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依頼日の野島動物園。
新設された“ネコカカフェ”の建物に向かいながら、撃退士たちは顔を蕩けさせていた。
「ネコカフェ。 ふふふ、素晴らしい。 猫がたくさんとな」
ニグレット(
jb3052)は、仔猫にじゃれ付かれて、その可愛さにKOされ、すぐに猫を飼い始めてしまったというモフラーだ。
「ネコカフェ……行くのも久し振りね。 どんなコがお出迎えしてくれるかしら」
クールな雰囲気の黒髪美女、ケイ・リヒャルト(
ja0004)も今日は機嫌が良い。
「猫カフェって、何するとこなんだよ?」
よくわからずに依頼を受けた嶺 光太郎(
jb8405)が仲間に尋ねる。
「愛らしい猫を思う存分モフる。 それしかござらん。 猫を愛でながらの茶は美味いであろうな」
戦国時代の偉丈夫的風貌の鳴海 鏡花(
jb2683)だが、実はもふ中毒女だ。
「どのような猫がおるのだろう……」
猫を想像してぽわ〜んとしている。
イリス・レイバルド(
jb0442)が、ネコカカフェの入り口を開けた。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 猫が呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」
金髪ツインテを元気に躍動させながら、玄関に飛び込むと、並んでお出迎えしてくれたのは、二匹の仔猫だった。
薄茶色の毛皮に丸っこい耳が、キャワワ過ぎる。
「わぁい、早速こんな可愛い子達がお出迎えなんてボクハッピー♪」
首輪についたタグに名前が記されていた。
「ライ王子とレナ王女というのでござるか。 可愛い名でござるな」
「おいでおいでーもふもふー♪ もふもふー♪ ごろごろー♪」
玄関マットを転がりながら、仔猫たちを頬ずりするするイリス。
「ずるいでござる! その子らは拙者のものでござる! お持ち帰りするでござる!」
イリスと仔猫を奪い合う鏡花。
「ああ、こんな感じで猫がうろついてんのか。 だから猫カフェか」
「可愛いんだけど……子猫ちゃん……達……にしては大きいわよね」
ケイは軽い違和感を覚えたようだが、丸い大きな瞳で見つめられると、脳が蕩けてしまい、どうでもよくなった。
「まあいいわ、どんなコが他には居るのかしら?」
思い思いの個室に駆けこんでゆく撃退士たち。
この時、彼らは予想も出来なかった。
何人かはこの館から、無事な姿で出て来られない事を……。
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「さて、軽く何か食うか」
嶺は、壁にかかっている内線電話をとった。
「一号室だけど注文いいか? ハンバーガーを持ってきてくれ」
猫はどうでもいい。
漫画読んで、ネットやって、腹が空けば飯を食う。
そういう理想的な一日を過ごしたいだけの嶺だ。
すると、電話の向こうから憐れそうな溜息が聞こえた。
「ハンバーガー――本当にハンバーガーで、よろしいのですか? 最高級和牛のステーキなどもご用意出来ます。 お命を守るためにも、十キロほどご注文なされては?」
「お命ってなんだ? そこまでガッツリ喰えねえよ」
「し、しかし、最後のお食事がハンバーガーでは、シェフとしてあまりにも忍びなく……」
電話口からすすり泣く声が聞こえてくる。
(なんだこのシェフ、今日でクビにでもなるのか?)
怪訝に思いつつ、電話を切り、漫画を読み始める。
十分後、個室のドアが外側から開いた。
「ご苦労さん、そこに追い……」
嶺は絶句した。
個室に入ってきたのは、体長百四十センチはあろうかという“猫”だったのである。
「……猫? これ猫か?」
実はチーター、名はカボチャ。
嶺も五輪選手並みの身体能力を持つ撃退士だが、この“猫”と単純なフィジカルスペックで戦ったら、絶対に勝てないとわかる。
“猫”は蓋付トレイの乗った背中を、嶺に寄せてきた。
「開けろってか?」
トレイを開けると、中にはハンバーガーが型崩れせずに入っていた。
「てか、よくこぼさずに運んでこれたなこいつ。すげえ」
バーガーを手に取った瞬間、“猫”は嶺を睨み付けてきた。
文字通り、獲物を狙う獣の目だ。
食わせなければ、俺が食われる!
