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久遠ヶ原にほど近い、沿岸の街。
そこにある交差点で、八人の撃退者は敵を待ち受けていた。
時刻は午前三時過ぎ。 だが、過剰なまでに眩い街灯は、互いの顔がはっきり見えるほどだった。
ポンッ
澄んだ音が響き渡った。
日本人なら聞き覚えのある、鼓の音だ。
それに遅れて、遠くから声が聞こえた。
「壱! 一瞥、石と化し」
ポンッ ポンッ
鼓の音が二度鳴る。
「弐! 肉体無敵なり」
ポンッ ポンッ ポンッ
「参! 才識全てを見抜く」
路地裏の闇より姿を現したのは、着流し姿の腰に二本刀を携えた女侍。
叩いていた鼓、闇夜へと放り投げる。
両手の刀が、銀閃を走せる!
十文字に切り裂かれた鼓の向こうに現れたのは、毒蛇の髪と、静かに閉ざした両の瞼だった。
「心眼! 邪眼! メデューサムライ! 見参!」
撃退士たちは、茫然とそれを眺めていた。
出発前に、メデューの妹であるニョロ子に聞いた話によると、メデューはほとんどの時間を、こういった演出の一人稽古に費やしているとの事だ。
自己顕示欲のために、命を削るタイプだと言っていた。
「すげー! かっこいいー!」
快活な表情に赤のポニーテールを持つ少女・リルカ・ノウェム(
jb9000)が割と本気で拍手をした。
「私もやる!」
そう言い、昭和ヒーロー風に口笛を吹き出す。
それを無表情に見ているメデューに、リルカは言った。
「ねえ? 『何者だ』って、聞いてよ!」
メデューは少しとまどい、やがてなぜか少しはにかんだ笑顔で尋ねた。
「な、何者じゃ?」
「悪党に名乗る名はない!」
リルカがキメ顔でそう言った次の瞬間、メデューはくるりと踵を返した。
「帰る」
完全に機嫌を損ねた様子だ。
「リルカ、今のは酷いぞ!」
茶髪にポニーテールの、川内 日菜子(
jb7813)が右から怒鳴った。
「名前を尋ねさせておいて『名乗る名はない』は酷いんじゃねえの!?」
金髪の少女のラファル A ユーティライネン(
jb4620)も左からリルカを責める。
彼らは出発前に、メデューの性格についてニョロ子に聞いていた。
「姉さまはガチで性格悪いにょろ、相手が自分の思い通りに動かないと、すぐスネて帰ってしまうにょろ、それで久遠ヶ原に馴染めず、不登校のニートになったニョロよ」
メデューの姿が、路地裏へ消えようとしている。
追ったとしても、鏡の使えない暗い路地裏では、撃退士たちに勝ち目はなかった。
だが、こういう時の対応もニョロ子には聞いている。
「そこまでよ、メデューサムライ! この高瀬 里桜が成敗してあげる!」
ミルクティ色の長い髪を持つ少女・高瀬 里桜(
ja0394)が、メデューの背中に向かってそう叫んだ。
メデューは嬉しそうに早足で、路地裏から引き返してきた。
「案外ノリ良さそうだなぁ」
豊満な肉体を持つ、黒と銀の髪の女性・紅織 史(
jb5575)が半分呆れ顔で呟く。
「聞いていた通りね」
銀髪の女性、里条 楓奈(
jb4066)が、パートナーに頷いた。
「拙者との立会を所望か、ならば一対一で勝負じゃ」
メデューがそう言った。
「どうせ、数を頼んで拙者を袋叩きにしようと思ったのであろう? やってみるがいい、ただし周りをよく見てからな」
メデューに言われ、辺りを見回した日菜子は、発狂寸前の悲鳴をあげた。
蛇!
