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目覚めたのは、簡素なワンルームマンションの一室だった。
「どこだ?」
枕の上に頭を置いた時は、学生寮の高級マンションのベッドにいたはず。
「まて、学生寮の高級マンションって何だ? 俺はお坊ちゃまか?」
そもそも、学生とかいう年齢ではない。
俺はミハイル・エッカート(
jb0544)、もう三十歳だ。
「企業戦士は、会社に行かねば」
昨夜までは別の戦士。 インなんとかだった気がするが、気のせいに違いない。
夕べは飲みすぎたのだ。
人でごった返す通勤電車に乗る。
ぐおぉぉぉおお!? 背骨が腕が折れるっ! いてっ足踏まれた!? フレックスタイムを導入してくれ!
しかし、俺の体はこんなに虚弱だったか?
もっと無茶苦茶されるのが、デフォだった気がするが。
会社に着き、自分のデスクに着く。
違和感。
机も、周りの人間も妙によそよそしい。
というか、俺が浮いている気がする。
皆、黒髪の典型的日本人。
髪の毛がピンクとか青とか、果ては猫耳や角が生えているとか、周りはそんなのばかり。
たかが金髪グラサンで恐がられるとか、ありえなかった気がする。
そわそわしていると、隣席の若い男――正月明けから配属された新人君が話しかけてきた。
学生英語とかいうモノで、おどおどと自己紹介をしてくる。
俺は、良い笑顔を浮かべた。
「ダイジョブ ニホンゴ スコシ ワカル」
ほっとしたような顔を浮かべる新人君。
「日本語、お上手ですね」
新人君にも良い笑顔が浮かぶ。
これぞ、国際コミュニケーション!
「って今、何でカタコトで喋った、俺!?」
久遠ヶ原学園に毒されて、ネタキャラが染みついたのか!?
新人君始め、職場の皆が俺の狼狽ぶりに、驚いて注目する。
久遠ヶ原学園?
頭に浮かんだ、この単語が妙に頭にこびりついた。
「ミハちゃん、今日はピーマン無いから安心しなよ」
社員食堂で、日替わり定食を頼む。
おばちゃんだけは違和感がない、どこまでもおばちゃんだ。
食事をしながら、スマホで“久遠ヶ原学園”を検索。
「お前らもか」
一番上に出てきたのは、大型掲示板。
そこの“久遠ヶ原学園スレ“をしているコテハンどもの名前に、全てを思い出す。
これは、皆で会ってみる必要があるな。
●
389 れふにー
何これ
意味わかんないのです
390 ミハイル
>>389
落ち着け、俺にもわからん、とにかく皆で集まろう
スレを見たとたん、一気に記憶が噴き出したのです。
こっちとあっち、二つの世界の情報が頭の中で交錯してわけがわからなくなりそうです。
スレではオフ会とか言っていますが、とにかく、現状を整理してみましょう。
私は、Rehni Nam(
ja5283)。
日本の音楽大学の付属高校に所属してる二年生。
得意なのは、お玉アタック。
なんですか、それ?
得意なのはヴァイオリン、お玉関係ないです。
そもそも音楽留学でなぜ、この国に?
祖国の近くには、ドイツやフランスがあるのに?
思い出しました――撃退士養成教育において最大のメッカだから日本に来たのです。
そして、そのお陰であの人に出会えた
恋人と二人、笑顔で映っている写真が写真たてに置いてありました。
これで納得です。
――いや、その理屈はおかしい。
私もあの人も音楽家志望なのです。
撃退士って何!?
