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合宿所の和室に、やる気に満ちた七人が揃った。
最初に口火を切ったのは“エイルズレトロ”の異名を持つ、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
生まれる前の玩具に、何故か前のめり
「さて、今回僕が紹介しまするは、一九九一年に発売されたこの玩具!」
取り出したのは、モノクロ液晶ディスプレイを持つ白いマシンだった。
「知ってるっすよ! バーコードでバトるゲームっすね!」
阿賀野 祐輔(
jc0118)は、数百年旧家に仕えているという悪魔だ。
主人の子供の遊び相手もしていたため、昭和遊びの伝道師といえる。
「そうです! 市販商品のバーコードをスキャンさせることで数値化し、ゲーム内のキャラクターやアイテムデータ変換するという優れものです!」
「バーコードって、レジでピッとやるアレだろ? あんなんでどうやって遊ぶんだ?」
今回が初任務のライム・S・リアレーリ(
jc0388)はイマイチ、腑に落ちない顔をしている。
「論より証拠、遊んでみましょう――とりあえず手元にあるもので」
エイルズは、持参したお菓子の箱からバーコードをハサミで切り抜いた。
一方、阿賀野も持参した雑誌を同じく切り抜く。
「商品を切らないといけないの!?」
ライムは若干引いている。
「はい、本当はコピーをとるべきなんですが、コピー機が家にある家ばかりではなく、家庭によっては、家にあるものがことごとく穴だらけになっていたそうです」
「はた迷惑な玩具だなー」
切り抜いたバーコードをマシンのスリットに滑らせて、読みこませる。
HP、攻撃力、防御力などRPGでお馴染みの数値が表示される。
「うーん、これは勝ち目ありませんねえ」
全ての数値が、阿賀野のそれの方が高い。
「フフフッ、雑誌のバーコード安定っす」
「逆転要素とかないの?」
「対戦は基本、ボタンを交互に押し合うだけですからね、多少のテクはありますが、これは数値差で押し切られてしまいます。 強いバーコードを探すまでが楽しいんですよ」
「バーコードくらい、パソコンで偽造できるんじゃないか?」
二十九歳、ミハイル・エッカート(
jb0544)が言うと、エイルズは溜息をついた。
「そういうダメ発想する大人が前世紀にもいたから、大会で問題化したらしいですよ。 大体、強いバーコードを探すっていう楽しみがなくなるじゃないですか」
「うっ、なんかすまん」
エイルズに責められ、たじろぐミハイル。
前世紀のダメ大人扱いされた。
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「知っているわよ、その玩具をテーマにした漫画のヒロインが、実は男の娘だったのよね♪ しかも作者本人が男の娘の“その後”を描いたのよ♪ “成年漫画“でね♪ ウチに来れば読めるわよ♪」
マイクロビキニの美痴女、雁久良 霧依(
jb0827)が楽しげに語った。
当時の少年たちのトラウマを、深化させそうな情報である。
霧依は八ビットの家庭的ゲーム機に、持参したカセットを差しこんだ。
「そのソフト、3DRPGの草分け的シリーズの第一作目ですね!」
「ほう、実は俺TVゲームとかやったことないんだ、動く系の玩具専門でな」
外見は少年に見えるが、実は孫もいるおじいちゃんだったりする赭々 燈戴(
jc0703)。
ならばと、コントローラーを握らせてみた。
「楽しみだな〜、どうやって遊ぶんだこれ?」
「まずはキャラメイクね、作るキャラの名前や職業、パラメなんかを決めて」
テキストのみの画面で、キャラメイキングを始める。
「キャラ絵は出ないのか?」
