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ある海の家。
「ガキどもがイチャラブしやがって!」
「俺らなんか三十年生きてるのにイチャもラブもねえんだぞ」
二人の男の視線の先には海岸。
そこでは、ビキニ姿の少女と、シャツにショートパンツを姿の少年が、二人で一本のアイスキャンディを舐めあいながら歩いていた。
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少女は桜庭 ひなみ(
jb2471)少年の方は八塚 小萩(
ja0676)。
実は、小萩も女の子であるのだが、さほどの問題ではない。
二人は、海の家でレンタルしたバナナボートに乗りこむ。
「狭いね……あっ!」
小萩がバランス崩し、ひなみに抱き付いて密着する。
「ひ、ひなみ……んっ」
そのまま発情したかのように見つめ合い、唇を求めあったり、抱き合ったまま、耳をハムったりし始める。
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非モテ男二人の片方が、我慢の限界に達したかのように携帯でメールを打ち始めた。
もう片方が、自重を促す。
「おいやめろ、気持ちはわかるが、自重しろ!」
「いいや! 限界だ、押すね!」
送信ボタンが押される。
一分と経たずに、メールが返ってくる。
『ご利用ありがとうございます。 すでに担当者が現場に向かっておりますので、そのままお待ちください 壁殴り代行サービス(株)』
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海で、豪快なバタフライを披露していた、色黒巨漢の目が突如光った。
胸筋をはばたかせ、海岸に泳ぎ着く。
黒巨漢は唖然としている客たちの前で、マッチョアピールすると、叫びながら、海の家の壁を殴り始めた。
その筋力は凄まじく、ガコガコと壁が砕き壊されてゆく。
慌てて批難する海の家の客たち。
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異変に気付いたひなみと小萩が、海の家に駆けつけた。
「やめるのです! 違法なことはいけないのです」
ひなみが拳銃を黒巨漢に向ける。
「黙れ! リア充ガキどもが!」
個人的な怒りで襲ってくる黒巨漢。
ひなみが引き金を弾いた。
弾丸が、黒巨漢の肩の上をかすめるように飛ぶ。
「やめなければ今度は当てるのです」
本当はゴム弾なのだが、萎縮した黒巨漢はホールドアップした。
「当ててくれよー“当ててんのよ!” って女の子に一回言われてみてぇよぉ!」
泣きながら、警官に連行されてゆく黒巨漢。
せめてもの情けをかけてやりたいところだが、ひなみも小萩も当ててあげられるほどないのだった!
ビーチを改めて見回す。
リア充や家族連れが多く、業者と契約していそうな人間は少数だった。
「次はもう少し、いそうな場所に移動しよう!」
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比較的、空いた電車の中。
「今日も暑いね」
美森 仁也(
jb2552)は、まだ高校生である妻・美森 あやか(
jb1451)耳元に優しく囁いた。
「あなたと一緒なら、どんなに暑くても平気だもの」
夫の腕に抱きつくあやか。
「俺もあやかと一緒ならどこでも天国だよ」
見つめ合う若夫婦、
その正面に座っていたヨレヨレシャツの男が、引きつった顔で、携帯の送信ボタンを押した。
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電車の天井から、突如、青い顔をした男が振ってきた!
隣の車両に降り立った男の姿を、仁也が遠目に確認する。
「え、肌が青色って……同族ですか」
「透過能力ですね」
業者の男は、すぐさま壁を殴り始めた。
アウルを纏った拳の威力は凄まじく、一撃で壁に穴が開く!
高速で走り続けている電車に穴を開けるのは、危険極まりない行為だった。
「うわー! 壁殴り代行業者だー!」
「逃げろー! 振り落とされるぞー!」
ヨレシャツ男のいる車両を選ばなかったのは、業者として依頼主への気遣いなのだろう。
だが、他の乗客への気遣いはまるでなかった!
