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「“久遠ヶ原美食レポート”第二回目は、おでん屋 旗坊さんからスタートです!」
久遠ヶ原フードパークの一角で、咲魔 聡一(
jb9491)がTVカメラに向かって、にこやかに宣言した。
「スタートじゃ!」
“のじゃロリ”ことイオ(
jb2517)も、隣りで拳を突き上げる。
全く持って、清く正しい食レポ番組に見える
「早速お邪魔して……おお、良い匂いがしますよ!」
暖簾をくぐりながらもレポートを欠かさない咲魔。
どこで覚えたのか知らないが、プロ的食レポである。
「いらっしゃい!」
威勢よく出迎えてくれる店の大将。
カウンター席に座わりながら咲魔とイオは大将さんに話しかけた。
「大将、この店の特徴はなんじゃ?」
「さあ、私は先代の味と教えを守っているだけだからねえ、特徴って言われてもよくわかんないよ」
苦笑いする大将。
「むう、職人肌のようじゃのう」
「僕も質問よろしいでしょうか?」
「なんでしょ?」
TV取材が嬉しいのか、上機嫌な大将。
咲魔は眼鏡の位置を直しながら、知的な笑みで尋ねた。
「おでんというのは、何なのでしょうか?」
「はい?」
「北欧神話の主神に由来する料理なのは、その名から確実と察しております。 なので、北欧風の店構えを想像していたのですが、純和風の店構えですよね? 北欧料理をあえて和風の店で食べさせるのというが、ご主人の拘りなのでしょうか?」
知的なのだが、知らない事は全く知らないタイプの咲魔。
大将も呆然とする。
「……食えばわかるよ」
「串おでんを二本頼むぞ」
イオが、注文をしてくれた。
だが、大将が二人に配膳したのは四本のおでん。
首を傾げる二人に、カメラマン兼任ディレクター天田が番組趣旨を説明した。
「なに? どちらか片方だけがこの店のおでんじゃと!?」
「そんな、当てろって言われても、おでんが何なのかも知りませんよ!?」
大将は、目を血走らせてこちらを見ている
偽物の方が美味いなどとレポートしてしまった日には、何をされるのかわかったものではない。
崖っぷちな食レポが始まった。
まずAの串からはんぺんを口に運び、慎重に味わう。
「うむ。 ツユが中まで染みていて美味しいのじゃ、おでんの練り物は素材の良し悪しがダイレクトに味に出るからの」
無難にコメントするイオ。
「……むう」
対しておでんを知らない咲魔には、コメントのしようがない。
続いて、Bの串のはんぺん。
それを口にしたとたん、イオの口から幾重もの光条が放たれた。
「うーまーいーぞー!!」
店内を宇宙的エフェクトが包む。
「このチョコレート! 口に入れてふわっと解ける! 疑うべくもない! Bがこの店のおでんじゃ!」
咲魔が、思わずツッコミを入れる。
「今、チョコレートって言いませんでした?」
「それが老舗伝統の味なのじゃ! わざTVで放送しようというほどのものじゃぞ? 当たり前なおでんを出すはずがなかろう! この味なら毎日来ても構わんぞよ!」
おでん汁に着けたエアインホワイトチョコを、貪り喰うイオ。
実はイオ、無自覚なチョコレート原理主義者なのだ。
そこに大将が肩を怒らせ、近づいてくる。
怒りで顔に血管が浮き出し、なんだかもう、メロンの化物みたいになっている。
「出ていけー!」
店から閉めだされた。
「おかわりを! おかわりをくれー!」
閉ざされた玄関をガンガン叩くイオ。
「本物はこっち、Aです!」
一方、咲魔はカカオ中毒な相方を放置し、レポータースマイルを作っている。
「まずこのはんぺん、想像してみてください。 舌に乗せた途端震える柔らかさ。噛み締めるとほんのりと甘さを伴って喉の奥へ落ちていくお出汁の旨味! この蒟蒻もほら、こんなにプルプルして、見るだけで柔らかいのがお分かりになりますか! なりますよね!? さらにこの卵! 歯切れの良い白身と濃厚な黄身に染み込んだ醤油、かなり良いものを使ってる感じがします! 初めて食べるのがこんな良いおでんだなんて贅沢ですね!」
どこかで、食レポ資格でも取っていそうな見事な表現力!
