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久遠ヶ原フードパークオープン一日前。
久遠ヶ原のTVでは前々日に収録された“欲しい!称号争奪戦”が放映されていた。
最初に動き出したのはアイルランドから来た金髪令嬢・ジェラルディン・オブライエン(
jb1653)。
名家出身である彼女は、一階のレストラン街を歩き、お気に召すお店探しをしていた。
「ここが私の舌に相応しい料理店です」
立ち止まり、決意に満ちた目で、緑と白の看板を見上げるジェラルディン。
スタッフも驚愕した、その選択は!
「一食で千円札が吹き飛ぶ超高級店です! 今の私にとって身に余る店。 しかし、このパークの門出を祝うために覚悟を持って入りたいと思います」
御令嬢は席についても、メニュー表は開かない。
まずはウェイターを呼ぶ。
「食前酒として、おすすめの赤を」
「赤? ワインですか? おすすめはよくわからないです。 僕、バイトなんで」
首を傾げながら運んできたのは、デキャンタの中で揺れる赤い液体。
「本部に電話で聞きました、数十年に一度の出来らしいです、これ」
「それは――期待出来ます」
震える手でワイングラスを持ち、可憐な唇へと傾ける御令嬢。
「なんと芳醇な香り!! ベルベットの如き舌触り、フランスの葡萄畑が広がるような奥深い味わい。 こんなのが飲めてしまって……良いのでしょうかっ!」
今、名家令嬢がたしなんでいるこのワイン。
そのお値段は、驚くべき事になんと三百七十円!
わずか五百mlでこのお値段! 庶民が口にしている水道水とは比類にならない高級品!
しかも数十年に一度の出来が、毎年登場する奇跡のワインなのだ!
続いて、注文したピザが差し出される。
「このピザ、黄金色に輝くチーズに、香ばしい生地。 ちぎって伸びて垂れるチーズはまるで美女の金髪か、太陽の光か。 乗った野菜や肉は舌も目も喜ばせてくれる。 うん、本物の料理は芸術です。 五感全てを楽しませてくれるこのピザは、まさに真の料理といっても過言ではないでしょう」
教養を感じさせてくれる表現で味を現してくれたピザ。
一人前、なんと四百九十八円!
通常版でも、三百九十九円という高級ピザだが、そこにWチーズトッピングという、目も眩まんばかりのプレミアを施している!
最後に届いたのは、コーンクリームスープとグリーンサラダ。
「このスープ、一口飲めば、コーンの濃い香りが口から鼻に抜けるよう――太陽の恵みを一身に浴びたがゆえの小気味良い歯ごたえ。新鮮で上質な野菜にのみ許されたこの感触!! なんて贅沢な……!」
カメラの前で満足げにロイヤルスマイルを浮かべる御令嬢。
「……ふぅ。 大満足です。 シェフを呼んでください!! ああ、素晴らしい。この味、この感じ。 さぞ名のある方に違いない!!」
そして訪れた“シェフ”は、さっきのバイトくん。
「あ、すみません、さっきのスープ、間違ってドリンクバー用の出しちゃったんです。 薄くなかったですか? 差額分、お返ししますから」
ちなみに御令嬢、支払いは番組持ちだと知らなかったらしい。
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一方、その頃、黒い悪魔・Unknown(
jb7615)は、フランス料理店に入っていた。
「費用は全部出す、と言ったか? 飯という部類のものを喰うにはカネがいるから有り難い、今日は気にしなくていいという事だな」
この店、水一杯飲んだだけで、さきほどのジェラルディンの食事総額に匹敵する超高級店。
「メニュー表の上から順番に十個ずつ持ってくるのだ!」
暴食! しかも、器ごと飲んでいる悪食!
この店の器は、一つでADの給料一月分に匹敵する。
果たして当TV局は、潰れてしまうのか?
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さらに、当TV局を潰しかねない者がもう一人いた!
