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「へぇ、これが普通の学校かぁ。確かに久遠ヶ原と比べると美少年、美少女キャラが圧倒的に少ない」
そんな事を平気で言っちゃう小生意気少年、ファリオ(
jc0001)
彼は、王輪学園小等部六年に転入した。
本当は中二なのだが“授業楽そうだし”というダメな理由である。
「この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、僕のところに来なさい」
教室に入るなり、この挨拶。
額に宝石付けているお前が一番、異世界人っぽいよ! というツッコミを誰もがした。
体育の時間。
「きゃー! ファリオ君素敵!」
百メートル走を、十秒台で駆け抜けるファリオ。
撃退士なので朝飯前である。
女子からきゃーきゃー言われる。
「もう俺、ホモでもいいや……」
しかも、顔は一般人の女の子よりも可愛い。
男子からブヒブヒ言われる。
まさに魔少年である。
その時、ファリオの後を、七秒も遅く走ってきた女の子が転びかけた。
「きゃ!」
「おっと」
その腕を、素早く掴んで支える。
「あ、ありがとう」
顔を寄せ合うような体勢、ここでファリオ余計な事を考え始める。
(まあ折角だから、少しセレブっぽさをアピールしますか)
「しゃるうぃーだんす?」
百メートルトラックで、女の子の手を掴んだまま、踊り出した。
いわゆる、社交ダンスである。
「あ、あのいきなり何を?」
「ふふん、社交界に出ているせいで、勝手に体が動いちゃうんだ」
「社交界? すげー!」
「ファリオくんってお坊ちゃま?」
「額の宝石、おいくら万円?」
「いやいや、僕なんて全然そんなことないよ。 今日、ちょうど転校している、イリスさんという子がいるんだけど、その人の実家って会社をいくつも経営しているし、格式もすごく高いんだよ。 専任のお付の人もいるみたいだし」
大金持ちではないかという噂をあえて否定するファリオ。
彼は、誘拐される気なんか、さらさらないのである。
だって、薄い本みたいな展開になるかもしれないから!
「他にも聡一さんという人もいるんだけど、この人は常に鬼頭さんっていう従者を連れまわるほどのセレブだよ。 もう僕と比べたら月とスッポンだよ」
自分よりもっとお金持ちがいますよ、アピールし続ける。
「砂原さんって人は、お母さんが英国伯爵令嬢なんだよ、やんごとないんだよ、やんごとって何ごとだか知らないけど」
こんな感じで、調子よく生きて行くファリオ。
面倒事は、他人になすりつけていくスタイル。
●
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」
依頼出発前、イリス・レイバルド(
jb0442)は誰もいない自室でいつもの口上を叫んだ。
「あー、ノルマ達成」
今回、ここで叫ばないと機会がないかもしれないのである。
高等部一年の教室。
「今日から二人の仲間が編入する事になった、自己紹介をしてもらう」
先生に促され、挨拶をする。
「えと、イリスです、皆さんよろしくお願いしますね♪」
髪をおろし、超おしとやかスマイルのイリス。
本来、超うるさ可愛いキャラなのだが、思いきり猫を被っている。
教室から、大きな感嘆があがる。
「おおー!」
(ンフフ、ドーダイ! ボクのお嬢様っぷりは?)
心の中でドヤ顔をするイリス。
だが、感嘆の対象はそこではなかった。
「金髪ロリキター!」
「合法幼女ぉぉ!」
「世界一可愛いよ!」
書類上十五歳という事になっているが、それにしては可愛すぎるイリスちゃん。
ここも久遠ヶ原に負けず劣らず、変態の巣窟のようだ。
(誰が合法幼女かぁッ!)
笑顔を引きつらせながら、心の中で怒号するが、ここで素をばらすわけにもいかない。
(ガマン! ガマンだよ、ボク!)
