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「朝からロッククライミングとは、やる気だねえ」
A班ロケバスのハンドルを握りながら九鬼 龍磨(
jb8028)は、“冒険”CM担当の不二越 武志(
jb7228)に話しかけた。
自分の割り当てを、朝一で撮りたいと言ったのは不二越だったのだ。
「そうではない、撮影のプレッシャーが後になるほど胃に響くから、早めにすませたいのだ」
脂汗をかきつつ後部座席で、胃薬を飲む不二越。
「大丈夫なんですかね、この班」
ファリオ(
jc0001)が、不安げな顔をしている。
最初の撮影は、関東某所の岩山で行われた。
【冒険テーマCM】
岩山を、大柄な男二人――不二越と九鬼が筋肉を滾らせ、汗を全身に纏いながらよじ登っている、
その時、不運!
九鬼の伝っていたロープが、切れてしまった。
落下してゆく九鬼。
不二越が叫びつつ、腕を伸ばす。
「久遠ヶ原ー!」
その手を掴みつつ、叫ぶ九鬼。
「ファイトー!」
気合とともに、片腕一本で岩をよじ登る二人。
苦難を乗り越え無事登頂。二人で“爆裂元気エリュシオンZ”を一気飲みする。
「ぜぇぜぇ……終わったな、帰ろう」
下山しようとすると、見付けなくてもいいのに、洞窟を見つけてしまう
「まだ終わってない」
「まだ進むのー!?」
洞窟の中でも、大きな岩が転がってきたり、地面が崩れたりと散々な目に遭う。
地面の亀裂を、気合一閃飛び越える二人。
「久遠ヶ原ー!」
「ファイトー!」
探し求めていた宝に辿り着く二人。
「お宝だぁ〜♪」
エリュシオンZを満足げに飲む。
外へ出たとたん、怪鳥が飛んできて二人が抱えていた宝を持ち去ってしまう。
「まだ卒業できないのか……」
ガクッと倒れる不二越。
怪鳥をひたすら追い続ける二人。
「久遠ヶ原ー!」
「ファイトー!」
『ファイトで行こう! 久遠ヶ原学園生徒募集中!』
「ピンチに継ぐピンチって、これで新入生来るんですかね?」
怪鳥の着ぐるみを脱ぎながら、ファリオが首を傾げる。
「入学すれば、どんな試練でも乗り越えられる元気がパワー手に入る、ってイメージなんだよねぇ」
汗を拭きつつ、アイドルスマイルの九鬼。
その隣で、うずくまる不二越。
「エリュシオンZが飲み過ぎ注意なのを忘れていた。 何本も飲んだせいで胃が……すまんがこの先、皆を手伝えそうにない」
「も〜、しょうがないな〜」
CMで元気パワーを売っている本人が、実は全然、元気じゃなかったりするのだった。
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都内某特撮スタジオ前。
「空に虹有り!天に星有り! 風切る翼はこの背に有り! 煌く七色、ボク参上!」
ロケバスB班のバスから一番槍で降りて、テンション大爆発させたのは、イリス・レイバルド(
jb0442)だった。
「イリスちゃん元気だねー、さっきのデュエットも上手だったよ」
続いてバスから降りてきたのは、川澄文歌(
jb7507)。
移動中のロケバスでも、歌って踊って皆を楽しませていた、アイドル部。部長である。
「バスの旅も楽しいねー、イリスちゃんと文歌ちゃんと一緒なら、ずっとバス乗りっぱでもいいよ」
チャラい事言っている茶髪少年の藤井 雪彦(
jb4731)。
この三人がそれぞれ“戦闘”“恋愛”“ホラー”のCMを担当する。
【戦闘テーマCM】
ビルの街に現れる、巨大天魔キングエリュンモス!
文歌と雪彦が撃退士たちを率いてやってくるが、空を舞うその巨大さに茫然とする。
果敢に巨大蛾と戦う撃退士たち。
空からははぐれ天魔、地上からは人間の撃退士が力を合せて立ち向かう。
だが――。
『もう駄目だーおしまいだー』
ツンツン頭の撃退士が絶望する。
『強すぎる……勝てるわけが無い……』
顔に傷のある、かませ系イケメンが地に膝をつく。
『はやくきて〜、はやくきてくれ〜』
スキンヘッドの小坊主が、天に向かって絶叫した時だった。
黄金の美髪が、空色の天を舞ってやってきた。
天使の翼を羽ばたかせ、颯爽登場イリスちゃん!