「……ん。カレーは。飲み物。飲料。飲む物」
口にする言葉全てに“カレー”が入っているのではというほどの、カレー狂幼女・最上 憐(
jb1522)。
「……ん。おかわり。おかわり。大盛りで。急いで。至急。お願い」
三階の大食い対決ルームに入ると、凄まじい勢いでカレーを消費し始めた!
「……ん。どんどん。バンバン。沢山。いっぱい。お願い」
刺激物の大量摂取を心配した番組スタッフが、飲み物を持ってくると申し出たのだが、
「……ん。飲み物に。カレーを。要求。大盛りで。並々と。鍋丸ごと。頂戴」
ずんどう鍋をコップ代わりに、カレールーを飲み干す。
調子に乗った体育会系大学コンパでも、ここまではやらない!
しかし、キッチンからずんどう鍋を奪ってしまった為、後続のカレーが支給されなくなってしまう。
「……ん。迅速に。作らないと。食材を。飲み込むよ?」
シェフを脅迫する幼女。
我慢しきれず、対戦ルームの外に出る。
「……ん。外に。行こう。大丈夫。責任は。TV局が。取る。取るよね?」
何の責任かわからないが、とにかくついてゆくスタッフたち。
「……ん。とりあえず。周りの。飲食店を。滅ぼしに。行こう」
ぶっそうな事を言う憐。
フードパーク内のカレーを置いている店に入っては、片っ端から食べつくしてゆく。
「……ん。勝敗は。どうでも。良い。沢山。食す。事が。出来れば。それで。良い」
見た目は可憐だが、やっている事はUnknown同様の凄まじさ。
当TV局は黒い悪魔と、赤き破壊神に滅ぼされてしまうのか!?
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破壊の後には創造がある。
来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)は、二階の厨房街に来ていた。
キッチンの並ぶここには、料金を払えばプロが一日指導をしてくれる教室がある。
「また子供達が増えた、“おかーさん“として、頑張るの」
こくりと頷く黒髪ロングの麻夜。
「最総勢十三人家族だね、ここで料理に慣れて先輩に喜んで貰うんだー♪」
嬉しそうにクスクスわらう銀髪ショートの麻夜。
二人ともおかあさんを名乗ってはいるが、腹を痛めて産んだわけではなく、孤児を引きって育てているのである。
今日は何を習いたいのか、調理指導担当に尋ねられると、
「ん、今回は、和食……特に、家庭料理を、大量に」
「沢山に作れる、オススメの料理?」
先生は首を捻った。
おススメと言われても相手によって千差万別であり、幅が広すぎる。
「大事な日に、驚かせれるものなら、なお良い」
ヒビキの要求に案が絞り込まれたのか頷く先生。
「なら、ちらし寿司とかどうかしら?」
「いいね、綺麗でたくさんに作れて、お祝いごとに向いている! 何時かヒビキと一緒に作ってサプライズで皆を驚かせるんだー♪」
ヒビキこくりと頷き、二人は真剣そのものの態度で、お料理レッスンを受け始めた。
「プロに、教えてもらう、そうそうない、無駄には出来ない」
「どっちが上手く作れてプロに認められるか、勝負だよ!\ヒャッホゥ!/」
家族への愛と、自らへのプライドを賭けて料理に打ち込む。
「家族に食べて貰うの、先輩に食べて貰うんだもの…美味しく、愛情を込めて……美味しく、愛を、愛を、愛を……ね?」
「私は“おかーさん”だもの、家族に、“おとーさん”に、食べてもらうの…料理は愛情、手間隙かけて、美味しく作るの、愛を込めて……愛を、愛を、愛を、愛を!」
言っている事が真剣すぎて恐い上、なぜか、二人とも突然にクスクス笑いだす。
「二人ともお疲れなのでは? 休憩しましょうか」
先生が心配して提案したが、