「テキストだけなの♪ でも、そこがいい♪ 想像の翼が羽ばたくわ♪ 僧侶の名前をきりえにして、他はクラスメイトの男子の名前♪ 戦士はきりえのお尻を叩くのが好き、侍はきりえのスカートめくるのが好きみたいに設定も決めていたのよ♪」
「それは、霧依さんらしい想像の翼というべきか」
エイルズがそんな話しているのだが、中々ゲームがスタートしない。
「おい、まだダメなのか?」
赭々は延々とキャラメイクをしている。
「そんなんじゃダメ♪ ボーナスが低いわ、やりなおし♪」
高いパラメのキャラが出来るまで、何度も何度も単純作業を強いられているのだ。
ボーナスはランダム要素な上、霧依の理想が高いので何時間もその繰り返しをさせられる。
頭の中が、段々、真っ白になってくる赭々。
「TVゲームって、楽しいのか……?」
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「楽しいぞ」
今まで無言で様子を見ていたアイリス・レイバルド(
jb1510)が口を開いた。
「おお! アイリスさんが手に持っているのは、爆弾男ゲームじゃないですか」
エイルズが色めきたつ。
升目状のフィールドで、爆弾を操るロボットを操作し、互いを爆破し合って最後の一人に残るのが目的の対戦ゲームだ。
「いいですよねえ、ルールが簡単で、素人と玄人が一緒に遊べるゲームなんて早々ありませんよ」
「そっちの方がよさそうだ、それをやってみよう」
パラメ決めを投げ出し、モニターの主役を、家族的ゲーム機から、コアな構想のゲーム機に切り替える赭々。
このゲームは、パッドを増設すれば最大四人まで同時対戦が可能だ。
早速、四人の挑戦者が対戦に挑んだ。
一人目はむろん、アイリス。
「姉妹が多くてな、こういう対戦ゲームは子供の頃重宝した物だ」
設置した爆弾を、キャラの陰に隠して爆発のタイミングを誤魔化す、等の高等テクを使う。
「ちなみに、私は強いぞ。 そのせいで良く集中攻撃をくらってなかなか勝てなかったがな」
二人目は赭々。
即死。
「おい、始まってすぐ死んだぞ、どうなってんだ!?」
「開始一手で爆弾を置いて、自爆はある意味名物クラスの良くあるミスだ」
三人目は阿賀野。
「特攻覚悟っすよ!」
何も考えずに、アイリスに挑み、返り討ちに遭った。
家の坊ちゃんに、RPGのレベルあげしかやらせてもらえないというのも頷ける。
そして四人目、ミハイル。
基本は出来ているのだが、強者アイリスとの戦いを避けて、逃げに専念し出したので、横から妙な罰ゲームが提案される。
「ゲームに負けたら、罰ゲームで焼きピーマンを食えだと? 冗談じゃねえ、この俺が焼きリーマンになった方がマシだぜ!」
ピーマン喰いたくなさに必死になって、自爆テロ!
両者同時死亡により、勝負はドロー判定となった。
「どんな玄人も、覚悟を決めた素人の自爆テロはやっかいですからねえ」
一方、赭々はゲーム開始から二秒でやられた上、引き分け試合を見せられるハメになった。
「結局、TVゲームのどこが面白いんだ!?」
床に寝っころがり、ふて腐れる赭々。
名作二本を遊んだのに、ある意味、不幸。
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「なら、こういうので遊ぶっす」
阿賀野が出したのは、ボクサーのフィギュアが赤青二体対峙している玩具だった。
「わかったぞ! このコントローラを握ってパンチすると、人形もパンチするんだな?」
初見のライムが、ズバリと言い当てる。
実際、ライムがコントローラを握って動かすと、赭々がコントローラを握る赤のボクサーとパコパコ打ち合いを始めた。
「んで、互いに打ち合って人形が倒れた方の負け! 単純だけど結構盛り上がるんすよ〜、トーナメント表とか作って優勝賞品アリだと特にね!」
「大会か、俺はかまわないぜ」
ミハイルはやる気だが、言っているそばから、ライムが空中高くにふっとばされている。
「ぐほぉ……」