数百匹にも及ぶ蛇が、道路上、電柱、信号機の上、側溝の中、あらゆるところをはい回り撃退士に向かってチロチロと舌を出している。
それどころか、撃退士全員の足元に、それぞれ数匹が絡みついていた。
完全に包囲、封殺されている状態だった。
「そいつらはただの蛇ではない。 我が髪より生まれし、死毒の蛇。 この数相手に総力戦を所望するか? しても構わぬぞ」
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毒蛇に囲まれたまま撃退士たちには、短い話し合いの時間が与えられた。
「だからって、一対一で勝負になんのか?」
ラファルが日本人形を思わせる美貌の少女・織宮 歌乃(
jb5789)に尋ねた。
「無理でしょうね、三対一でようやく互角といったところです」
歌乃が、メデューに斬られた鼓を見ながら言った。
見事な切り口。
先ほどの毒蛇を使った駆け引きといい、戦闘における才は際立っている。
一対一では勝ち目がない。
だが、こういう場合に気の利いたアドリブを言える三人組がいる。
ラファル、日菜子、リルカである。
「なあ、さっきメデューサムライが出てきた時の口上、かっこよかったなあ、もう
一回、聞かせてくれない?」
リルカが言うと、メデューは自慢げな顔をした。
「仕方がないのう、その耳に焼き付けるが良い」
メデューは、気分よさげに歌い上げた。
「壱! 一瞥、石と化し 弐! 肉体無敵なり 参! 才識全てを見抜く。 心眼! 邪眼! メデューサムライ! 見参!」
「おー! かっこいー」
三人組は、一斉に拍手をした。
「つまり、あんたは心眼、邪眼、無敵の肉体、三つの力を持っているって事だよね?」
日菜子が、感心したような顔で言う。
そして、ラファルがほくそ笑みを隠しながらトドメの一言を言った。
「俺たちはみんな、アウルの力一つだけだもんな、あれ? もしかして対等な勝負するなら三体一がいいって事にならね?」
「うむ、その通りじゃ!」
おだてあげられたメデューは、あっさり頷いた。
流れ的に先鋒が、三人組そのままになるのは必然だった。
「いくぜ!」
日菜子が仕掛けた。
距離が離れれば、生理的に苦手な蛇が飛んでくる。
ならば、縮地術で距離を詰め、近接戦闘に徹底しようというのだ。
それは成功し、日菜子は密着した状態で、薙ぎ払いを放った。
炎のような光纏のオーラが、幾重にも線を描いて緋縅の軌跡を残す。
それが顎に直撃し、メデューの脳が一瞬、揺れた。
間隙にリルカが石火を使って突貫をした。
加速を受けた三節棍が、メデューの鼻面を叩く。
「いまだ! ラファル!」
リルカは叫んだ。
この任務が初陣である彼女とは対照的に、ラファルは歴戦の撃退士である。
ここでダメ押しをするのは、ラファル以外いないはずだった。
だが、その影はどこにもなかった。
「ラ、ラファル?」
彼女は戦闘開始と同時に、逃げた。
仲間がメデューを開眼させるその瞬間まで、隠れている事にしたのである。
日菜子とリルカは、それを知らない。
「仕方がない、私たちでやるんだ!」
日菜子は破山・噴火による必死の追撃を仕掛けたが、メデューの無敵の肉体は揺れた脳を早くも正常に戻していた。
「こわっぱどもが、剣術の授業じゃ」
メデューの双刀が煌めき、二人の撃退士を同時になぎ倒した。
本来、二人を屠りえる一閃だったが、メデュー独自のこだわりにより、戦闘不能寸前に手加減をしてある。
「次は、芸術の授業じゃ」
メデューがまずは日菜子に近づいた。
彼女に邪眼を浴びせ、石像にしようというのだ。
この瞬間は、ラファルが待っていた瞬間でもあった。
彼女はただ逃げたのではない、去り際に俺式60mmスモークディスチャージャー<ナイトアンセム>を放ちメデューの周囲の音波をかき乱していたのである。
その後は、物影に潜みつつ潜行で闇に紛れ、足音を消した。
心眼といえど、聴覚を乱してしまえば役に立たない。
そう判断しての行為だった。
両掌には鏡がついている。
