
「この際は二人とも幹部でいいだろう、腹黒可愛いのと、体に悪いのとどっちもワルといえばワルだからな」
「おお、帝王様お優しい」
正体がばれてないと思って、ミスティローズに戻っている文歌が演技する。
「ただし、称号は“悪い子”だ、双方とも人を楽しませていると言う点ではいい子でもあるからのう、今後も悪い子道の精進をいたせよ」
●ROUND3 恐怖! おしおき対決
「失敬な。自分は全方位型の良い子ですよ」
ウィッチの格好をした女の子、夏木 夕乃(
ja9092)が玉座の下で、可愛らしくぷくーと頬を膨らませている。
「まったく失礼な話です。あのパンダ!帰ったら規制がかかるような単語でしか表せないよーな目に遭わせてくれます」
どうやら、イトコとやらに騙されて、この番組に出されてしまったらしい。
「ほう、では夕乃は悪い子ではないのかな?」
帝王に尋ねられ、夕乃は頷いた。
「もちろんです、自分にあるのは、悪を懲らしめたエピソードだけです」
「ほう?」
「人の胸を見て失笑を漏らしたクソ男の弁当に死のソースを仕込んだり、トイレの個室を何十分も占領してお化粧してたバカ女に頭からクレンジングオイル浴びせて顔面をドロドロに……」
「む、むう、何というか悪の素質を感じるのだが?」
「なんで引いてるんですか。 ジャスティスですよ? もう終わりです、帰ります」
すたすたと舞台裏に去っていく夕乃。
最後まで“解せぬ”という顔をしている。
「ふむ、仕返しに一切容赦がないタイプのようだな。 自覚はない分、なかなかに面白い。 さて、胸の話も出たようだが、最近の久遠ヶ原で胸と言えばこの女だ!」
帝王が王杖を振ると、舞台の下手から黒いオーラを模した煙と共に、月乃宮 恋音(
jb1221)が歩み出てくる。
通常より胸元を強調したボンデージルックの中で、百五十センチ超の胸が揺れるたびに、グラングランと世界が揺れるような音と演出が画面でなされる。
「……おぉ……過剰演出ではぁ……」
「決してそんな事はありませぬぞ、魔王様。 魔王様の威風に相応しい扱いをさせていただいたまでです」
急に敬語になる帝王。
「……魔王じゃないですぅ……」
恋音が一部仲間に“魔王”と呼ばれている事はリサーチ済である。
「では、魔王様がいかに悪い子か。 地上の者どもに轟かせてやって下され」
「……は、はぃ……ある依頼の帰りなんですがぁ……遅くなったので、近道になっている繁華街を抜けようとしたところぉ……路地裏で数名の男性にしつこくナンパされたんですぅ……」
「世を忍ぶ仮の女の子姿で歩いている所を、たった数人で襲ったのか、それは危険だな」
「……帝王様ぁ……なにか、言い方がぁ……(ふるふる)……」
爆乳を震わせると、ふるふるという効果音が鳴る恋音。
「それでぇ……断ったんですがぁ、しつこくてぇ……依頼で疲れてもいましたし……ついスリープミストで眠らせてしまいましたぁ……」
「殺さなかったとは、魔王様、何と慈悲深い」
「……あのぉ、殺したりしません……それで近くのゴミ捨て場に、“ご自由にお持ち帰りください”という看板を見つけ、その人たちの首からかけておいたんですぅ……」
「それはまたフリーダムな」
「……直後に、すれ違った大柄なニューハーフの一団がその路地に入っていくのを見たんですがぁ……その後、オカマさんと思しき嬉しそうな歓声が聞こえてきてぇ……さらに、あの後にぃ……(ふるふる)……」
思いだし、涙ぐむ恋音。
「アーッという声が響いたわけですな、ナンパ男たちを魔物どもの贄に差し出したと」
「……(ふるふる)……」
「うむ、噂通り魔王様は策謀権術に長けていらっしゃる、実に恐ろしいお方だ。 判定は魔王様で!」
王杖が恋音に向く。
「そりゃそうです、自分は全方位型の良い子ですよ!」
夕乃は負けた事ではなく、この番組に出ている事自体にふて腐れている。
