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「リスナーの皆様はじめまして、撃退士とアイドルやってます、九鬼龍磨です!」
神尾たちのアバントークとタイトルコールが終った後、九鬼 龍磨(
jb8028)は、ゲスト第一声を発した。
「神尾さんに説教かました張本人です……大変ヘコんでおられるようで……申し訳ない。
立ち直ってもらえるよう、がんばりますよ!」
龍磨が挨拶をすると、共演者の一人、樋渡・沙耶(
ja0770)がスマホをいじりながら、ボソッと呟いた。
「謝罪は……少し早かったかもしれませんね」
「何で?」
龍磨が示されたスマホを見る
番組公式HPの掲示板に、龍磨の謝罪に対するツ反応が早速、大量についていた。
ほとんどが“屋上”“土下座”“表に出ろ”的なレスだ。
生命の危機を感じる。
「うう、ちゃんと謝ったのに」
「きゃはぁ、あんたのせいで炎上したんだから、あんたが消しなさぁい」
面白がっている黒百合(
ja0422)
「確かに僕を知ってもらわないと反感が治まらないよね、まずは僕の初恋話から行かせてもらうよ」
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「んっと、僕は過疎地の出身で、小学校の生徒が僕を含めて2人だけだったんです」
「いいね、そういう田舎の学校って。 ハクビシンとかいるんだよね? いや、イタチかな?」
サブパーソナリティの西條が、妙に食いつてくる。
「初恋はその、もう一人の生徒さん。三つ上でした。 背を低いのを気にして、いつもお姉さん風を吹かせてて――」
「お姉さんみたいな人への憧れから恋になったんですねぇ」
神ヶ島 鈴歌(
jb9935)が、共感したように相槌を打つ。
「お姉さん風吹かせるのを僕が嫌がると、“生意気な!”って顔をするんです。 でも、一人で怖くないようにって、帰り道が違うのにいつも家まで付き添ってくれて。 それで、こう、優しくて、でも年下みたいにワガママで。 そのちぐはぐで繊細な心を、好きになってました」
「可愛い初恋ねえ、告白はしたのかしらぁ?」
雨宮アカリ(
ja4010)が尋ねると、龍磨は懐かしさと切なさの籠もる目で頷いた。
「彼女が先に卒業するとき、あたしの代わり、って大きなぬいぐるみを僕にくれたんです。
その時決心して、気持ちを伝えて……“残念、あたしは将来フランスの人と結婚するんだから!”って断られちゃいましたけど、今で言うツンデレの照れ隠しだったのかな、今思えば」
咲魔 聡一(
jb9491)は事典を開き、ツンデレの意味を調べた。
「急に優しい態度を取られるんですか? 逆に怖いですね……」
「ツンデレの良さがわからんとはド素人だね、お前」
挑発してくる西條。
聡一が、ちょっと反撃してやろうかという気になったのはこの時だった。
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「アカリさんは、どんな初恋をしてきたのかな?」
「私の相手はねぇ、上官だったのよぉ」
「上官?」
「イラク駐留中、私には親代わりの上官がいたのよ。 実の父も隊にいたけれど教わったのは戦闘関連ばっかりだったしね。私に一般教養や語学を教えてくれたのはその上官、フランス人の少尉だったわぁ」
「フランス人ですと!?」
龍磨の頭から、にゅんっと猫耳が生えてきたように見えた。
「イケメンでもなんでもなくて冴えない感じだったのぉ、叩き上げの士官だったから、意外と逞しかったわよ――しかし、ロリコンよぉ」
真顔で言うアカリ。
