●
「ファングさん。 現在、六人確認されている七美さんの恋人の一人です」
堺 臣人は、画面に映るファング・CEフィールド(
ja7828)をそう紹介した。
堺と黒須社長は、現在、斡旋所所有の乗用車内で、モニターごしにデートの生動画を見ている。
賀族は変装した椿が尾行して撮影、音声は七美に取りつけたマイクから無線で伝わっていた。
ただ、時々ファングがその気配に反応し、人を射殺すレベルの眼光を向けてくるので、かなりビビっているようだ。
饒舌な椿が、終始無言だった
「すいません博物館なんかで、オレ、日本に来るまでデートなんてした事なかったから、こういう内容しか知らないんだ」
七美が柔らかな笑みを浮かべた。
「英国の方って、本当に紳士的なんですね」
七美の言葉に、ファングは真摯な目で応えた。
「贋の紳士とは、自己の欠点を他人にも自分にもごまかす連中であり、真の紳士とは、それらを完全に認識し、それらを告白する人間である。 オレも、そういう人間でありたい」
あまりにもイケメンすぎる言葉に七美は頬を染めた。
今回の任務では、社長に七美を諦めさせればいいのである。
社長の心を折るため、圧倒的イケメン力を見せつけるのは正攻法だった。
社長の容姿は、ゴリラとしか例えようがない。
外見でも、圧倒されていた。
ファングはさらに攻勢をかけた。
七美が悩んでいるであろう、家族に対する気遣いを見せたのだ。
「金は良い召使いでもあるが、悪い主人でもある。 貴女のお兄さんは悪い主人に捕まったのですね」
ファングが懐から、懐中時計を取り出す。
「残念ですが、もう時間のようです」
残念そうに微笑むと、ファングは七美の足元に跪き、手の甲に別れのキスをした。
そして、彼女の耳元に唇を近づけ何かを囁くと、そのまま手を振って別れた。
「苦脳を最も隠す者が、 苦悩に最も耐えうる者である。 貴女は、見事な淑女だ、これからの貴女の人生に多くの苦難と、より多くの幸あらん事を祈っていますね」
と、囁いたそうなのだが、それを聞いていれば社長の精神的ダメージはさらに深まっただろう。
「誠実そうな方ですね、ファングさんは」
一人目ですでにノックダウン気味の社長だったが、どうにか立ち上がってきた。
「誠実な男性が好きだというのなら、私もさらに務めます! 七美さんが外見で人を判断する人間でない以上、私にも芽はあるはずだ」
「外見で人を判断していないって、本気でそう思います?」
堺は、わざと意地悪げに聞いた。
「ほら、見て下さい、七美さんが本日二人目の恋人とデートを始めますよ」
●
博物館を出た七美と落ち合ったのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)だった。
銀の長い髪を靡かせた、チャラチャラのビジュアル系である。
外見に拘らない女性が付き合う男には、とうてい見えない。
二人は、喫茶店に入った。
「あ、ここのお店、新しいカヌレが出てて、すっごく美味しいんだってよ」
喫茶店を出て、雑貨屋に入る。
「あ、可愛い雑貨屋さん、キミの着ている服の雰囲気に、ピッタリのアクセとかきっとあると思うんだよね」
ゴリラ的社長には、とても真似出来ないようなオシャレ会話だった。
だが、ジェラルドは持ち時間六十分の半分も消化せずに姿を消してしまった。
チャラ男に見える彼だが、実は今回のメンバー中、屈指の目的意識の持ち主でもあるのだ。
それを遂げるべく、ジェラルドは場を去った。
●
雑貨屋の前で七美は、一台の車に乗り込んだ。
肌の浅黒い、エキゾチックな青年の運転する車だ。
車内で二人は、軽いスキンシップをとりつつ睦まじく会話をした。