本能で察した嶺は、バーガーから肉を取り出し、部屋の隅にめがけ放り投げた。
“猫”がそれにとびかかった隙を狙って、部屋から飛び出す。
逃げる。
だが、すぐ追ってくる。
バーガーの肉など、一瞬で喰い終えてしまったようだ。
「おかしいだろこれ。 安らげねえよ」
壁走りで、天井近くの壁を走った。
それでも、恐るべき速度とジャンプ力で、“猫”は飛びかかってくる!
しかたがなく、髪芝居。
一時的に拘束し、その間に物影に隠れた
「猫カフェって命がけだな。 癒しとかウソだろ」
げんなりしながら肉のないバーガーをかじる嶺。
本当に、最後の食事になりかねなかった。
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「無念でござる」
肩を落とす鏡花。
結局、赤ちゃん猫争奪戦は、動物交渉能力を持つイリスに譲ってしまった。
「これを使えば勝てたでござるが、さすがに非道でござるからな」
鏡花がポケットから取り出したのは、マタタビ。
念のために持参したのだが、猫にとってのアルコールに等しい物なので、赤ちゃんに使うのは自重したのだ。
「まあ、他にも可愛い子がいるでござろう」
内線電話の脇にご指名表という紙が貼られており、部屋に呼べる猫たちの名前が書かれている。
「とりあえず、一番上のタマネギという子を呼ぶでござる」
しばらくすると、外側からドアが開き、三mを軽く超える巨大なネコ科動物が個室に入ってきた。
「――随分でかい猫がおるのう」
茫然とする鏡、
「これもモフって良いのでござるか……って! こやつは虎ではないか!」
ノリツッコミをする鏡花。
タマネギは、それを不思議そうに眺めている。
「……まあ良い。ネコ科の動物も猫みたいなものでござる。思う存分モフろうではないか」
大胆にも自分の倍近い大きさのタマネギに抱きつく鏡花。
「モフモフ〜、おー、ボリューミーなモフモフでござる。 これは贅沢でござる」
鏡花に抱きつかれ、タマネギはきょとんとしている。
飼育係の海原はモフラーではない。 もふられた事がないのだ。
やがて、大好きなプロレスごっこなのだと解釈したらしい。
背中に抱きつている鏡花を、全身のバネで跳ねあげる、
「うぉ!?」
鏡花が床に落ちた瞬間を狙い、大きく跳躍して巨大な背中を相手の腹に叩き付ける!
フライングタイガードロップ!
「ぐほっ……過激なスキンシップでござるなあ」
その後も、されるがままに技かけられ続ける鏡花。
体格はいいが、プロレス技を知らないのだ。
こうなるとタマネギの“反撃してくんなと、かぷーしちゃうぞ病”が発症する。
タマネギは、動けなくなった鏡花の首筋に、虎の牙を近づけた。
「よ、よすでござる! そんなもんで噛まれたら死ぬでござる!」
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ライ王子と、レナ王女。 個室に連れ込んだ二匹の“仔猫”をもふりまくるイリス。
「もふるぞー、超もふもふだぞー」
ふいに、イリスは背後に視線を感じた。
振り向くと、猫の範疇に納まらないデカさの“猫”がドアの隙間から、イリスと、それにもふられる子供たちをジッと見ている。
「なんか、マザークイーンがこっちチラ見してるッ!?」
その後ろには、さらに一回り大きな、王者の風格を讃えた獣の姿。
「おまけに鬣の立派な旦那様もいらっしゃいますよ!? 猫だけどー! 猫科だけどー!? ハッ、まさか――ッッ!!」
“ネコカカフェ“ の一文字多い”カ“が、誤りではない事に気付いた。
「まいっか♪」
が、結局、スルーする。
特に備えがあるわけでもないのに、受け流しちゃう。
イリスちゃん、マジで三下属性である。
「Hey! ライオンくんあなたのお名前なんてーの?」