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「そこまでです」
車体を内側から破壊し続ける業者に、あやかが背後から声をかける。
男はビックリしたのか、反射的にソニックブームを撃ち返してきた。
シールドをかけた鞄で、それを受け止める仁也。
「こんな場所で、スキル攻撃まで!」
仁也が鞄の影から顔を出すと、すでに武器を手にしたあやかが男を殴り倒していた。
「逃げ出さないように気をつけて下さい」
車体の一部を破壊されたため、緊急停止した電車から降りて、警察に男を引き渡す。
阻霊符のついた手錠をかけられ、連行される男。
まずは一人逮捕成立だった。
●
美森夫妻は、水族館へ移動した。
「涼しいからくっついていても、あなたに負担にならないのが嬉しいわ」
マナティが泳ぐ大型水槽の前で、そう囁くあやか。
仁也はあやかの頭を撫でた。
とたん、マナティの水槽に大きくヒビが入った。
大量の水が、水槽から館内に漏れ出してくる!
「キミ! やめるんだ!」
水槽を殴ったのは少年だった。
それを、仁也が素早く組み伏せると少年は大声で騒ぎだした
「離せ! 児童虐待だ!」
業者にそういうマニュアルでもあるのか、加害者アピールしている。
「メッです! たとえ子供でも、悪い事をした子は叱らないといけません!」
あやかが、少年の目を正面から見て怒る。
しゅんとなり大人しくなる少年。
「僕は妻がまっとうな神経の持ち主で嬉しいですよ」
大量の水が顎の下まで浸食してくる中、仁也は妻の頭を撫でた。
■逮捕数
美森仁也&美森あやか
逮捕数二名
備考:捜査中に電車一両と水族館を破壊。 イチャラブする場所の再考を求む。
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アティーヤ・ミランダ(
ja8923)は自室のパソコンの前で、頬を紅潮させていた。
「来たわぁ……テンション上がって来たわぁ……」
画面には、“パートナーメイキング申し込みフォーム”という文字が表示されている。
ここに、条件を入力する事で、それに近い人物をお上が捜して連れてきてくれるという、税金万歳なシステムである。
「金髪碧眼のショタっ子希望――人数は」
“希望人数“という入力欄に、アティーヤの指が震えながら”1000“と打ち込んだ。
「あぁん、ダメよぉ、みんなぁ、おねーさん体が持たない」
数秒後、“0”の文字を三つ消す。
すんごい贅沢な妄想に酔えた!
「初めましておねーさん、ジョン=スミスだよ」
捜査当日、希望通りの少年が送られてきた。
お坊ちゃま風ヨーロッパ人の坊やで、可愛らしい顔をしている。
服は有名学校の制服を着ていた。
「ジョン君、十五歳なの? 犯罪寸前じゃなぁい、ハァハァ」
このシステムを、与えちゃいけないタイプの人だったかもしれない。
ジョンが来るまでの時間、島内を巡回し、集めた代行業者のビラをそばにあった灰皿に突っ込むアティーヤ。
「さあ、ジョンくんデートの時間だよ! いざ出陣だぁ!」
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デート場所には映画館を選んだ。
「ねえ、映画と同じ事、あたしたちもしよっ」
スクリーンにキスシーンが映し出された時、わざと大きな声で言うアティーヤ。
「だめだよ、おねーさん、ボク、ドキドキしすぎちゃう」
可愛い事を言うジョンくん。
だが、アティーヤの目の前には一枚の紙を差し出している。
『これ以上の行為は、契約違反です』
「フリだよ!! フリならいいよね!! いいって言ってよ!!」
アティーヤは必死すぎる。
無理やり顔を近づけると、劇場の壁からドンっという大きな音が響いた。
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「やー、苦戦したねー」
無音歩行や高速機動、壁走りを駆使し、撃退士型の業者を逮捕出来た。
しかし、アティーヤにとっては、ここからが本番だ。