やがて、少し高そうなレストランの前で七美を下ろすと、青年はそのまま走り去ってしまった。
予約された席にはインド系の女性・アティーヤ・ミランダ(
ja8923)がイタズラっぽい笑みを浮かべて待っていた。
「さっきの誰? アッシー? メッシー? ミツグ君?」
尋ねるアティーヤだが、誰も何も、肌の浅黒い青年は、変装したアティーヤ本人である。
「この辺りの担当として、その三つを兼任していただいている方です」
「いやー、金で無理やりつながった仲はヒサンですな。 貢いだ金が、デートでのメシ代にきえているとも知らずに」
「まあ、こちらは遊びとしか思ってませんし、何かあったら切ればいいんですよ」
こういう悪女ぽい台詞を七美に言わせるために、アティーヤはわざわざ変装したのだ。
そのアティーヤに、七美が顔を近づける。
「でも、アティーヤは別よ」
「二股の本命が女とかえげつないなあ、七美」
紅潮した二つの美貌がさらに近づき、二人は熱く唇を重ねた。
……ような角度で、椿が撮影しているだけなのだが社長は車内で悲鳴をあげた。
「ウホホゥゥーーーーッ!?」
錯乱の余り胸を両拳で叩き、ドラミングする社長。
「だから言ったじゃないですか、七美さんは男女構わず手を出す女だって」
食事が終ると、二人はラブラブな雰囲気で手を繋いで店の扉をくぐった。
「この女性が、七美さんの本命なのでしょうか?」
額に冷却シートを張った社長が、虚ろな目で尋ねた。
「何言ってんですか、そこが七美さんの恐ろしいところなんですよ、アティーヤさんでさえ網にかかった、憐れな虫の一匹に過ぎないんです」
七美を蜘蛛扱いしながら、堺は車窓の外を指差した。
●
「ほら、次が来ましたよ、あんなに小さい憐れな羽虫が」
ショッピングモールの入り口で落ち合ったのは、姫月 亞李亞(
jb8364)だった。
若干十二歳。 背に羽根を持つ半天使の娘。
ふわふわ、まさに天使で綿菓子のような女の子である。
「七美お姉さま、お待たせしてごめんなさい」
「ほら、亞李亞、リボンが歪んでいるわ」
リボンを直してもらった亞李亞は、そのまま挨拶のキスを七美の両頬にした。
二人は手を恋人繋ぎして、お買い物へ向かう。
アクセサリー店に入ると、亞李亞は熱い瞳を七美に上目使いを向けた。
「ありあ、七美お姉さまと結ばれた証にお揃いの物が欲しいの」
ペアリングを選び内側にイニシャルを入れてもらい指輪をお互いの指にはめる二人。
「七美お姉さまの手は綺麗なのね」
指を絡ませ指にキスをする亞李亞。
だが、それで満足はしなかった。
「ねぇ、ありあは七美お姉さまの事が大好きなのよ……七美お姉さまはありあの事好き?ねぇ?」
両手で頬を包み込み唇にキスをしている。
……ように見せる演出だ。
そして、唇を話した瞬間の亞李亞の表情、これが強烈だった。
「ありあだけを見てくれなくちゃ嫌なのよ? 他を見たら許さない……」
幼い顔に、闇が渦巻いていたのである。
七美の虜にされた余り、心を病んでいる者の目だった。
妹として可愛がっている近所の子のお遊びにでも付き合ってあげているんだろうと、最初は高を括って観ていた社長も、鳥肌を立てた。
●
小高い丘の公園は、晩春の夕日が刺す頃には人気が皆無になる。
ひと気無い公園へ脚を運ぶ七美。
光が灯り空から舞い降りる白い翼。
差し出した手に手が重なり、誘われるかの如くに地に脚を付く。
抱きしめてしまえばとも思える距離。
「……また来て頂けましたの、ね……」
「天使様に逢えるのなら来るに決まっています」
銀髪の天使、桐亜・L・ブロッサム(
jb4130)だった。
「あら……天使でなく……桐亜、よ? 」
「今宵は貴女も私の名を呼んで居ないのですね」