だが、イオはカカオに脳をやられており、納得しない。
「Bじゃー! 蒟蒻だってBの方が口裏の粘膜にくっついて官能的だったでないか!」
「んなわけないがや! 素朴な甘さともっちり食感が自慢の名古屋名物ういろうを、乱暴に串でブッ刺したもんが正解な訳ねーがや!」
変貌する咲魔。
愛知県に行った事がないくせに、愛知県中毒者なのだ。
「卵だって、Bの方が甘くて冷たくて美味い!」
「あれは、玉子型のアイスがや!」
言い争うチョコ狂と、愛知狂。
いつまでも終わりそうにないので、カメラは次の現場に向かった。
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続いて、ラーメン屋。夢想の前。
「今日は美味しい物……食べれるって聞いいたので、来ました。 楽しみ」
「グルメで知られたうちをグルメ番組に呼ぶとはええ考えしてるやん!」
ダウナー繊細系少女、セレス・ダリエ(
ja0189)と、血気盛んな大阪っ娘、黒神 未来(
jb9907)。
こちらも好対照なコンビである。
「おっちゃん、ラーメン二人前な!」
そして、四つ出てくるラーメン。
怪訝な顔をするレポーター。
説明する天田。
この辺りはもう、お約束の流れである。
Aの丼を手に取り、スープを二口飲んで味を確認するセレス。
「ふむ。美味しいです。 出汁の味が効いてる」
続いて麺。
「麺は細麺寄り、かな……好きな味……ですが……具材は‥まあ、食べてみないと、ですね」
最後に具材。
「ガッカリするほどのしんなり感のメンマ……メンマ? そして苦すぎるネギ……ネギ?
私、メンマ好きなのに……味覚が変わったのかな……取り合えず、お替り」
まだBの丼も残っているのにお替りするセレス。
食が太そうには見えないのだが、大丈夫なのだろうか?
対して未来は、Bの丼から手に取った。
「むむっ、う〜ん……これは美味しいな、確かにようできたラーメンや……インスタントやけど」
いきなり、核心を突いてしまう未来。
そこで本物と間違ってこその番組なのに。
大阪人にあるまじき、ボケ殺しである。
「メンマとネギは別に用意したものに入れ替えたんとちゃう? しょうもない小細工やで
でもうちにはわかるで、舌の先に感じるわずかなピリピリした感覚、これがインスタントの証拠や!」
具の入れ替えまで暴露してしまう。
まだ尺が半分残っているのに、どうオチに持っていくつもりなのか?
