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斡旋所の会議室。
ここでアホな独身女主催による、細やかなクリスマスパーティが始まろうとしていた。
「メリークリスマス」
入口から入ってきたのは、サンタ。
赤い衣装に帽子はもちろん、白髭に丸眼鏡、貫録を出すための肉襦袢まで装備したガチサンタ。
「わーい、サンタさんよ、サンタさんなのよ!」
大喜びでサンタの周りを飛び回るのは、雪室 チルル(
ja0220)。
「良い子にしていたキミ達にプレゼントをあげよう」
綺麗にラッピングされたプレゼントを、皆に配っていくサンタ。
「わーい、ありがとう! サンタさん大好き!」
サンタの大きなお腹に抱きつくチルル。
とたん、会議室内に不気味な声が響き渡った。
『ギルティ……ギルティ……』
「え? なに?」
音源は、会議室の壁に貼られているクリスマスツリーの描かれたタペストリーだった。
戸惑うサンタ。
「鉄の掟を破ると、そのセンサーが感知して鳴るのだわよ」
「今のどこに色恋要素が?」
「おっさんが女子高生に大好きって言われたから、援交と判断したのだと思うのだわ」
「待って、私、おっさんじゃ」
扮装を外そうとしたサンタだが、時すでに遅く。
「……お仕置きする、よ」
不思議な雰囲気の少年ハル(
jb9524)が、全身にアウルを漂わせ、金属バットを持ってサンタに迫る。
「ち、ちょっと!?」
「汚物は消毒だ、よ?」
撲殺!
サンタの赤い衣装が、よりいっそうの赤に染まった。
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数分後。
「メリー……クリスマス」
会議室に、田村 ケイ(
ja0582)がフラフラしながら入ってきた。
全身に、鈍器で殴られたような跡がある。
「どうしたですかぁ、ケイさん」
「血塗れですよ?」
皆と共にパーティの準備をしていた神ヶ島 鈴歌(
jb9935)と十三月 風架(
jb4108)が、驚いて立ちあがる。
傍らでは、チルルがサンタさんにもらったプレゼントを開けてプンスカ怒っている。
「何よ、これ! 心霊写真集じゃない! あのサンタは偽物ね!」
プレゼントの中身はどれも、僅(
jb8838)が用意したオカルト本だった。
「バレたぞ、ケイ。 なぜなのか理解出来ん、ぞ」
ケイに寄って耳打ちする僅。
「僅さんは、クリスマスというものを考慮すべきね」
ケイが煙草をくわえ、傷ついた体を癒していると再び入口のドアが開いた。
「待たせたな、ケーキ屋が混んでいてな」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が参上し、斡旋所にメンバー八人が揃った。
「さあ、独り身どものクリスマスパーティを始めるのだわよー」
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ケイが持ってきたシャンパン類、ハル持参の日本酒、鈴歌特製のレモネード。
八人が、グラスに思い思いの飲み物を注ぐ。
全員、声を揃えて乾杯である。
「メリークリスマス!」
一気に飲み干すと、テンションがあがってきた。
「開けるわよー! どんどん開けるわよー!」
風架が持ってきたスナック菓子を、片っ端からパーティ開けするチルル。
「やはりクリスマスはいいわね……美味しいもの沢山食べれる」
全身血塗れなのに、鈴歌のクリスマス料理を食べているケイ。
撃退士とは、かくも丈夫なものなのか?
「お刺身……ど、こ? お刺身パーティだよ、ね?」
ハルは独り身パーティと、お刺身パーティの区別が付いていない。
「ケーキ食おうぜ」
ミハイルが、買ってきたケーキの箱を開けた。
出てきたのはビターチョコとココアスポンジの渋いケーキ
『ミハイルちゃん30歳の誕生日おめでとう』という拳銃型チョコプレートが立っている。
とても、クリスマスケーキには見えない。
「あらら、ミハイルさんとうとう迎えちゃったのだわね」
苦笑する椿。
「椿もあと三か月だな、若者ばかりの学園じゃ、同世代の存在が心強いぜ」
ミハイルが笑いながら椿の肩をポンポンと叩く。
とたん、
『ギルティ……ギルティ……』
再び壁のタペストリーが、それを唱え出した。
「え? 待って今のは別に色恋とかじゃないのだわ、同世代の共感というか」
血塗れケイがハリセンを取り出した。
「悪いけど、言い出しっぺは椿さんだから。 ルールは守ろうね」
残像が見えるほどの速度でスパパーン!
