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(……いっぱい……遊びたい……な!)
幼児化した若松拓哉(
jb9757)は、その日の昼間、公園へと繰り出した。
普段付けているマントの変わりにヘッドフォン、幼児らしくキャンディーを咥えてみる。
公園には小学生高学年くらいの子供がいて、スケートボートに乗ろうとしていた。
だが、うまくゆかず転んでばかりだ。
「……ねえ、貸して♪」
拓哉が階段の上にあがり、金属の手すりの上をスケボーで滑り降りて見せる。
「すっげー、やるなあお前!」
小学生に乗り方を教えていると、巨大な少女が、話しかけてきた。
「あたしも一緒していい?」
一瞬、巨人に見えたが、よく見れば若松 匁(
jb7995)だ。
普段なら、拓哉の方が遥かに大きい。
それだけ拓哉が、幼児化して小さくなっているのである。
匁の方は、今の拓哉を、拓哉と認識しているわけではないらしい。
スケボーの乗り方を教わりたいのか、幼稚園児に真摯な態度で教えを求めてくる。
「……あれ、これ難しくないかな?」
「……違うよ……お姉ちゃん……こう!」
それもどうなんだと思いつつ、初対面の園児のふりを貫く拓哉だった。
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辺りが夕日に染まる時刻、拓哉が夏祭りに向かうと、匁も付いてきた。
「お? 人だかりだ」
そんな中、ある射的屋台の前で、匁がある子供に目がとめた。
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「おじさーん。挑戦していい?」
「はいよ、お嬢ちゃん、五発で二百円だよ」
浴衣姿の女の子に見られている幼児は翡翠 龍斗(
ja7594)だ。
拓哉と同じ幼児化薬の被験者の男で、本来の年齢も同じく十八歳である。
踏み台に乗る龍斗。
放った最初のコルク弾が景品台最上段にある、巨大なプラモの箱に当たった。
だが、箱は揺れもせず台に残る。
「当たったけど倒れなかったね、残念」
ニヤニヤしている店主。
(これは、あれか。客寄せの為の詐欺か、少々懲らしめるか)
そもそも、この銃の力は、実売価格一万円を超えるグレードがパーフェクトなプラモ箱など倒せないように調整されている。
今のは重心を見極めて打ったが、それでもダメとなると――。
龍斗は、ほのかに光纏した。
弾丸にアウルの力を込める。
先程と同じ位置を狙い引き金をひいた。
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周囲の見物客から一斉に拍手が起こった。
「おお、倒れた!」
「やるねえ、お嬢ちゃん」
自然、得意げな顔になる龍斗。
性別を間違われているが、面倒くさいのでここはスルーだ。
屋台の店主だけが、龍斗の顔と、倒れたプラモ箱を信じられないような顔で何度も見比べている。
やがて、何かを思い付いたらしく、へつらうような顔で、
「こ、このプラモはお嬢ちゃんには少し難しいんじゃないかな? このぬいぐるみと交換してあげようか?」
プラモの一つ下の段に置かれていた、兎のぬいぐるみを指差した。
これも大きいが、おそらくは、値段的にプラモよりは安いのだろう。
だが、とたんに兎も倒れた。
「……それはボクのだよ♪」
龍斗の隣の踏み台の乗ってきたヘッドホン姿の幼児――拓哉の放った弾丸だ。
「キミ、上手だね」
「……ねえ……勝負しようよ♪」
「面白そうだ」
龍斗と目を合せた拓哉は眼を瞑り、頭を軽く振る。
(……本物の子供には……負けられんぜ!)
