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午後八時、一般患者のいなくなった歯科診療室。
八人の撃退士を、四ノ宮 椿(jz0294)は仇敵でも見るかのように睨み付けていた。
「初めまして、椿さん、今日は宜しくお願いします」
普通が服を着たような少年、鈴代 征治(
ja1305)が、椿に笑顔を向けた。
「治療の前に皆が自己紹介をしたいそうです、その方が椿さんも安心出来るでしょうからな」
歯科医が言うなり、ピンク髪でツインテールの女の子・ルルウィ・エレドゥ(
jb2638)が元気よく手を挙げた。
「じゃあ、まずルルウィからだよ〜、ルルウィ、甘いものが好きなんだよ〜♪」
「のっけから不安になるようなキャラなのだわ……」
「寝る前にはちゃんと歯磨きするんだよ〜、これからも色んなお菓子を食べるのが楽しみだし〜 、椿さんも虫歯菌がうつると困るから、清潔にするんだよ〜♪」
「ルルウイちゃん、何歳?」
「十二歳だよ〜」
「十七も年下の子に説教されたのだわ。 しかも、これから口の中をいじくりまわされるのだわ」
不安と情けなさに涙を流す椿。
追い打ちをかけるように次の自己紹介が始まった。
「エイルズレトラです! この任務を受けたのはですね、いつも歯を好き放題いじくりまわされて悔しかったので、一度いじくりまわす側に立ってみたかったのですよねえ」
だぼだぼの白衣を着ている少年・エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)である。
「可愛い顔して、ドSに違いないのだわ」
椿の涙の量が三倍ほどに増えた。
「柴島 華桜璃 十三歳です、久々のお仕事、頑張りま〜す!」
ダークブラウンの瞳と髪を持つ少女、柴島 華桜璃(
ja0797)が、元気な笑顔を浮かべた。
彼女は、ハーフらしい発育で白衣の胸が苦しそうだ。
「その年齢で、胸も色気も私より上とか反則なのだわ」
さらに豊かな胸を揺らしているのは雁久良 霧依(
jb0827)だ。
「雁久良 霧依です。 大丈夫……私たちに任せて」
聖母のような笑みを浮かべる霧依。
「言葉と笑顔はともかく、首から下に不安しか感じないのだわ」
霧依は黒マイクロビキニに白衣という、あまりにもエロエロしすぎる格好をしていた。
歯医者でお目にかかりうる格好ではない。
霧依のセクシーボディに、ダラーンと開いてしまった椿の口を、デジカメで撮影している男がいる。
「こう、でかでかと、人の口の中を見るのも良い気はせん、な」
「な、何をしているのだわ?」
黒衣の美青年・僅(
jb8838)は、問いかけを無視して撮影した画像を興味深げに観察している。
「然し、この、ムシバルスとやらは、面白い、な。 まあ、間抜けにも見えるが、歯抜けになるよりは良いだろ、う」
言っている事の意味がわからず椿が戸惑っている間に、黒髪の温厚そうな青年、キスカ・F(
jb7918)が名乗りをあげ、頼もしげに微笑んだ。
「機械を借りて、使い方を教わっておいたから大丈夫だと思う」
椿は安堵の表情を浮かべた。
「やっと、真面目そうな人が来たのだわ」
さらに、最初に面通しを申し出た学生服の少年が頼もしげに胸を叩いた。
「鈴代 征治です、僕達が絶対に退治しますから安心して下さい」
「うう、本当にお願いしたいのだわ」
「分かります分かります。 歯が痛いってのは本当に嫌ですよねえ。 では準備に取りかかりますので後ほど」
「最後近くにして、まともそうな人がまとめて来たのだわ!」
しかし、長い人生経験から椿はわかっていた。
こういう場合、最後の一人に酷いオチがつくという事を。
「椿……何でそんなに、騒いでる、の?そんなに、痛い、の……?凄く、痛い、の……? どうしてだろうね……?ムシバルスとか言うの、やっつければ……痛くなくなるの、かな?」