血の噴き出る頭を抑え、のた打ち回る椿、
返す刀でミハイルにもスパパーン!
二人の頭から、ダクダク血が流れている。
「そ、そのハリセン、金属入っているのだわ!」
「ふっ、頭がパックリ割れちまったぜ」
「戦闘用だからね」
そっけなく言い、煙草を吸い直すケイ。
「いくらなんでもセンサーが敏感すぎだろ? 何基準だよ!?」
「ハルさんもケイさんも手加減していないし、何か様子がおかしいですね」
「私にもわからないのだわ、センサー付きタペストリーは道端でクリスマスグッズを売っていた婆から買ったのだわ」
「なあ、普通のパーティに戻さないか?」
「そうしたいところだけれど、ダメなのだわ」
椿の話によると、露天商の婆もまともな恋愛経験なし。
それで椿と意気投合したらしく、このパーティ用にと見繕ってくれたものなのだという。
もしパーティにこれを使わなかったり、途中で趣旨を変えたりすれば参加者全員、婆と同じ独身で一生を過ごす魔法がかけてあるとか言っていたらしい。
「そんなもん買ってくるんじゃねえよ!」
「だってこの手のパーティやるたびに、毎回、目の前でカップルが出来るのだわ! 徹底しなきゃと思ったのだわ!」
興味深げにタペストリーを観察する僅。
「これは僻みの力を込めた呪いだ、な。 ふむ、面白、い」
すぐに捨てたいところだったが、魔法とか呪いとか言われると、その度胸も出ない。
参加者たちは、鉄の掟を引きずったままパーティを続けざるをえなくなった。
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チルルが、ゲームを取り出した。
「みんなで遊ぶのよ!」
定番の人生ボードゲームだ。
「お札とかたくさんもらえて、大金持ちになった気分になれるのよ!」
ゲームの箱を眺める風架。
「いいですねぇ、あれ? でも最大六人までって書いていますね」
このパーティには主催者の椿を含め八人が参加している。
そこで、二人組を四つ作ってのチーム戦という流れになった。
「なんだか嫌な予感がするのよ」
チルルの嫌な予感はゲーム中盤になった頃、的中していたことがわかる。
「ねーねー、僅。 あたいたちもそろそろ結婚しない?」
「うむ、いい、ぞ」
ゲームのコマである車にピンを刺す僅。
「あたい、子供が一杯欲しいなー、赤ちゃんたくさん産むわよ!」
謎のタペストリーが、また唸り出した。
『ギルティ……ギルティ……』
ゆらっと、不気味なオーラをあげて立ちあがったのは、椿。
「何度も何度も、同級生たちから聞かされた会話なのだわ――みんな、みんな先を越して行ってしまったのだわ」
血涙を流しながら、拳をパキパキ鳴らす。
タペストリーには、人間の中の僻みを増幅して暴力衝動に変える力があるらしい。
学園さいきょーなチルルだが、往年の強者・椿の得体の知れない迫力に、腰を抜かす。
「違うのよ! 今のはゲームの中の会話なの」
「うむ、ボコられるのも、たまには悪くな、い」
なぜか乗り気な僅。
「悪いわよーー!」
数秒後、チルルと僅は、世紀末拳法を喰らった雑魚敵みたいな顔になってピクピク床に伏せていた。
「ふむ、いい具合に魂が抜けてい、る。 セルフ心霊写真、だ」
デジカメで自画撮りしている僅。
「あ、あんたとだけは絶対に結婚しないのよ……」
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「ミハイルさんに、ちゃんとおめでとうを言っていなかったわね」
ケーキを食べているミハイルのグラスに、メリーなシャンパンを注ぐケイ。
ミハイルをボコッた本人だが、タペストリーの呪いのせいなので、恨みっこなしという約束になっている。
「いやあ、この歳になって祝われると照れるな」
「何か、プレゼントがあるといいんだけどね」
「そうね、皆でミハイルさんの新しい称号を考える、というのはどう?」
ケイの提案で、ミハイルに誕生日記念称号をプレゼントする事となった。
「ミハイルさんといえば銃よね? それにキリストと同じ誕生日、三十歳の記念称号となると――」
“ゴルゴサーティ”
