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久遠ヶ原学園校門前で、ミハイル・エッカート(
jb0544)と、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が顔を合わせた。
互いが互いを、敵意に満ちた目で見る。
ホームシック風邪ワクチン接種者同士独特の症状である、
「ミハイルさん、貴方、どこの人なんですか?」
「国籍はアメリカだ、両親はドイツ系とロシア系」
「今、住んでいるのは?」
「久遠ヶ原。 茨城県だ」
「それで、貴方の魂の故郷はどこなんです?」
サングラスをたくしあげ、ニヒルに笑うミハイル。
「愚問だな、三重県に決まっている」
ふーっと、溜息をつくエイルズレトラ。
「一体、三重のどこにそんな魅力があるやら」
「三重は影こそ薄いが最高の地だ。 伊勢神宮、鈴鹿サーキット、松坂牛など世界に誇れるものがある。 しかも伊勢神宮には三種の神器の一つが祭られてるんだぜー、伝説のアイテム“八咫鏡”だ! 噂によるとヘブライ語が書かれているらしい。 ヤバイな、古代の浪漫だな」
興奮して三重を語り続けるミハイル。
エイルズレトラは、切り捨てるように笑う。
「ヘブライとは、大きく出ましたね。 そもそも三重県って何地方なんですかね? たまに近畿地方とかい人がおりますが、近鉄通ってるいうだけで近畿なら、愛知県も近畿と違いますかね?」
「何だと! 大阪府民、近鉄大阪線をぶった切って伊勢参りしづらくするぞ、この野郎」
実力者たる撃退士二人の、リアルファイトが開始されようとした時だった。
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「愛知と聞いて、飛んできたがや!」
咲魔 聡一(
jb9491)が、割って入ってきた。
彼は、そこにミハイルの姿を認めるやいなや、窘めるような目で言う。
「先輩は近畿がどうのとちょーすいてみえる(嘯いてらっしゃる)が、本当に三重を愛しとったら何地方だろうと関係ない筈だがや」
「突然のご高説ですね、どなた様ですか?」
「愛知る悪魔・咲魔 聡一!」
キリッと、宣言する聡一。
「ほう、愛知のもんか、長良川河口堰が無いと困るのは愛知用水使ってる知多半島だぜ、もう少し三重県に敬意を払え!」
かちんと来た聡一の目が眼鏡の奥で釣り上る。
「たーけた(ふざけた)事言わんでちょーだゃあ。三重なんて、……三重?」
三重に対して言い返そうとしたものの、本気で三重がどこかド忘れしたらしい。
「影が薄いと思ってバカにすんじゃねえ! 八咫の鏡の方が、金のお魚より遥かに歴史が深いんだぜ!」
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「歴史なら中国三千年に勝るものなどないアル!」
怪しいカタコトが、三人の男の間に割って入ってきた。
「誰だ!?」
現れたのは、チャイナドレス姿、黒髪の両サイドを小さ目のシニヨンに結った少女だった。
「月乃宮 恋音か……いや、違う?」
ミハイルは戸惑った。
顔は、確かに月乃宮 恋音(
jb1221)なのだが、いつもの引っ込み思案そうな表情が消え、勝気な色が浮かんでいる。
おっとりしていた喋り方は、二十世紀の漫画に出てくるようなエセ中国人喋りに変わっているし、何より――。
「大きすぎる……」
聡一が唾を飲んだ。
普段からWカップあり、世界中の少年の憧れ的な胸が、さらに膨張している。
「爆発しないでしょうねえ? 中国だけに」
エイルズレトラが、危険を察し、数歩後ずさった。
「日本の小さな地方同士の争いなんて聞いていられないアル。 四千年の歴史を誇る広大な中国から見たら禽獣の吠えあいにしか聞こえないアル」
「なにぃ!」
男三人が、敵意の矛先を一点に方向転換した時、恋音の恋人である袋井 雅人(
jb1469)がやってきた。
「恋音、ここにいたんですか、探しましたよー」
漂う険悪な雰囲気には、気付いていないようだ。