着物の上に割烹着を着た、銀髪の少年ハル(
jb9524)の言動は、椿の予感が的中した事を示していた。
歯科医が、撃退士プロフィールに目を通しつつ言う。
「資料によりますと、ハルくんは痛覚が鈍く、痛みと言うモノに実感が乏しいそうです」
「ハルくん、どう考えてもこの任務に向いていないのだわ! なぜ、応募したのだわ!?」
自己紹介は、結果的に椿の不安を大いに膨らませて終了した。
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「前歯担当は、エイルズレトラくんとキスカくんです」
組み合わせは、歯科医が相性を見て決めたらしい。
少年二人が、治療台の左右を固めた。
「うう、いきなりドS少年なのだわ、まともそうなキスカくんに期待するしかないのだわ」
不安に汗をかく椿の左手を、キスカは優しく握った。
「手、握ってるから、痛かったら握り返すんだ。我慢しなくていいからね」
「はい!」
イケメン。
しかも八人の中で一、二を争うまともな性格の青年に優しくされ、椿は目を輝かせた。
攻撃役のエイルズレトラが踏み台に乗り、光纏ドリルを手に取る。
「はーい、治療を始めますよー、大丈夫、痛くないですよー……痛くないですよ、僕はねー」
最初のつかみから、患者の不安をあおってくる。
間違いなくドSである。
エイルズレトラは、ものは試しにと光纏ドリルを直接当てようとしたが、ムシバルスもすぐに気が付き、歯の間にささっと逃げてしまった。
「思ったより、動きが速いですね〜、仕方がありません、スキルを使いましょう」
「この子ら、やっぱり私の口の中で必殺技をぶっぱなすつもりなのだわ」
「はーい、痛かったら右手を上げてくださいねー」
そう言ったエイルズレトラのドリルの先から、火遁・火蛇が放たれた。
これは貫通力のある、炎攻撃である。
炎はムシバルスの体の表面を半分焼いたが、歯の間を貫通し、椿の口内をも軽く焼いていた。
痛みに、慌てて右腕をあげる椿。
「はーい、我慢してくださーい、えらいえらーい」
エイルズレトラは全く容赦するつもりはなく、二発目の火蛇を放つ。
今度は直撃!
椿の上顎に、直撃である。
「ぐぎゃらぐぼら!」
叫びをあげると同時に、椿の体が茜色に輝いた。
凄まじい握力が発生し、握られていたキスカの手首が、音を立てて折れる!
「ぐお!」
「あ、つい……ごめんなさいなのだわ」
折れた手首をかばいながらも、紳士的に微笑むキスカ。
「そう暴れたらはしたないよ? もう少し淑やかにできるはずだよ、レディ」
「うぅ、現役の頃の力をつい出してしまったのだわ」
「キスカさんの手首を折るだなんて、凄いですね」
「阿修羅として十年以上も戦ってたから、危機を感じるとつい……本当に申し訳ないのだわ」
キスカは微笑んで首を横に振り、治療が再開された。
「もう少しの我慢だよ、頑張って。力むと疲れるから、ほら、力抜いて。苦しいよね、もうすぐうがい出来るからね」
中断中に隠れてしまったムシバルスだが、キスカの鋭敏聴覚はその位置を正確に捕えた。
「そこだ、大丈夫、落ち着いて、ゆっくり……」
エイルズレトラが土遁・土爆布を放つ。
アウルの土がムシバルスを生き埋め、一匹目の討伐は終わった。
「……あ、やっつけちゃった、もう終わりですか、はーい、おわりましたよー、残念ながら」
口の中一杯に広がった土の味にむせて、うがいどころではない椿を診療台に残してエイルズレトラが診療台を去る。
「お疲れ様、よかったら、今度いい仕事を見繕ってくれると嬉しいな」
キスカも紳士的に、だが素早く退散した。
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続いてのペアはルルウィに、征治だった。
