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送迎用バスから降り立った撃退士八人は、あかずの湖の畔に歩を進めた。
美しい湖だ。
湖面に映った夕闇も、神秘的ではある。
だが言われてみれば確かに、その神秘性にはどこか、演出された人工物の雰囲気がある。
何も知らない観光客なら数千年ぶりに姿を現した湖独特の神秘性と感じてしまうのかもしれないが。
撃退士たちが湖に近づこうとした時、背後から話しかけてきた者たちがいた。
一人は和服姿の老爺、もう一人は恰幅のいい壮年男性だ。
「よう来てくれた。 斡旋所の兄ちゃんに頼んだかいがあったわ」
壮年男性の方は、この依頼を斡旋所所員に頼んだおじさんだった
立場は、村役場の助役らしい。
一方、老人の方は、この村の長老だと名乗り、こんな事を撃退士たちに話しかけてきた。
「この村の秘密を聞いたのであろう? それについて頼みがある」
撃退士たちは、頷いた。
どうせ、極秘にしてくれというのだろう、と。
だが、長老の申し出は、意外なものだった。
「八人いれば、その意見も八色あろう、じゃから……」
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「敵にトドメを刺した撃退士の意見に、村は従おうと思う」
撃退士たちは、一様に顔を見合わせた。
「そんな事でいいんですか?」
男装の少女撃退士・礼野 智美(
ja3600)が眉間に皺を寄せた。
「相手の強さは未知数です! 仮に勝てたとしても誰がトドメを刺すかなんて見当もつかないんですよ」
トレンチコートの少年、牙撃鉄鳴(
jb5667)が冷静な面持ちで言葉を継いだ。
「村民同士の話し合いで決めた方が良い、まずは知恵を出し合う事だ」
長老は、悟り澄ました顔で答えた。
「むろん、話し合った。 毎晩、寄り合い所に集まり、夜を徹して知恵を出し合った。 だが」
過疎の村と言っても、まだ四百人からの人間が残っている。 『この村が無くなったら生きてゆけねえ、秘密を守ってくれ』という年寄もいれば、『この先、長い人生送るのに秘密を背負い続けるのは重過ぎる、世間に懺悔しよう』という若者もいる。 『あれをやりたい、これを試したい』と自らの夢を描く者も少なからずいる。
村の存亡と、自らの人生がかかっている、誰もが真剣、妥協する気配すらみられなかった。
「もはや、人間の力では決着不能。 悟った儂は、龍神様の神社に行き、お伺いを立てた!」
長老は、白い眉の下をカッと見開き、
「すると奇跡が起こった! 『偽りの龍神を倒した者こそが、村民全員を幸福に導く龍神の使いである。 ゆめゆめ疑うことなかれ』 そう龍神様からお告げがあった! と、説得する事を、儂は思いついたのじゃ!」
毎晩の不毛な話し合いに疲れ果てていた村人たちは、満場一致で『お告げ』を受け入れた。
「この村をダメにしている主犯がわかった」
そう口ぐちに呟く撃退士たち。
その周りを、いつのまにか村人たちが囲っていた。
四百人近い村人たちの前で八人の撃退士は、捏造問題に関する各々の意見を発表させられた。
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夕暮れが山の合間に姿を消し、辺りが闇に包まれた頃、黒い湖面が大きく盛り上がった。