その言葉に全員、目をしばかたせる。
「マジ?」
「やばくないですか、それ当時アカリさん何歳ですか?」
「ロリッ娘とロリコンの恋って、テラヤバスwww」
「西條さん落ち着いて! アカリさん、初恋に貴賎なしだよ!」
必死でフォローする龍磨。
「変な気使わないでぇ、薄い本展開にはならないわよぉ。 ただ教育係だったから影響は受けたわねぇ……私って喋り方、変でしょぉ。 これねぇ、彼が日本のアニメオタクだったからなのぉ。 どこぞのキャラの真似をさせたのよぉ」
西條の背中が、ビクンと跳ねる。
「そういう喋り方のアニメキャラがいるんですか、西條さん?」
「だ、第何ドールなのかな? 僕、アニメなんか見ないからねえ」
聡一に話を振られ、テンパってしまう西條。
「恋かもって思ったのは日本に来る直前の事、別れ際にキスしてあげたんだけれど、その時涙が止まらなくって、ロリコンだけれどもっと優しくしてあげれば良かったとちょっと後悔したわぁ」
優しくしてあげればよかったという言葉が、もう会えない人間に対するものだと悟って、皆は何も言わなかった。
「今でも恋かどうかはわからないのよね、一つ言えるのは、少尉は素行を別にして隊の信頼は集めていたわ、実際彼や私達の為に命を捧げた人だっているし、だから私の恋の基準って命を託せるかどうかだと思うわぁ」
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「私の番ですか……初恋は学園に来てから、だと思う。それまでは、異性に欠片も興味がなかったから……」
沙耶は淡々と語り出した。
「この学園に来て、会って、半年位ずっと好意を向けられて、根負けした、感じ……最初は、ずっと年が上の人だったから、冗談なのかと思ってたけど……真摯で、誠実なのかなと、思った」
ほのかに頬を赤らめる沙耶。
「素敵な方と出会えて良かったのですぅ〜」
「幸せなんだねえ、おめでとだよー♪」
鈴歌と龍磨がニコニコと微笑みかける。
「私は、愛や恋は未だによく分からないけど、一緒にいて心が暖かいし、楽だから一緒にいる。 まぁ、無計画な所とか、底なしのお人好しな所とか、色々あるけど……」
沙耶は、うまく言葉を纏められないようだった
普段は冷静で優れた観察眼を持つ彼女も、自分の事になるとよくわからなくなるのかもしれない
「いつか今を振り返れば、わかるかもよ?」
龍磨の言葉に沙耶は頷いた。
「未来から過去を観察するのは、有意義な発見を望める手段だと思う……」
沙耶は多くを語らなかった。
自分の事を語るより、他人の話を元に、論理的考察をしたいタイプらしい。
それを悟ってか悟らずか、黒百合が話を始める。
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「私の初恋の人はねェ、学園の談話室で出会った女の子なのォ♪」
不敵な笑みを浮かべて言う黒百合に、西條が喰いついた。
「女の子? もしかして黒百合ちゃん、キマシ?」
聡一が事典をめくり出す。
「キマシ……事典よれば、アニメの実況板などで、女性同士の同性愛を思わせる場面があると書き込まれるスラング……とありますが、アニメの実況板を愛用されているのですか? 西條さん」
聡一が、尋ねると西條が顔を赤くして固まった
その間に、黒百合は話を進めている。
「最初は初恋とか関係無しに彼女の反応が予想以上に楽しかったから色々と弄り回して楽しんでいたのよォ。 噛み付いて首筋から血を頂いた事とかもあったわねェ♪」
「血を吸うんですか、愛の形は十人十色なのですぅ〜」
鈴歌はのんびり微笑んでいるが、他の出演者はドン引きだった!