メデューが邪眼を開いた瞬間に、仰向けに倒れている日菜子の目の上にそれを乗せようというのである。
気配は幾重にも消してある。
完璧な作戦のはずだった。
「甘いわ!」
メデューの刀が、ラファルの眉間を正確に突きあげた。
昏倒し、地面に倒れた直後、ラファルは尋ねた。
「な、なぜ気づいた!?」
メデューは答えた。
「視覚を閉ざし、聴覚をかき乱そうとも、まだ嗅覚と、触覚が残っておる! 心眼は視覚以外全てを研ぎ澄ます技、匂いと体温がお前の位置を教えてくれたのじゃ!」
ラファルの策は破られた。
ならば、博打しかない。
日菜子は倒れたまま、隠し持った鏡を取り出すタイミングを計った。
邪眼が開いた瞬間、強引にでもそれを見せる事が出来れば石化するのはメデューの方だ。
もし自分が失敗しても、リルカがいる。
初陣の彼女には、博打における最大の武器が宿っているはずなのだ。
即ち、ビギナーズラック。
だが。
「よし、全員、両手を頭の後ろで組め、その後、拙者の合図で目を開け」
「え?」
博打すら封じる指示だった。
「こいつを見るに、お主ら随分、凝った趣向で拙者に鏡を見せようとしているようじゃからな」
メデューはラファルが掌に付けた鏡を、ぐりぐりと踏みつけた。
「いつものように、無理やり目ん玉ひんむいて邪眼を浴びせようと思ったが、お蔭で気が変わった」
痛みに呻きながら、ラファルが尋ねる。
「いやだと言ったら?」
「首を斬る」
選択肢はなかった。
石化ならば復活の見込みはあるが、首を斬られては、いかに撃退士でも終わりだ。
数秒後、三つの石像が、交差点に立った。
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「では……いざじんじょうに勝負、なの!」
ロップイヤーを思わせる少女・若菜 白兎(
ja2109)の幼い手が翳したアストライオスの紋章から、無数の星が降り注いだ。
次鋒は里桜、白兎、歌乃の三人。
メデューが刀で星をさばいている間に、淑やかな剣士・織宮 歌乃は己のアウルを、呪いの鮮血と化し刀へと纏わせた。
白兎の星が付けた僅かな傷口から、それを潜り込ませ、内部の破壊を仕掛けたのだ。
「中々の使い手のようですが、私の緋刀もそう容易いものではありません」
それに対し、メデューも頭の蛇を飛ばし、歌乃の肉体を毒に蝕んでゆく。
日本刀という、同じ得物を操る両者の戦いは互角に見えた。
メデューには無敵を騙るほどの回復力を持つ肉体があるが、歌乃の後ろにも優れた癒し手がいる。
毒に奪われゆく体力は、白兎と里桜のライトヒールが補った。
里桜はつば競り合いの隙を突き、ヴァルキリージャベリンを放った。
メデューの左手首を、光の槍が貫いた。
「うぐっ」
好機だった。
おそらくメデューは、細かな攻撃をいくら与えても開眼しようとしないだろう。
メデューがかぶれている漫画で、盲目の剣士は、主人公の必殺剣を受けた時に、真の敵たる事を認め、眼を開けたという。
ならば!
歌乃は、最大威力を誇る技、緋獅子・椿姫風<八卦石縛風>に己の全てを込め、振り抜いた。
「ぬおっ!」
メデューは、口から鮮血を噴き出し、後ろに吹き飛ばされた。
体勢をすぐに立て直したものの、ダメージは大きい。
気概が生んだ、会心の一閃だった。
メデューは血の伝う顎で、満足げに微笑しながら言った。
「初めて真なる敵に出会った、その顔を生の目で見てやろうぞ」
ついにメデューが、その台詞を言った。
歌乃は収刀した。
その鞘には、この時のために仕掛けた鏡がある、左目のみをそれで覆った。
「では、私の緋願の抜刀と、その邪眼のどちらが早いか……同じ剣士として勝負と参りましょう」
実は、抜刀術を披露するつもりはない。
それに見せかけた姿勢をとる事による、邪眼返しなのだ。
これでメデューが目を開けば、右目を邪眼に貫かれ、歌乃は石化する。
だが同時に、左目を覆った鏡が邪眼を跳ね返し、メデューも石化させられるはず。
まさに捨て身の作戦!
