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福袋依頼は昼前から、斡旋所の会議室で始まった。
籤引きに従い、十四個の福袋が七人の撃退士の手元に渡る
「番号順に開けていくんですかね? 一番の福袋は僕のだったんだけど誰の元に行きましたか?」
咲魔 聡一(
jb9491)が尋ねると、テト・シュタイナー(
ja9202)が手を挙げた。
「俺様のところだな」
ガキ大将みたいな一人称だが、テトは金髪美少女である。
開ける前から、ワクワクと嬉しそうな顔をしている。
一方、咲魔の表情には、世情への憤りがある。
「僕が今回ご紹介するのは、『恋人ができる……かも!?福袋』という物です」
「お、気が利いているじゃねえか」
テトは、美少女だが女の子大好き。
久遠ヶ原では珍しくない百合っ娘である。
彼女が出来るグッズなら大歓迎というところだろう。
「なんでヴァレンタインなる祭日が近いそうではありませんか。 まったく、あの宗教はどれだけリア充が好きなのかと……」
咲魔は何やら演説しているが、テトは傾ける耳もなくそれを開ける。
入っていたのは、ハート型のストロー、青とピンクの歯ブラシ、カップル用の料理本。
「出来る、というより出来てから、役に立つ感じだな」
世の中、そう甘い話は転がっているものではない。
ところが、咲魔は断言した。
「いえ、最後のアイテムを使えば作る事も可能です」
「まじか?」
テトは、袋の一番奥に入っていたものを見て仰天する。
「なんじゃ、こりゃ」
それは二着のTシャツだった。
だが、それぞれ胸に『彼女→』『←彼氏』とプリントしてあるのだ。
「横に並ぶとお互いが自分の恋人だと見る者にアピールできるペアTシャツですね」
「結局、相手がいなきゃ意味ないじゃねえか」
だが、咲魔は首を横に振る。
「いいえ、独り者が着れば、道で偶然隣りに並んだ人を彼氏や彼女に仕立てあげることが可能です。 本人たちの主観を無視し、客観的視線のみ採ればそうなります」
「観測者視点での恋人かよ、哲学的だな」
こんなものを着てしまっては、恋人は一生出来まい。
「可愛い子の福袋が当たって、新春から縁起がいいわね♪」
最年長の男、月生田杏(
jb8049)はご機嫌だった。
この男、和服など着てどこぞの若旦那のように見えるが、オネエである。
彼の手元に来たのは、最年少の少年、ファリオ(
jc0001)のもの。
ファリオは美少年で可愛い事は間違いない。
だが、開けて出てきたのは。
「プオーナを買う券? なにかしら、これ?」
「伝説のゲーム・プオーナを買う権利です」
「整理券みたいなものかしら? そんなに人気のあるゲームなの?」
「いえ、全然ありません。 ワゴンセールの王です。 でも買うのに権利がいるんです」
「最近の子が言うことは、よくわからないわ」
理解する事を諦め、残りの中身を袋から出す。
四輪駆動ミニレースマシン、TCGのパック、今人気の妖魔ヲチのメダルが出てきた。
「TCGのパックとメダルは、集めている人じゃないと全く意味がありませんね」
咲魔がツッコむと、ファリオはニヤニヤしながら答える。
「いいんですよ、僕のは鬱袋で。 来年、デパートで絶望する人が続出して開封動画が炎上すればいいんです」
美少年、ファリオ。
顔は可愛いが、中身は黒い。
逆に愛想はないが、中身は綺麗なのが歌乃(
jb7987)。
彼女の福袋を、礼野 智美(
ja3600)が開けると漆黒の宝石が出てきた。
「綺麗じゃないか」
宝石が入った小箱に、達筆な字で“覗きこんでください”と書いてある。
光に翳した智美の瞳に、ケフェウスの星座が透けて見えた。
「凄いな、これ三千円の福袋に入れていいのか?」
「それはあるイベントで入場者特典として配布されたものだ、価格的には問題がない」
「他にも色々入っているな」
次は、久遠ヶ原TRPGというゲーム用冊子が出てくる。
