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久遠ヶ原某所にある屋外武舞台。
ここでリスク付き必殺技武闘会という、風変わりな大会が行われていた。
本日の第一試合はミハイル・エッカート(
jb0544)VS白蛇(
jb0889)。
東の階段から武舞台にあがってきたミハイルを見て観客がざわめく。
彼は、闘い前から包帯やギプスを填めていた。
いわゆる満身創痍だ。
「おぬし、静養しておいた方が良いのではないか?」
白蛇が心配して尋ねたとたん、ミハイルは痛みでよろめいた。
「ぐふっ……」
武舞台に片膝をついている。
「き、気にすんな、俺のリスクは重体である事そのものなんだぜ」
「本当に、大丈夫かのお?」
「さあ、とくと見るが良い」
白蛇は、天に向け高らかに叫んだ。
「来よ、翼の司! そして神威の司! 神威の司よ! 天の力を、ここに顕現せしめよ!」
詠唱を始めた白蛇。
それをミハイルは、じっと見守っている。
詠唱中に、手出しをするつもりはないようだ。
「この手の技を途中で邪魔するのは野暮ってもんだ」
「封を破り、全力を超えよ、限界突破! 纏え、神なる衣! 己が神性を解き放て! 神気!」
「おいおい、まだ続くのかよ、こっちは立っているのも辛いんだ、短めにしてくれ」
白蛇が使おうとしている技には、いくつかのリスクがある。
その一つが、発動の事前準備に時間がかかる事である。
だが、今は怪我で立っているのもしんどいミハイル側のリスクになってしまっていた。
「待たせたのう……今こそ全ての準備は整った……その身に、我が全身全霊、刻み込むが良い」
白蛇の付近の空間から、白鱗金瞳の分神二体が出現した。
それが本体の白蛇と共に、力の光を帯びて突撃してくる。
「神威・魔滅狂乱!」
気に圧され、ミハイルのグラサンのレンズが砕けてゆく。
だが、その下から現れた碧眼は、闘志を帯びていた。
「驚いたぜ、まさかそれが完成していたとは。 だがまだまだ……だな」
ミハイルの体が、真上に浮かび上がった。
赤と黒の焔のようなオーラが全身を包みそのまま、空中に制止する。
「俺の技は生きるか死ぬかの瀬戸際で発動するんだぜ、しっかりその目に焼き付けろ」
アサルトライフルを連射するミハイル。
「バレット・エクスプロード」
周囲にぐるりと銃弾を浴びせる。
ばらかまれた銃弾は、炎の壁になる。
壁は背を丸め、やがて球体になったところで一気に爆発した。
白蛇の召喚獣たちを、焼きこがしてゆく。
「くっ、じゃが!」
白蛇本体は、バイコーンシールドを構えミハイルの懐に飛び込み、盾を乱打する。
同時に、ミハイルの周囲にあった弾丸も大爆発起こした。
二人は爆風に圧され、同時に地面に落下した。
仰向けに倒れたまま、両者とも動かない。
どちらの技も発動後にリスクを追っているのだ。
白蛇の技は、力を果たして朦朧となるというリスク――。
(うう……まだ体が動かん)
意識はあるが、体の自由が効かなかった。
一方、ミハイルは無言だ。
彼の技のリスクは、発動後完全に昏睡状態になる事。
生涯、眠り姫の可能性もある危険な技だった。
ただし、一つだけ目覚めに至る条件がある。
「それは“誰かのキス”なんな」
そう言ったのは、今大会の発案者である漫画家のラゴラだ。