「その名は……私にとって…… 穢しては為らぬ大切な物 。 おいそれと口にはできず、に……?」
二人の会話は、留まることなく続いた。
画面越しに見ている社長は、まったくついていっていない。
「あ、あの……七美さんたちは何を話しているのでしょう?」
「これが理解出来ないようだと、七美さんの心を射止めるのは難しいと思いますよ」
呆れたように言う堺だが、実は堺も意味がわかっていない。
それどころか、会話をしている七美本人がわかっていないはずだ。
事前に桐亜に渡された台本を、そのまま読んでいるだけなのだ。
どちらとも無く寄り添いあう二人の姿を桐亜は大いなる白羽で覆い隠した。
カメラから二人の姿が消える。
白い闇の中で抱擁し合っているような演出をたっぷりと社長に見せつけてから羽が開き僅かに、二人は離れ行く。
「貴女達には私達を捕える術があるのでしょう? それがあればもっと一緒に居られる……」
名残惜しむ言葉に桐亜は首を振る。
「貴女を縛ってしまえば……私の心は真実を失う……望めば離れてゆけるのに…それでも傍に、と願う……私は互いがそう思い続けたいから……言葉は彼女を本当に想う、誰かへの気持ち、繋ぎとめてしまえば、それは信用していない事になる」
桐亜は切なげに微笑み、こう言葉を残すと夕日の中に溶け込むように消え去った。
「”貴方”の心が真実なら……その気持ち一つで掴んで見せなさい、ね」
●
桐亜が消えた後の公園で、七美は平然と次の相手に会っていた。
藤井 雪彦(
jb4731)、茶髪に小麦色の肌、いかにも遊び人風に軽い男である。
公園近くのエスニック料理店で夕食を採った後、ゲーセンやらショッピングやらと遊んでまわり、今はテーブル付きのベンチで一休みしているところだ。
「今日、すっごい楽しかった〜♪ ボクと七海ちゃんの相性抜群だね♪ ボクが絶対に幸せにするから。 あっそう言えばしつこく結婚を迫ってくるヤツはどう? 諦めてくれた?」
ガチで口説くつもりらしい。
七美の腕や肩に触れつつ、忍法・友達汁までちょくちょく使用していた。
「大体、好きな子に借金チャラにするから結婚とか言い出すなんて……ろくな男じゃないよ……本人気づかないのかな? 困っちゃうね」
画面越しにこれを聞いてしまった社長が、本気で凹んでいる。
むろん、雪彦は聞かせるべく口に出したのだろう。
社長が、そんな提案をしなければ、とっくに七美と結ばれていただろうし、撃退士たちは偽デートなどというアホな任務を背負わなくてすんだのだ。
「ボクの名案があるんだけどー七海ちゃん、この国では重婚はできないから〜もうボクと結婚しちゃえばすべてが丸く収まると思わない? これ以上言い寄られないし」
『My love for you is eternal』と書かれたメッセージカード、花束を渡す。
「本当に社長の事断って良いのなら……ボク、オススメだよ♪ これ受け取って」
雪彦から七美への、正式なプロポーズだった。
●
社長が、車の助手席から立ち上がった。
「わかりました、もう七美さんには会いません」
「いいんですか?」
「よほど私に知られなくない事があるんですね、七美さんには。 こんな大がかりなお芝居まで用意するほどに」
「気づいていたんですか?」
堺はちょっと驚いた。
撃退士たちとのイチャラブ芝居に動揺している様子からして、うまく信じこんでもらっているものと思っていたのだ。
だとすれば、大した役者だ。
「買い被らないで下さい、気付いたのは今ですよ。 プロポーズ受けた時に、カメラ目線で困ったような視線を、投げかけてきていましたから」
「なるほどね、僕のプロポーズも効果あったわけだ。