首輪を見ると“ロイ王陛下”その後ろに赤文字で“呼称省略厳禁(命に関わります)”とある。
「そっかー、ロイくんっていうのかー」
しかし、その忠告までスルーしちゃうイリス。
園内の休憩室。
「あー、言っちまった」
ネット配信で様子を見ていた厳さんは、目を伏せた。
モニターの中では、ロイが、どっかの映画会社のロゴの如く、“ぼぐおぉぉぉ”と吠えている。
「あいつ“くん付けだと! 余はこの動物園に君臨する王なるぞ! 不敬である!”とか言ってんだよ……マジ生意気だからな」
「大丈夫でしょうか? 撃退士とはいえ、小さな女の子ですが」
海原に尋ねられた厳さんは、煙草に火を着けるながら答える。
「朝、普段の倍も餌をやっておいたからすぐに食われやしないさ、すぐにはな」
カフェの個室で、チッチッと指を振ってみせるイリス。
「なんかスッゲー睨んでる気がするけど駄目だぜ? いくらボクが世界が羨む美少女といっても愛と絆のイリスちゃん! 家庭を持つ相手を相手にすることはできないのっさ
その色目は大事な家族と愛する妻に向けてやりなっ! そーいうわけでイリスちゃんはクールに去るぜ」
すたこら逃げようとしたイリスの背中を、獅子の牙が襲った。
カフェの廊下。
イリスはロイの背中に乗せられていた。
「ボク、猫の背中に乗りたかったんだぜ〜……もふもふ〜」
朦朧とした意識で、ロイをもふっているが、実は保存食としてねぐらに運ばれている最中である。
猫大好き、イリスキー。
ロイヤルな猫様の、キャットフードにされる未来が待っていた。
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個室についたニグレットは、まず内線電話をかけた。
「ビール。 フライドポテトもよろしく。 なお、発泡酒はお断りだ」
それだけ言って、内線電話の受話器を切る。
電話の向こうから、憐れむようなシェフの声が聞こえたが、面倒な事は一杯入れてから考える。
それが、大人のジャスティスだ。
程なくやってきたのは、三mを越す猫――虎のタマネギだった。
「うーん? 大きなトラネコだな。 そうか、亀のように長生きすると大きくなるのか。 きっと数百年生きたのだろうな。 我が家のポチもいつかはこうなるのか。 そうかそうか」
一人ごちているニグレット。
タマネギの背中には、トレイがあり、ビールのボトルと、フライドポテトが入った皿が乗せられていた。
本職のウェイトレスが、ボーイハントを続けているので、代役にされたのだ。
とりあえず、コップにビールを注いでいると、タマネギが物欲しそうな目でそれを見ていた。
「一緒に飲むか? だが、猫には酒よりこれだな」
代わりにと、懐から何かを取り出すニグレット。
「要は共に酔えればよいのだ、酒もマタタビも変わりなかろう」
マタタビを与えると、大きなタマネギがふにゃーとなり、ゴローンお腹を出した。
ニグレットの膝枕で、嬉しそうに悶え始める。
「おお、じゃれ始めた。 人懐っこい奴――むう、実に抱きごこち良い」
首根っこに抱きついてきたタマネギを、もふもふするニグレット。
「もっと堪能したいが、酒も飲みたい」
振りほどこうとするが、
「うん? 想像以上に力が強いな こら、なにをする。ちょっと待て」
ニグレットを今度は、前脚で攻撃し始める。
夢の中で蝶々を追いかけているらしい。
「……やめろ、猫パンチが……うわらばっ!!」
強烈な虎パンチを浴びてKOされるニグレット。
だが目を回したまま、まだタマネギをもふっている、
「ああ、巨大な毛玉……もふもふー」
これはこれで、まったり幸せな一日を過ごせそうだった。