「そんな感じで弄り回してたら彼女の自宅を見かけてねェ、夕飯などをたかりに面白半分に遊びに行ったら一緒にお泊りする状況になってェ……最後はなんだかんだで仲良く一緒の布団で寝ちゃってさァ……あーだー、こーだー、やってたら、こんな感じになったのよォ♪」
「その、あーだー、こーだーの部分を詳しく!」
興奮している西條だが、そんな事したら放送が止まりかねない。
「最近、私が依頼で忙しくて、会ってないのが残念だわァ……もう少し一緒に居てあげればいいのだろうけどォ……彼女のこの放送を聞いてるのかしらねェ?……ねェ……私の思い人さんゥ、私は今でも貴女が好きよォ、また今度一緒にねェ……♪」
優しく微笑みながら、黒百合はマイクの向こうの彼女に呼びかけた。
「どうして黒百合さんは、その方を好きになったのでしょう……興味があります」
沙耶の問いかけに、迷いなく答える黒百合。
「楽しい子なら自分の傍に居て欲しいでしょォ? 自分の心の安らぎになれるなら一緒に居たいでしょォ? なら、自分だけの存在しないと駄目でしょォ♪ それが独占欲か好意なのか分からないけど、彼女を想う気持ちには変わりないわァ♪」
「僕を好きだと言ってくれた娘たちは、僕を眺める事と、連れて歩く事に喜びを感じていたようだが――」
過去にある無数の例を、思い浮かべている様子の神尾。
「その方たちは神尾さんを、宝石やアクセサリーと同じ理由で欲していたのでしょうね。 美しいから眺めたい、美しいものを連れて歩いている私を羨んで欲しいのだと」
聡一の分析に、うなずく神尾。
「なるほど、思い当たる」
沙耶の眼鏡が、聡一を映した。
「聡一さんの恋に関する見解に……興味があります」
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「恋か……時間に限りがあるので簡略化して話しますと、人を惹き付ける美とは、完全且つ超越的であり、見る者を凌駕するといいます」
「聡一さん、お話が難しいですぅ」
「日本語でおk」
早くもギブアップ気味の鈴歌と龍磨。
「さらに噛み砕いて話します。 人が美に惹かれるのに、性別や次元など関係ないのでしょう? 例えばアニメの登場人物は、実在の人物を超越して個性的であることが多いようですね、西條さん?」
「なんせ三次元がクソだから……い、いや、アニメは確かに魅力的だよ、小さい頃よく見ていた、小さい頃ね」
また西條が挙動不審になったのを確認してから、聡一は話を続けた。
「……で、神尾さんの場合ですが、ご自身があまりに美しく、また自分でもそれを意識していらっしゃるため、凌駕されるという事が少なく、必然的に恋をし辛くなっているのではないかと」
「ふむ、僕より美しい存在に会えということか――それは、物理的に可能なのかな?」
黄金の髪を掻き上げる神尾、それだけで収録スタジオ内に新たな恒星団が生まれ、煌めいた。
「そうですね……新しいことに挑戦してみては? 神尾さんの知らない美の形に出会える、かもしれませんよ」
「一理ある、あとはそれが何か、だね」
「聡一さん自身は、どんな初恋をしてきたのでしょう……興味があります」
沙耶に問われると理知的な表情で話してきた聡一の顔が、気まずげになった。
「言わなきゃ駄目ですか?」
「今さら何であれ驚かないわぁ ロリコン男への恋でも、同性愛でも、みんな告白しちゃっているんだからぁ」
アカリに背中を押され、聡一は覚悟を決めたように話し出した。
「僕はこう見えて……見えませんね。 二百三十一年生きている訳ですが、初恋は最近でした。 相手も学園生で、温かな笑顔を浮かべる人で……あと料理が凄く上手なんです 気づいたら恋に落ちていました」
「なるほど……現在進行形か、極めて近い過去だから話しにくかったのですね」
沙耶の分析を、聡一は否定しなかった。
「ですが、初めての恋に舞い上がって今思えば馬鹿な間違いをいくつも犯してしまい……過ぎた事をいつまでも悔やむのは人が死んだ時だけと決めているので、今は心を新たに依頼に励んでいます。 ああしていれば良かったなんて、悩むほど無駄なことはありませんから」
神尾が、美しい微笑みを漏らす。
