●
「三角ベース……初めて聞くスポーツですが、人数が少ない割に中々壮大なルールですねえ」
エイルズレトラは、浜辺から海を見渡した。
塁と塁の間が二キロ離れているという、超スケールマジキチスポーツ。
こんなもの、久遠ヶ原以外の世界では成立しないと思われる。
「男子対女子ねぇ、しかも相手には姉さんと新井がいるのかぁ、本当に……愉しくなりそうだねぇ」
歩が言った通り、チーム分けは男女でスッパリ分けてしまった。
【Aチーム】
投手 雨宮 歩(
ja3810)
一塁 フェイン・ティアラ(
jb3994)
二塁 エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
【Bチーム】投手
投手 一川 七海(
jb9532)
一塁 雨宮 祈羅(
ja7600)
二塁 新井司(
ja6034)
●
一回表、トップバッターは白ビキニに、釘バットという、アンバランスなようでいて、ある意味どっちも“ヒャッハー”な格好をした七海。
野球経験者という事で、知識とモチベから女子チームのエースと目される。
「かっとばせー、ア・タ・シ! 相手チームぶっ倒せー、オー!」
セルフ応援歌を口ずさんでいる。
「やる気満々だねぇ」
男子チーム投手の歩は、オーバースローを振りかぶった。
Vボールにアウルを込め――第一球!
しっかり球を見て、見送る七海。
「なるほど、こんな感じか」
経験者だけに感覚の差を、見て埋めてゆくつもりらしい。
第二球。
放たれた速球に対し、バットをぎりぎりまで溜めてから振う!
独特の軽金属音が響き、Vボールが二塁島方面へ飛んだ!
●
「はい、準備万端ですよ」
打球を確認したエイルズレトラのモータボートが、海原を駆けていた。
「ダイヤ、もう見つけたんですか、さすがです」
ダイヤと呼ばれる翼ある小さな獣が、水面に浮いていたボールを尾で叩く。
あらかじめ放っておいた召喚獣に打球を追わせたのだ
エイルズレトラは、ボールをキャッチした。
「次は走者を仕留める段階ですね、一塁島のフェインさんにも連絡しておきましょう」
●
「一塁島ってここだよねー?」
連絡したら、むしろ不安になる事を言ってくれたのが、フェイン。
『――だと、いいですねえ』
とりあえず、船のエンジンをかけるが――。
「乗り物の運転ってー、初めてでどきどきするー」
何もかも初めてづくし、ファースト島の護り手に相応しい初心さだった。
●
一塁島めがけ、クロールで波をかき分ける七海。
腕のレーダーが、点滅を始めた。
「なに、これ?」
戸惑う間もなく。
「多分、ボールが来たって事ですねー」
背後から接近してきたモーターボートからボールが放たれ、七海の背中に当たった。
「ワンナウトです」
ボールを投げたのは、むろんエイルズレトラだ。
「こういう感じか――やってみればわかるものね」
落胆どころか、何かを掴んだような顔の七海。
大海原三角ベースは、壮大にのんびりと始まった。
●
二番バッターは祈羅。
「まさか姉さんと、こういうゲームで戦う事になるとはねぇ……愉しくなりそうだねぇ」
対峙する投手の歩とは、夫婦関係にある。
呼び方は結婚前からの、引き継ぎらしい。
「歩ちゃん、私、野球もやったことないんだけど、どうしよう」
「愉しい以前の段階ですか」
「とりあえずやり方教えて」
「敵チームなんですけどぉ」
歩は闘志を萎えさせながらも、とりあえず野球のイロハは教えた。
変に渋ると、愉しいゲームになりそうにない。
「じゃあ本番、いきますかねぇ」
オーバースローで直球を投げる歩。
祈羅のバットがそれを、捕えた!
「歩ちゃん、飛んだら一塁島に走るんだっけ?」
尋ねたが、コーチ兼、夫兼、敵は、砂浜からとうに姿を消していた。
打たれた投手は、のんびりコーチングなんかしていられないのだ!