「これは義弟たちが喜びそうだ」
島内に、幼い親族が多い智美。
皆で遊べるゲームは重宝する。
「“お手軽久遠ヶ原学園体感セット”というコンセプトで組んだんだ」
「確かに、これは久遠ヶ原生気分になれる、外の人間にも喜ばれそうだ」
言いながら残りの中身を取り出す智美。
その顔が曇る。
「あ、これは」
学園長のブロマイドと、白衣を着た眼鏡姿の男性教諭の抱き枕だ。
「確かに学園生には人気だが、外の人間に喜ばれるのか?」
「特定の趣味の人には、喜ばれるかもしれませんね」
おっさん二人のグッズが人気なのだから、久遠ヶ原生は特殊である。
「ハハハッ、俺のもブロマイドだ」
歌乃が福袋を開けたとたん、それを作った黄昏ひりょ(
jb3452)は豪快に笑った。
しかも一枚ではない。
久遠ヶ原の教師陣十二人のブロマイドセットである。
学園長もいる。
ある意味歌乃にしてみたら、学園長ブロマイドを手放したら、十二人に増えて帰ってきたという感じだ。
「呪いか」
学園長恐るべしである。
呪いは終わらなかった――。
月生田の福袋をファリオが開ける。
そこにはネクタイピン、箸、花簪などが入っていた。
骨董商である月生田らしい、細かい和物の雑貨類セットだ。
「わりとまともですね、もっとネタに走らないと」
しれっと文句を言うファリオ。
だが、一番奥に入っていた包丁を見た時に顔色が変わる。
骨董品とおぼしき包丁の刀身には“呪”と彫り込まれていたのだ。
「なんなんですか、これ?」
精神がワイヤーロープで出来ているファリオも、さすがにビビる。
問われた月生田は、包丁を見た。
それからファリオの顔を無言でしばし見つめ、また包丁を見て、何食わぬ顔で袋の中にしまい直した。
「しまわないで下さい! どういう曰くがあるのかくらい説明して下さいよ!」
絶対的にスルーする月生田。
所有者になってしまったファリオの不安は、永遠に続く。
「もう、二時ですね」
黄昏のお腹が鳴った。
参加者たちのお昼ご飯は、斡旋所員の四ノ宮 椿が買いに出て入ってくれたのだが、未だに戻ってこない。
「遅いですね〜、アラサーだから仕方ありませんけど」
なにげに、椿をディスるファリオ。
年が倍以上違うのに、初対面の時からこの調子なのだ。
「そして、ここへきてこの内容である」
咲魔が、智美の福袋から中身を出した。
中身は缶詰、瓶詰などの惣菜詰め合わせ。
お歳暮の売れ残りを流用したため、価格的にも非常にお得な内容になっている。
「おお! これは美味そう!」
色めき立つ参加者たちに、咲魔が笑顔を向ける。
「せっかくですから、皆さん、ここで一緒に食べましょう」
「いいのか?」
「たらふくお召し上がりください、妄想の中で」
そう、妄想なのである。
智美の福袋に入っていたのは、いわゆるカタログギフト。
食欲をそそる写真が、食欲をそそるキャッチコピーと共に冊子を埋め尽くしている。
発注から到着まで、一週間程度かかるそうだ。
「わーい、妄想だから食べ放題だ!……って余計に腹が減るだろ!」
ノリツッコミを繰り広げる黄昏。
ふと思い出し、自分の手元を見る。
「ダメ元で、俺のを開けてみるか」
テトから渡ってきた福袋を開けようとする。
「食べられるものが入っていたら、摘まみ喰いしてやる」
テトが、目を瞬かせた。
「確かに俺様の作った福袋は全て食料品だ」
「お、ラッキー!」
「だが、中身も確かめずにいいのか?」
「こんな時に贅沢言っていられん、何でも食べるぞ!」
出てきたのは七味に、胡椒、ターメリック、八角など香辛料のセット。
「ほら、冬って辛いものが流行るだろ? なら、そーいうのって中々いいかなと思ってさ」
しばし、香辛料の瓶を眺めていた黄昏だが――。
「俺も男だ、言ってしまった以上、食べる!」
「まじか?」
「組み合わせによっては、口の中でカレーが作れるさ!」
香辛料のビンを開け、一気に口の中に流し込む黄昏!