これに対しメデューは、憮然とした顔でそっぽを向いた。
「焔サマは、そんな事言わない」
「はい? 焔?」
「鳳 焔! 『焔の剣』の主人公! まさか『焔の剣』読んでいない? あの名作を!?」
三人は揃って頷いた。
メデューは、コメカミに青筋たてて怒鳴った。
「帰れ! 全巻読んでから来い! 焔サマはそんな事、言わないんじゃー!」
盲目の剣士の名台詞を言うという念願がついに適ったのに、なりきり気分を阻害され、勝手にヘソを曲げたのだ。
里桜、白兎、歌乃の三人は全巻読破するまで、勝負してもらえない事になった。
白兎など完璧に近い邪眼返しを持ったのだが、相手の性格が悪すぎたのである。
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「お主の心眼、見切った…それでもやるというのか?」
時代劇ががった口調で史は言った。
ハッタリである。
これも、芝居口調も、全て楓奈を守るためなのだ。
楓奈は先日の戦いで重傷を負っている。
本当は戦える状態ではないのだ。
現在、史の背後で召喚獣を呼び出し、防御効果をあげてはいる、
「立っているのもやっとか……」
元々満身創痍では、気休めにしかなるまい。
剣を杖替わりにしている状態だ。
立会が許された撃退士は、史と楓奈の二人だけ。
三体一で互角という基準にも及ばない。
しかも、楓奈がこれでは実質一対一だ。
「ほう、見切ったと? ならば、我が身に傷を付けてみせよ!」
そういうと、メデューは双刀を構え、突進してきた。
史は鎌鼬を放ち、その足を止めようとする。
だが、速い!
鎌鼬をかわされ、あっという間に刀の束を右肩に打ち込まれた。
「こうなっては是非も無し……わが剣が敗れるとは」
史は剣を落とし、倒れた。
芝居がかった台詞。
そう演技である。
「よし、両手を頭の後ろで組め、拙者の合図で目を開け」
ラファルたちにしたのと同じ命令をメデューがしてきた。
愛剣を鏡面加工はしておいたのだが、この博打封じをされては、もはや使えない。
だが、策はもう一つある。
メデューが、それに気づいた様子はない。
邪眼を破るチャンスある。
そう思い、目を閉じたまま待ったのが、合図はなかなか来なかった。
「そちらの女、つまらぬ物をもっておるのじゃな、先に潰しておくか」
メデューが、楓奈の持つ鏡の盾に目を付けてしまったのである。
「使い古された小細工! 邪眼を持つものにとって最大の恥辱じゃ!」
肩を怒らせ歩いてくるメデューに、楓奈も時代劇口調で話しかけた。
「待たれよ! 既に気づいておるのだろう?我が身は既に満身創痍、とても戦える身ではない。 潔くお主の邪眼で石化しようではないか、武士の情け、一思いにやってくれ」
「楓に手を出すな!」
史がメデューの背中めがけ、苦し紛れのように鎌鼬を放った。
だが、メデューは振り向きざまの刀の一振りでそれをかきけした。
「お前もすぐ石にしてやる、急くな」
楓奈は史に微笑みかける。
「いいのよ、石像にされても、アヤと二人で並んでいれば」
史は無言で、楓奈に微笑み返した。
楓奈は刀を投げ捨て、鏡の盾を自ら地面に叩き割る。
「よし、両手を頭の後ろで組め、その後、拙者の合図で目を開け」
メデューの命令に楓奈は素直に従い、目を開けた。
新たな石像が完成した。
蛇の髪を持つ、女侍の石像。
史も、楓奈も最初から同じものを顔に着けていた
ミラー製のサングラス。
手を使う必要がないゆえ、メデューの博打封じも通用しない。
鏡の盾、鏡の剣、そして二人の絆に基づくリアリティのある芝居。
それらがこの罠を隠し、そこへ突き落したのだ。
「ありがとうにょろ、姉様も喋らなければ、痛くないにょろ」
ニョロ子は、姉の石像を喜んで食堂に飾った。