それが、参加者皆でミハイルに贈る称号だった。
「どっかで聴いた気もするが、渋くて凄腕な感じで俺にピッタリじゃないか、ありがとう。 お礼にケーキ屋のスタンプカードをやろう。 今日でちょうど貯まったからもう一ホール皆で喰えるはずだぞ」
財布を開くミハイル。
すると、隙間から何かが落ちた。
名刺だ。
チャライ服装をした女の子の写真にルージュのキスマーク、“連絡ちょうだいね、AKEMI“というメッセージが入っている。
「へえ、ミハイルさんってこういうお店行くんだ」
ケイが拾い上げる。
ミハイルが慌てだした。
「これは会社の合コンで参加者にもらったんだ!」
「こんなケバイお姉ちゃんと合コンするなんて、どんな会社なのだわ」
「財布にいろんな女の子の名刺が入っていますね、かなりおモテのようで」
「違う! 取引先の関係で捨てるに捨てられなくて」
「あたい知ってる! おっさんはそういう言い訳して、奥さんに“サイテー”ってピンタされるものなのよ!」
女性陣に、白い眼で見られるミハイル。
誕生日称号が“ゴルゴサイテー”に変更された。
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「鈴歌がいないな?」
サイテーな称号を押し付けた面子の中に、猫耳な影が見えない事に気付くミハイル。
「あら、そういえば」
「……さっき、事務所の方へケーキを持って行った、よ」
刺身がないので、魚型スナック菓子に醤油をつけてポリポリ食べているハル。
「事務所に、誰かいるの?」
「夜番で堺君が仕事しているのだわ」
「それで労いをね、さすがは既婚者、気が廻るわ」
鈴歌の焼いた七面鳥を食べているケイ。
皆、思い思いに飲んだり、食べたりしている。
互いに寄りかかって寝ている者たちもいる。
「はふむ…zzZ……もう食べられないよ」
ベタな寝言を言っている風架。
「むにゃむにゃ……違うわよバカ、サンタさんの名前はチル夫じゃないわよ」
同じく寝言のチルル。
チル夫というのが、チルルのパパかどうかは不明である。
そんな時、タペストリーが唸り出した。
『ギルティ……ギルティ……』
タペストリーの唸りは、斡旋所の廊下を貫き、事務所の方へ向かっている。
あちらには鈴歌と堺がいるはずだ。
「まさか、不倫?」
「ありえないのだわ、鈴歌ちゃんは天使で、かつ新婚さんなのだわ」
ケイと椿がごちゃごちゃ言っていると、机で居眠りしていた風架がむくっと起き上がった。
「やらなくちゃ……(使命感)」
風架は忍刀を抜き放つと、寝ぼけ眼のまま事務所の方へ歩いて行った。
数秒後、事務所の方から悲鳴。
「きゃーですぅ! 痛いのですぅ!」
「嫌な予感はしていましたーっ!」
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「堺君、土下座」
堺は、パーティ会場に連れて来られ、治療を受けながら椿に説教を受けていた。
「どうせ、鈴歌ちゃんと二人きりになって優しくされたから“いいな〜、こういう奥さん欲しいな〜”とか思っちゃったんでしょ? それをタペストリーが感知したのだわ!」
ふて腐れている堺。
「思いましたよ! 悪いですか! 普段一緒にいる女性より、若いし、可愛いし、優しいし、常識人ですからね! 変なパーティとか企画しそうにないし!」
所員二人がギャーギャー言い争っていると、風架が叫んだ。
「やりました! 天叢雲凶蛇が決まって、天魔のラスボスを仕留めました! 世界に平和が訪れたんです!」
寝ぼけ眼のまま、ジーザススマイル。
しでかした事には、気付いていないらしい。
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「……あった、これ、だ」
僅はプレゼントで配ったオカルト本の中から、タペストリーに関する頁を見付け出した。
本を、僅の横から覗きこむチルルとミハイル。
「聖帝タペストリー〜愛などいらぬクン〜? なんなのよ、これ?」
「呪いの解除方法は“愛しているよゲーム”だと? 合コンでやったアレか?」
解説しよう!