一方、セレスはAの丼二杯目をあっさり平らげると、躊躇もせずにBの丼に移った。
「こ、これは、美味しいです。 Aの丼の非じゃない、具材の美味しさ。 あ、メンマ追加で――ただ、出汁の味はAには負けてる気がしますね……麺のコシが違う……かな……あ、取り合えず、お替り下さい」
四杯目のラーメンを注文するセレス。
繊細な見た目を裏切るガッツリ系女子。
「本物は……悩みますね……麺、出汁はA。 具材はと出汁の相性……と言うか、美味しさは、B」
カウンターの中で、店主が顔を引きつらせたが、気にせず断言してしまうセレス。
「……私は……Bが正解かと、メンマが美味しかったから。 以上」
一方、未来は、
「ちゅーわけで安心してAの丼食べるで」
この時点では、Aが本物と確信していた。
Aを一通り食べると、どっかの新聞記者の親父が如く、怒鳴る。
「誰やこのラーメン作ったん、責任者を呼べー!」
天田ディレクターが、カメラを構えたままニヤニヤしながら出てくる。
「何やねんこのラーメン! このスープはさすがによく出来てるで、ベースは鶏ガラ、そこに野菜の旨みも出てるね。 麺も今のトレンドとはちゃうけど、昔ながらの安心して食べられる麺や!」
ここまでは褒めている未来、だが。
「問題はこの具や! ネギの代わりのこれ、何かはわからんけど、苦味があるこの野菜はまあまだええ メンマがフライドポテトになってるやないか!」
タンポポの茎は、許容する未来。
器はでかい。
「うちは小細工としてフライドポテトを入れたことに怒ってるんとちゃうんやで! 店の人が一生懸命作ってくれたラーメンに、小細工としてフライドポテトを入れることで油が溶け出してスープの本来の美味しさが誤魔化されてるやないか! 店の人に失礼やと思わへんか?」
血気盛んな未来。
「これが食べ物を冒涜する人間への天罰や!」
天田を逆さまに持ち上げ、跳躍し、脳天をテーブルに打ち付ける!
炸裂! 脳天杭打ち! パイルドライバー!
KOされる天田ディレクター!
これが体育会系大阪っ娘ならでは、オチの付け方だ!
「え? Aが正解……そうですか……残念なメンマが正解……」
落胆しているセレス。
だが、すぐに気を取り直す。
「でも、私にとってはメンマが一番。 メンマ最高。 メンマ勝ちです。 ええ」
結局、メンマ以外、全スルーのセレス。
昔ながらの味を守り通している店主の脳に、パイルドライバー並の衝撃を加えた。
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アリス セカンドカラー(
jc0210)と藍那湊(
jc0170)は、フードパーク内で立ち話しつつ、天田を待っていた。
「アリスはねぇ、ゲテモノグルメブログやってるのよ、それでこの番組に声かけられたの」
「そうなんですかぁ、僕は”愛救えアイドル”なので呼ばれたんですよ。 甘くて冷たいものは大好きだから楽しみです〜」
「あら、アイドルなの? そういえば可愛い僕っ娘ね……ぐ・ふ・ふ☆」
「男なんですけどね……」
「あ、来たわ!」
天田が、何故か首にギプス巻いてやってきた。
彼に連れられ、アイスクリームパーラ・レジーナに入る。
「いらっしゃいませ〜」
美少女店員たちが出迎えてくれる。
「うわ〜、制服可愛いですね〜」
頬を赤らめる藍那。
「ふむ、顔も胸も高レベル揃いね、いいセンスしてるわ☆」
この店では、フルーツパフェがちゃんと一人に一つずつ出てくる。
背の高いグラスに満たされた真っ白な生クリーム、大きくカットされたフルーツと、高貴さすら漂わすアイスクリームが見た目にも食欲を誘う。
「これ美味しいですねえ! アイスを口に入れるとミルクの香りが広がって!」
「フルーツも、定番の苺、メロン、オレンジなんかの他に、金柑やプルーンなんかの変り種が入っているのね、飽きがこないわ☆」
まだ番組コンセプトを知らされていないので、ちゃんと食レポする二人。
パフェを食べ終えた頃、仕掛けが発動した。
「きゃ!」
別客のパフェを運んでいた店員が、二人のそばで転んでしまったのだ。
アリスと藍那はパフェまみれになる。
「すみません、お客様、すぐにお拭きします!」