混乱の答えを探してスレを見ていると、心当たりある名前を見つけました。
月乃宮 恋音(
jb1221)。
大きすぎる胸、穏やか過ぎる性格、一緒にいるだけで心癒された、あちらの世界での友達です。
528 れふにー
>>518
もしかして:チチノミヤ
530 月乃宮 恋音
>>528
その呼び方はやめて下さい、不愉快です。
「わぁん〜、チチノミヤが冷たい〜」
うるうると、涙が流れます。
『……おぉ……その呼び方はぁ……まさにレフニーさん……(ふるふる)……』
のような、チチノミヤリアクションを期待していたのです。
優しすぎるほどの娘が、こちらでは性格が変化しているようです。
●
れふにーさんは、私の態度に納得がいかないのか、まだ私をいじろうとしてきます。
928 れふにー
チチノミヤ、こっちでは政治家希望なんですか?
チチノミクスとかやるんです?
スルーします。
こんな馴れ合いに付き合っていられません。
月乃宮家は、名門。
祖父が政治家、父が大企業の経営者。
私もいずれ、政治家か官僚の道を歩くでしょう。 家の名を汚すような成績をとるわけにはいきません。
勉強をせねば。
椅子に着き、バストの上に参考書を置きます。
「……おぉ?……なぜ私は、こんな場所に参考書を置こうとしたのでしょう……」
私のバストサイズは105センチ。
格段に大きいのは事実ですが、机代わりにするほどはないです。
もう一人の私のせいで、精神の均衡が揺らいでいる気がします。
翌日。
下校中に私と同じ黒髪ロングの少女が、眼鏡をかけた少年と寄り添って歩いているのを見ました。
なぜだか、無性に気分が悪くなりました。
人生を決定づけるといっても過言ではない、十代後半の時期。
色恋にうつつを抜かす人たちが多いのは嘆かわしい話です。
――胸の奥が、苦しくなるほどの嘆かわしさです。
夢で見たもう一人の私は、異端の能力に目覚め、それがゆえに家を追い出され、恋人を作るまでに堕落していました。
性格も政財界では通用しないほどの人の好さに、スポイルされていました。
あんな私、見たくもない。
なのに、毎晩夢に見てしまうのです。
精神分析的に判断すれば、ストレスが招いた分裂症の一種なのでしょう。
しかし、無関係な人間が大量に、共通の妄想を抱くとは?
専門医にかかりたいところですが、下手を打つと祖父の政敵に弱みを見せてしまう結果になりかねません。
ネットを見るに私と同じ症状の方が、ずいぶんいるようです。
その集まりに顔を出し、彼らを被検対象として、対応を検討した方がよさそうです。
●
「みんなまだ、半信半疑の状態みたいね」
スマホで、久遠ヶ原学園スレを見ていると笑いが漏れてきた。
幸いにもあたし、藍 星露(
ja5127)は、こちらの世界とあちらの世界を区別しつつも、両方の実在を認識出来ているの。
オフ会にも行くけど、その前にスレで現状報告しておくわね。
112 星露
あたしは大学生活を満喫してまーす。
高三を繰り返しとかやってないよ!
114 名無しさん
>>112
あっちではどもっす! こっちの世界の星露ちゃんも見たい! 画像うp! うp!
あっちの世界で、ちょっと遊んであげた男の子かな?
問題ないわ、こっちのでのあたしは、読者モデルなの。
写真なんか、ネットを探せばいくらでもあるのよ。
119 名無しさん
画像ありー!
マジ美人!
全く変わんないね!
全く変わらないわけじゃない。
あっちのあたしは、結婚済みで子供も居た。
こっちにはいないのはちょっと寂しい……かな?
それは、書きこまないでいいや。
他に書く事あんまりないかな。
戦闘専門だった人は、平和な世界に戸惑っているみたいだけど、あたしはそういうのとは縁遠かったし、こっちでもそれなりに幸せだから?