目を開けると、撃退士の顔で微笑んだ。
「さぁて、狩りの始まり始まり〜♪」
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結局、二人は屋台にあった高そうな景品のほとんどを倒してしまった。
「また来るねー」
「……ん、そろそろ帰ろっか」
龍斗は大きな荷物を抱えて、拓哉は匁に手を引かれて、それぞれ別々の方向へ去ってゆく。
景品の値段がわからないものが多く、二人の勝敗判定はつけがたがったが、こわばった顔で店じまいの準備を始めた屋台の店主が敗者である事は間違いなさそうだった。
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人混みの中で、龍斗は小石に躓き、泥水に顔面からダイブした。
「ううっ」
何度目かのダイブで、半泣きになる龍斗。
持ち歩いている景品が、大きすぎるのである。
プラモの箱など、今の肉体より大きい。
「痛くない?大丈夫……? 龍斗さま」
そんな龍斗を、浴衣姿の女の人が助け起こしてくれた。
「うん、ありが――」
その顔を見て脂汗を流す。
妻の翡翠 雪(
ja6883)だ。
「龍斗ってダレ? 僕、パパとママを探してるの、バイバイ」
元々、一緒に夏祭りに行く約束を、この倒錯的な依頼のために、反故にした負目もある。
バレる前にとっとと逃げようとするが、雪は手を離してくれない。
「迷子アナウンスを頼んであげるよ、パパとママのお名前は?」
雪が迷子センターに行っているうちに逃げてしまおうと目論み、龍斗は両親の名前を言った。
正式に家族となっている妻に、両親の本名を正直に言ってしまったのである。
雪は目が笑っていない笑みで、龍斗を抱き上げた。
「……龍斗さま、ちょっと、お話しましょう?」
「ご、ごめんなさい、これは依頼で――」
誘導尋問にかかった事に気付いた龍斗は、顔をひきつらせたまま、家に持ち帰られた。
今夜は、解毒剤を飲ませてもらえる確信がなかった。
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(食ベ物! ゲテモノ組ミ合ワセデ食イツクス! ヒャッホー!)
ハイテンションで夏祭りを楽しんでいるエキセントリックレディは箱(
jb5199)。
(ウーム、ナンダカ“シンパシー”……感ジルオ子様ガ……?)
金魚掬いの水槽前にしゃがみ込んでいる子供なのだが、格好が奇異だ。
頭に角が生えている。
言っている事は、より奇異だった。
「おやつ掬い……食べ放題……」
金魚をおやつと認識している様子だ。
「魚雷……泳いでない……」
魚雷を魚の一種と勘違いしているのか?
(マア、子供ハ変ナコト言ウノガ、デフォダカラ)
華麗にスルーして通り過ぎようとすると、
「うなー!」
腹を角で突かれた!
「ナ?」
痛みにしゃがみこむ箱。
先程の子供は、何事もなかったかのように水槽の傍にしゃがみこみ、金魚掬いを始めている。
だがその後の行動が、尋常ではない。
掬った端から、金魚を食べている!
五匹、十匹、まとめて丸のみだ。
「金魚食べたらダメよ、ポンポンイタイイターイするよ!」
屋台のお姉さんに気付かれ、怒られている。
「……我輩……こんな時どんな顔したらいいのか解らないの………」
シュンと俯いた顔が、一瞬、ノイズのようなもので覆われた。
「!?」
目の錯覚だったのだろうか? すぐに元に戻った。
妙な子供だ。
箱の知り合いでも、最も妙な部類に入る男、Unknown(
jb7615)に匹敵する。
と、いうか、酷似していた。
「他人ノ空似デスヨネー?」
これ以上関わると、ロクな事にならない気がしたので箱はとっとと立ち去った。
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(“汚い”“近寄らないで”“忌まわしい”……周りの大人に拒絶され、両親の存在だけが生きる希望だった幼少期を、僕は今日、やり直す!)