「しかしながら、しつこいナンパ男を懲らしめた事は良い子の行いであるともいえます。 差引した結果“かなり悪い子”の称号を贈らせていただきます。 魔王様、それでよろしいでしょうか?」
「……だから、魔王じゃないですぅ……(ふるふる)……」
●ROUND4 幼いがゆえの残酷さ対決
「あたしは悪魔だぜ? 悪い子に決まってんだろ!」
黒のVバックVフロントの超セクシーボンデージ服着用し登場した幼女は、フリムガルト・ギーベリ(
jb3169)。
「おお、すいぶんと刺激的な扮装であるな」
「なにせワルだからな、コスも過激だぜ!」
粋がっているフリムではあるが、なにせ直前に出ていた人が出ていた人なので、ボリューム不足が否めない。
無論、それはそれで需要はあるのだが。
そんな事は気にせず、話し始めるフリム。
「あたしは近所のガキ共を脅して、宝物を巻き上げて泣かすのが趣味なんだ!」
「ふむ、青猫ロボが出て来そうな世界観であるな」
宝と称するものをフリムは、自慢げに帝王に披露する。
「こいつは人間界の伝説に登場する黄金樹の葉だ!」
黄金樹の葉を手に取ってみる帝王。
「これが黄金樹の葉か――手に金色の絵の具がついたんだが」
構わず、次の宝を渡すフリム。
「次は古代久遠ヶ原文明のネジだ! オーパーツだ!」
「JISマークがついているように見えるのだが」
そもそも古代久遠ヶ原とか初耳である。
「こいつは極め付け! 表の刻印が裏に、裏の刻印が表についてる一円玉だ! 時価百億万円いくのは間違いねえ!巻き上げたガキがそう言ってたからな、どうだ極悪だろうが!」
「う、うむ――悪い子であるな(頭が)」
()の中部分を、放送分でテロップにするか、カットすべきか。
痛々しすぎて、帝王の悩みは尽きなかった。
「さてフリムに対するは、撃退士としての練度は久遠ヶ原学園随一との噂もある、この幼女!」
銀髪に赤い目の幼女、雫(
ja1894)が現れる。
「余り心当たりは無いのですが……」
いつもながら、この手の依頼では、歴戦の勇士とは思えないやる気のなさそうな顔をしている。
一体、何者に背中を押されて参加しているのだろう?
「まあ、他愛ない話です。 学園の女子シャワー室にあった体重計が壊れてたので直したんです」
「直したのか? 良い子であるな。 吾輩、公共物は自分で壊しても放置して逃げるぞ」
その辺りは流石、悪い子帝国の帝王である。 良い子は見習ってはならない。
「一応は計測出来る様にしたんですが、素人修理だったせいか誤差が出て……そんなに大きな誤差では無かったのですが」
「正確に直すのは、中々に骨であろうな」
「シャワー室を出た後で、悲鳴が聞こえた気もしましたが戻る事なく帰宅したんです」
「悲鳴であるか? ――なるほど、女子だからな」
「何か罪悪感があるのですが、何が原因なのか私にはわからないのです」
雫の疑問に、答える帝王。
「さきほど言った、誤差とやらはどのくらいあった?」
「実際の重さに対して10%増加された数値が出る位ですよ」
「ふむ、10%は雫なら二、三キロ増えるだけであろう?」
雫は華奢な幼女なので軽い。 まだ二十キロ代だろう。
「成長期を過ぎた女子が一日に、四キロも五キロも体重が増えたら悶絶ものなのであるよ」
「そういうものですか?」
「特に中年期に差し掛かったあのような女では失神ものである」
舞台袖で収録を見ている椿にカメラを向けさせる帝王。
「中年期とか言うなのだわ!」
「何か他に悪事はないのか? ちょっとしたイタズラとかでも」
「イタズラなら髪を濯いでいる人にシャンプーを掛け続けて、泡がいつまでも消えない様にしたくらいでしょうか?」
「それは充分にうざいのである、顔は可愛いが、中々に逸材であるな」
跪くフリムと雫を前に悩む帝王だが、やがて王杖が雫の方に向く。
「雫の勝利とする」
「何でだよ! あたしの方が悪いだろ!?」