果たして、今宵もそれは姿を現した。
サーバント・アッシー。
古代の首長竜を模した姿を持つ、巨大な怪物である。
陸戦部隊四人の中で、最初に攻撃を仕掛けたのは、頬に蜘蛛と蝶との刺青を持つ少女だった。
「遊んで差し上げますの。 感謝して逝くと良いですの」
紅 鬼姫(
ja0444)は、白い砂が敷き詰められた畔から、二対一組の黒色の銃を交互に撃ち放った。
竜の長大な首に弾丸が炸裂し、暗赤色の血斑が、灰色の肌の上に浮かび上がった。
この正確な銃撃を支えたのはカイン 大澤 (
ja8514)である。
「今のところ別に俺が戦う必要もないからな、じっくりやらせてもらうか」
少年ながら熟練の兵である彼は、ナイトビジョンによる索敵で、敵の位置を知らせていた。
だが、その彼に喝を入れる声が飛んできた。
「カイン! 遠慮してねえで、おめえも撃て!」
「トドメを刺すだ! おらたちは、カインこそ龍神様の使いと信じてんだべ!」
遠巻きに見ている村人たちの一部が、不満を叫んでいる。
彼らにとってはカインがトドメを刺し、その方針で村が動くのが理想なのだ。
『自分たちが生き残るための手段としてこのような方法を選んだのだから、それをこちらのくだらない偽善で潰す必要はないので見逃す』
これがカインの方針だ。
支持者は、現状維持派なのである。
むろん、カインはもちろん、他の撃退士たちも誰一人、自分が龍神の使いになろうとか、村を自分の意見に従わせようだとか考えていない。
「ただ、迷惑なだけだな」
智美が、闘気を解放しながらそう言った。
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アッシーは、臆病な性格らしい。
湖の中央へと逃げようと、早くも巨体を反転させかけた。
それをさせじと、雷光を閃かせた者がいる。
赤毛の少年、一ノ瀬・白夜(
jb9446)は、水面を雷の如く勢いで滑り、手にした剣をアッシーの尾に叩き込んだ。
アッシーが古代の首長竜同様、尾を梶に使うと読み、水上歩行の特技を生かして背後に回り込んでおいたのだ。
アッシーは方向転換に失敗し、動きを止めた。
白夜は、即時、アッシーの尾付近から離脱した。
殊勲の活躍だったものの、彼への声援はない。
彼は、村の捏造に関心がなく意見を述べなかったのだ。
間髪入れず、アッシーの眉間を鋭い銃弾が襲った
アサルトライフルによる長距離狙撃。
湖の中ほどに浮かぶボート上で暗視ゴーグルを着けた鉄鳴は、表情を変えぬままマガジンの交換をした。
アッシーが眉間から血を流す中、鉄鳴のボートに歓喜の声が飛んでくる。
「さすがは鉄鳴さん! クールだべ!」
「鉄鳴さんみたいに、頭のええ人の嫁になりたいだ!」
『金さえ払えるなら俺がこの村を救って見せよう。これでも金勘定は得意なのでな』
これが村人の前でした鉄鳴の宣言だった。
『この手のブームは三年と持たないだろう、遠からずこの村はなくなる、それが嫌ならもっと抜本的な解決策が必要だ』
村の繁栄を夢見る者、そして彼の知的な物言いに憧れた村娘たちが彼の支持者となった。
だが、彼らの期待虚しく、アッシーは倒れなかった。
かつて実在した首長竜と同じく、脳が極めて小さいようだ。
それを射抜くには、至らなかったようである。
逆に、お返しとばかりに、アッシーは口から鋭い水流を吹き付けてきた。
鉄鳴らの乗る、ゴムボートにめがけて!