彼は本日の主審として、編集者とともに武舞台下にいた。
「キスですか、しかし、キスをされた時点で――」
「うん、ミハイル選手の負けになるんな」
現在のような両者ダウン状態の場合、先に立ちあがった方が勝ちになる。
むろん、それに他人の手を借りてはならない。
外部の者が体の一部でも触れた時点で、失格となるのだ。
「看護班の綺麗なお姉さんとかのキスで目覚めさせてやりたいけど、白蛇選手が立ちあがるまでは眠っていてもらうしかないんな」
ラゴラたちは、武舞台の上を黙って見守った。
数分後、白蛇がどうにか立ち上がろうとし始める。
「くっ……力、を 使い過ぎ、た――」
その上体が、鎌首をもたげる蛇のように天に向かって伸びあがった。
その時だった。
「ぐはっ」
昏睡しているミハイルの口が血を吐いた。
「!?」
身を震わせつつも立ちあがるミハイル。
「はっ、思ったより効いているようだぜ」
白蛇も立ちあがったが、ミハイルの方が一瞬早かった。
「ミ、ミハイル選手の勝利です!」
武舞台に駆け上がり、尋ねるラゴラ。
「いつ目が覚めたんな? キスされていないのに?」
ミハイルは、口端の血を手で拭きながらニヒルな笑みを浮かべた。
「したさ、とびきりの美女と」
地面を指差すミハイル。
爆風により大地に叩き付けられた時、すでにミハイルの唇は地面、即ち地球にぶつかっていたのだ。
「大地の女神とな」
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第二試合。
若菜 白兎(
ja2109)は武舞台にあがってもまだ戸惑っていた。
そもそも戦いを好む性格ではない。
この依頼に申し込んだのも、白兎自身の本意ではないのだ。
おまけに目の前にいるアリス セカンドカラー(
jc0210)というおねーさん――今日はリングネーム・四錠 要というらしい――は、ちょっと怖い。
美味しそうな兎さんを前に舌舐めずりする、狼さんの目をしている。
「ふふふ、いい声で鳴かせてあげるわ」
白兎が狼さんに怯えているうちに、試合開始のブザーが鳴ると同時に、白兎は背に翼を出現させ、空へと逃げた。
そのまま指にはめた邪炎のリングから、炎弾をカーテンのように降り注がせる。
「当たるとアチチなの! 逃げて欲しいの!」
だが、要は、そんなもので逃げたりはしない。
彼女は今日“家族と友人を殺した魔に復讐するため、悪魔と契約し暗殺拳を身に付けた少女“という厨二丸出しキャラで大会に臨んでいた。
「暗殺の魔拳を持ちて魔を祓わん」
「む、あの技は?」
「知っているのか? 白蛇」
白蛇とミハイルが、武舞台下から試合を見上げていた。
「うむ“禍風”じゃ」
「まさか伝説の!」
「即ち、呪いを帯びた風を拳に纏い殴りつける、この大会の意図するリスク技の一つじゃ、呪いは対象を侵食し、苦痛を与えつづける――参考になったかのう?」
「キミら、あれだけの死闘直後なのに、なんで元気なんな?」
気にしてはいけない!
解説ポジとは、そういうものである。
武舞台の上。
要は上空の白兎に手招きした。
「降りていらっしゃい、可愛がってあげるわ☆」
対戦相手の白兎が美幼女過ぎて、幼女大好き幼女である中身(アリス)が、漏れまくり状態になっているのだ!