むせる!
「げほっ、ぐほごほ!」
水で強引に飲みこみ、そして――死亡。
男を見せようとした、勇敢なる挑戦者の黄昏だった。
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三千円の福袋を開け終え、一万円の福袋に開封に入る。
「お! 正真正銘の食べ物じゃないか」
歌乃が開けた袋の中から出てきたのは、冷やし中華、肉まん、あんまん。
他にもチャイナ服やら、中華アクセサリーやら入っている。
「そうだ、俺が作ったのはチャイナづくしの福袋だった!」
死んでいた黄昏が、ぱちりと目を開ける。
「これであなたも気分はチャイナ! やっちゃいなYO!」
これが言いたくて、黄泉から帰ってきたのだ!
「冷やし中華は鍋、中華まんは、蒸かし気があれば調理できそうだが」
「蒸かし器なんて物この斡旋所にないですね、冷やし中華も一人前しかありませんし」
「やっちゃいなYO……」
渾身の駄洒落をスルーされ、黄昏、社会的に死亡。
「俺様のは、一万円の福袋でも食べ物だぞ」
ちなみにテトの福袋は、また黄昏のところに来ている。
「まさかとは思うけど――」
袋を開けると、見ただけで口から火が出そうな香辛料のビン詰めがガラガラと出てきた。
「中々のレアもんだぜ? 特にその髑髏ソース、超激辛マニアの間で人気があってな。入手するのが中々難しいときたもんだ」
脂汗をダラダラ流しながら、香辛料を無言で福袋にしまいこむ黄昏
「男を見せないのか?」
「見せませんよ!」
「家事の基本は、料理、掃除、洗濯――残念、一つずれたな」
月生田が開けた福袋は、智美のもの。
出てきたのは有名清掃業者の“らくらくお掃除コース券”だった。
エアコンやフロア、キッチンやバスなんかのクリーニングをプロにやってもらえるという内容だ。
「残念なんかじゃないわ。 凄く嬉しいわよ」
江戸時代より代々続く関西の骨董屋の跡取りである月生田。
おそらくは、古い家の為、掃除も一苦労。
これは渡りに船と思われる。
割と幸運な組み合わせが続く。
「おお! これは、コスプレセットですね、素晴らしい」
咲魔が開けたのは月生田の福袋。
猫耳、漫才師のキラキラ黄スーツ、ナース服、バニーセット、ハゲヅラ、リトルグレイの着ぐるみなどが福袋に詰め込まれていた。
「最近こういうの流行ってるって聞いたし、 絶対に着こなしてくれるコが居るって信じてもってきたのヨ。 咲魔ちゃん着こなせそう?」
「はい! 僕、演劇部を作ったんです、舞台衣装にも依頼にも使えますよ!」
時々、魔法少女だとか、特撮番組の悪役だとか、おかしな扮装で依頼に現れる事のある咲魔。
また、ネタが増えてしまった。
「これ、プレイボックスOneじゃねえか!」
テトが開けた、歌乃の福袋。
中には様々なものが入っていたが、目を惹いたのは、人気のTVゲーム本体だった。
しっかりソフトもついている。
「これだけで元は取れただろ、いやー、いい福袋だ!」
ご満悦のテト。
「猫百科も入っていますね、いーなー」
猫耳をつけた咲魔が羨ましがる。
「包丁も入っている、これは呪われていないんですね?」
普通の万能包丁を見て、目が泳いでるファリオ。
すり替えようとしているのかもしれないが、多分、ばれる。
「いいラインアップだな――けど、なぜその中に百円傘が?」
豪華な品々の中に一つだけ、ビニル傘が入っているのを黄昏が見付けた。
「ああ、今朝まで目玉として“混元傘”を入れていたんだけど、魔具を一般人に売るのはまずいと気付いて取り換えたんだ」