旦那はいないけど、実家のある神戸に遠距離恋愛中の恋人はいる。
……うん、幸せだよねっ。
確信しながら、スマホの電源を落とす。
シャワー室から、男の子が出てきた。
件の恋人じゃない。
合コンで会った本日、初対面の子。
こっちでもあっちでも、あたしの『これ』は変わってないなぁ……。
次元の向こうにいる旦那と子供に“ごめんね”を言いながら、あたしは男の子をベッドに誘った。
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ボク、犬乃 さんぽ(
ja1272)は、遠く故郷のアメリカを離れて、父様の国日本で、ニンジャになる為の修行をしている。
記憶にある世界と違って巨大な敵と戦ってる訳じゃないけど、自分の夢に向かって充実した毎日送ってる、かな。
ただ、気になるのは、その記憶の世界にいる彼女さんの事。
最初は妄想だと思っていたんだけど、彼女を想うと恋しくて恋しくてたまらない。
ネットで調べてみたら、久遠ヶ原学園の記憶を持っている人がたくさんいた。
彼女さんに、気付いてもらえるようボクもスレで自己アピールしてみる。
190 いぬのさんぽ
ボクは映画村にいるよ! ニンジャショーに出て、ニンジャの特訓をしてるんだよ!
あと、ヨーヨーショーなんかもやっている。
あっちでもこっちでもボクは、ヨーヨーチャンピオンだからね!
これでさすがに、気付いてくれるだろう。
そう思いながら、忍者ショーを終えて帰ってくるとレスが付いていた。
208 名無しさん
>>190
もしかして、木曜時代劇『華想剣の女』に出ていた娘?
可愛いかったずー!
オフ会で会ったら、お兄さんと携帯番号交換しようずー
「ぼっ、ボク、男だから」
釣れたのは彼女さんでなく、変な男の人だった。
いよいよ、今度の日曜はオフ会だ。
忍者ショー的にはかき入れ時なんだけど、頼み込んで何とかお休みをもらった。
彼女さん、いるかな?
こっちではどんな顔しているかな?
電車とか乗り間違えない様にしないと。
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「アイリスさん、小テストはどうでした?」
後ろの席の友人に声をかけられ、私、アイリス・レイバルド(
jb1510)は不愉快な居眠りから覚めた。
ここは中学の教室。 今は休み時間だ。
「かくのごとしだ」
さきほど返却されてきたテストを、友人に見せる。
友人の顔が、苦笑いに変わる。
私も、さっきはそんな顔をした。
点数も酷いが、通信欄に書かれた先生のお小言も酷い。
全く以て、図星を突いている。
留学してきてから歳月がたち、日本文化にも、学校にも慣れ、友人も出来たのに、なぜ勉強にだけは馴染めないのかという旨のお叱りだ。
「今日、また一緒に勉強しようか?」
こういう友人がいて、私は幸せだ。
「ぜひお願いしたい。 ただ我が家は避けた方がいいな。 知っているだろうが、キミらが来ると妹がはしゃいで勉強にならん」
「妹ちゃん、本当元気だよねー、激きゃわわだけど」
友人と顔を合せて笑い合う。
こういう友人がいて、私は幸せだ。
結局、勉強は放課後に図書室で教えてもらえる事になった。
なったのはいいのだが――。
「大丈夫? あ〜あ、白ネコさん丸見えだよ?」
また、何もないところで転んでしまった。
慌ててスカートを抑え、白ネコパンツを隠す。
辺りを見回すと、時すでに遅し。
男子生徒たちに眼福を与えてしまったようだ。
「新春早々、功徳を積んでしまったな」
そんな冗談でごまかして、友人と笑いあう。
――違和感の塊だ。
私。
今も居眠り中に見た夢世界の私は、こんな風に笑ったりしなかった。
鉄面皮という奴だ。
着る服は、黒オンリー。
白ネコパンツなど、身に着けることはまずあるまい。
オカルト趣味で、深淵の存在をモチーフに奇怪な創作ばかりしている。