続いて従者役の常名 和(
jb9441)の番なのだが、主従関係アピールのためイリスが紹介をする。
「彼はボクの従者をしている和です、とてもしっかりしていて頼りになる人なんですよ♪」
一瞬、教室内が静まり返る。
「ロリっ娘の従者――だと」
「つまりは、奴隷?」
「羨ましい! 俺も奴隷にしてください!」
「あたしにご褒美を! 踏んでくださいましイリスお嬢様! orz」
イリスの従者希望者続出!
小中高大一貫教育とは、かくも変態を育てるものなのか!?
休み時間、クラスメイトに質問攻めにされるイリス。
その中で趣味に関して尋ねられた。
「紅茶作りを嗜んでいます、丁度茶葉の用意は有りますしよろしければためして頂けませんか」
バッグからティーセットを取り出し、休み時間の教室で紅茶を煎れ始める。
その様子に苦笑いする常名。
「お嬢様は当主様に溺愛されていまして。 少々世間に疎いところがありますね」
煎れた紅茶を、常名の経費で買ったカップに注ぎ、クラスメイト皆に配る。
「まあ、宜しいんですか? こんな高級そうなもの」
「ええ、家の庭に紅茶に使えるものも栽培してあるので材料には困らないんですよ、それに新鮮なものを使うと美味しいものが出来るような気がするんです♪」
本当は安物なのだが、紅茶の味などちゃんとわかる高校生など、そうそういるものではない。
「うん、午後に飲む紅茶とは味が違うね」
この程度である。
雰囲気さえロイヤルなら、美味しく感じるのだ!
放課後。
クラスメイトに校内を案内してもらっていると、校庭で砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)に出会った。
「ご機嫌麗しく、レディ・イリス。 ホテル・マクベのパーティー以来ですね」
「まあ、砂原様、あの時のヴァイオリンの演奏は素敵でしたわ」
「レディ・イリスのピアノの上達ぶりにも驚きました、今度は一緒に演奏させていただきたいものです」
「ええ、ぜひ」
さらっと会話にセレブ感を出して別れる。
「ピアノ?」
クラスメイトに尋ねられ、常名が代わって答える。
「イリスお嬢様には専属のピアノ教師がついておられます」
おおっという感嘆の声があがる。
「皆さんは、音楽はされないのですか?」
イリスが尋ねると皆、苦笑いする。
「んー? 私らはカラオケくらいかなー」
「カラオケ、ですか?」
キョトンとしてみせるイリス。
これも世間知らずアピール。
「ええ、イリスお嬢様、カラオケ知らないの!?」
「じゃあ、一緒に行こうよ!」
本当は歌うのが大好きで、アイドルコンテストにも出たほどのイリス。
けれど、こうしてカラオケボックスに来ても歌おうとしない。
本気で歌うとマイクを破壊してしまうレベルの小型大出力音撃兵器のため、地を出すまいと必死で我慢しているのだ。
「イリス様、お歌は苦手ですか?」
「いえ、こういう場へのお誘いは初めてなものでして……」
自信なさげに目を伏せるが、本当は歌いたくてワナワナしている。
その隣で、常名はスマホを取り出していた。
「お嬢様、レイバルド様に定期連絡の時間でございます」
「お爺様、体のお加減はいかがなのでしょうか?」
心配そうに呟くイリス。
普段はこうして実家に電話をかけるふりをして、斡旋所員の四ノ宮 椿に電話をかけ、周りに名家のお嬢様アピールをしているのだ。
だが、今回は電話をかけようとした直前、向うから着信があった。
受けるなり、声を裏返らす常名。
「え? なんですって、そんな!?」
●
時は遡る。
イリスと別れた後、砂原は寮の食堂で戸惑っていた。
テーブルの左側に立ち、いつまでも座らないのだ。
「あの、ハウス・スチュワードは、いないのですか?」
困惑顔で食堂のおばちゃんに声をかける。
「何言ってんだ? 早く座れよ」
すでに食事をしている同じ寮生に、促された。
「いえ、椅子を引いていただいてから座らないと、マナー違反になると思いまして」
ハイソな世界しか知りませんアピールである。
ちなみに、この食堂の椅子は長椅子。
食事中に引いたりしたら、座っている皆がこぼす。
ロクに食べられなかったので、食事が出来る店を探しに外に出る。
商店街の片隅にあった駄菓子屋に興味を持って入る。