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そんな仲間たちの様子をケイは、個室のパソコンで見続けていた。
このカフェの様子が、ネット配信されていることにケイは気付いたのだ。
「ネコ科の猛獣……良い、良いわ……っ!凄く良い……。美しくて強くてしなやかで。
普通の猫カフェより良いんじゃない? 皆、何処かまだ野生を持ってるみたいだし、血が騒ぐわね」
興奮しつつ、内線電話を手に取るケイ。
「そうね、豹柄好きとしては豹柄くんを指名させて頂こうかしら」
ほどなく、パーテーションを飛び越え、天井近くから黄金の影が降ってきた。
「ふふっ……凄いジャンプね。 でも……人の上に着地は頂けないわ」
索敵能力で、豹柄のハイジャンプアタックをかわすケイ。
妖艶な笑みを浮かべているが、実は躱し切れていない。
艶やかな黒髪が一束ほど豹柄の爪に持って行かれた。
「ち、ちょっと痛かったわね、ブチブチっていったわ」
直撃を受けていたら首の骨が折れていただろう。
ライオンや虎に比べれば小柄な豹だが、それでも体重百キロ近くはある。
だが、六mの跳躍を可能とする肉体は、あくまでも無駄なく、しなやかで、美しい。
「そう言う所も素敵。 調教し甲斐があるわぁ……」
うっとりと豹柄を眺めるケイ。
豹柄も、そんなケイを見つめ返している。
愛が芽生えたわけではない。
“なんや、ワレにガンつけとんのかい!”的な感じで睨み返しているのだ。
睨み合いが発生した場合、先に目を逸らしたら負け。 それが動物界の掟だ。
「おイタをするコは……そうね、どっちが上位か教えてアゲル。 あたしの目力とアナタの目力、どっちが強いかしら?」
猫のように目を見開くケイ。
キャッツアイ同士の、長い睨み合いが始まった。
やがて豹柄が、ケイの目力に圧され、怯え始めた。
目を逸らしかける豹柄。
「良い子ね」
ケイが、勝利の微笑みを浮かべた時だった。
「ちょっと匿ってくれ」
部屋に嶺が飛び込んできた。
「あのウェイトレス、しつこいわ速いわで手に負えないぞ、もうスキルも使い果たしちまった」
そう嶺に評されたチーターのカボチャが、間髪入れずに個室へと飛び込んできた。
「まあ、そっちの娘も素敵ね」
ケイが、カボチャに目移りした瞬間だった。
奇跡の逆転を掴んだ豹柄が、目を見開いた。
ケイの艶めかしい首筋を、豹の牙が襲った。
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夕闇のネコカカフェに、一台の救急車が到着した。
そこに人の乗った二台の担架が運びこまれる。
突き添いで、他の撃退士たちも同乗。
走り出す救急車を、タマネギらネコカカフェスタッフが、玄関から顔を出して見送ってくれる。
その顔は“また来てねー”と言いたげに見える。
「二度と来るか」
憮然と呟く嶺。
自衛に徹し、無傷で済んだ嶺だが、神経はすり減りまくった。
「タマネギー、きっとまた来るでござるー!」
「うむ、うちのポチもタマネギのように、大きく育てねば」
怪我はしたものの、深手は免れた鏡花とニグレットは、名残惜しそうにネコカカフェを見つめている。
「懲りねえなあ、マタタビがなきゃ、お前らもあいつらみたいになってたんだぞ」
あいつらというのは重体で担架に横たわるイリスとケイである、
嶺はこの時、二人の様子を見て、唖然とした。
血塗れの体で車窓に張り付き、小さくなってゆく猛獣たちに手を振っているのだ。
「み、みんなー……もっと、もふもふしたいよー――げふっ」
「今度来るまで、良いコにしてるのよ? そのしなやかな美しい身体を撫でてあげるわ、優雅に……ね――ごふっ」
言い終えると同時に血を吐き、ガクッと倒れる二人。
「お前らは、本当に懲りろ」
身は傷ついてもモフラーたちの、もふり魂は不滅なのだ。