巨大蛾に銀色の焔を叩きつける。
ひるんだその隙がチャンス! いい感じのことを言う!
「あきらめちゃ駄目だ! 曇り顔しかない世界なんてボクは認めない! みんなでもう一度心と力を合わせてそんな未来を打ち破るんだ!」
雪彦が、立ちあがる。
「さすがにイリスちゃん! 愛と絆は格が違うね!」
文歌が穏やかな顔で、胸に手を当てる。
「感じる、みんなの愛と勇気的が膨らんでゆくのを!」
撃退士たちが、一斉に拳を天に突き上げて叫ぶ。
『これなら勝つる勝つるー』
スーパーフルボッコタイム突入!
巨大蛾は、地に堕ちた。
イリスを中心に、スクラム組んで皆で笑顔
『繋ぐ絆。繋がる心。育もう未来を守るその力、久遠ヶ原学園』
画面に向かって、手を差し出すイリス。
「ボクらは、君たちの勇気をいつでも歓迎する!」
編集ルーム。
出来上がった映像を再生してみせる総監督クレヨー先生。
「こんな感じで、どうなんだな?」
「うん、いいね! はぐれ天魔の人たちもサブリミナルで入れてね、偏見とかなくしたいもんね!」
「さすがは、愛と絆のイリスちゃんなんだな」
監督が、大きな掌でイリスの頭を撫でようとした時、
「触るな」
イリスが、監督の掌を冷たく払いのけた。
その迫力に固まる監督。
「何人たりとも、ボクの髪に触れる事は許されないんだよ……」
目が醒め切り、ダークモードに突入している。
「愛と絆って、なんなんだな」
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大人数撮影が終わったB班はエキストラと別れて、A班と合流した。
そこにいた黒髪の青年と顔を鉢合わせ、目をしばたかせる元B班の三人。
「誰?」
「にはは、みんなのアイドルクッキーだよ☆」
「九鬼さんですか!?」
「島に来る前の髪色を再現してみたんだ、どうかな?」
「地味」
揃って言われ、肩を落とす九鬼。
「だよねー、だから脱色して、フランス人を自称してみたんだよ」
「なんでフランス人なんですか」
【学園テーマCM】
牧歌的なBGMの中、和室の布団に黒髪の九鬼が、寝転がっている。
字幕『ねえ、僕にもできるかな?』
寝っ転がったまま、猫と見つめ合う九鬼。
猫がにゃー?と鳴く。
字幕『取り柄も個性も、この力しかないけれど、それでもいいのかな?』
猫を抱き上げてごろごろしていると、猫が腕から抜け出し、そっぽを向いてしまった
ため息をつく九鬼。
とある商店街のロングショット。
九鬼が、イベントの準備をしている。
屋根の上まで飛び移ったり、常人では持てない重さのものを運んだり、忙しく働いている。
すると、地元の子らしき姉弟が、カゴに入れたおにぎりを持ってきてくれた。
しゃがんで目線を合わせ、笑顔で頭を撫でてあげる九鬼。
無音ではあるが“ありがと“と口が動いている。
子供達は、嬉しそうに手を振って去る。
見送ったあと、照れ笑い。
誇らしげに青空を見つめる。
九鬼のナレーションと共に、空に字幕が現れる。
『ふつうでも、なんとかなります。 ――久遠ヶ原学園』
編集したフィルムを皆に見せる九鬼。
「どうかな?」
「地味」
他のメンバーが口を揃える。
「だよねー」
肩を落とす九鬼。
「でも、すっごくよく出来てるよ」
感心してうなずく雪彦。
「素朴だけど、心に残るCMだと思いました」
目を潤ます文歌。
「奇をてらわず日常を再現したのが、見る人に安心感を与えると思いますね」
論理的に称賛するファリオ。
「クッキー、マジプロフェッショナル!」
サムズアップする、イリス。
「胃が痛い」
安定の不二越。
地味ながら安定した九鬼のCMは、高評価を得る事が出来た。
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「あれ、文歌ちゃんも髪が?」