「お口の中は〜危険がいっぱい〜♪
虫歯じゃないのにムシバルス〜♪
ゴーグル、ドリルを装備して〜♪
覗いてみればあら不思議〜♪
ちっちゃな魔物が暴れてる〜♪
虫歯?いえいえムシバルス〜♪
甘〜く見てると大暴れ〜♪
よ〜く狙って退治しよう〜♪」
ルルウィが、光纏ドリルのスイッチの調子を見ながら鼻歌を歌っている。
「あの、ルルウィちゃん?お姉さん、不安しかわかないのだけれど?」
「大丈夫だよ、ルルウィは半年に一回検診を受けているんだよ。 覚えた事そのままやるから」
「ルルウィちゃんの行きつけの歯医者さんって鼻歌混じりに治療するのかしら? 変な歯医者もあるのだわ」
征治は歯科衛生士の白衣、マスクに手袋を着こむ。
「いやあ、一度このコスプレってしてみたかったんですよね」
肘を曲げ、指先を上に向け、ハイポーズと
「この任務に『やってみたかった』で、挑むのはいかがなものかと思うのだわ」
左下奥歯の治療が始まった。
「征治さん、よろしくなの〜」
「もう少し口あけて下さ〜い? 痛くないですよ〜? すぐ終わりますからね〜?」
今度のムシバルスは攻撃的だった。
ルルウィの手が口内に入ってくるのを待ち伏せているかのように、最初から槍を構えているのだ。
征治は黒く輝く霧をルルウィの指に纏わせた。
光纏ドリルを口内に入れると同時に、槍は投げつけられたが、黒霧に惑わされ、狙いは逸れる。
反撃の、ダークブロウを放つルルウィ。
闇の力を帯びたドリルが全てを貫く、強烈な一撃を放つ。
そう、敵味方識別なしの全てを貫く一撃を!
「ぐぎゃぐろあ!」
奇声をあげて、椿が肉体を跳ねさせた。
「あ、ごめんなさいなの」
椿が逃げだしかけているので、慌てて征治はマインドケアをかけた。
スキルだけでなく、言葉を伴って。
「椿さんて、普段は大人の綺麗なお姉さんて感じなのに、虫歯を怖がるなんて、ちょっと可愛いところあるんですね。 僕にも椿さんみたいなお姉さんが、いたらいいな、なんて」
照れ顔でちらちら見つつ言うと、椿が目を潤ませながら尋ねた。
「征治くんは、年上は何歳までならOKなのだわ?」
「すみません、僕、彼女いるんです」
見つけた瞬間に希望を失い、椿が濁った目をしている間に、ルルウィがゴーストバレットを放った。
「トドメなの!」
不可視の弾丸が敵に直撃し、二体目の殲滅に成功した。
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右上奥歯を担当するのは、華桜璃とハルだった。
「ふふふ……いらっしぁい」
華桜璃は、にっこりしながら、歯削り用ドリルをきゅいいいんと鳴らした。
「良い子にしてたら、痛く無いのよぉん」
妙に色っぽく言い、またきゅいいいんと機械を鳴らす。
「な、なんなのだわ!? この娘に勝てる気がしないのだわ!?」
反対側を見れば、痛覚に無関心だというハルがいる。
「割と最悪なコンビかもしれないのだわ……」
治療が開始された。
「まずは、椿の口の中が……見易いように」
ハルが星の輝きを発動した。
「眩しいのだわ!」
半径二十mをも明るく輝かせる技である。
「大丈夫だよ。椿は目を閉じてれば、いいよ」
「怖いのだわよ!」
「え?……怖い、の?どうして?ハルは怖くない、よ? ハルも怖くないんだから、椿も怖くない、よ。 大丈夫」
「そういう発言をするハル君が怖いのだわよ!」
華桜璃が、光纏ドリルを見つめながら呟く。
「これにスタンエッジを合わせたら、ムシバルスが動き止まるかなあ? お姉さんも止まったりして(え)」
そうなったら楽だとばかりに華桜璃は、椿の口の中に電撃を放った。
ハルが声を漏らす。
「あ」
大幅に、外れていた。
「あばらがららぁ!」
椿の口内粘膜に、放電する。
「やっぱりスタンエッジは命中率悪いね。 次からライトニングを使うわ」
