●
久遠ヶ原学園内の会議室。
「じゃあ、始めようか」
情報処理教師・高梨が、座談会の開始を宣言しようとした。
参加する六人の学生の手元には、お茶とお茶うけ、それにノートパソコンがそれぞれ置かれている。
「ちょっと待ってよ」
銀髪の女性・フィール・シャンブロウ(
ja5883)が手を挙げた。
「私のパソコン、まだブラウザが起ち上がってないのよね」
フィールは、ジレッとした目でパソコンの画面を睨んでいる。
「私のパソコンだけ、やけに型が古くない?」
フィールに割り当てられた物だけ、起動音が二十世紀ライクの上、ノートの割にやけにごっつい。 動作も遅かった。
「キミはその方が慣れているんじゃないかと思ってね――皆、フィールくんのサイトを開いてくれ」
皆が指示に従い、今日のために用意されていたリンク集を、クリックする。
サイト名は“Feer's homepage“
●
「このサイトやけに文字が小さくない?」
雪室 チルル(
ja0220)が、モニターに顔を近づけた。
とたん、パソコンがいきなり大音量で音楽を流し始めた。
「わっ! なんなのよ?」
他の参加者のパソコンも、時間差を付けて同じ音楽を奏で始める。
そのせいで、完全な不協和音になっていた。
「この音、どうやったら消えるのよ!?」
音の消し方がわからず、軽くパニックしているチルル。
「個人サイトにMIDIを仕込んでおくのが流行った時代があったんだ。 重くなるし、夜中だろうが、職場だろうが、突然鳴りだして迷惑なんで、いつの間にか廃れたけどな」
「ねぇ? これ入口ボタン押しても検索サイトに飛んじゃうよ〜」
藤井 雪彦(
jb4731)は、画面上のリンクをあちこちクリックしている。
だが、どれを押しても無関係なページに飛んでしまっているようだ。
「その辺りは全部、ダミーよ。 本物のリンクは画面一番下のCopyright Feer's homepageって文字なのよね」
「なにその隠し扉? ここ、忍者屋敷?」
フィールは、隣席の水竹 若葉(
jb7685)のモニターをちらりと見て、ある事に気付いた。
「若葉さん、今、キリ番踏んだ?」
「キリ番?」
聞き慣れない単語に、不思議そうな顔をする若葉。
「ゲストブックに報告しておいてね、あと百の問いかけにも答えておいて」
「なんだその面倒臭い決まりは、罰ゲームか?」
「なんなのよ、あんたのページは!?」
チルルに抗議され、フィールがすまし顔で答える。
「九十年代から00年代前半に大量にあったような、化石の如き個人サイトを生き残らせるというのがコンセプトです」
「マニアックですね〜」
苦笑いするエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
「中身もマニアックだぞ、二十世紀のパソコンやら、パソコン雑誌やらについて特集してある」
興味深げにそれを見る先生。
「そうね、私が今使っているこのパソコンについてのページもあるわね」
手元のパソコンについて、CPUがどこメーカーで何年発売のものだとか、ナントカ機能がついた初め頃の機種だとか語り始めるフィール。
四十路目前の高梨先生と、自称二十四歳のフィールの会話は、盛り上がり、他の参加者置いてけぼりで八十年代の話題が延々と続くのだった。
●
「次は、あたいのなのよ!」
チルルが元気よく拳を掲げた。
皆が、チルルのページを開く。
ブログ形式だ。
ページ名は“チルルの日記帳”
「どういう内容?」
「そのまんま日記なのよ!」
「Σ!?えっいーの? 女の子の日記とか見ちゃってもいいの? まぢかぁー?」
「赤裸々な日常を見せてくれるなんて、チルルちゃんはえっちねぇ♪」
色めき立つ雪彦と霧依。
それをジト目で睨むチルル。
「あんたたちが期待しているような事は、何も書いていないわよ」
●月●日
学校の近くに新しいアイス屋がオープンしたの!