“混元傘”は傘の先端に、刃が取り付けられているという、ぶっそうな傘である。
「なぜそれを目玉に」
「百円傘は、無理に入れなくても良かった気が」
いろいろツッコミどころはあるが、とにかく当たりである。
「それ、いいな!」
女性陣が一斉に羨望の眼差しを送ったのは、咲魔が作った福袋。
内容は特製ペアリングのチケット。 名前を刻印してもらえるサービス付きだ。
ところが、これを当てたファリオは片頬膨らませ、憮然としている。
「何ですが、そのいらないサービスは? 名前なんか入れたら売れなくなるじゃないですか」
「転売する気満々かよ」
「僕もゲーム機がよかったなー、余計なサービスなしに指輪だけもらうわけにはいかないんですかね?」
パンフレットめくり、規約を調べているファリオ。
「しかし咲魔さんはカップル用商品に拘るね? 彼女でも出来たのかい?」
黄昏に尋ねられた咲魔は、キリリとした顔で答える。
「いえこれは、独り者のための福袋です。 一人で持て余してると、切なくなるでしょう?『このままでいいのか』って思うでしょう? そんな連中を本気にさせる福袋なんです」
(それを作った本人が、本気にならないのはなぜなのか)
口には出さないが、そうツッコんでしまう黄昏。
本格派のブーメランである。
「まあ、どっかのアラサーさんみたいに本気になっても相手が出来ない人もいますけどね」
しれっと酷い事を言うファリオ。
そのファリオが作った福袋を、智美が開けて依頼終了である。
「なんだ、これ? 独身アラサー女子所員・四ノ宮 椿とお見合い出来る券?」
中身は、そう書かれた紙切れ一枚だった。
「ファリオくん、これ本人に許可は?」
咲魔に尋ねられても、ファリオはしれっとしている。
「とってませんよ? 僕にこんな依頼を受けさせたのが悪い」
「この福袋の規定って五万久遠くらいだろ? 四ノ宮さんをそれで嫁にするって、無理があるんじゃないのかなあ?」
「まぁ、お見合いするレストラン代ぐらいって事で、アラサーだからむしろ引き取り料が発生するのかも?」
言ったとたん、
ファリオの柔かいほっぺたが、左右に思い切り広がった。
「いてて!」
「私の引き取り料、おいくら万円? ファリオ君」
椿である。 今頃、昼飯の買い出しから戻ってきたのだ。
背後からファリオの頬を、思い切りつねっている。
うーうー唸るファリオの呻きを、勝手に解釈する椿。
「まあ、智美ちゃん、ファリオくんが福袋をトレードして欲しいって言っているのだわ」
「ふむ、俺は女だし、椿さんと見合いするわけにもいかんから、指輪の方がありがたいな」
両腕をじたばたさせて“そんな事、言ってない!”とでも言いたげに、身悶えるファリオ。
その訴えをさらに椿が勝手に解釈する。
「あら? 称号が欲しいの? “顔パンされるのが大好きな”っていうのがいいのだわね? お姉さんがつけてあげるのだわ」
そんなもの付けて歩いたら、えらい事になると思うのだが、自業自得であり、他のメンバーも止められる雰囲気ではない。
ファリオは隣室に連れ込まれた上、おかしな称号まで付けられてしまった。
福袋。
ワクワクしながら開けても、入っているもの全てが素敵なものなんて事は滅多にない。
けれど一品でも欲しいものがあれば、嬉しくなる。
他人のいらないものを、押し付けられるだけの時もある。
そういう物でも使い方を考えたり、あげたら喜んでくれそうな人を探して、それ自体を楽しむ。
それさえ出来れば心という名の袋は、福でいっぱいになるのかもしれない。