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東京。
とある大通り沿い歩いていた鳴海 鏡花(
jb2683)は、一人の男に声をかけられた。
「お兄さん、ちょっといいか」
ゴリラタイプの男だ。
年齢は三十歳前後。
ガタイはいいが、白Tシャツの胸にプリントされた大きなハートマークがあまりにもダサ過ぎる。
鏡花が思わず眉を潜めたのは、性別を間違われた事よりも、どちらかといえばそのセンスにだったかもしれない。
男はマジマジと、鏡花の顔と体躯を眺めてきた。
「おう、いい男っぷりだ! 兄ちゃん、あんた依頼を受けてくれんか?」
「依頼?」
男は、モテ-1協会とかいう妙な団体の会長だと名乗った。
その会長に、依頼内容を聞いた鏡花は思わず声をあげた。
「し、失礼な! 拙者は女でござる! 女の拙者に逆ナンせよと申すか!」
「女だとぉ!? そんないい男なのにか? いや、まいった――お兄……いや、お姉さんみたいに強そうで、男前なのを探していたのに、まさか女とは――まいったなあ――解散かなあ――このオリジナルTシャツだって、一万枚近く在庫あるのに、どうしよう」
気を悪くしかけていた鏡花だったが、会長の余りの困りっぷりに、話だけは聞いてやる事にした。
「結局、依頼を受けてしまったでござる」
気が付くと、鏡花はショッピングモールに来ていた。
男装して逆ナンして欲しいとの話だったが、普段から男物を着ているので、着替えの必要はなかった。
「勝敗がどうれあれ、拙者を恨まないでほしいでござる」
断ってはおきつつ、生来の人の良さと、義侠心から、結局は真面目にやってしまうのが鏡花だった。
「おぬしら、荷物大丈夫でござるか?」
バーゲン会場の前で待ち構えていると、時々、買い物をしすぎて荷物を引きずっている女の子がいる。 そういう娘に声をかけるのだ。
勝負のルール上、多人数のグループに絞って声をかけたいのが本音だったが、一人で困っている女の子も助けてやらずにはいられなかった。
かつて、一人で行き倒れていたところを救われた経験からなのかもしれない。
今回の女の子たちは、小柄な二人姉妹だった。
衣服と食料品を買いすぎてしまったようだ。
「あ、すみません」
姉妹は慌てて紙袋を持ちあげたが、身長がないので、腕が逆L字の不自然な姿勢になる。
すぐに元通り引きずるであろうのは、明らかだった。
「もってやるでござる」
鏡花はひょいっと、二つの紙袋を手に取り、軽々と片手に担いだ。
「わあ、力ありますねえ」
「助かります」
姉妹の荷物を駐車場まで運んでやり、車に積み込んだ後、
「お礼に、お食事でもいかがですか?」
と、お誘いが来る。
後に会長に聞いたところ『前に俺が荷物持ってやろうとしたら、通報されて、留置所で冷たい飯食わされた』そうなのだが、イケメンだと暖かい飯になるらしい。
「ご厚意、かたじけない、ちょうど腹が減っていたでござる」
イケメンスマイルで言うと、妹の顔が赤くなり、明らかにKOされたのがわかった。
「な、何か食べたい物は?」
「何でも構わないでござる、オススメの店があれば、そこに連れて行ってほしいでござる。 拙者、そういうことに疎いので……」
今度は姉の方が、KOされたのがわかった。
母性本能をくすぐられたらしい。
その後、タイ料理店で、グリーンカレーを食べながら女性である事を告白したが、『気付いていました』との返事。
両刀な姉妹だったらしい。
結局、そんな流れで一日を過ごし、累計で三十人ほどに声をかけられた。
来週にまわしたデートが二十組ほどあり、今後のスケジュール調整と、正体明かしに苦心しそうだ。
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「モテ……か。 そうだね、現役ホストとしては見逃せない要素だ」
ルティス・バルト(
jb7567)は、自然体で街を歩いていた。
自然な自分でなければ意味がない、というのが彼の美学だった。
ただし、逆ナンを誘うという特異なシチュに合せ、多少の細工はする。