買ってみたけど、友達に話しかけられておしゃべりしているうちに、とけちゃってたわ。
もう一回、凍らせようとして、氷砲をうってみたらアイスごとなくなっちゃった。
最近のアイスは、根性がなくてダメね!
●月×日
今日は、ディアボロ100ぴき倒したわ!
まともに戦ったら勝てないって言われたから、あたいが天才的なセンポーを考えたの!
バァーっと出てって、ガーッとおびきだして、ドドドッてホラアナに入って、ズガーンってやったら、ガラガラーってなったから勝ったわ!
あたいって本当に天才ね!
「どう? ギョーカイ大注目のあたいの戦術は?」
ドヤ顔をしているチルル。
「某終身名誉監督さんと話が合いそうね、天才の感性って奴かしら」
呟きながら、ページを閲覧してゆくフィール。
「うん? ごくごく普通に読んでたけど、一般人からすると相当な大冒険よね? ……感覚がマヒしてきたのかしら、私」
ブログに掲載された動画や写真。
それを見ればチルルが、小さな体に似合わぬ大冒険や、死の危険と隣り合わせの日々を送っている事が実感できた。
だが、実はチルル、それ以外にも危険ど真ん中を突っ切って生きているのだ。
それを皆が知るのは、数十分後の話である。
●
次に開いたのは“Verdureの生息地”
「Verdureって誰なのよ?」
チルルの問いに、若葉が答えた。
「Verdureが誰かはともかく、そこは私のサイトだよ。 動画サイトの歌い手『Verdure』の紹介サイトなの」
ページ内を見ると、サイト内リンクがいくつかある。
メインは歌っている感想等のページは、『Verdureはグダッとしたい』
歌へのリスナーからの批評を書き込める掲示板は『Verdureはもっと歌が上手くなりたい』
あとはグッズの販売、ライブのお知らせ、新着動画のお知らせ等々のページが添えられている。
「……ふーん、今のオタ向けサイトってこうなってるのね。 個人が動画投稿サイトにこんなのを上げて、それのファンサイトができるなんて、にじゅ……10年前じゃ考えられなかったわ」
一瞬、何かが漏れかけたのを、フィールは慌てて取り繕った。
トップページでは、若葉をデフォルメしたイメージのマスコットキャラがお出迎えしてくれる。
背丈以上もあるピンクのエレキギターを背負っている
「これは、若葉さんの幼女時代かしら♪」
幼げな容姿のキャラを、過剰に前のめりになって見つめる霧依。
「いや、そいつは私じゃないんだ、チヴァって名前だ」
サイトには、様々な“歌ってみた“動画があげられており、Verdureの歌をチヴァがアニメーションで踊っているものもある。
チヴァが出てくると、視聴者コメントで ( ゜∀゜)o彡°おっpい!おっpい! の弾幕が流れた。
「チヴァちゃん巨乳幼女なのね、美味しそうだわ♪」
「違うから」
「運営したての頃はあまり人も入らなかった、動画の再生数も伸びなかったしな。 それでも掲示板で誕生日に、イラスト入り応援メッセージをもらった時は、もっと頑張ろうとかいう気持ちになったよ」
懐かしげに語る若葉。
人が増えたせいか、時々、荒れている書き込みもあるが、それも含めて、きちんと返信がしてある。
リスナーを大切にしている様子が、よくうかがえるサイトだった。
●
「僕のサイトですか? 人様に見せるようには出来ていないんですよ」
エイルズレトラのサイトはMagical Magicという名のブログだった。
意訳すると手品のような魔法という意味らしい。
中身を見ると、本人の言う通り単語が不可解に羅列してあった。
■月●日
歯医者
チョコレート
アウルが暴走して激痛
軽くお仕置き
明日は我が身、歯磨き必須
×月■日