雪彦がいつの間にか、堺の車の元に来ていた。
丁重にお返しされたらしく花束やリングを、手に持っている。
「こんなカッコ悪い役やったんだ…幸せになってよ?」
雪彦の言葉に、社長は無念そうに首を横に振った。
「この動画を見れば彼女が隠している事がわかる」
その時、そう言いながら、自分用のモバイルを社長に渡した者がいる。
ジェラルドだった。
昼間、短い偽デートの後、姿を消していたのが今、戻ってきたのだ
これにも社長は首を横に振った。
「七美さんが触れられない事に触れるわけには」
人の心の奥底に踏み込めない男だ、優しすぎるのだ。
「”貴方”の心が真実なら……その気持ち一つで掴んで見せなさい、ね」
桐亜が、当然のようにそこに立ち、静かに微笑んでいた。
社長は、桐亜の言葉をようやく理解した。
「わかりました」
●
動画は競馬場の観客席で撮られていた。
酒やけした顔の若い男が映っている。
七美の兄・一也である。
「うるせえなあ、返すって言ってんだろ。 あのお馬ちゃんが一着で入ればすぐ返せるんだよ」
ジェラルドが借金の返済を督促する。
一也の借入金に関して調べ上げ、数時間で取り立て窓口としての立場まで得ていた。
「さっきからそればかりで全然、当たらないじゃない? 真面目に働きなよ、妹さんたちが心配しているよ」
彼女がいるのか聞いたり、タコ部屋行きを脅したりもしたのだが、無関心な返事しか返ってこなかった。
妹の事で情に訴えるのが、最後の砦なのだ。
「心配してるんなら、俺の言う通りの所へ嫁に行けばいいんだ。 妹たちは金持ちのところへ嫁に行ける、金貸しの社長どもは美人の嫁や愛人が出来る、俺は借金をチャラに出来る。 誰も損しないじゃないか、何が不満でみんな文句言ってんだか?」
全くわけのわからないという顔で、一也はカップ酒を啜った。
これは救いようがない、そんなジェラルドの溜息が動画の最後に紛れ込んでいた。
●
「わかりました、お兄さんが他の金融会社にした借金は、私が肩代わりしておきましょう」
「ダメです」
ファングが首を横に振った。
本来、社長が身を引く宣言をした時点で依頼人の頼みは達成されており、任務大成功なわけだが、なぜか撃退士全員、ここに集まり、思いとどまらせようとしている。
社長と七美が別れて大成功。
そんな後味の悪い大成功、誰も味わいたくないのだ。
「社長は、そうやってお兄さんをどこまでも甘やかすでしょう。 だから七美さんは、お兄さんの現状を伝えず、こんなお芝居までして離れようとしたんです」
「社長も七美ちゃんも優しすぎるんだよね、だからうまくいかないのさ」
社長のゴリラ顔が一瞬、愕然とし、それから戦慄いた。
「なら、どうすれば!?」
全員、押し黙った。
簡単に解決出来る問題なら、こんな騒ぎにはなっていない。
「兄ともあろう人が妹に迷惑をかけるなんて許せないのよ」
亞里亞が飴を舐めながらプンスカしている。
トリック好きなジェラルドが、指をパチンと鳴らした。
「それだ、妹だ!」
●
競馬場で外れ馬券を量産し続けている一也の元に、社長は向かった。
「私は七美さんにフラれました。 ですが、借金をチャラにする約束は守りましょう、あなた自身が私の妹と結婚していただければ」
社長は一也にそう提案し、自らの妹を招きよせた。
一也の理論によれば、誰も損しない取引のはずだった。
金持ちの娘を手に入れ、借金がチャラになるのである。
だが、その『妹』は兄そっくりだった。
ゴリラである。
アティーヤが、そういう変装をしたのだ。
「すみません、真面目に働きますから勘弁して下さい」
一也は、土下座をした。
近い未来の義弟に、深々と誓いを立てた。