「う、うむ(頭が悪いとは)言いにくいのだが、フリムは、そのうち宝物を召し上げられた近所の子供とやらを番組に連れてまいれ、じっくりと話を聞きたい。 その時まで保留だ」
「えー、なんだそれ」
「雫には、悪意こそないが体重計で与えた精神的ダメージは大きかろうという事で、“かなり悪い子”の称号を与える。 悪意なしでこれとは吾輩には末恐ろしいぞ」
●ROUND5 非道! 虐待対決
CM開け。
難しい顔をした帝王が画面に映っている。
「二時間スペシャルも残り二組であるが、世の中には摩訶不思議な事もあるものなのだな――まあ、とりあえずは今回の対戦者を呼んで話を聞いてみよう」
ステージ上手から、黒髪ロングにひんぬーボンテージの少女、東風谷映姫(
jb4067)が、現れる。
「私が今までやってきた悪事を教えてさしあげましょう。 あれは……そう子供の頃のことです」
フッと、乾いた笑顔を浮かべてみせる映姫。
「街をぶらっと歩いていたとき一匹の三毛猫がおりましたの。 体中ボロボロで汚れていたのですが私は不意にその猫を家に拉致しました。 まず身体検査しそれから泡の入ったぬるま湯に放り込み水責めにしました。 その後、暑くも寒くもない風を長時間浴びせ野性を失わせるために市販の安いキャットフードを与えてやりました。 毛並みもよくなり元気になり始めた頃に、前の名前を捨てさせ新しい名前を与え自尊心を奪い、時間をかけて私に従わせるために躾をして飼いならすという一世一代の悪い事をしてあげましたわ!」
ドヤッと極め顔をする映姫。
「う、うーん?」
困り果てている帝王様。
映姫は、ナイチチを張り続けている。
「映姫よ、ここはどうこう言うよりも、対戦相手の男の話を聞いた方が吾輩の言いたい事がわかってもらえようかと思う」
「はあ、どういう事でございましょう?」
「対戦相手、いでよ!」
帝王が、号令を賭けるとステージが暗くなり、
「イッヒヒハハハ!」
不気味な笑いが、セットに響いた。
闇の中、中央に降り注ぐスポットライトに、二枚の翼を帯びた特撮の悪幹部風のコスプレをした咲魔 聡一(
jb9491)が照らし出される。
「こんばんは世界を我が手に。 咲魔聡一です」
紳士的悪役を演じている様子の咲魔。
「ではまず咲魔よ、悪行の内容を話してみよ?」
「悪い事なら沢山してますよ、今も猫を虐待してる最中です」
咲魔は、安楽椅子の上に座っていた長毛種の白猫を膝の上に抱き上げた。
「耐え難い刺激を筋肉に与え、ぐったりさせているところです。 悪魔の所業です」
膝の上で、白猫の背を撫でているいる咲魔。
「普段も塔をよじ登らせて体力を消耗させたり、乾燥しきった食物を与えたりしてますよ」
魔女的な笑いを浮かべる咲魔。
「因みにこの子……コイツをわざわざ連れてきたのは、視聴率が取れてまたここで仕事が出来るだろうという判断です。 どうです、二重に悪どいでしょう」
咲魔は、瞳を知的に輝かせた。
「と、いうわけなんだが、咲魔の話を聞いてどう思う ?映姫よ」
帝王に問われ、咲魔を批判的な目で見る映姫。
「全然、悪い子じゃないでしょ? 猫可愛がっているだけですよね? よじ登らせている搭はキャットタワーだし、乾燥した食物はキャットフードでしょ!?」
キリッとした顔で批判する映姫に、溜息をつく帝王。
何も言わず、咲魔の方にも尋ねる。
「では、咲魔は映姫の話を聞いていてどう思った?」
眼鏡に攻撃的な光を宿らせる咲魔。
「偽悪ですね。 お風呂に入れて、ドライヤーで乾かして、餌をやって、大事に飼っているだけじゃないですか! 虐待だなんて、おためごかしを!」
「その通りだ! 汝ら二人とも良い子なのじゃ! しかもネタかぶり!」
「し、しまった」
白目になりアウアウ言う映姫。
「僕は悪い子だよねー、ホイップー♪」
現実逃避して、愛猫に話しかける咲魔。
「というわけで、お前らは二人ともスパイとみなす! 良い子共和国へ国外追放じゃ!」
「良い子帝国?」