帰り道、人気のない路地で二人きりになったのを見計らい、体を寄せる。
「ねぇジョン君、これからもあたしとさぁ……」
「申し訳ございません、契約時間終了です」
口調も変わっている。
元は、お役所仕事なキャラのようだ。
「……意外とドライだね、チミ。 おねーさまと坊やの禁断の愛のはじまりの予定だったんだけどなぁ?」
寂しそうに見送るアティーヤの前で、“元ジョン=スミス”はそそくさと去っていった。
■逮捕数
アティーヤ・ミランダ
逮捕数一名
備考:自重不要。 次回は千人ハーレムを求む。
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小柄でふわふわした雰囲気の少女アリス セカンドカラー(
jc0210)は、甘ロリ姿の少女と寄り添い、夕焼けの街を散歩していた。
一見、微笑ましい光景だったが、よく観察すると金髪少女は、性別を見間違うほどの美少年。
さらには首輪を付けられていたのだ。
「ナルちゃん、恥ずかしくないの、男の子なのにそんな恰好をして」
「は、恥ずかしいですよぅ〜、着ろって言ったのはアリスですぅ〜」
スカートの、足元スースー感に慣れないのか、もじもじとお尻を動かしている。
二人は、喫茶店に入った。
「アリスぅ、じらさないでぇ、早くしないと、ボクの甘いのとろけちゃうよぉ〜」
アリスと隣り合わせに座ったテーブルで、切なげな声をあげるナル。
アリスはクスクス笑いながら、アイスクリームの乗ったスプーンをナルの唇の傍に寄せる。
ナルが食べようとすると素早くスプーンを引いてお預。
それを繰り返している・
「どうしたのかしら仔猫ちゃん? もっと食べさせてほしいのかしら? 仕方のない子ねぇ。 こうしてあげるわ――」
ナルはそういうと、アイスを自らの口に含み、ナルに唇を近づけた。
「……ん……」
その時、喫茶店中に絶叫が響いた。
「吾輩も男の娘と変態プレイしてぇよ〜!」
光纏した人間が泣きながら店の壁をガコガコ破壊している。
アリスはナルから顔を離す、
「壁殴り代行業者! 代弁サービスのオプション付きね!」
代弁サービスは、契約者が口に出したくても出せない苛立ちを、業者が壁を破壊する時に声に出して叫んでくれるというサービスである。
ほとんどの業者が導入しており、料金の相場は三千円程度。
アリスは竜の模様が描かれた布槍を構えると、それを縄のように操って業者を捕縛した。
捉えてみると、今回の業者はアリスと同年配の少女だった。
「あなた可愛いわね?アリスのペットになりなさい」
くすくす笑いながら、リア充型の壁ドンをするアリス。
こうして、新たなペットをデートに加えたアリスは、それを利用して次の店でも新たなペットを捕獲するのだった。
■逮捕数
アリス セカンドカラー
逮捕数二名
備考:“イラッ”状態より“キマシ”状態に見惚れた契約者が多かったと思われる。
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休日。
人の多く集まる公園のベンチに神龍寺 鈴歌(
jb9935)と、神ヶ島 漸斗(
jb5797)は座っていた。
ただ座っているのではなく、鈴歌が漸斗の膝の上に向かい合うようにして座るという、大胆な格好をしているのだ。
「漸斗、漸斗……ぁぅ……これは恥ずかしいのですぅ〜」
「逃げちゃだめっす、恥ずかしがっている鈴歌の顔が可愛いっす」
「でも、漸斗とぎゅぅしてるみたいで嬉しいですねぇ〜……えへへ〜♪」
自販機の影からその様子を見ていた男が、甘さMAXなコーヒー缶を怒りで握り潰した。
大男型の業者が、公園の自販機をガゴガゴ殴り始めた。
周囲に殴る壁がなかったので、自販機が犠牲になったのだ。
中身の入ったジュース缶が、辺りにゴロゴロと転がる中、鈴歌と漸斗は気配を殺して、業者に接近していった。
「そこの方〜♪ 私たちと一緒に遊びましょぉ〜♪」
鈴歌が、大男の手を握った。
ハニートラップ気味に逮捕するという作戦だったが、すぐに手を振り払われる。
勘付かれた!
巨体に似合わない素早さで、大男は走り出した!