「十四時間、あるものは全て使う、休むのは、終わった後で良い」
「休んでる暇なんてないんだよ、休むのは今日が終わってから」
鬼気迫る表情言われ、先生が鼻白む。
「先生が休憩したいんですけど――若いっていいわねえ」
二人は基本のちらし寿司をマスターすると、今度はチラシ寿司の上に具材でキャラ絵を描く飾り寿司の特訓に入った。
「料理の腕は、五分……今日で、差をつける」
「今までの戦績は五分五分だものね、今回は負けないよー?」
なぜか二人で真剣勝負を開始する麻夜とヒビキ。
二人とも“おとーさん”“先輩”と呼ぶ人――恐らくは同一人物――の顔をちらし寿司で作り始める。
「出来た……私の方、上出来」
「僕の作った方が似ているよ! 味だって、僕の方がいいよー」
言い争う二人。
「なら……帰ってから先輩に試食してもらう……それで決着?」
「望むところだー! どうせなら、家族全員分の顔でちらし寿司を作って、それぞれに食べてもらおうよ」
十三人いるという家族、全員の顔をちらし寿司で作り始める二人。
帰宅後の決着に向け、両者はさらに美しく、さらに似て、さらに旨い寿司を目指して料理を再開した。
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赭々 燈戴(
jc0703)の横顔には少年期独特のアンニュイさが漂っていた。
幼げな瞳と赤いくせっ毛の下に渦巻く、その悩みとは……。
「ああ、孫に着信拒否されちまった――」
孫がいるとの信じがたい証言!
加齢を任意で止める事の出来る半天使なので、理論的にはありうる話だが、本当に久遠ヶ原は不思議の国である。
「もうこの依頼で陰気な気分を吹き飛ばしてやんよ! 争奪戦なんだろ! 出てこいや敵!」
銃を取り出す赭々。
だが、本日は食の祭典、荒事はお呼びではない。
これが医学的なボケではなく、TV的な意味でのボケだと信じたい!
「ふむ……やっぱ市販品は添加物がなあ」
冷蔵品や冷凍食品を手に取ってパッケージ裏を見ている、健康に気を使う姿はまさに、おじいちゃん。
「何より……プレゼントするにはどれもいまいち何か物足りねえかんな」
どうやら、誰かに食べ物をプレゼントしたい様子。
「誰にって? そりゃお前、男が手料理振舞う相手と言えば、好きな……って、言わせんなよなァ?」
気が若いお爺ちゃんなのか、ジジむさいショタっ子なのか、本当によくわからない赭々。
このフードパークで、何をめざそうというのか!?
「作るのは好き嫌いの多いお子様にも食べやすい、パンプキンケーキで決まりだな」
市販品を諦め、プレゼントを手作りするために厨房の一つを借りた赭々。
「プロの指導が受けられる?ふうん、話を聞いてやらんでもないが……触んなよ?」
指導担当のパティシエを呼んだものの、一切、手を出させないという俺様プレイに出た。
だが、意外にも器用で言葉のみでの指導をあっという間に吸収してゆく。
これは若者ゆえの吸収力なのか? あるいは年の功なのか?
「ハロウィン仕様にして見た目にも楽しく飾るか」
トマトゼリーや野菜の砂糖漬け、緑色のほうれん草クッキー、ラムレーズンを散らしていく。
「どうだ、可愛い上に栄養もある。 すげえな、さすが俺」
自画自賛しているようだが、確かに力作!
スタッフも一口試食を願ったのだが――。
「触んなって言ってるだろ! これを渡す相手は決まっているんだ!」
丁重にお断りされた。
一方その頃、パーク内の別の場所に目を移すと、スタッフ以外にも丁重にお断りされている人物がいた。
Unknownである。
「店ごと喰われてたまるか!」
「あんたが参加すると、大食い大会が台無しになるんだよ!」
飲食店では入店拒否され、三階の対決コーナーでは大食い大会を邪魔してつまみ出される始末!