●
ホームより約千m地点。
水をかく祈羅の右腕に警告音が鳴り始める。
後ろから、ボールを手にした歩がボートで迫ってきている。
「きたっ!」
「姉さん、仕留めさせてもらうねぇ」
祈羅の泳ぎの軌道を予想し、正確にショットしてくる歩。
その時、奇跡めいた光景が起こった。
海が割れたのだ。
モーゼのそれのように海底までの道が出来たりはしないが、祈羅の周りに小道のようなものが出来、近づいたボールが跳ね飛ばされた。
「ウィンドウォールですか、やりますねぇ」
体の周囲に風の壁を発生させて、ボールを避けたのだ。
こうして祈羅は、この試合初の出塁者となった。
●
「初めての真剣勝負ってやつだねぇ。 負けないよ、新井」
三番打者の司も、歩とは友人関係にあった。
「暑いから、早めに海に入らせてもらうわ、二kmの遠泳なんて良いトレーニングになりそう」
打ち気満々の司。
歩が投げた。
「ここ!」
司が烈風突を繰り出す。
拳はボールを捕えたが――。
(真芯を外した?)
ボールに変化がかけており、今までの直球とは感覚がずれていた。
半端にあがってしまったボールは取りごろのフライになる。
その後も、歩は打たせて捕る戦法に徹底。
女子チームは初出塁に成功したものの、無得点でチェンジを許してしまった。
●
一回裏。
女子チーム投手の七海は、男子チームトップバッターの歩を、ファールフライに打ち取る。
迎えた二番打者は、フェイン。
「ボール打つのはどれ使えばいいのかなー……紫檀に、尻尾で代わりに打ってもらっちゃ駄目かなー?」
審判の真魚に聞くとOKだという返事が貰えたので、召喚獣を呼ぶ。
「しっかりー、落ち着いてー、ボールをよく見てー」
紫壇に指示を与えているフェイン。
「あら、そんな指示でいいの?」
「え?」
「いくわよ」
七海は、振りかぶると同時に足元を強く蹴った。
「魔球! 増える魔球!」
放たれたボールを紫檀の尾が打ち返す。
「おおー……打てたー! 高くとんだー! ……あっ、一塁にいかなきゃいけないんだっけー?」
走り出すフェイン。
しかし、浜辺から海に入る前の彼の体に、ボールがぶつかった。
Vボールは、海の彼方へ飛んで行ったはずなのに?
「アウト!」
「え……なにー?」
「今、あなたたちが打ったのはサッカーボールよ」
フェインの体から跳ね返ってきたVボールを手にしながら、七海が笑う。
七海はマウンドに隠したサッカーボールを投球直前に蹴り出し、わずかに時間差をつけて本物のVボールを投げたのだ。
「自由な発想は、新しいスポーツの魅力よー!」
七海の笑顔は本当に楽しそうだった。
●
続いてエイルズレトラが三番打者。
「さっきみたいな手品は、奇術士には通用しませんよ」
増える魔球を読まれ、動揺する七海。
投げられたボールに対して、ギャンビットカードを放った。
カードの爆発で勢いが増加したボールが、海原へと跳んでゆく。
「打たれた! 二塁島方向!」
●
二塁島の番人は司。
彼女は双眼鏡で、ホームの方向を観察していた。
「こっちへきたわね」
急いでボートを発進させる。
フライとしてキャッチするには、打球に勢いがあり過ぎる。
野球ならばホームラン性の打球だ。
だがエイルズレトラは、堅実に一塁島で停まった。
「無理しても仕方ありませんし、歩さんに期待しましょう」
司が双眼鏡確認で早めに飛び出さなければ二塁打か、それ以上もあった打球だった。
●
打順が、歩に戻った。
彼のバットが、血色のオーラ纏う。
「まさかバットでこの技を使う時が来るとは思わなかったけど……容赦はしないよぉ」
「勝負!」
七海から放たれるVボール。
対する歩のバットには『抜刀・血翔閃』の奥義が込められていた。
迷いなき一刀がボールに血の色の翼を与え、空へと羽ばたかせた。
●
一塁島の番人である祈羅が海上に落ちた、それを探す。
ようやく発見し、夫・歩の背中を追わんとすると、無線から七海の声を響いた。
『エイルズレトラ君を狙って! もう二塁島を蹴ったの!』
「ええ、点取られちゃうじゃないですか」
レーダーと船速を活かし、エイルズレトラを追う。
「いたっ」
青く壮大な海面の中に、赤く小さな点を見つけた。
●
数分後、エイルズレトラは包囲されていた。
正面から七海、司が後方、祈羅が側面から迫ってくる。
(女性三人に囲まれるとは光栄ですね)
精神的にはいつも通り余裕なのエイルズレトラだが、肉体的には相当に消耗している。
延べで一時間半近く、海を泳ぎっぱなしなのだ。
疲れがピークに達したかのように、その場に仰向けに浮いて止まる。
「いただき!」
そこへ祈羅がVボールを投げつけてきた。
HIT!