「良い子同士が血を血で洗う、この世の地獄じゃ! 互いに監視し合い、悪い事は一切出来んぞ! コンビニは立ち読みできないよう雑誌を紐で縛っているし、ネットは巨大掲示板に繋げん! 右クリしてもエロ画像は保存できん! それらはみーんな悪い子帝国のものじゃ!」
舞台裏に控えていたゴリマッチョな衛兵どもに、二人は担がれ連れ去られていく。
「そんな国、いやー」
「ま、待て! ホイップには朝晩二回、ネコスキーの金箱を! それから二日に一度はブラッシングを、あとそれから――」
咲魔は舞台に残されて飼い猫の心配をしているようだが、所詮はバラエティ番組。
収録が終われば再会出来るので大丈夫である。
●ROUND5 決戦! 家族泣かせ
「さて、スパイが紛れ込んでおったようだが、安心するが良い! 最後の二人は正真正銘の悪い子! 吾輩が選りすぐった悪い子の中の悪い子たちじゃ! まず一人目は、この女!」
登場したのは、黒セーラー服のスケバンスタイルに金属バットの女、一川 七海(
jb9532)。
こんな格好をしているが、今年で二十四になる。
「いいかい、お前達ッ! 耳の穴かっぽじって耳小骨ガタガタ言わしながら最後まで聞くのよ!」
スタッフの足元にガンガンと金属バットを打ち付け、脅しつける。
荒ぶる二十代半ば。
「おお、七海よ、その辺りにしておいてくれ、ADはただでさえ激務なんだから逃げられると困る」
TVマンとして慌てている帝王。
他スタッフも委縮したのを確認すると、七海は語り出した。
「アタシね……結構子供の頃オネショが酷かったのよ」
いきなり口調が素に戻る。
かなり、恥ずかしそうだ。
「朝眠いのに起こしに来るお母さんを困らせてやろうと、ワザとオネショしてやったの。だから正確には“寝起きショ”ね、 しかも毎朝必ず……。 ふふ……ホントに(頭の)悪い女の子だったわ〜……」
悦に入った顔の七海。
「ふむ、だが子供の頃の話であろう? 母親に構ってもらいたくてオネショとは、中々に可愛いではないか」
アゴヒゲを撫で、包容力笑みを浮かべる帝王。
「ただ、これが癖になって他の家でも“寝起きショ”するようになっちゃったのよ」
「だから、子供の時の話であろう? 今さらする話でもあるまい」
だが、七海は首を横に振る。
「ふふ……」
カッと目を見開き、そして、大声で叫ぶ。
「今でもやってるわよ!」
シーンと静まり返った中、七海はスタスタと歩き、画面からフェイドアウトしていく。
その顔は、かなり赤くなっていた。
帝王は、護衛のものにハンカチで汗を拭かせながら、カメラ目線で収録を続けた。
「コメントは後回しにするが、強者である事は確認してもらえたであろう? さて、この七海に挑戦する最後の悪い子は、こいつだ!」
妖精のような半透明の羽根を生やした、ロリィタ・パンクファッションの少女が現れた。
「世露死苦☆なのー」
外見に反してファンタジーとは程遠い挨拶をしたこの少女は、ペルル・ロゼ・グラス(
jc0873)。
彼女の悪事が二時間SPのラストを絞める事となる。
「あたしのチョイ悪エピー☆ 熱いのが苦手な兄貴が高熱を出していたから、つきっきりで看病したなの」
「ほう、兄弟の看病をするとはなかなかに良い子ではないか」
チチッと指を横に振るペルル。
「まともな看病なんかしてないの、氷枕の代わりに凍ったカツオを置いて、タオルの代わりに凍った生肉を額に乗せてやったなの」
「なんという磯臭い看病じゃ」
「熱いからついでに解凍されて一石二鳥だと思ったなのなー、予想以上に部屋が生臭い匂いになるやら、ぬるぬるするやらでさすがに可哀想になったから、あとでちゃんと乗せたところは雑巾でふいてきれいにしたなの」
「兄貴の体を雑巾で拭くな」
「なお、解凍された魚はお夕飯として美味しくいただいたんだぜ☆ 兄貴が」
「自分の体温で解凍した魚というのは、あまり喰いたくないのお」
「あとは服のボタンが段違いになるように位置を細工して、何度も留め直させたり