三重県人許すまじ
「なんなの、これ?」
フィールも首を傾げる。
他のメンバーも皆、理解出来ないようだった。
唯一、霧依だけが懐かしそうに笑顔を浮かべた。
「わかるわ♪ 上の方はムシバルス退治の依頼ね♪ 下の方は、郷土ウィルスワクチンでおかしくなった時のよね♪」
「そうです、二つとも霧依さんとご一緒でしたね」
「あたいにもわかるのがあるわ! これ宝狩りイメージキャラ募集の依頼でしょ!」
「覚えてますよー、あの時はチルルさんに拉致られましたからねー」
がやがやと思い出話に花を咲かせる三人。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、私らにもわかるように説明してもらえないかな?」
若葉に尋ねられるエイルズレトラだが、
「むしろわかると困るんです。 これは“覚書”というやつで、わかる人にしかわからないように書いてあるんです。」
「なぜそれをネットに?」
「メモ代わりです、日々の事をメモ帳に書くとどんどん増えますし、全部、持ち歩くわけにもいかないですよね? スマホとかの内にメモしてもいいですが、戦闘中に壊れないとも限らない。 その点、ネットにあげておけば、後々、世界中どこからでも見られますから」
「なるほど、そういうホームページの利用の仕方もあるわけだ」
●
「僕のは、“ユッキーの小部屋☆彡”」
サイトトップのヘッダーには、てへぺろ顔の雪彦のイラストが貼られていた。
「☆彡が、いかにもあんたらしいわね」
率直に感想を漏らすチルル。
「コミュニケーションが目的のサイトだよ、日記とかもまあ、あるけど」
▲月▲日
八時二十一分 Aちゃんが、天魔に襲われていた、僕が颯爽と助けたよ☆
八時五十二分 天魔討伐完了! Aちゃんを病院に連れていった。 もちろんお姫様だっこ〜♪
十時四十分 Aちゃんの検査終了、肉体的には問題なし、よかった! このサイトのアドレスを渡しておいた、会うのが楽しみだぁ〜♪」
あまりにも雪彦丸出しな日記に、絶句している参加者たち。
「いやぁ〜ついつい、情報収集で口説いた女の子とかぁ〜依頼中じゃん? 遊びにいけないじゃん? だから後日〜って時に此処で連絡とってるんだぁ〜♪」
「野暮な質問だが、このAちゃんとやらは可愛いのか?」
若葉に聞かれ、ニコニコしながら答える雪彦。
「もちろん!」
言ってから、すぐにフォローを入れる。
「若葉ちゃんの方がタイプだけれどね☆」
「そういうのいいから」
クールに突っぱねる若葉。
「依頼ついでに、ナンパしているみたいなもんよね、若いって羨ましい」
フィールは褒め殺しにかかっている。
「ナンパ? いあいあいあいあ、情報のお礼にご飯行ったり〜ケーキ食べに行ったりするだけだよ☆……それだけかって?……まぁ……ご想像にお任せしますよん♪」
ヘラヘラしている雪彦。
周りの参加者たちは皆、呆れているが、先生はサイトの中に隠しリンクを見付けていた。
その先にあった隠しチャットには、依頼で出会った人々からのお礼が、数多く書きこまれていた。
事件で心に傷を負ってしまった人々を心配して、雪彦がこのサイトを作り、アフターケアのために、直接会いに言っている事がそこから読み取れた。
(本当の事言ったら? 女の子たちの見る目変わるよ)
女性参加者たちから、ナンパ男扱いされている雪彦に耳打ちする。
(いいんです、ただの自己満足ですから)
雪彦の短い返事に全てを悟り、先生はそれ以上、何も言わなかった。
雪彦はおそらく、関わった人すべてに幸せになって欲しいと願う心根の持ち主なのだ。
●
「最後、霧依くんのサイトなんだが――」
気まずそうな顔をする先生。