ただし、エイルズレトラにではなく、彼が再召喚した召喚獣の尾にだ。
フェインが打席でしたのと同じく、召喚獣にボールを打ちかえさせたのだ。
「ああ!」
あらぬ方向へ飛んでゆくボール。
「人の心に隙を作るのが、奇術士の本分です」
そこまで迫っている砂浜の本塁目指して、泳ぎ始めるエイルズレトラ。
だが――。
「不可視殺球! 超七海ちゃんボール!」
Vボールが頭に炸裂した。
深い闇を纏ったそれを、エイルズレトラは認識出来なかった。
「もうボール見つけたんですか、早いですね」
「文字通り人海戦術って奴ね」
七海の指示で連携を作って、ボールを集中捜索したらしい。
初得点間近で刺されてしまったエイルズレトラだが、その粘りにより、後続の歩に二塁を確保させる事に成功した。
●
続く打順は歩なのだが、彼は現在二塁にいる。
透明ランナーを二塁島に置いて、歩が浜辺に戻り打席に立っても良いが、それが戦術的に有効な状況でもない。
現在浜辺にはフェインとエイルズレトラが控えている。
『代打をお願いしましょうかねぇ』
エイルズレトラはバテバテ真っ最中なので、フェインが打席に立った。
「魔球! 増える魔球!」
再び足元に埋めておいたボールを、蹴り出す七海。
「白黒はダメだよー、赤いのを打ってー」
紫檀にそう命ずるフェイン。
またサッカーボールが飛んできたが、今度こそ騙されず、紫檀の尾はVボールを叩いた。
●
「代打成功ですかぁ」
打球を確認し、二塁島目指して泳ぐ走者、歩。
千四百mほど来た時、頭上に突如、水着姿の妻が出現した。
一般人なら披露よって見た幻と判断しかねない光景だが、撃退士夫婦は違う。
「瞬間移動――からのワンダーショックですかねぇ」
夫婦の皮肉な以心伝心というべきか、落ち着いて祈羅の行動を読んでいる。
祈羅から放たれる魔力による剛直球!
だが、それが届く前に、歩は海中深くへ逃げていた。
ボールは、勢いそのままに水面をどこかへ跳ねていく。
強力な刺し球は、諸刃の剣なのである。
●
ボールをフォローしたのは、司だった。
「行かせないよ!」
船のエンジンを全開にして歩の前に回り込むと。
空識。
海中にまで及ぶ衝撃波を、歩の進路に走らせる。
「潜って逃げれば、ただではすまないってことですかねぇ」
防具がないので、衝撃波を喰らうような危険を冒すわけにはいかない。
「これで逃げ場はないよ!」
歩の体に、ボールを投げつける司
だが、その瞬間、歩の周囲に血色の結晶が出現した。
血晶・万華鏡!