「何かお困りかい、レディ達?」
さらっと声をかけた相手は、地方から出てきた敬老会のお婆様方である。
何時まで経ってもレディはレディ。
そこは忘れちゃいけないポイントだ。
「あんれ、外人さんだ」
「さすがは東京だねえ」
「ハ、ハロー?」
一瞬、身構えるお婆さんたち。
「こんにちは。 日本語で大丈夫さ、僕で良ければ相談に乗るよ」
にこっと軽く微笑むと、お婆さんたちの頬が、おそらくは半世紀以上ぶりに乙女色に染まる。
「浅草に行きたいんだが、東京は電車がたくさんあって、さっぱりわからなくてね」
「じいさんがこないだ死んで独身になったからって、あたしに優しくするつもり? ご、五十年、早いんだからね!」
どうでもいいツンデレを引き出しつつも、切符の買い方から教えてやり、浅草まで一緒に付いて行ってやる。
そうすると、浅草でお茶屋に誘われ、和菓子をごちそうになる。
これで敬老会まとめてGETだ。
やりようは他にもある。
まず、ハンカチを落として、会話のきっかけを作る。
拾ってくれる人は大体、人よしな性格なので、お礼ついでに日常会話をふれば、応えてくれる確率は高い。
そこから趣味や食べ物の話に発展させ、遊びや食事に誘ってもらえるよう誘導する。
「種族問わず、なら犬猫にも優しくしてみようか」
周囲に女性がいなかった時、戯れにそれを実行してみたら、犬が「遊んで遊んで」と尻尾を振ってきた。
これもカウントに入るらしい。
会長がどんな手を使ってでも勝つためにと、ルールに隙間が空けてあるのだ。
夕刻、ルティスは駅東口の石像前に抱えて立っていた。
ここは、待ち合わせに多く使われる場所だ。
花束を抱えたまま、日が暮れてゆくのとともに、不安や、諦めの色を濃くしてゆく。
話しかけてきたのは、ルティスと同じような経過で表情を移ろわせてきた少女だった。
「相手の方、来られないんですか?」
「もう一時間半過ぎたよ。 これはフラれたと解釈していいのかな?」
自嘲気味に溜息を漏らしてみる。
「なら私の勝ちですね、私は二時間半です」
二人は顔を合せて、笑いを漏らした。
「せっかくですから、一緒に夕食でもいかがですか? 私、お母さんに夕食いらないって言って出て来ちゃったんで、今帰ったら、根掘り葉掘り聞かれてうざったいと思うんです。 聞いて欲しい愚痴もありますし」
「それは、お困りだね。 ご相伴させてもらうよ」
このように、さすがはプロホストとでも賞すべきテクニックの数々を用い、ルティスはお誘いアポを悠々と増やしていった。
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鏡花と同じく、女性参加者の樒 和紗(
jb6970)。
和紗は鏡花のような男性を上回る体格は持っていない。
黒くしなやかな長髪。
大きくはあるが、決して大きすぎない胸。
黙っていれば、清楚な美少女に見えるだろう。
それだけに、口を開くと驚く人もいる。
家の仕来たりで、幼少時に男子として育てられたので、男言葉が抜けない。
ありていに言うと“俺っ娘”なのだ。
「楽しそうでいいですね。 俺の実家のサラを思い出します……元気かな」
それがこの依頼では活き、自然に男言葉を話す美少年を演じられた。
「お兄さんも、犬を飼っていらしたんですか?」
胸にはサラシを巻き、長袖シャツとパンツの綺麗めカジュアル。
髪は襟足で束ね、髪は襟足で束ね服の背中に隠してある。
女性らしい輪郭はノンフレームの伊達眼鏡で、ぼかした。
「はい、でも、もう実家にはずっと帰っていないんで、会っていないんです」
寂しそうな雰囲気を出しながら、セレブとおぼしき女性の連れている犬の背中を撫でる。
セレブ夫人は、線の細い美少年のそういう姿に母性本能をくすぐられたらしい。
「私たちは毎朝、このくらいの時間に散歩に来るから、その時、遊んであげてよ」
去ってゆく高貴な夫人と、それ以上に高貴なアフガンハウンド嬢の背中を笑顔で見送りつつ、心の中でガッツポーズをとる和紗。
夫人と犬とで、二人とカウントされるはず!