「愛知れど、恋は実らず――と、いった現状なんだね、聡一くんは」
「そんなとこだがや」
「なぜ急に名古屋弁?」
「いえ、愛知という文字列が頭に浮かんだもので」
「最後は恋を成就させた方のお話に……興味があるのですが」
沙耶が、スタジオ内でも一際幼げな容姿をした少女に視線を向けた。
聡一が、一つ咳払いをしてから宣言した。
「鈴歌さんは、先日、ご結婚されたそうです」
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神尾が拍手をする。
「それは、おめでとう」
「幸せなんだねえ、おめでとだよー♪」
出演者全員が拍手をし、スタジオがその音に満ちる中、鈴歌は幸せそうな笑みを浮かべていた。
「ありがとうございますぅ」
「もしかして……初恋の方とご結婚なされたのでしょうか?」
沙耶は、この依頼に鈴歌が参加した動機をそう読んだ。
「ん〜私の初恋は相手が学園生なので名前は秘密ですぅ〜、今もですけど……兄のようにお慕いしていたのですぅ〜、優しくて美味しいものを食べたり遊んだり格好良かったのですぅ〜、初恋と気付いたのは彼氏……ぇっと夫と出会った時ですねぇ〜」
「それは……別の恋が始まってから、その兄のような方への感情もまた恋だったと気付いたという意味でしょうか? 興味深い人間心理です」
まじまじと鈴歌を見つめる沙耶。
だが鈴歌は、もう夫との幸せな話に入ってしまっている。
「ふふふ〜、夫とは夫が運営しているサーバーで出会ったのですよぉ〜♪」
「サーバーか、チャットか何かで出会ったという事かな」
神尾の顔が、何かを思索するような色を帯びた。
「初めはお話するだけで……いつの間にか惹かれていたのですぅ〜、毎日がとても楽しくて世界の色が変わったみたいにキラキラと輝いてたのですぅ〜♪ それでバイト先まで会いに来てくれたのですぅ〜♪」
鈴歌の全身からは今、砂糖の一万三千倍甘いと言う究極の甘味料・ネオテームがオーラとなって放出されている。
「でも夫が不規則な生活を送っていると知ってお弁当を作って栄養あるものを食べてもらうようにしたのですぅ〜♪ とても幸せな毎日を送れて、これからもずっと一緒にいたいですねぇ〜と、お話しているですぅ〜♪」
「甘いわねぇ……私、恋人が出来てもそこまでイチャラブできる自信ないわぁ……」
甘味に当てられて顔がにやけているアカリ。
「そっか、おめでとう! ところで、この辺りに殴り壊しても誰も困らない壁はないかな?」
聡一も笑顔だが、コメカミには十字が浮かんでいた。
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収録終了後、スタッフたちが片づけをしている中、黒百合が神尾に問いかけた。
「いい表情ねェ、何か掴んだのかしらァ?」
沙耶は、眼鏡を通して神尾の顔を入念に観察した。
「私の目にも……神尾さんの表情が収録前と違っているように思えます」
頷く神尾。
「実はね、考えているんだよ、恋をするために、まずこの美しさを捨てようかと」
「どこぞの宇宙海賊みたいに、あえてブサメンに整形するってことですか? そんな事されたら、クッキー大炎上ですよ!」
放送開始当初、叩かれまくった龍磨は、この手のファンの執念と恐ろしさを思い知っていた。
「そうじゃないさ。 聡一君の言うように美しさが恋への障壁になっているのなら、顔を偽れる場所――チャットなんかで、まずは気の合う仲間を探そうと思っている」
「僕の分析が必ずしも正しいとは限りませんが、新しい事に挑戦するのは良い事だと思います」
「名を隠し、顔を隠してもなお、惹かれあう魂の持ち主と出会えるかもしれないからね。
アカリさんの言うように命を懸けられる人に――さっきの鈴歌さんの話を聞いて思い付いたんだ」
「えへへ、お役に立てて光栄ですぅ」
「健闘を祈らせていただくわぁ」
その後、神尾はなぜか某WTRPGのチャットに居つくようになり、ブサメンキャラで悪戦苦闘しながら、彼女を探しているらしい。
ブサメンと、心交わさば王子様。
そんなお伽話のようなチャンスが、キミにも巡ってきているのかもしれない。