「いややー……なの!」
白兎は翼をばたつかせて抵抗したが、虚しく魔風に打ちのめされ、武舞台へと落下した。
「この大会のために、技を開発した技がまだあるのよ、あなたみたいな可愛い娘に試したいの♪」
要は、虚ろな目で倒れている白兎を抱き上げ、染み一つない幼い頬を、エロティックに撫で上げた。
続いて、白兎のうなじにある経絡の一つを突く。
「ひゃん……!」
「お顔もお声も可愛いわねぇ♪ ゾクゾクしちゃう☆」
もう、ロールプレイなんかやっていられるか状態だ。
「我慢できないわ、優しく奪ってあげる♪ 唇……もとい、魂を!」
要が繰り出そうとしているのは“魂の簒奪者”。
契約した悪魔の力を顕現し、対象の魂を奪うリスク技。
発動には対象の特定の経穴を突く、撫でる、接吻等の三つを行う必要がある――が、美味しそうな子兎を目の前に、本人も目的を見失いかけていた。
「甘〜く溶かして、あげる♪」
アリスが白兎の可愛く怯えた顔を見つめたまま、唇を近づけた時だった。
目の前に禿げ上がったおっさんの顔が出現した。
「なっ!?」
白兎の顔が、そう変化したのだ。
「だ、誰よ、あなた!?」
慌てておっさんから離れ、飛びのく要。
「我に敵う者なし」
鍛え上げられた肉体を持つ、スキンヘッドの偉丈夫がそこに立っていた。
「白兎ちゃん!?」
尋ねると、偉丈夫のビジョンが薄れ、その向こうに怯えて震えている白兎の姿が戻る。
「い、いやなの……あんな姿になりたくないの」
実はこの偉丈夫、白兎の転生体である。
それを指輪の力で抑え込んでいたのだが、要の攻撃で機能がマヒしてしまったのだ。
だが、傷ついた白兎に、身体と意識の主導権を奪い返す事は出来なかった。
すぐに偉丈夫のビジョンが戻ってくる。
アリスの目に、静かな怒りが浮かぶ。
「可愛い兎ちゃんを隠すだなんて、おじさんにはお仕置きが必要ね」
要は契約していた悪魔に、その身を委ねた。
「たとえ魔に身を堕とそうとも私は復讐を果たす」
要の目が、赤い悪魔のそれに染まった。
“禍風”――先程のものとは比類にならない勢いで、身の周囲に魔の風が吹き荒み始める。
「くっ」
身構える偉丈夫のビジョン。
「あはは、気持ちよーく逝かせてあ・げ・る♪」
対して、偉丈夫の方も拳を繰り出した。
「イニシエーション・ナックル!」
それは即ち、己の魂を拳に込めて、相手の魂に叩き込んで屈服させる技。
魔風と、それを突き破らんとする拳の激突!
一瞬の閃光の後、武舞台に立っていたのは、偉丈夫――いや白兎だった。
イニシエーション・ナックルのリスクで一時的に偉丈夫の魂が弱体化し、白兎が自我を奪い返したのだ。
倒れている要の頭を、白兎は小さな白い手で撫でた。
「お姉ちゃん……助けてくれてありがとうなの」
「うう、これは夢よ。 こんな可愛い娘がハゲオヤジの転生なんて悪夢だわ」
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第三試合。
東の入場口から上がってきたのは、中津 謳華(
ja4212)。
ストイックな風貌を持つ拳法家だ。
一方、西の入場口からは。
リュウセイガー。
青き龍をイメージしたメタルスーツ包まれし、特撮系ヒーローである。
中身は男子高校生・雪ノ下・正太郎(
ja0343)らしいが、細密に作られたスーツが、それを覆い隠していた。
謳華は、口を真一文字に結んでいた。
感情をあまり表に出さない男ではあるが、内面には葛藤もある。
実は今日、会場に来るまでこの大会を、通常の闘技大会だと思い込んでいたのである。
看板を見てそれに気付き、係員にルールを確認したのだが、答えた相手がラゴラであり、長い割によくわからない説明だった。
なにせ説明の大半が、ラゴラが描いた漫画のあらすじだったのである。
そのため『リスク付き技しか使ってはいけない闘技大会』だと勘違いをしている。
「あー……本当はしたくないのだが、ルールはルールだから、な。 準拠する……先に言っておく。 死ぬなよ?」
謳華の深い色をした目に、リュウセイガーは不安を覚えた。
両瞼を閉ざし、全身に気を入れる謳華。
湧きあがるアウルの響きは常のそれではなく、己が始まる前の過去にある、暗い闇に呼びかける声のようにも聞こえた。
見開いたその瞳は、深い闇の色に濁っていた。
「フ……クハハ……アーッハッハッハッハッハッ!」
無骨な謳華の口から出るとは、信じがたい笑い声が響く。
闘いへの狂想にかられた悪魔の笑い声だった。
「謳華さん、一体どうしてしまったんですか!?」
戸惑うリュウセイガーに、謳華は肘での突きを繰り出してきた。
拳を主としない謳華の流派の技ではあるが、普段とはそこに籠められた殺気が違う!