「雅人、彼女の管理くらいちゃんとしておけ」
「そうですよ、今日の恋音さんはおかしいです」
ミハイルとエイルズレトラに苦情を言われても、雅人は平然としている。
「いつも自分を抑え過ぎなので、これぐらい激しく自己主張する恋音も素敵だと思いますよー」
「袋井先輩! 日本人が、中国五千年の偉大さを理解しようとしないアルよ!」
雅人に泣きつく恋音。
「聞くたびに歴史が増えてるじゃねえか!」
恋音が雅人に連れられ校門から出ようとした時、一台の車が入ってきた。
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伝説の走り屋愛用車だが、必要もないのになぜかドリフト走行している。
やがてブレーキがかかり、ドアが開く。
降りてきたのは、サンバコスプレに身を包んだ雁久良 霧依(
jb0827)だ。
胸は小さな金飾りが先端を隠すのみで胸が、ばるるるんと揺れまくっている。
「みんな! 争いはよくないわ! お互い学び合い高め合って、より良い郷土作りをしていくべきだと私は思うわ♪」
陽気な音楽に乗って激しく腰を振りながら、訴える霧依。
「学び合う?」
「養蚕は大陸から伝来したもの、富岡製糸場も外国人の技術指導があればこそ、ぐんま黄金は中国種との交雑で誕生したのよ」
真面目に群馬を語っているように見えるが、その手は恋音の服を脱がせ、サンバコスを着せようとしている。
「やめるアル! 脱がせるなアル! 偉大なチャイナドレスに勝る服はないアル!」
胸を腕で抑え、雅人の影に隠れる恋音。
「そもそも、何でサンバなんですか? サンバはブラジルのものでしょう?」
エイズルレトラの問いに、踊りながら霧依が答える。
「群馬県大泉町は日本のブラジルとも呼ばれ、毎年、サンバカルナバルが開催されてるわ♪」
これも霧依の言う国際交流の一つだということだろう。
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「音楽を、我がオーストリア抜きに語るなどありえんな」
サンバ音楽が流れる中、金髪の青年・イツキ(
jc0383)が現れた。
「知っているわ、コアラ国ね♪」
霧依に、大声で反論するイツキ。
「オーストリアだ! オーストラリアではないっ! 混同しがちなら、エースターライヒと発音したまえ!」
「どこのラノベに出てくる国名ですか?」
「え〜い! ならばウィーンだ! 首都のウィーンは“音楽の都”としても名高い、世界一の格式と品格ある国だ。 素晴らしかろう」
その言葉に対し、全身――特に胸部を激震させて怒り出した者がいた。
「今、格式が一番だと言ったアルね! 中国を無視して一番と言ったアルね!」
蒸かしたての中華まんのように、胸から湯気を立てる恋音。
「面子を汚されたアル! 帰るアル!」
肩を怒らせ帰ってしまった。
「恋音ー?」
雅人が、慌ててそれを追う。
当のイツキは酔いしれたように故郷語りを続けている。
「嗚呼、美しきオーストリア。そして家族……主に妹よ!我が可憐なる妹よ! 会いたいものだ。 何としても会いたいものだ」
「オーストリアではなく、妹が好きなのでは?」
「禁断の兄妹愛! 素敵ね!」
ジト目の聡一と、興奮する霧依。
「かの有名なドナウ川も流れている。 アルプス山脈もあり、嗚呼、兎に角美しく、華麗なる国なのだ! それに比べてなんだ、日本は。 ごちゃごちゃと混沌としているだけではないか!」
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「ごちゃごちゃしているのは大都市だけですわ。 一度、福島県においでになる事ですわね」
薔薇色の唇を優美に蠢かせてそう告げたのは、紅 貴子(
jb9730)だった。
「何? 何県だと? そんなモノは聞いた事も無い!」
イツキの返事に、ワクチンで変化していた貴子のアウルが暴走した。
「そだこと言うとおめーのこと赤べこさ食わしっちまうぞ!!(そんなこというと貴方の事を赤べこに食べさせるわよ)」