「おっと危ない!」
ボートに同乗する崎宮勇士(
jb9511)が、湖面にエナジーアローをぶつけた。
純粋に破壊力のみを集中させた光の矢の威力が、凄まじい推力を産んだ。
水流が届いた頃、彼らの乗るボートはそれより遥か左へと移動していた。
「天魔と戦うのは好きじゃないが、こんな竜神様がいちゃ、人も寄り付かないだろうからな」
町の中華屋という変わった経歴の主である彼も、この村に対しては一意見ある。
『アッシーを倒した後、遺物を展示しつつ研究なんかもするのもいいんじゃないか、ハリボテのアッシーより、こっちの方が人目を引く』
この提案に、結構な数の支持者が集まった。
だが彼が、敵にトドメを刺す期待は抱かれていない。
勇士の役目はボートの操船、そして、トワイライトの維持なのである。
トライライトは光球を作り出す技だ。
夜闇の中で視界を確保するために、光球を維持する事に力を注がねばならない。
攻撃は、同乗する鉄鳴に任せている。
そこで勇士のような立場のものの意見は、考え方の近いものに意見に組み入れようという事になった。
彼と意見が近いのは鬼姫だ。
『首の一つでも持ち帰られれば、それはそれで集客は可能かと思われますの』と村人の前で言っている。
鬼姫がトドメを刺せば、勇士の意見も採用されるわけだ。
一方、水上歩行していた白夜も、アッシーの水流にさらされていた。
気配を的確に感知し、一撃目をかわしたものの、アッシーは途切れなく水流を吐きかけ続ける
その執拗さに、屈するかに見えた時、緑色の光を纏ったゴムボートが、白夜をさらうようにして乗せた。
「白夜ちゃん、おまたせ〜」
ダイナミックに加速する船上でおっとりとそう話す女性は、葵杉喜久子(
jb9406)だ。
「すまない、喜久子」
「勇士さんのトワイライトのおかげよ、エメラルドスラッシュで全力前進って出来たわ」
戦闘前、喜久子は、しっかりと村人たちの前で話した。
「嘘は良くないけれど、悪い嘘でないのなら、仕方がないのかも知れないわね。 故郷が無くなるのは、辛いもの。 今後どうするのかは、村の人が決める事。余計な口出しはしないわ」
その穏やかな口調で述べられたその意見は、村の男、特に現状維持派の中年男性らの心を捕えた。
操船専門なこともあり、支持者はカインと同じ。
数的には、鉄鳴の村再構築案と並ぶ二大勢力を為している。
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一方、陸戦班に目を移すと、少数ながら熱烈な層に支持されている意見を持つ者たちがいた。
智美が、その一人である。
闘気を解放させた彼女は、さらに全身のアウルを燃焼させて加速し、目にも止まらぬ速度で刀を一閃した。
アッシーの長大な首を銀光が切り裂き、紅の血が飛沫をあげる。
その光景に彼女の支持層が歓声をあげた。
智美が彼らの気持ちを掴んだのは、こんな言葉だった。
『今でこそ良いかもしれないけど、人の噂は七十五日。 このままじゃ一過性のブームで終わると思う。 観光地としてのリピーターは望めない、その他の名物がある訳でもない、仕事は農林業と精々が役場や郵便局関連位しか出来ない、田舎暮らしを楽しむ為の基盤、畑付き土地のレンタルとか、手ほどきもしていない、そのうち飽きられてすたれるなら、変ないちゃもん付けられて村出身の人が傷付かないように黙っている方が良いかも……ってのが私の見解だな』
ボロクソである。
一部の層は顔を憮然とさせたが、別の一部の層が胸に抱いていた村への不満とは一致していた。
突き放した言い方であるものの、解釈を変えれば、ここまでダメな状況に追い込まれたのは基本的な事をやっていなかったのが原因だ。 捏造に関しては目を瞑るから、そこを見直せという親身な意見である。
思慮深い知識層と、叱られるのが好きな特殊な層が智美の支持者である。
「智美さまー! もっと、もっと!」
「ダメなオラたちと同じく、バッサリ切ってくんろー!」
さらにディープな層に支持されている者もいる。
戦巫女の草摩 京(
jb9670)である。
これまで、沈黙して敵の行動パターンを観察していた彼女は、アッシーが首をしならせて攻撃してくるタイミングを先読みしていた