「なぜ最初からそうしないのだわ! 絶対わざとなのだわ!」
もたもたしている間にムシバラスの姿を見失ってしまった。
「そこ……ムシバルス……隠れてる。 うん、たぶん……そこ。 ハルの勘が言ってるから、間違いない」
ハルの目は、明後日の方向を向いていた。
「勘じゃなく、ちゃんと見て欲しいのだわ!」
「槍、来る。 華桜璃、気を付けて」
ハルが告げた次の瞬間、歯の影からムシバラスが槍を放ってきた。
ハルの感知能力のお蔭で、華桜璃の指は間一髪、串刺しにならずにすんだ。
「そっちはちゃんと見ているのだわね、どうもイジメられている気がしてならないのだわ」
ハルの『勘だけナビ』に振り回されながらも、どうにか三体目のムシバラスも駆除出来た。
だが、すでに口の中は血だらけだった。
ライトニングを三発、誤爆しているのだ。
「ちょっと、だけ……口の中がさっきより、赤い、かもしれないけど……椿は、きっと照れると、口の中まで……赤く、なるんだね。何だか、照れ屋さん、なのって、可愛いよね」
「嬉しくないのだわ! とっとと治すのだわ!」
ハルがライトヒールで不機嫌な椿の口中を癒す。
「ようやくあと一匹なのだわ、終わったら味海苔で、ご飯を五杯くらい食べるのだわ」
「あの〜、バランス良く食べる方が、デキる女性って事で男性にもてますよ♪」
そんな事が出来る椿なら、とっくに彼氏が出来ているはずである。
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ラスボス・キングムシバルスと対峙するのは、僅と霧依となった。
キングは、その名の通り椿の口内全土を領地にしており、口内のどこへでも瞬間移動出来る強敵だ。
だが、霧依は有能だった。
敵がどこを逃げても、即座に攻撃役に居場所を伝えられるよう、歯のそれぞれにあらかじめ番号を割振ってくれているのだ。
「マイクロビキニはアレだけど、最後があなたでよかったのだわ、霧依さん」
甘く聖母の笑みを浮かべる霧依だが、実際は見た目通りの女王様である。
内心『たっぷりいじめて……いっぱい泣かせて… 全身全霊をかけて可愛がってあげたくなっちゃう♪』などと思っていた。
「初っ端からインパクトでいく」
僅のインパクトは普段よりも力を込めて、相手に一撃を叩き込む技である。
つまりこの場合……。
思い切りドリルを押し当てるだけである。
そして、キングから狙いは逸れた。
「はがぎゃどらぁぁ!」
歯の神経を思い切りドリルで削られ、絶叫する椿。
「動かないで欲しい、キングムシバルスに攻撃が当たった時の反応に興味があるのだ」
「だったら外さないで欲しいのだわ!」
「外さん様には注意はしよ、う。一応だが、な。 外した時は、まあ、外した時のこと、で 安心しろ、死ぬことはあるま、い」
「痛みでショック死しそうだったのだわ」
グスグス泣きじゃくる椿頬に、霧依は優しく掌を充て、ライトヒールをかけた。
「貴女みたいな魅力的な大人の女性がこんな事で泣いちゃいけないわ」
甘い声で、涙を拭いてやる。
内心は『いいわ……もっとお泣きなさぁい! 』などと言っているのだが、表情はあくまで聖母のそれを保っている。
「もう少しの辛抱よ……終わったらいい男探しに行きましょ♪ 私、いいお見合いパーティの情報持ってるのよ♪ 」
「ううぅ、なら頑張るのだわ」
その後、僅はインパクトを外し続け、何発目かの通常攻撃でようやくキングを仕留めた。
だが、あれほど綿密に番号振りまでしたのだ。
誰かの陰謀がなければ、最初の一撃で仕留められていたはずである。
それが誰の陰謀なのか椿が気付いたのは、連れて行かれたお見合いパーティの席である。
男性参加者が、全員、ボンテージ姿の霧依に跪いていたのだ。
笑顔でも、お菓子でも、甘い物には注意が必要なのである。