最初に気付いたのは、雪彦だった。
黒髪ロングの文歌が、赤の巻き毛になっている。
「ふふっ、これが私のCMで演じる二役の一人、真希菜こと、通称・マッキーナちゃんです」
ウィッグを外す文歌、その下からツインテにした黒髪が出てくる。
「こっちは、にこりちゃんです」
この二キャラを別々に演じて、編集で同時に出すコンセプトらしい。
「文歌ちゃんって、もしかして」
「何の事ですかねー? 私は、CM作って廃校阻止したいだけですよー」
すっとぼけてみせる文歌。
廃校とか、そんな大したものがかかった依頼ではない、念のため。
【恋愛テーマCM】
文歌の歌う校歌がBGMに流れる中、真希菜が顔を赤らめながら、頬を膨らます。
「べっ、別にアンタのこと、好きなんかじゃないんだからねっ」
『冬の訪れと共に恋が始まる』
にこりが、笑顔で画面に迫る。
「にこりん、センパイのこと好き☆」
『二人の少女は恋をした』
見つめ合う真希菜とにこり。
「にこり、貴方も先輩のこと……」
「最初は唯の遊びだったのに……」
『キミはどちらの少女を選ぶ?』
字幕『キミは誰とレンアイする? 久遠ヶ原で運命の人がキミを待つ!』
画面が暗転する。
「終わりですか? 短く感じますけど?」
ファリオの感想に、悪戯っぽく笑顔を浮かべる文歌。
「まだ半分です、続きがありますよー。 某ホットなクーポン誌のCMみたいに、アテレコをしてもらったんです」
九鬼と雪彦が手を挙げる。
「僕ら、クッキー、ユッキーのアイドルコンビで」
「アテレコさせてもらったよ☆」
恋愛テーマCMが再開される。
先程と全く同じ絵面だが、音声が差し替えられている。
九鬼が真希菜の、雪彦がにこりの声を担当した、ミスマッチなものとなっている。
「久遠ヶ原ええとこやな〜。 お前入るの?」
「俺? もちろん入るよ」
「まじかー。俺も希望校考え直すか……」
「そうしろよ」
『ここから始まるふたりの恋――久遠ヶ原学園』
CM終了後、文歌が目を点にしばかたかせている。
「あれ? 最後のキャッチコピー、私が指定したのと違いますよね?」
「恋?」
四十路クレヨー総監督が、二百キロの巨体を震わせながら頭を下げる。
「ごめん、どうしても我慢出来ず、アレンジしてしまったんだな。 実は僕、百合男子で、にこりんとマッキーナに運命を感じてしまったんだな」
常識人足りません――久遠ヶ原学園
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公園に移動するロケバスの中、ファリオが隣席の椿を見ながら言う。
「僕は、コメディテーマの高年齢向けでいくつもりです」
「今、高年齢って言いながら私の方を見なかったのだわ?」
「気のせいですよ、アラサーって怖いなー」
とぼけるファリオの両頬を、椿が思い切りつねる。
「いて、いててて」
両手をバタバタさせるファリオ。
「キミ、見ない顔なのだわね、何者なのだわ?」
ファリオの学生手帳を取り上げる。
とたん、椿は驚嘆の声をあげた。
「ええ! キミ、凄い子だわ!」
「何がですか?」
「学籍番号が
jc0001なのだわ!」
「僕のアイデンティティは、学籍番号ですか!?」
【コメディテーマCM】
夕日差す児童公園で、仲良くカゲフミをしているファリオとイリス。
そこに悪魔“這いよる30(サーティ)”が現れる、
「若さー! 若さをよこすのだわー!」
「若さを奪う攻撃とか、アンビリーバボ!」
「イリスさん、僕らは撃退士です! 戦いましょう!」
だが、30は強い。
「くっ、向こうは人生への焦りをエネルギーに変えている!」
「ボクらじゃ、フィーチャーが溢れすぎていて焦れないよ!」
そこに現れる、ツルピカサングラスの仙人的おじいちゃん。
「おじいちゃん、逃げて下さい! 危ないですよ!」