「逃げても逮捕するですぅ〜鬼ごっこは得意なのですよぉ〜♪」
縮地で追う鈴歌。
間合いを詰めると、大男の鳩尾に痛打を撃ちこむ。
動けなくなったところで、付近にいる警官に連絡をし、引き渡した。
顔は可愛いのに、やる事はえげつない。
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末端をいくら掴まえても、壁殴り代行の会社はいくらでも出てくる。
根本から潰さねばダメだと鈴歌は考えた。
まず鈴歌は、島中を廻って貼ってある壁殴り代行業者の求人チラシを剥して廻った。
その間、漸斗には大仕事をしてもらう。
「漸斗お願いなのですぅ〜、少し協力してくださいなぁ〜♪」
彼に業者のCMを、動画サイトのサーバー上から削除してもらったのだ。
といっても、大仰にハッキングするまでもない。ただ一通、日本の警察と撃退士が違法行為と認め業者を逮捕している件を動画サイトへメールで案内すればいいだけだ。
どちらに正義があるかは火を見るより明らかなのだから。
ベンチに座ったままノートPCでそれを済ませた漸斗の唇に、不意打ちのちゅぅをする。
「な、なんすか?」
「頑張ったご褒美なのですぅ〜、漸斗……大好きなのですぅ〜……」
壁も自販機もない公園に、今度は大木が倒れる音が鳴り響いた。
二人きりの甘い時間は、なかなか過ごせそうになかった。
■逮捕数
神龍寺 鈴歌&神ヶ島 漸斗
逮捕数二名
チラシ大量回収
業者CMの削除
備考:海外サーバーの業者広告を削除、警察は撃退士の手際を見習うべき。
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「ここなら、たくさん捕まりそうなのです」
ひなみと小萩が海岸から移動してきた場所は、秋葉原。
非リアの聖地でロリとショタが、チュッチュを見せつけたらどうなるか。
業者大量ゲットの予感がした。
聖地の中でも、特に濃度が濃そうな同人ショップ前で、小萩が、ひなみに壁ドンをした。
「ね……僕もう我慢できないんだ……ひなみが欲しいよ」
甘い声で迫りかけたその時、
「違う! 違うでござる!」
同人ショップの中から肥満眼鏡男性が飛び出してきた。
血涙を流しながら叫ぶ。
「その壁ドンは、マスコミが間違って広めたものでござる! 本物の壁ドンはこうでござるーっ!」
ショップの壁を、ドゴドゴ殴り出す肥満眼鏡氏。
一瞬、業者かと思ったが、違う。
壁は砕けない。
殴った拳が砕け、血が噴き出している。
この男性には、壁を殴るだけの筋肉もアウルもない。
それをわかっていながら、殴らざるをえないほど憤りを感じているのだ。
「壁ドンは我々、非リアのものだったでござる! お前らリア充への怒りを示す、数少ない手段だったでござる! それを、それを、マスコミが真逆の意味で広めやがった――チクショー! チクショーでござるーー!」
絶叫しながら、強く壁を殴る肥満眼鏡氏。
鍛えていないその拳が、紅の飛沫をまき散らしながら、完全に砕けた。
彼が救急車で運ばれた後、警察は肥満眼鏡氏の素性を説明してくれた。
壁殴り代行の第一号会社は、元々、『正しい壁ドン』を啓蒙するために彼が設立した非営利組織だったそうだ。
だが、願い虚しく、『壁ドン』の意味はリア充解釈の誤ったバージョンで世に広まってしまった。
その事に対する憤りが、彼の会社を違法な壁破壊行為に走らせ、後発の会社もそれに続いたのだそうだ。
■逮捕数
桜庭 ひなみ&八塚 小萩
逮捕数三名
備考:大規模違法組織の元締め逮捕に貢献。
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秋葉原の空に、赤い夕陽が揺らめいている。
「哀しい事件だったね」
「はい、二度と繰り返してはならないのです」
夕日の中で長く伸びる、ひなみと小萩の影。
二人の影が、誓うように固く手を繋いだ。
またどこかで、壁を殴る音がした――。