幼児化した咲魔 聡一(
jb9491)は、眼鏡を外した。
玄関から、夕闇に染まった外の世界へ出る。
冥界で『腐った血』として差別された一族の末裔である彼にとって、子供時代の楽しい思い出は、少ない。
幼児化依頼を受けたのは、気紛れではなかった。
本来、誰もが持っているべきもの。
それを補完できる、奇跡的な好機だった。
児童公園にでも行き、そこで遊んでいる子供たちと友達になろう。
日が沈むまでの数分でいいから、思い出を作ろう。
固く決意する聡一。
「ネコさんだ! おいでおいで〜♪ あっ! 逃げてっちゃう……」
野良猫を見た瞬間にそんな決意、忘れた。
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『チャレンジカレー大食い! 三十分以内に完食で無料!』
そんな看板がある店のカウンターに座った聡一。
彼を、女性店員さんが困った顔で対応していた。
「お父さんとお母さん? 来てないよ、僕一人だよ」
計算し尽くされた、天使のような笑顔を見せる。
「あのねボク、チャレンジカレーって凄く多いんだよ、大人の人でも食べきれないんだよ」
「大丈夫、僕ちゃんとお金も持ってるよ!」
聡一がお札を見せる。
店員とのやりとりを厨房奥から見ていたシェフは、ちらりと聡一の顔を見ると、無言のままカレーを作り出した。
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カレーが出来るまでの間、聡一は店内TVを見ていた。
陰謀に嵌り、妻を殺してしまった主人公が、罪悪感と闘いつつも、何も知らずに自分を慕い続けてくれる子供のために、妻の死体を押し入れに隠ぺいし続けようとする物語だ。
「ボク! 今、アニメやってるよ、そっち見ようか」
店員さんが、情操教育上よくないと思ったのか、チャンネルを変えようとした。
「……あっ店員さん、チャンネル変えないで! 僕、見てるから!」
「アニメの方が――」
「流石だなぁ、苦境に喘ぐ主人公の煮えたぎる憎悪をありありと描き出してて――この迫力にこだわる演出は、間違いなく堀監督のだ。 クレジットを見るまでもないね」
「ボク、何歳なのかなあ?」
店員さんの顔が、引きつっている。
その顔がさらに引きつるのは、カレーが運ばれてきてからだった。
「えへへ、美味しそう……いただきます!」
聡一ががあどけなく笑ってから十五分後に、丼三杯分の巨大ボウルに入ったカレーが消えていた。
「あのね、幾つものスパイスが最適な分量で合わさって、えもいわれぬ深い薫りを放つルーに野菜とお肉の美味しさがたっぷり溶けてて、ふっくら炊かれたご飯が進んで、美味しかったよ!」
絶句している店員さん。
その横で、渋い顔で黙々と料理を作り続けていたシェフは、短く微笑んだ。
「言うじゃなうか、坊主。 次は何だ? 満腹になるまで奢ってやるよ」
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薬は、手にしてはならない人間の元にも、渡ってしまっていた。
「んん……私、かわいい……ちゅっ……」
鏡に映った幼い姿の自分と、濃厚なキスをする。
自ずからの肢体を、隅々まで観察する。
「ふふ……お胸ぺたんこ……つるつる……♪ 淡いピンク色できれい……♪」
幼女大好き雁久良 霧依(
jb0827)が幼児化薬を飲んだら、ただでは済まない事は、最初から明らかだった。
「ふう……」
外を見ると、いい具合に明るくなっている。
結局、夜通し、幼くなった肉体を堪能していた。
「そろそろ、お話会の時間ね♪」
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「面倒くさい」
謎の角付き幼児が、二秒で舞台を去る。
公民館の舞台下で、それを観ていた幼児や父兄は、ポカーンとそれを見送った。
他の子たちは緊張しながらも、懸命にお話をしていた流れの中の事だった。
今の角幼児はUnknownで、その一言を言うためだけに、解毒剤を飲まずに、ここに来た。
要は、冷やかしだったのだ。
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続いて、霧依の出番である。
「お小遣いの増やし方」
舞台に出て、大きな声で題目を唄った。