「フォフォフォ、安心せい、ワシには奪われるような若さはない」
おじいちゃんが光纏すると、上体の筋肉が膨れ上あがる。
両掌からエネルギー波を放つ。
「封砲じゃーー!」
ふっとばされ、夕日の向こうへ消える悪魔。
「さすが、おじいちゃん! 僕より全然凄い!!」
嬉しそうに笑っておじいちゃん撃退士に懐く、ファリオとイリス。
『こっそりアウルを感じちゃってる、そこのあなた。 隣のお孫さんを守ってみませんか?』
ムキムキおじいちゃんが、左右の腕にファリオとイリスを乗せて叫ぶ。
「少子化社会の救世主に、儂はなる!」
『亀の甲より年の功。 たくさんのお孫さんが待っています!』
“這いよる30“の着ぐるみを叩きつける椿。
「何なのだわ、この役!?」
「コメディですから」
シレっと言うファリオ。
「椿ちゃん、大人なんだから、ムキになったらダメなんだな……」
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路地裏にロケバスが移動した頃、夕日は沈み、辺りは闇が支配していた。
「いい具合の不気味さだね、ボクのCMイメージ通りだ」
雪彦が街灯の下、恍惚とした顔で両腕を広げている。
九鬼が、お母さんのような心配顔で呟く、
「ユッキー、そんな場所に立っていると、やぶ蚊に刺されるよ」
【ホラーテーマCM】
アイドル・文歌が路地裏を一人歩いている。
家路に向かう彼女の通り過ぎた電柱の陰から、ヨレヨレのトレーナーを着た不気味な男が現れる。
男に背後から、天魔が囁く、
『彼女に、お前の愛は届かない――』
『どんなに望んでも、お前のモノにならない』
『ならば、いっそ』
男が暴漢化し、文歌を追い始める。
文歌も足音に気付き、逃げ始めるが、暴漢はどこまでも追ってくる。
アパートの部屋に飛び込み、鍵をかける文歌。
ほっとしたのもつかの間、暴漢はベランダからよじ登って文歌の部屋に入ってきた。
声なき悲鳴をあげる文歌。
そこに、撃退士二人――イリスと九鬼が立ちふさがる。
イリスが、腹パン一閃!
うずくまる暴漢。
彼にイリスが言葉をかける。
「独り占めできても、きっと嬉しくないよ」
九鬼が、笑顔を浮かべている文歌のポスターを見つめる。
「君が惹かれたのは、全ての人に笑顔で多くの方に愛を届ける、その姿勢だよね?」
イリス、天使の微笑みで手を差し出す。
『君を救うのはボク達だっ! そして……君も一緒に♪』
撮影終了後、延々と呻いている暴漢――雪彦に手を合わせるイリス。
「雪彦くんごめん! 脚本に“色んなスキルや身体能力で無力化される暴漢”ってあったんだけど、ボク、そういうスキルなくて! 仕方のない腹パンだったんだよ!」
気まずげに頭をかく、九鬼。
「僕もなんだよね」
ファリオが溜息をつく。
「僕はあるんですが、冒頭の天魔役でしたから」
謝るイリスに、指で輪っかを作ってみせる雪彦。
“気にしなくていいよ☆“と言いたいらしい。
フェミニスト雪彦、渾身の演技だった。
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「全撮影終了! 皆、お疲れ様だったんだなー」
予想以上の出来栄えに、クレヨー総監督が上機嫌だ。
「打ち上げするんだな! 僕のおごりで何でも御馳走しちゃうんだな!」
「マジですか!?」
「監督報酬、パーッと全部使っちゃうんだな」
皆が食べたいものを挙げてゆく。
「焼肉!」
「あわびステーキ!」
「特上寿司!」
「満願全席!」
意見が分かれて店が決まらないので、ここまで黙っていた不二越に決定権を委ねる事になった。
「不二越くんは何が食べたいんだな」
腹を抑え、脂汗を流して答える不二越。
「胃に負担がかからないもの……うどんとかなら」
安定の胃痛オチだった。