「あ、すまん、つい本気になった」
赭々のパンチの衝撃波で、吹っ飛んでしまったのだ。
撃退士同士でやると、実に危険な遊びである。
続いて、バッグから、ぐったりと地面に這いつくばっているパンダのヌイグルミと絵本を取り出す阿賀野。
「あ! それ見た事ある!」
ダウンしていたライムが、起き上がる。
「今でも根強いファンがいるらしいですからね、一時は専門店が出るほどの大ブームになったっすよ」
「かわいいな」
パンダの垂れたほっぺを、ブニョーンと引っ張るアイリス。
やはり女の子ウケはいい。
「パンダというより、何かの幼虫っぽくもありますよね?」
「実際パンダの赤ん坊は、幼虫みたいだしな。 それが幼形成熟した姿がコレなんじゃないのか?」
「ミハイルさん、生々しい分析せんで下さいっす」
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「さぁ!アタシのライムスペシャルの餌食になりたいのはどいつだ! ブレーダーライムが受けて立つぜ!」
ライムが昭和チックなツバ付き帽子をかぶり、児童漫画チックなポーズでコマを構えた。
「お? ベーゴマか? 随分、派手だな」
懐かしげな赭々。
「正確にはベーゴマではなく、その進化系ね♪ パーツの組み換えで性能をカスタマイズ出来るのよ♪ 児童漫画誌で漫画化され、アニメにもなって、二度に渡るブームを起こしたわ♪」
「バッチリ、人数分持ってきたぜ! スタジアムもある!」
七人分のコマと、対戦ステージを取り出すライム。
「相手のコマをスタジアムから弾き飛ばせば勝ちだぜ! 互いに弾き出せずに回転が止まった場合は、長く回っていたものの勝ちだ!」
「ここは派手に、七人同時対戦といきましょう」
エイルズの提案で、七人が一斉にコマをシュートした。
「スリー・ツー! ゴー シュート!」
シューターと呼ばれる銃のような道具を使って回すので、習熟が必要なベーゴマと異なり、誰にでも回せる。
「あっという間に弾き飛ばされたぞ、おい」
「スタジアムが七人用に出来ていないっすからね」
本来、二人か三人対戦が基本なのだ。
瞬く間に五人が脱落。
残るはブレーダーライムと、ベーゴマ世代のベテラン赭々が投げた二つのコマ。
「よしいけ! そこだ! ライムスペシャルだ!」
声をかけるが、コマは反応しない。
「言いたくなるわよね♪ 漫画版だと主人公の思い通りに動くように見えるものね♪!」
「どのホビー漫画も似たようなものだな。 “ジャンプだ!”“トルネードスピンだ!”とか叫ぶとその通りに動いてくれるもんな」
残念そうに言う赭々。
実際に買った子供は、現実を知って愕然とするわけだ。
漫画と現実世界の区別を付ける、一種の通過儀礼である。
「ところがどっこい! 最近になって、リモコンで自在に移動させられる夢のヴァージョンが発売されたんだぜ!」
ドヤ顔で言うライム。
「漫画に憧れた子供たちが、大人になってそれを開発したのかもな! それはそれでアツい話だな!」
ミハイルがYシャツの首ボタンを外す。
そろそろ胸アツ合宿も、佳境に入ったようだ。
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「俺のは、コイツだ!」
赭々はベランダの引き戸を開けた。
そこに、プラスチック製のレーシングコースが設置されている。
スイッチを入れると、赤いミニチュアのレーシングカーが走り始めた。
「一九八二年……俺の娘が五歳のときに世に出た、電池で走るカープラモだ」
「娘さんは現在三十七才くらいですか、赭々さんが言うと妙なもんですね」
赭々は外見が十六歳前後。
むしろ、三十七歳の母親がいてもおかしくない外見をしている。
「ホビー改造にかまけてた俺を白い目で見ていた、幼い娘の顔が浮かぶぜ」
「改造?」
走っていたマシンを拾い上げ、シャーシを開けていじり始める赭々。