種族は問わないという、ルールの穴を突いたはずだ。
昼はオフィス街に出向き、大きなビルから出てくるOL集団を狙う。
「あの、このお店知りませんか?」
女性向けグルメ雑誌を見せ、道を尋ねる。
「この焼き肉屋なら、あの赤い看板のビルの裏よ」
「ありがとうございます。 ……あ、でも俺だけだと恥ずかしいかな……どうしよう」
「いいよ、ボク、私も焼肉食べたかったし一緒に行こう――悪いけど、このコ連れていくから、あっちの店はあんたたちだけで行ってね」
OLの一人が、仲間に断って、和紗を連れ去ろうとする。
「うわっ、あんたショタコン!?」
「男子高生に手を出して、逮捕されるアラサー女――アリだと思います!」
「ないわよ!」
散々、言い合ったあげく、結局、OL集団七人ほどが全員着いて来てくれ、焼き肉代まで出してくれた。
「うう――年上怖い、お腹苦しい」
人数を稼げたのは良いが、年上に囲まれ、「私のお肉は食べられないっての?」攻撃を受け続けたので、満腹すぎてしばらく動けなくなった。
「でも、次はもっと年上なんですよね」
夕方になって和紗が次に足を向けたのは、老人ホームだった。
男女合計百人近くが生活している大手老人ホームでお茶に誘われれば、入所しているお婆さんの数だけカウントされるはず。
それが和紗の狙いなのだ。
ところが、この老人ホームという場所、行ってみると意外に難物だった。
セキュリティが硬く、入所者の関係者でないと、中に入れてもらえないのだ。
だが、諦めずに敷地の周りで気配を殺して待ってみる。
すると、散歩に出ていたお婆さんが帰ってくるのが見えた。
「あの、すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
人捜しをするふりをして、忍法「友達汁」を用いてみる。
「室井正博さん? そんな人、ウチのホームにいたかのう? まあ、おあがんなさい、誰かが知っているかもしれん」
そんな具合で友人として招かれ、お茶をごちそうになる事が出来た。
老人ホームだけで実に五十人以上、数を稼げた。
容姿的な男性らしさを出すのに苦労はしたが、知恵を駆使しての勝利といえる。
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他の三人と、最初から様子が違うのが九鬼 龍磨(
jb8028)だった。
「モテねえ……」
しかめっ面が、何かモノ申したいといった雰囲気を醸し出していた。
放課後、学園付近の喫茶店に出かけると、たむろしている女子グループに話しかけた。
「ねー、なにしてるのー?」
言いつつ、用意したメモを開いて見せる。
すると、普段は激モテキャラとは言い難い龍磨に女子の方からデートの申し込みが次々舞い込み、さらには、メモ帳にメッセージのようなものを書きこみ始めたのである。
一体、メモ帳には何が書かれていたのだろう?