「見なくても大体、わかるわよ」
サイト名は“裸のキリエ“
やる気満々というか、やる気しかない。
「このサイト、妖精クラーリンが働き過ぎでしょ」
フィールの言う通り、トップページには霧依のオールヌード、セミヌード、エロコス、そういう写真が貼ってある。
ただし、クラーリンの放つ魔法の光で肝心な所が絶妙に隠されていた。
「クラーリンが、入り口でもう魔力使い果たしている感じよね」
クラーリンミイラが倒れているトップページ。
そこから行けるブログが二つある。
一つは日常を綴ったもの。
日常と言っても、霧依のだから半端ではない。
同居してるロリショタ天魔たちと遊んだり、一緒にお風呂に入ったり、お尻ペンペンしたり、おねしょの後始末をしたり……という毎日だ。
もう一つはさらに酷い。
ブログ名は“霧依の久遠ヶ原PK日記”
「PKは“パックンチョ”の略なの、老若男女問わず、私が気に入った相手を“頂いた”話が詳しく書いてあるの♪ チルルちゃん興味あるわよね♪」
「ないわよ」
呆れてそっぽを向いているチルル。
「私のサイトには“幼女 お尻叩き”“ロリ おねしょ”“おねショタ 巨乳””“座薬 女児”“合法ロリ 風呂”なんかの検索ワードで来られるから、お家に帰ってからじっくり見て楽しんでね♪」
「興味ないって言ってんでしょ!」
「大丈夫よ、PKしても日記に書く時はバレないようにイニシャルで書くから、C・YをPKしましたってね♪ ハァハァ」
「絶対にPKされないわよ! ちょっ、あんた、ここで妄想始めんじゃないわよ!」
「内容はアウトだが、他人の悪口は書いていない。 教育上は、問題ないサイトだな」
「あるわよ! なんで、ここの教師はおかしいのばっかなのよ!」
●
座談会が終り、皆が軽い解放感に包まれると、チルルが起ち上がった。
「あたいの程じゃないけど、みんなよく出来てんじゃない、相互リンクするわよ!」
「相互リンク?」
「リンクっていうのを沢山すれば、みんな見てくれるって偉い人が言ってたのよ!」
「確かに、検索エンジン対策に相互リンクは有効だというのは昔から言われてきた事よね」
フィールがうなずく。
話すだけが目的の依頼だったものの、これも何かの縁。
六人でアドレスを交換した。
「相互リンク用ページか、私も本格的には作っていなかったな――参考までにチルルのを見せてくれるか?」
「あたいリンクページは凄いわよ、もう載せるだけでも大変なんだから!」
「そんなに? 誰とリンクしているんだ?」
若葉が不思議に思いながら“チルルの日記“の相互リンクページを開くと、そこにはネオン煌めく繁華街が広がっていた。
「なんだこれ?」
ショッキングピンクのバナーがgifで派手にアニメーションをしている。
肌色率も高い。
「知らない人から、毎日相互リンクの申し込みが来ちゃうの、ゆーめー人の辛いところよね!」
自慢げに胸を張るチルル。
「チルルちゃんそれね、業者が送ってくる自動メールだよ」
雪彦に言われ、目を瞬かせるチルル。
「え?」
「いかにも、知り合いですみたいな文体で書いてくるところが、マジックなんですよね」
手品師らしく、トリック解説するエイルズレトラ。
「えっちなサイトへのリンクがいっぱいなんて、チルルちゃんはえっちな娘ねぇ♪」
霧依にからかわれ、顔を真っ赤にするチルル。
「ち、違うのよ! あたい、知らないで全部載せちゃってたの、そういうんじゃないのよー!」
ネットで人間関係の繋がりを増やすのは良い事もあるが、こういう事もある。
警戒と自己防衛はしなくてはいけない。
喋るだけが目的の、教訓なんか得られそうにない依頼なのに、結局、そういう教訓を得てしまう学生たちだった。