「久々ノ殺し合イ、楽シませテもらオウかァ!」
「おお! 凄い気迫な! 漫画の参考資料にするな!」
スマホで、動画を撮影し喜々としているラゴラ。
だが、ミハイルは緊迫した声で叫んだ。
「すぐ試合を止めろ!」
白蛇の額にも汗が浮かんでいる。
「あれは、禍津龍帝招降之法じゃ――謳華は、魔の者に意識を乗っ取られてしまっている」
「今、行われているのは試合じゃねえ、殺し合いだぜ!」
「ええ!? 実際に人が死んだりしたら、観戦に来てくれた良い子の読者がドン引きするんだな!」
慌てて手元のスイッチを押すラゴラ。
選手の耳に仕込んだ装置からブザー音が鳴る。
それを聞いたら試合終了、というのが大会規則に定めたルールだった。
ブザーに構わず謳華の飛び膝蹴りが、腹を穿つ!
「るーる……?ナんだァそれハ……殺し合イニ邪魔するなラ、貴様も殺スだけダ!」
「うごっ!」
武舞台に、叩き付けられるリュウセイガー。
「大変なの 止めるの!」
「白兎ちゃん、手伝うわよ」
白兎とアリスが、武舞台の下へ駆けてきた。
だが、それを手を翳して制したものがいた。
リュウセイガー自身だ。
口から血を吐きながらも、強い瞳で立ちあがっている。
「待って下さい、今は俺の試合です」
「でもなの!」
「わかるんです! 謳華さんが“全力で叩き潰して止めてくれ”と言っているのが!だから俺はヒーローとして、いえ拳法家として、戦う!」
リュウセイガーは、構えをとった。
亡き祖父から伝授されし、酔八仙拳。
それを以て、謳華の古武術“中津荒神流”と打ち合う!
武舞台の中央に、互いの突きと蹴りの嵐が吹き荒れた。
肉を切り裂き合い、血の花びらを散らせる。
「アハハハハハハハハハハハ! 滾る! 滾ルなァ!!」
「くそぉ……」
やはり武術家としては謳華に一日の長があった。
リュウセイガーこと正太郎が祖父に拳を習っていたのは、中学時代までなのだ。
「だが、今の俺は!」
危険を顧みず一気に間合いを詰めた。
彼の技のリスクは技に至るまでの複雑さだ。
まずは攻防を経て、相手の動きを見極めねばならない。
そして間合い。
密着するほど接近しなければならないのだが、それは謳華の間合いでもある。
「死ネェェ!」
凶悪な殺気を帯びた謳華の肘が、リュウセイガーの眉間に入った。
ヒーローマスクが粉々に砕ける。
その下にあった正太郎の額からも、血がしぶいた!
だが、正太郎は、両目を閉ざさなかった。
「今の俺は、我龍転成・リュウセイガー!」
謳華のその肘をとりロックする。
続いて足を内側から謳華の脚にからめ巻き込むように前方回転!
そのまま膝十字固めを極める!
「リュウセイガー・ニークロス!」
それが決まった瞬間、謳華のアウルが、火花のように弾けた。
身を支配していた悪しき者が封じられるかのように、アウルが消えてゆく。
ネタ目当てで開催された大会における本物の危機は、こうして回避された。
「すまぬ、己の技を制御しきれぬとは未熟の至り」
正気を取り戻した謳華は、恭しく頭を下げた。
「いえ、武術家としての俺は完全に謳華さんに負けていました、勝てたのはコイツのお蔭です」
正太郎は、ヒーローマスクの破片を拾い上げる。
外殻強化スキルで補強したこれを囮にしなければ、勝ち目はなかっただろう。
謳華と正太郎は、より善き再戦を誓って武舞台を降りた。
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そして、『白龍剣士・マモル』の連載は――。
「すまないねえ、僕が、重傷じゃないと使えない上、発動に時間がかかって、変なものに憑依される技を使ったばかりに」
「マモル、それはこの魔王には言わない約束であろう」
リスクを背負いすぎたマモルが、魔王に看病されている。
どうしてこうなったかわからないが、介護漫画になっていた。