カラフルなお菓子が並んでいるが、“見た事もない“ものなので首を傾げる。
とりあえず、“うまい”と書かれている棒を数本手に取り、レジに持っていく。
お札を渡し、そのまま釣りをもらわずに背中を向ける砂原。
「ほら、お兄さん、お釣り!」
「え? お釣り? すみません、現金は使ったことなくて不慣れで」
受け取ったお釣りの中にあった穴あきコインを見て、首を傾げる。
「あの、お人形の刀の鍔が混ざっているようなんですが?」
落語に出てくる箱入り娘レベルに物を知らない砂原。
究極のカマトトメガネである。
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咲魔 聡一(
jb9491)は、SP役の鬼頭 翔(
ja1421)と共に高等部二年の教室にいた。
隣席の鬼頭に話しかける。
「まったく、母の過保護にも困ったものだ……まさか鬼頭まで同じクラスに転校させられてくるとはな……というか、断ってもいいんだぞ?」
経費三千久遠を久遠ヶ原のマナー講師・滅子先生への手土産代に充てた咲魔。
受けた教えを元に、上流階級らしく振舞う。
それに対し、首を横に振る鬼頭。
「大恩ある奥方様の頼み、断るなど考えたこともございません」
鬼頭は十九歳、大学生なのだが、御曹司警護のために学年を下げて編入したという設定だ。
本来、某令嬢にSPとして仕えていた経歴の持ち主で、その令嬢の悪戯で後頭部のヘアスタイルがバーコードになっている。
本任務中は“過保護な従者と、それに嫌気が差している御曹司”と言う設定だ。
よって、寮での食事の時も――。
「毒見するなら早くしてくれ。料理を冷ますなど、作ってくれた人に失礼だ」
「では、失礼いたしまして――問題はないようです、聡一様」
「問題大ありだろ! 僕が食べる部分が残っていない!」
お約束を守った、御曹司コントを繰り広げている。
トイレに入る時にも、芝居を忘れない。
「何十というグループ企業、何万という社員をしょって立つ、グループの次期頭首として、己の立場は理解しているつもりさ。 今、この学園の生徒が狙われているという事もな。 だが……トイレにまでついて来なくてもいいだろうが!」
「そういうわけにはまいりません。とっさに身動きのとり辛いこの瞬間こそ護衛が必要でございましょう」
トイレの個室に、二人で入っていく。
「心配しすぎも良くないと思うのは、俺だけか?」
そんなコント二連発と、ファリオからサポート(という名のなすりつけ)が功を奏し、その日のうちに、大金持ちの御曹司だという噂が広まった。
翌日。
「おうおう、俺に断りもなしにデカい顔しているみたいやんけ」
教室に、ガタイの良い三年生が入ってきた。
ここは普通の学校なので、普通に番長がいるのだ。
「聡一様に何か御用ですか?」
SPらしく、咲魔の前に立ちふさがる鬼頭。
それをギロリと見下ろす番長。
「お前、なんぼのもんやねん?」
「私は聡一様のSPですが」
毅然とした顔で応える鬼頭。
「そんな事聞いとらん! お前の値段がいくらか聞いておるんじゃ!」
番長は、突然、鬼頭のヅラをむしりとった。
後頭部のバーコード頭が露わになる。
それをレジにあるアレでピッとした。
「2200久遠! こいつは買いや!」
「私は売り物じゃないです」
「値札付けとるやんけ!」
後頭部のバーコードを、鬼頭の売値だと思っているらしい。
おそらくは、寮の風呂で見られたのだろう。
「ボン! ワシにこいつを売れ!」
聡一に、札を二枚差し出す番長。
それを眼鏡ごしにジッと見つめた咲魔は、
「200久遠足りないようですが」
生真面目に答えた。
「そのくらい値引きせい!」
「う〜ん、なら2100……」
「値下げしないで下さい! 大体、私なんか買って何をさせるつもりなんですか!?」
「決っとるじゃろ! お前とボンがトイレの中でしとったような事じゃ……ハァハァ」
どうやら、トイレの個室に二人で一緒に入った事が誤解を生んだようだ。
「そんな事していませんよ!」
本当は、過保護な鬼頭から逃げ出して、その隙に誘拐を誘うというストーリーを予定していた咲魔。
だが、今は鬼頭の方がお持ち帰りの危機にある。
果たして、鬼頭のお値段やいくら!?