「こいつはカスタマイズで性能が変わるのがキモ。 電池やモーターによっても馬力やスピードが変わる。 平面タイヤをタル型に変えれば地面との摩擦が少なく走りがシャープに等々、試行錯誤も楽しい。 これがハマると終わらねぇんだ」
本当に終わりそうになく、仲間たちは、レーシングコースが置いてあるのはベランダに放置された。 今は十一月も末である。
「中に入ってもいいか?」
アイリスが、寒さにふるふると震えた。
「待て、今、パーツを変えたから早さや安定の違いを実際に見せてやる」
「引き戸越しでも見えるだろ?」
「ダメだ! 改造後は傾斜面を走らせたら勢いがつきすぎて、発射台の如くブッ飛ぶ可能性がある! ガラス戸にぶつかったらバリーンといっちまうぞ! まあ、蜜柑でも喰いながら見ていろ」
蜜柑を配り出す赭々。
こんな物食べたら、余計に、体が冷えるのだが――。
稀に見る、妖怪みかんじじいである。
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「さて、最後だが覚悟しておけよ、クソゲー中のクソゲーと名高きゲームだからな」
ミハイルは家族的コンピュータにカセットを差しこんだ
「クソゲー? 初見だと開始後一秒でやられるアクションゲームとか、エンカウント率が異常に高いRPGとかですか?」
「いや、プレイした一般人の超能力をトレーニングするというゲームだ」
「なにそれすごい、やってみてもいいっすか?」
パッドを握る阿賀野。
サイキックスクールに入学したプレイヤーに、箱に隠された物を当てる、通る車の色を予想、念を込めつつAボタンを押し、物体を動かす、などの課題が出される。
透視・念力・予知能力をそれぞれ鍛えるという名目だが――。
「初めて見ますが……このゲーム正気ですか? 超能力とか関係なく、完全なる運ゲーじゃないですか」
奇術士エイルズに、あっさりとタネを見抜かれてしまった。
「その通り、インチキだ。 ミニゲームの寄せ集めで、大した盛り上がりも達成感も無い」
パッドを握る阿賀野は、爆笑している。
「うわぉ、俺全部外したっすよ! 凄くね? 逆に凄くね? ウケルwww」
呆れてゲーム画面を見ているエイルズ。
「ミハイルさん、子供の頃こんなもので遊んでいたんですか? なけなしの小遣いはたいて買ったゲームがこれだったら、子供の性格歪みますよ」
「さすがに俺はリアルタイムで遊んでいたわけじゃない。 会社の同僚から“覚醒者は超能力者みたいなもんだろ”と勧められてプレイしたんだ。 クソつまらなさに思わずゲーム機ごとソフトを銃撃してしまったぜ」
「大人なんだから自重して下さいよ、なんでそうバンバン銃を打つんですか、グラサン外したら目ん玉繋がっていたりしません?」
「繋がってねえよ! どこの警官だよ!」
天井に向け、バンバン銃を撃つミハイル。
「ふっ、まあいいさ、弁償もしたしな。 お前らも俺の鬱憤を体験してみろ」
だが、ミハイルの言葉とは裏腹に、モニターの前は意外に盛り上がっていた。
「私は嫌いじゃないぞ、こういうの」
パッドを握り、黙々とプレイしているアイリス。
「次は絶対、右ですよ! ライムちゃんのESPがそう告げています!」
「私、これ好きなのよ♪ 皆で画面に念を送ったりして、一種のパーティゲームとして楽しむの♪」
「なんだ、TVゲームって面白いんだな。 今までやったのはよくわからんかったが、これは面白いと思うぞ」
赭々までが、ワクワクと顔を輝かせながら、世紀のクソゲーと呼ばれたそれに付き合っている。
茫然とするミハイルと、エイルズ。
「世の中、何がウケるかわかりませんねえ」
インチキだろうが、欠陥があろうが、魅力があるからウケたのだ! 記憶に残ったのだ!
子供が真に面白いと思うものは、大人がやったって面白い。
撃退士たちはこれが講師育成講習である事など忘れ、一時代築いた玩具たちと夜を徹して遊び続けたのだった。