はっきりとした声で発表を続ける。
「私のお小遣いはひと月三百円です。 使えば一瞬で終わっちゃいます。 でも使わずに増やせば、好きなもの買えます」
子供らしいスピーチ。
誰もが微笑ましげな顔で見守っていた。
「私はまず、十円以下で買える低位株のデイトレードで、一ティック抜きを繰り返し――」
この辺りから、皆が“流れ変わったな”的な表情をし出す。
「リスク軽減の為、各種分散投資に切り替えまし……たっ」
専門用語の連続で、父兄でも“お前は何を言っているんだ?”な顔になってくる。
一方、霧依も不自然に足をもじもじさせ始める。
「詳細はこちら……」
とたん、我慢しきれなくなったかのように盛大にお漏らしをした。
「うえーん!」
大泣きをしているが、内心、大興奮している。
「お漏らしなのです! 大変!」
ルミニア・ピサレット(
jb3170)が、慌てて霧依を医務室に連れていった。
彼女は、霧依にペットとして飼われている、幼女型はぐれ天魔である。
ルミニアが、今日は子供会でお手伝いをしている事を、霧依は知っていた。
だが、目の前にいる幼女が霧依である事をルミニアは知らない。
「もう大丈夫ですぅ」
ぱんつを履き替えさせ、安心させるように霧依の頭を撫でる。
「ん……お姉ちゃんありがと」
霧依は、ぐすぐすぐずりながら、ルミニアにおしりを突きだした。
「ね……私はお漏らししたわるいこだから…お仕置きされないといけないの……おしり、いっぱいペンペンして?」
「え……お仕置き……?」
一瞬、戸惑ったルミニアだったが、
(この子何だかお姉様に似てるし……いじめたくなったです♪)
二人は内心大興奮しながら、普段と立場を置き替えたロールプレイングを楽しんだ。
「悪い子なのです! よく反省するです!」
「うわあああん! ごめんなさい! もうお漏らししませええん!」
「終わりなのです♪ 一緒にお昼寝するです♪」
幼児化薬を販売したら、特殊な層に売れるのは、間違いなさそうだった。
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坂本 桂馬(
jb6907)は、他と全く別の楽しみ方をしていた。
「幼稚園児ってひたすら怠けてても許されるんだろ? よーし、平日の昼間っから街を徘徊しちゃうぞー」
気楽に缶ビールでもと、コンビニに寄る。
当然、子供には売ってもらえなかった。
缶コーヒーで我慢し、白衣代わりに羽織ったワイシャツを引きずって公園へ行く。
「そのジュース苦いのだよ?」
「平気だぞ」
無糖コーヒーを飲んで見せるだけで、同じ年頃の子たちが尊敬の眼差しを向けてくる。
興味を持たれたのか、子供たちは桂馬につきまとい始めた。
「ええい、散れ散れ小僧ども。 俺は人生を無為にすごすことに忙しいのだ」
一人になれる場を求め、走り去る。
Yシャツの胸ポケを探ると、煙草が入っていた。
普段の癖で、銜えようとすると横から別の腕が延びてきて煙草を取り上げた。
「……ケイ?」
見ると、川知 真(
jb5501)だった
顔が若干、怒っているように見える。
(げえ、真! いや慌てるな、まだ俺とバレたわけじゃねえ。 子供が喫煙していたら怒るのは当たり前だ)
自分に言い聞かせ、とぼけてみる。
「いいえ、桂馬ではありません。 私の名前は飛車です」
「ふ〜ん、ケイのと同じ銘柄だね〜 あんまり大人ぶるのは感心できないな〜」
煙草は没収されたものの、逆に言えばごまかし切れたという事だ。
我ながら完璧だったと感心していると――。
「オーウ、ケイマサーン?」
インド人登場。
こいつが本物のインド人じゃなかったせいで、桂馬は依然、ゲーセン依頼で灰になったといういわくつきの人物だ。
「違うっつってんだろ」
次々現れる絡みたがる人々を撒き、何とか一人で怠けようと努力する桂馬。
だが、公園にいると遊んでいる子供たちが怪我をしたり、熱射病で倒れたりと、見たくないものが見えてしまう。
医者としての使命感がうずき、放っておけなくなる。
「しょうがねえなあ――真、診療所から救急箱持ってきてくれ、アルコールもな、消毒用と飲む方と両方だぞ」
「ふふ、やっぱりケイだったね、了解だよ」
結局、これで正体もバレてしまう。
大人になるという事は、能力でも肉体年齢でもなく、無責任ではいられなくなると言う事なのかもしれない。