愛しているよゲームとは、皆で輪を作り、隣りの人の耳元に“愛しているよ”と囁き、照れた人が負けというだけの単純なゲームである。
「誰も照れずに一周した後、全員で“愛などいらぬ!”と叫べば呪いが解除されるらしいな」
「なにそれこわい」
「呪いが解ければ、普通のクリスマスパーティが出来ますぅ♪」
満場一致で“愛しているよゲーム”の開催が決定した。
全員で輪を作る。
並びは、チルル、ミハイル、ハル、椿、風華、ケイ、鈴歌、僅の順。
最初はチルルからミハイルへの、愛の囁き。
「愛しているのよーーーッ!」
「うぉい!」
頭を抱え、しゃがみ込むミハイル。
「照れちゃうだなんてダメね! もしかしてあたいに気がある?」
ケラケラ笑うチルル。
「アホか、声がデカすぎるんだよ! 鼓膜が重体になったぞ!」
他のメンバーは免疫があったり、合コン慣れしていたりで楽々クリア。
そして最後、僅がチルルに愛を囁いて、チルルが照れなければ解除成功確定という段まで来た。
変人な僅に無邪気なチルルなので、あっさりクリアかと思いきや。
「愛してい、る」
みるみるうちに、チルルの幼い顔が真っ赤に鳴り始めた。
「どうし、た?」
「あらチルルちゃん、まさか」
春到来かと思いきや――殴った。
ブチ切れて、僅の顔面を思い切り殴ったのだ。
「ぐ、ぉ!」
「何が愛しているよ! あんたのせいでさいきょーなあたいがボコボコにされたばかりじゃないのよ! あんたとなんか離婚よ、離婚!」
結婚どころか、付き合ってもいないのに三行半下しちゃうチルルちゃん。
どうやら、趣旨を理解していなかったらしい。
ともあれ、これでタペストリーの呪いが消え、普通にパーティ出来る――はず、だったのだが。
●
チルル、ケイ、ミハイル、僅、鈴歌、椿、堺。
会議室の床に皆、仰向けに並べられている。
彼らの顔に、ハルが白いハンカチを被せていた。
今まで盛大にボコられても平気でパーティを続けていられたのは、タペストリーの呪いが与えた僻みエネルギーの副産物だったらしい。
タペストリーを無力化してしまった今はもはや、皆――。
風架、ハル、難を逃れた二人が仲間たちに合掌している。
「ハル、勘違いしてた、よ。 ……独り身パーティは、お刺身パーティじゃな、い。 ……哀しみパーティだったんだ、ね」
「さようなら皆さん。 これから自分、皆さんの想い出を胸に生きていきます。 さあ、行きましょう、ハルさん」
自然にハルの手をとり、パーティ会場を去ろうとする天然タラシ風架。
その時、忌まわしきあの台詞。
「ギルティ……ギルティ……」
振り向くと、アラサー女がゾンビの如く蘇っていた。
「私のパーティで新カップル成立なんかさせないのだわ」
風架とハルに襲い掛かる椿、恐怖のサイテーサーティ女!
僻み、それは聖夜をも悪夢の夜に変えてしまう負のエネルギー。
人に愛されない事を僻む前に、まずは自分を愛そう。
それこそが幸せになるために守るべき、鉄の掟なのだから。