翌日の放課後。
龍磨は依頼結果報告のため学園内の会議室に向かった。
そこでは、モテ-1協会の会長と、ヘミーテオスの神尾が並んで待っていた。
「まずは数値報告ですね。 鏡花さんが三十一人、ルティスさんが三十三人、和紗さんが五十七人、僕が二十八人 計百四十九人」
「おお、それは凄い! 神尾! 貴様は何人じゃった?」
「百三十人さ――とはいえ、こちらは僕一人だからね。 どうせそちらはルールの穴をついて、誘わせただけだろ。 こちらは百三十人とも全員、僕に本気だよ」
キラキラと美のオーラを煌めかせながら、髪を優雅にかき上げる神尾。
「負け惜しみを! その思い上がりが貴様の敗因じゃあ!」
大型類人猿の顔で歯茎を剥いている会長。
二人が並ぶと、本当に同じ種族の雄同士なのか、疑わしくなってくる。
「では、ここでO☆HA☆NA☆SHターイム!」
くわっと猫のように目を見開く龍磨。
「なんじゃ?」
「とりあえず、これが女子の生の声です」
龍磨は嘆息しつつ、鞄から冊子を出した。
先の喫茶店や、学園内のイベントなどで集めたアンケートだ。
「僕に、どういうシチュで抱かれたいかというアンケートかな?」
「違いますよ! 貴方たちに関してどう思うかという内容です! この依頼内容と、協力して欲しいという旨ををメモにして読ませたら、こういう感想が来たんです!」
冊子を開くと、“神尾さんが、こんなアホな勝負するなんて残念すぎる“とか”“モテ-1協会とか必死過ぎ、痛すぎ”とか、二人の顔が蒼くなるような記述が連ねられている。
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「あんたらにとってモテるってなんですか?」
龍磨が問いかけると、鏡花、ルティス、和紗も会議室に入ってきた。
依頼報告会があると言う事で、ここに呼ばれたのだ。
「何故モテることに拘るのであろう。 男は顔ではないでござる」
「顔だけじゃない、か。 それは大いに同意するよ。 まぁ顔も大切だけれど、ね」
鏡花とルティスの言葉に、会長が反論した。
「だが現に俺はフラれ続け、神尾はモテ続けている。 美で女性を惹きつけられない以上、強さで女性の本能を刺激するしかないんじゃ!」
「強さが魅力の全て、でも無いとも思うけれど」
「遺伝子を後世に残す資格があると、認められたいんじゃ! モテるというのはその証なんじゃ!」
会長の矜持を叱りつける龍磨。
「それは女性にとって失礼でしょう! 本能や劣等感を満たすための道具としてしか見ていないじゃないですか!」
「いやそれは……」
言いよどむ会長。
それを神尾が嘲笑った。
「やれやれ、顔に美がない者は、生き方にまで美がないね」
「神尾さん、あなたもです!」
「何?」
「今、彼女さんいます?」
「僕の彼女になりたがっている女性は、万単位でいるよ」
「要は、いないんですよね? あなたも受け身になれる優越感に女性を利用しているだけで、本当に心を開きあえる女性はいないんだ。 “モテる=誰かといい仲になれる“という式は成り立ちません!」
ズバッと言う龍磨。
肩を並べ、うなだれる会長と神尾。
「これは儂らが間違っていたのかのお」
「今まで数多の女性と出会ってきたのに、全て無駄だったなんて――」
そこに、今まで黙っていた和紗が口を開いた。
「でも俺、この依頼のお蔭で、新しい友達はたくさん出来ましたよ。 ワンちゃんからおばあちゃんまで、種族も世代も違う友達がたくさん」
ルティスと、鏡花も同意した。
「それはあるね、今日一日だけいろんな出会いがあった」
「うむ、本能とか性別とかはさて置き、何もしなければ、永遠に知らぬままだった人々と知り合う事が出来たでござるからな」
龍磨が、頷く。
「確かにそれは否定出来ないな。 女性に対して失礼な言動があったから怒ったけれど、出会いは大切だし、その機会を積極的に作ろうとするのも有意義な事だからね」
人はモテたいと思うから。他人にどうやって興味を持ってもらうか、工夫をする。
即ち、己を知り、己を活かそうとするのだ。
想い自体は俗なものかもしれないが、人の成長にとってモテたいというのは大切な事なのかもしれない。