跳躍でそれを回避すると、頭が真下に来るタイミングで落下し、頭上で青い槍を回転させて遠心力を加えつつ、側頭部目掛けて薙ぎ払いを放ったのである。
小さな脳を揺らされ、アッシーはクラクラと頭をしならせた。
そのクレバーかつ、大胆な戦いぶりに、彼女の支持層が歓喜した。
京の意見は、智美と比べれば柔らかな口調で語られた。
「……生きるためには仕方の無い事もあるでしょう」
ここまではカインや喜久子と同じ見解に思われた。
だが、その後、声を控えて付け加えられた言葉が、支持者の心を捕えた。
「元々龍神様がいらっしゃった場所でもありませんしね、もしいらっしゃった場所だったら、全員……こほん、全部バラしている所ですが」
村人は、龍神の存在を信じている。
京は巫女の勘で龍神不在を断定しているのだが、あるいは龍神を信じさせる事ができたなら、『おしおき』してもらえるのではないかと思ったらしいのだ。
「あああ、吾輩も巫女さんに頭を殴られてクラクラしたいぃ!」
「あのしなやかなお手々で、全身バラバラにされたら、天にも昇る心地であろうなあ」
ちなみに支持層は、この二人しかない。
ある程度の割合で、こういうのはいるのだ。
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「今のうちに目を!」
京の声に合わせ、カインが火炎放射器を手にした。
「視覚を潰せれば少しは楽になるか、作業作業」
彼は、脳震盪状態にあるアッシーの左瞼に、火炎放射器を差し入れ、トリガーを引いた。
接近での使用により、カイン自身にも猛烈な熱が伝わってくるが、彼の脳は黒夜天・亡霊兵士のスキルにより、猛烈な殺戮衝動に塗りつぶされている。
己の危険など顧みなかった。
苦しみ、かま首をもたげたアッシーの長大な首を鬼姫が駆け上がる。
壁走りの要領で、頭まで昇ると愛刀・烈光丸を、右目に突そうとした。
完全に、アッシーの視覚を破壊出来る!
そう思われた瞬間、アッシーが鋭く首を振った。
鬼姫は振り落とされ、宙を舞った。
水上歩行で着水しようとしたが一瞬意識を失ってしまい、為す術もなく湖の中に投げ出された。
「鬼姫ちゃん!」
喜久子がエメラルドスラッシュを再び炸裂させ、高速艇と化したボートを鬼姫の落下地点に向かわせた。
アッシーは、頭を水と潜らせている。
力尽きかけているのか? 鬼姫を捕獲せんとしているのか?
「やらせないよ」
それを阻害しようと、ボート上から白夜が光のリングによる光の数珠を放った。
アッシーの首が、水の中で悶えるように揺らめく。
「見つかるか?」
もう一台のボートから、勇士が落下点付近にトワイライトを放ち、明るく照らした。
それにより視界を確保した喜久子が、仰向けに浮かんでいた鬼姫を抱き上げる。
「少し水を飲んでいるみたいね、でも大丈夫よ」
幸い、重体には至っていないようだ。
「トドメは俺という事になりそうだな、今後が面倒そうだ」
皮肉気味に呟いて、速射モードにしたライフルを放とうとした鉄鳴は、引き金かけた指をすぐに離した。
アッシーは、もう動いていない。
白夜の光のリングの攻撃で、こと切れていたのである。
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「龍神の使い様! オラたちこれからどうすればいいだか!?」
村人たちは、焦っていた。
なにせ、八人の中で唯一、村の捏造に何の関心も示さなかった白夜がトドメを刺してしまったのだ。
白夜は、頭をかくだけの白夜に、助役が耳を寄せた。
「申し訳ないが、あんたを龍神の使い様という事にしてええだか? 神秘性で抑えこまねえと、村人が暴動を起すべ」
「神秘性保持、とか僕にはどーでもいいけど……それが望まれているなら」
白夜が答えると、長老と助役が深々と土下座をした。
「お告げを、なにとぞお告げを下され!」
「龍神様を、今後もアッシーとして村おこしに使ってよろしいんだべか?」
白夜はけだるげに呟いた。
「アッシー……変な、名前だね」
そのお告げに長老が、蕩けそうに嬉しそうな顔をあげた。
「皆の者、聞いたか! 龍神の使い様は言われた! アッシーという名前を変えれば全てを許す、と!」
歓喜の波に包まれる村人たち。
「やったー! 今後も龍神様をネタに、食っていけるべー!」
とことん、ダメな村だった。