目が眩んだ、司の手元が狂う。
「しまった!」
隙を突いて歩は浜辺に上陸。
本塁に到達し、男子チームが先制点をあげた。
【チームA 1-0 チームB】
●
その後、互いに“出塁は出来ても得点出来ない状態”が続く。
原因は、スタミナだ。
一塁島までは潜水回避や小回りの効く走者が有利に進めても、二塁島付近になると、体力の低下から反応も鈍ってくる。
出塁回数を重ねるほど、より手前の地点でその状態となる。
一得点をするのに、最低でも延べ一時間半泳ぎ続けねばならない大海原三角ベースの特性だった。
●
最終回となる三回裏、女子チーム最後の攻撃。
一点を守り切れば、男子チームの勝利となる場面。
バッターは司、ツーアウト、一塁島に走者・祈羅、2アウト2S2Bという場面。
「探偵の推理力を活かした投球、見破れるかなぁ?」
実際に司は、ここまで歩の投法に翻弄されっぱなしで来た。
だが、司とて基本データは把握してきている。
歩は、変化球を投げる時はサイドスローなのだ。
(今はオーバースロー――つまり速球かフォークかだ)
一球目が放たれた。
低めの球! 打ち頃の速度!
ストライクが入れば試合終了!
だが、見送る。
「ほう、今のに手を出さないとは?」
返事をしない司。
理由らしい理由はない。
直感である。
後付理由で言えば、歩の性格からいって、ウイニングボールに直球は選ばないだろう、というところだ。
審判が、ボールを宣言した。
今のは、フォークだったのだ。
歩も無言のまま、次のボールを振りかぶる。
今度はサイドスロー。
(泣いても笑ってもこれが最後だ!)
どんな変化球か――そんなものは考えない。
烈風突でとにかく、全力でぶっ叩く。
打も、走も全てを速度に賭ける!
芯を捉えきれなかったボールは、一・二塁間に落ちた。
踏天で、足に力を集中させる。
大地を越え、海を、波を、強力な力で蹴り進む。
(水の抵抗は無駄な脂肪が無い胸が軽減してくれている。 この体型は即ち、天が己に与えた“英雄であれ”というメッセージなのだ)
己に言い聞かせる司。
だが船でボールを拾った歩は、
「最後は姉さんを仕留めてゲームセットとしますか」
司を追わず、祈羅の元へ向かい始めた。
胸の大きさ、関係なかった!
●
本塁目指す祈羅に、夫が追ってくる。
「雨宮雨宮大戦、もう終わってると思ったら大違いよっ!」
「泳ぎながら言うと舌噛みますよ? けどまぁ、やるなら全力で。 さぁ、勝負の時だぁ」
ボールを構え、迫ってくる歩の船。
祈羅には切り札があった。
この時を狙っていた。
「異界の呼び手!」
謎の手を召喚し、夫の動きを拘束したのだ。
「え? これは」
乗り手が動けなくなったモーターボートは、ブレーキもかけられず、全速のまま海の彼方へ突っ走っていってしまう。
「やったぁ」
●
結局、歩が帰ってくる頃には、地平線は夕日に染まっていた。
「やれやれ、文字通り、あんな“手”があったとは」
謎の手たちが、勝手に舵を切って、あらぬ場所に連れて行かれたらしい。
七海が勝利を祝う花火として打ち上げたファイアワークスが見えなければ、ガチ遭難していたところだった!
【チームA 1-2 チームB】
「つ、つかれたよー」
「遠泳って、体力の消耗が半端じゃないですね」
グッタリと浜辺に寝そべる、皆。
そんな中、七海は、自分のバッグをゴソゴソと探り出した。
「栄養ドリンクですか、七海さん?」
「チョコレートとかあったら、一口分けてくれると助かります」
皆が期待する中、七海が取り出したのは――。
「あなた達、三角ベースだけじゃなくて野球もやりましょうよ! 楽しいわよー♪」
野球ボールとグラブだった。
「い、今からですか!?」
「まだボールが見えるうちに、始めちゃいましょう!」
野球好きのやる気と元気に、付いていけそうになかった。