●
そんな感じに王輪学園の日々を過ごした撃退士たち。
ある日、一台の車が道路脇に停まった。
「大変だ! キミのお父上が事故に遭われた! すぐに乗ってくれ!」
極めて古典的、人を馬鹿にしたような誘拐の手口である。
こんなのでも、攫えると思っているのだ。
なぜなら砂原は、究極の世間知らずアピールをし続けていたから。
完全に“舐めさせる事に成功”したのだ。
「父上が! 何とおいたわしい、すぐ連れて行って下さい!」
慌てた顔をし、車に乗り込む砂原。
むろん、引っかかったのは誘拐犯たちの方である。
この後、撃退士パワーでボコボコにし、警察に突き出した。
彼らを尋問すれば、組織壊滅は時間の問題だろう。
その事を、仲間に報告に行く砂原。
「ファリオちゃん、お疲れ様、誘拐犯捕まえたよ」
「え? まだそんな事やってたんですか? 僕は遊びまくりでしたよ、勉強も楽だし、任務終了日ギリギリまで居座るつもりですよ」
相変わらずなファリオ。
金持ちアピールはしてあるので誘拐されてもおかしくないのだが、取巻きが常に周りにいるので、手を出されることはなかった。
やはり、攫われなかったイリス。
常に誰かと一緒にいる人間は、標的になりにくいようだ。
カラオケボックスで、電話を受けた常名は声をあげた。
「まじで? 砂原さんもう捕まえちゃったんですか!?」
『カマトト作戦成功だよ、イリスちゃんにも宜しく伝えてね!』
砂原からの電話を切る常名。
「イリスちゃん、犯人捕まったって!」
お嬢様にタメ口聞き出した常名に、キョトンとするクラスメイトたち。
「砂原くんやっるねー! ならもう、演技しなくてオールライツだね!」
今まで被っていた猫を、豪快に放り投げるイリス。
マイクを掴むと、スーと息を吸い込み、目一杯叫ぶ。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」
最初は唖然とした取巻きたちだが、これが素のイリスだと知ると歌い出したイリスに大声援を送り始めた。
「世界一可愛いよ!」
造った御嬢様キャラより、本来のイリスの方がずっと魅力的なようだ。
さて、悲惨なのが“過保護に嫌気がさしている御曹司と、そのSP“の芝居をしてきた咲魔と鬼頭。
「勘弁してくれ鬼頭、僕だってたまには一人になりたいんだ」
「聡一様、そんな殺生な事言わないで下さい」
トイレに一緒に入った事があらぬ誤解を受け、鬼頭が男色番長に狙われるハメになってしまった。
熱烈な買取攻勢に鬼頭は怯え、咲魔から離れたがらない。
いつのまにか、御曹司がSPを警護している状態になっている。
誘拐の標的に、なるわけがなかった。
なお鬼頭のバーコードはストレス性脱毛症により、幅が広がってしまっている。
時々、その具合を咲魔が測る。
ピッ
「980円だぞ、鬼頭」
「嗚呼、また値下がりしてます」
下がり続ける男、鬼頭。
任務終了日まで、まだ時間がある。
その間、パンツを下げられない事を祈ろう。