近くにいた別の店員も駆けつけた。
「私もお手伝いいたします!」
ハンカチを取り出し、拭き拭きしてくれる美少女店員たち。
「そんなに汚れていないから大丈夫ですよ〜」
ウェイトレスにかかったクリームを、自分のハンカチでそっと拭い、アイドルスマイルする藍那。
紳士的男の娘である。
「な……なん……だと!? どじっこふきふきサービス付!? かの名著“サブカルチャーから見た萌の定理とその経済効果についての考察”をここの店主は熟読してるというの! きょぬーでウェイトレスというだけでも男性客を取り込めるというのに、さらにどじっことふきふきのコンボで大きいお友達も取り込もうとするなんて、あざとい経営戦略なのかしら?」
自らの解釈に、自ら戦慄しているアリス。
間違いなく変態淑女。
店を出てすぐ、パーク内の少し離れた区画に連れて来られる二人。
その店の名も“アイスクリームパーラ・レジーナ”
店構え、店員の制服、女の子のレベル、出されたフルーツパフェ、全てが先程の店と同じである。
ここでようやく、どちらの店が本物か偽物か見分けよという趣旨を伝えられる。
「ふーん、OK受けてたつわ☆」
二杯目のパフェを食べ始める。
「アイスクリームの口どけや見栄え、苺のコンポートの層の厚みと粒の贅沢な大きさ、
スプーンを引き抜くときにグラスの中で生まれる対流……混ざるときも美しい色合い……どちらも甲乙つけがたいほど素晴らしい……というか正直同じに感じるかな?」
「私生活でゲテモノに舌が慣れすぎたせいかしら? さっきの店と味が変わらない気がするんだけど?」
当然である。
全く同一のパフェなのだ。
暗示にかけられて、いい加減な事を言わないだけ、舌が優秀と言えるだろう。
そしてまた、食べ終えた時、
「きゃっ」
ウェイトレスが、また転んで、またパフェを零した。
「またこの展開ですか!?」
だが、こちらの店のウェイトレスたち、さらにドジっ子。
「申し訳ございません、ハンカチを忘れてしまいました」
「舌で綺麗にさせていただきます!」
藍那とアリスをペロペロ舐めはじめる。
「わう、そんな駄目だよ、女の子が……!」
首筋を舐められ、くすぐったさに身悶える藍那。
「ここがパライソか……!」
スペイン語まで持ち出し、戦慄するアリス。
だが、なめなめしてくれる女の子たちの胸の膨らみが、肩やお腹に移動し始める。
明らかに、付け胸、乳パッドだ。
「くすくす☆ 最初からわかってたわよ、あんたち男の娘ね!」
アリスに言われ、藍那も気付く。
「おとこの……こ? ああ、君たちも大変なんだね……したくもない女装を求められる日々……わかるよ……」
謎の同調をする藍那。
ところが、店員の方からは怯えたような目で見られた。
「何、その反応!? もしかして好きでやっているの!? え? 僕の感性ヤバイの! 怪人を見るような目で見ないでよ!」
店を出ると、天田がどちらのレジーナが本物か尋ねてくる。
「うぅ……あえて僕はBを選ぼうと思います。 パフェの質より……ウェイトレスくんたちの男としての奮起を願う一票です。 みんな、ウェイターのほうが似合ってるよ〜」
可愛いのに女装をしたがらないのは男の娘としての感性が、何かに改造し尽くされていると店員たちに言われ、傷心している。
「A店が本物に決まっているでしょ。 ペロペロサービスとか風営法にひっかかるでしょう?」
妙な着眼点で分析する、アリス。
むろん、正解。
さていきなりだが、このアリス、いわゆるロリっ娘である。 ひんぬーなのである。
「と こ ろ で、パットずれで正体バレとかって演出考えたのって誰かしら? ふふふ、まるで胸の無い子は女と認めないって言ってるように聞こえるわねぇ? ねぇ、ディレクターさん、アリスとOHANASHIしましょうか?」
ギプスを付けた天田を、くすくす笑いながら、どこかに引っ張っていこうとするアリス。
そこに、ギプスの原因である未来が現れる。
「おった! 咲魔くんとイオくんから聞いたで! あちこちでふざけた真似しとるようやないか! うちの必殺ペトリファイロックをかけてやらんと、わからんようやな!」
その後の天田の様子もカメラに収められているのだが――とても、放送ではお見せ出来ない。