食べ尽くしては次の店に移動するという、イナゴのような習性を持っている事が判明し、ここ数時間、何も食わせてもらえなくなっていた。
「どうなっているのだ、飲食されるために存在するのが飲食店だろうに」
店そのものを食われるのが、飲食店の役割ではない。
仕方なく二階厨房街に足を踏み入れるUnknown。
目を付けたのは、赭々のパンプキンケーキだった。
「カボチャ、食わせるのだ!」
「動くな! 俺様の愛の結晶に勝手に触りやがったら、カボチャ頭に鉛のキャンディぶち込むぜ?」
警告前に、もう撃ってる赭々。
若者のキレやすさなのか? 老人ゆえの短気さなのか?
Unknownは口に銃弾ぶち込まれて、サスペンスドラマなら死んでいるところだが。
「外はカリカリ、中はサラサラ火薬味、銃弾旨い!」
食べて解決! グルメコント、安定のオチだった! まぁアウル弾だから実体ないけど些細な事だ!
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ゲーム終了後。
参加者たちは、屋上に集められた。
「視聴者の皆様よりいただいた称号メールの集計が終了いたしました! ただ今より順位発表に移ります!」
結果レポートを読み上げる司会者。
「まず第四位! Unknown選手!」
「吾輩であるか!」
「Unknown選手は、無茶無謀な食べっぷりに対する、称号メールが多かったようです」
設置されたパソコン画面に並ぶメールから、一つを選択するUnknown。
「選ぶのであるか? では、これである!」
「出ました! 称号は“奈落の口を持つ悪魔”です!」
「喰えるのであるか、それは?」
「なにそれ、かっこいい」
からかいなのか、本気なのか、羨ましがる赭々だが、
「三位は、赭々選手!」
「やった、俺か! メールを選べばいいんだな!」
メールを開ける赭々。 そこに書かれていた称号は――。
「ショタ枯れススキです!」
「なんだそりゃ!?」
「おそらく、ショタと昭和をかけたのではないかと――」
「四位の奴の方がかっこいいじゃねえか!」
抽選なので仕方がない。
「何か納得いかねえ」
「続いて二位! 憐選手! ――選ばれた称号は“カレーなる破壊神”です!」
「……ん。称号いらない。カレーが欲しい」
あまり関心なさそうな憐。
将来、華麗なレディになった時には似合いそうな称号であるが、果たしてその日は来るのか?
「そして、栄えある一位は――ジェラルディン選手 堂々の七百六十票!」
「よろしいのでしょうか? あのような贅沢極まる料理を食べた上に、さらに何かいただけるとは――」
ほとんどの参加者が、自分より余程いいもの喰っていた事を知らない御令嬢。
だが、その不憫な姿が年代問わず多くの視聴者の心を掴んだようである。
「では、このメールを頂かせていただきます」
「出ましたジェラルディン選手の称号は“リーズナブル貴族”」
「りーず――ですか? “あまりにも贅沢な”とかそういう意味だったような気もします」
罰が当たるのではないかと、落ち着きなくモジモジしている優勝者・ジェラルディン。
「ボクらはなし?」
「称号は、上位四人までだからね」
麻夜とヒビキは、同じ目的、同じ行動をしてしまったがために、票が分散してしまったのである。
それぞれバラバラの行動をとるか、最初から正面衝突の対決に火花を散らしていれば、上位に入れただろう。
「まあいいや、先輩に迎えに来てもらおー♪」
「ん、終わった、迎えに来て?」
電話をかけようとする二人だが、当該の人物はすでに屋上まで迎えに来ていた。
家に帰って、家族にこのパークでの修行の成果である飾りチラシを食べてもらうという、二人にとっての本当の勝負が、ここから始まるのだ。
「“欲しい!称号争奪戦”次回は別のジャンルでお送りしたいと思っております、ではまたお会いいたしましょう!」
その日まで当TV局が存続していれば、である。