友人なんか寄ってこない。
そんなんじゃダメだと、夢の中の私に語りかけたりするのだが、ノーリアクションだ。
反面、肉体は強い。
趣味の“観察”のために冒険に出られるよう、非常識なまでの鍛錬を繰り返しているのだ、
とはいえ、あっちの世界の私になりたいとは思わない。
変人化は、こちらから願い下げなのだよ。
夢世界での私について調べていると、久遠ヶ原学園スレに辿り着いた。
「オフ会、ふむ、行ってみるか」
変人の集まりのようだし、観察してみたい。
異世界の私はやはり、私の中にいる。
●
やっぱり同じような人がたくさんいる、という妹の言葉に、インターネットを覗きこんだ。
“同じような人“ とはつまり、”久遠ヶ原学園の夢“を共有して見ている人の事だ。
最初は、アニメやTVゲームの影響かと思ったのだが、その夢を見ている姉妹や幼馴染で全員が共通して見た作品でそれらしい物は結局、見つからなかった。
そこへ来て、この久遠ヶ原学園スレの発見。
「どうにも、決定のようだな」
地元の女子高に通っている俺、礼野 智美(
ja3600)の他に、撃退士・礼野 智美が実在するのだ。
性格上の違いは、少ない。
あちらの智美も学園で剣の修行をしているが、俺も父や祖父から剣の稽古を受けている。
違うのは腕前だ。
圧倒的な差がある。
あちらは、天魔という存在と命がけで戦っているのだし、当然だ。
そこまで上達しなくとも生きてゆける平和な世界に、むしろ謝意を感じる。
あちらには幼い義理の弟というのもいる、こちらにはいない。
両親を天魔に殺され、養子に入る事もなく幸せに暮らしている。
本当に何よりだ。
あとは、幼馴染との関係。
こちらでは通っている高校が違うから疎遠になりがちだが、あちらは毎日、同じ学校でお喋りをしている。
これに関しては、少し羨ましい。
「久遠ヶ原学園スレのオフ会、皆も行くか?」
兄弟や幼馴染とともに、茨城に行くことになった。
あちらでの知り合いが、こちらでどんな顔をしているのか、楽しみだ。
●
オフ会の当日。
五十人からの仲間が、茨城県の某駅に集まった。
「地味だな、まあ当然か」
智美が、開口一番呟く。
奇天烈な髪色や格好をしていた撃退士たちが、こちらでは平凡な市民と化している。
「せっかくだから、角か猫耳でも生やして登場してやろうかと思ったが、よく考えればあちらの世界の私にもそんなものは生えてなかったのだよ」
鉄面皮のアイリスが、笑顔で冗談を言った。
その事に、一部参加者が驚く。
「でも、レベルは高いよね。 皆、お誘いしたくなっちゃう」
星露が言う誘いは、モデル仕事の事なのか? あるいはアッチの事なのか?
「どうです? こうして並ぶと相対的に大きく見えるでしょ?」
Rehniが恋音の隣に並び、ドヤ顔でナイチチを張った。
こちらの世界の恋音も爆乳ではあるが、あちらの世界のそれに比べればだいぶ小さい。
“学園”での二人と、同じような関係になりたい。
それを期待しての、捨て身ギャグだった、が。
「……人の身体的特徴を、あげつらわないで下さい……」
軽くあしらわれ、咽び泣くRehni。
「わぁん〜、チチノミヤが冷たい〜」
「なんか、切ないね」
犬野が呟く。
結局、犬野の彼女さんはオフ会に出席していなかった。
あるいは、学園生全員がこちらの世界にいるというわけでもないのかもしれない。
海岸に、参加者たちは全員で立ち尽くしていた。
学び舎たる久遠ヶ原島があるべき海域には、青い空と青い海だけが広がっているだけだ
ミハイルが、海を見ながら小さなボトルウィスキーをあおる。
「ま、そのうち何とかなるだろ」
Rehniは、自分と距離をとっている恋音を横目に見ながら呟く。
「この世界は、夢なのかもしれません」
確かに平和な世界。
だが全員にとって、幸せな世界かどうかはわからない。
(それでも――この世界で生きる皆が、幸せに生き続けて欲しいと、そう願ってやまないのです)