兄貴の留守電の伝言を、時間一杯無言で入れたり」
ニヤニヤし始める帝王。
「なるほどなるほど、ペルルちゃんはお兄ちゃん大好きっ娘なのじゃな。 構って欲しいのじゃな」
慌てだすペルル。
「違う! 別にブラコンじゃないなのぜ!?」
ペルルの否定を無視して、豪快に笑い続ける帝王。
「ほほほっ、可愛い妹にそんな事をされては、お兄ちゃんは人生が狂ってしまいそうじゃの、いやいや立派な悪事じゃ」
「だから、ブラコンじゃないなのぜ!?」
玉座の前に膝まずく七海とペルル。
「さて、最後の対戦にお前たち二人を選んだのは、どちらも家族に迷惑をかけたという共通点からだ、七海は母親に、ペルルは兄に迷惑をかけている」
「これだけ恥ずかしい告白をしたんだから、勝たせてよ!」
「ブラコン扱いされちまった、あたしの方が恥ずかしいのぜ!」
顔を赤らめ続ける二人の間をうろうろと歩き回る帝王。
「両方とも、悪意がある部分はあるし、それが構って欲しい気持ちの裏返しだという事も共通している。 ならば、雌雄を決するのは、その行為を相手がどう受け止めるかという事になる」
まずは、七海をキッと睨む。
「いい年をした娘がオネショをして喜ぶ母親――これは、まずおらん!」
「うぅ」
言を詰まらせる七海。
続いて、ペルルをキッと睨む――が、口元はだらしなく緩んでいる。
「対して十四歳くらいの妹に、捻くれた絡まれ方をして喜ぶ兄――これは結構いるはず。 というか全世界の妹スキーの夢じゃな」
「そんなもんなの?」
戸惑うペルル。
「と、いうわけで喜びを与えたペルルに、迷惑だけをかけた七海が悪い子度で負けるはずもなし、七海の勝利じゃ!」
2時間SP優勝は七海である。
だが、本人は凹み続けている。
「素直に喜べないわ……」
ペルルは負けた事に不満らしく、ジト目をしている。
「え〜、マニアックな母親なら、お漏らし喜ぶと思うなの〜」
「人のお母さんを変態扱いしないで!」
「まあ、世の中に一人もいないとは断言出来んが、それは確率的に低すぎるじゃろ。 だが、ペルルもこの最後の対戦に呼ばれたからには、相当なワルには違いない。 “物凄く悪い子”の称号を贈らせてもらう」
ジト目のまま立ちあがるペルル。
「仕方ないの、今度は兄貴をもっと困らせてからくるの……あ、ブラコンじゃないなのぜ!?」
ペルルがくるっと廻ると童話の妖精の如く、画面から姿が消えた。
「さて本日の大会における最強の猛者・七海には個別称号をやろう! お主に贈る称号は――これじゃ!」
画面に“久遠ヶ原一のワル”という文字が映し出される。
「八十年代の青春ドラマ風ね?」
「当時は、風で肩切って歩く感じの、ちょっとかっこいいと思われていた称号じゃ! だが、お前の場合、この称号を付けて島を歩くと放送を見た方からは“寝起きショ女”だと思われる!」
「なによそれ、ならいらないわよ」
厳しい顔で首を横に振る帝王。
「ならん! これを付け、心の中でお母さんに謝りながら歩くのじゃ!」
帝王の手が、巨大な焼き印を握る。
ただの舞台小道具なのだが、よく出来ておる。
「え、なにそれ? ガチで熱そうなんだけど!?」
「受けとれい!」
「きゃーー!」
悲鳴をあげる七海の額に“久遠ヶ原一のワル”の焼き印が刻み込まれた。(なお、実際は絵の具なので洗えばとれる)
七海が、恐怖のあまりお漏らししてしまったかどうかは本人に聞かないとわからない。
●
玉座に腰かけた帝王がカメラ目線で、画面に微笑みかける。
画面下には、スタッフロールが流れ始めた。
「さて二時間に渡りお送りした、“悪い子帝国の対決SP“楽しんでもらえたかな? 悪い子帝国では、まだまだ人材を募っておる! 吾輩と一緒に、久遠ヶ原島を悪い子の島にするのじゃ! ワハハハッハハハッ!」
豪快な笑いと共に、玉座に蒼い稲光が落ち、帝王の姿が闇へと消え去る。
「なんだ、この番組」
堺は先週と同じ感想を言いながら、TVのスイッチを消した。