方言丸出しになった。
「何だ、そのよく分らん喋りは! 何を言っているのか聞き取れもしない」
「あのせこのせうっちゃしいとくらすけっぞ?(あーだこーだとうるさいと殴るわよ?)」
白銀の槍を構える貴子。
「実力行使やむなしだな」
ハルバードを構えるイツキ。
「唸りゃあ(唸れ)、アウルの結晶!」
聡一の手に神々しく輝く、鯱状の鞭が出現する。
「みんな、焼きまんじゅうでも食べて落ち着くのよ! 胃袋より下が疼く子には蒟蒻も用意したわ♪」
霧依のコメットは、焼きまんじゅうと蒟蒻に変化していた。
だが、一番最初に引き金を弾いたのはミハイルだった。
彼が持つUNAガンN-amIには、うな重や焼き肉の匂いを出す能力があるのだ。
「ほーら、焼肉だぞー、松坂牛を食べたくなってきたな」
あまりにも食欲をそそる香りに、皆が戦意を忘れ、きょろきょろソワソワし出す。
(クックク、本物があるわけないだろ、三重名物である松坂牛の前に屈服しろ! そして、誰か俺に奢れ)
ミハイルが、えらく都合のいい期待をし出した時だった。
彼らの頭上に、紫色の巨大な魔法陣が現れた。
「何だ、あれは?」
「中国で高貴とされる紫色! まさか!」
目を凝らして見ると、上空に先程、憤慨して帰ったはずの恋音の姿があった。
消えたふりをして、恋人・雅人の技で潜伏していたのである。
「中国は諸葛孔明を生んだ国アル、我が策で一網打尽アル」
被験者たちは恋音の攻撃魔法陣に捕らわれてしまったのだ。
光線弾を放とうとした恋音だが、出なかった。
彼女自身、知らなかったのである。
なぜ、自分の胸が普段よりさらに大きくなっているのか?
「いい具合のところで、爆発させるためですよねー」
エイルズレトラの、当初からの勘が的中していた。
恋音は、他の被験者たちの中に落下し、そこで胸を大爆発させた!
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「うぅ……中国は平和を愛する国アル、武力行使はよくないアル」
「何を今さら」
全員、黒焦げになっている、ワクチン被験者たち。
「やはり、暴力では何も解決しないわ、ここは文化的に解決よ」
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学園の調理室。
被験者たちは、ここで文化的に、料理対決を始めていた。
「伊勢うどん、コシのあるうどんに甘辛いタレが絡んで美味いぞ! 見た目がつまらんとか言ったら撃つ!」
ミハイルが作ったのは、麺の太いぶっかけ系のうどんだった。
具材はネギだけだが、麺の白さが食欲をそそる。
「さすがは三重、雪のように白いうどんで体を温めようという雪国らしい知恵ですわね」
それを横目で見ながら、割烹着姿で調理している貴子。
「三重がどこにあると思ってんだ! 福島の方が雪国だろ?」
ミハイルのツッコミを無視して、イカ人参とひき菜炒りを出す貴子。
どちらも家庭の味、お袋の味。
ほかほかご飯によく合う。
「んー、やっぱりイカ人参はんめー(美味い)なぁ」
「ほかほかご飯のお伴は、これに決まっているやありませんか」
そう言いながら、エイルズレトラが鉄板の上でジュージュー言わせているのはたこ焼きと、お好み焼きだった。
「大阪には名物が多すぎて絞り切れまへんけど、これぞまさしく鉄板です!」
「多いのなら、全部出せばいいアル!」
恋音は雅人をアシスタントに、調理室の机一杯に出来上がった料理の皿を並べている。
「満漢全席アル! 山東料理に、広東料理、他の地方料理も加えた中国における食の歴史の集大成アル! 積み重ねてきた飽きさせることなき工夫が、これほどの多種多様な料理を産み、毎食違う料理で人を楽しませる事が出来るアル!」
「美味しいものは、毎食食べても飽きないものよ♪」
霧依が作っているおきりこみとは煮ぼうとうとも言われる煮込み麺である。
旬の野菜と共に煮込んだ柔らか麺は、夏ばてした体にも優しく、薬になると言われている。
「ところで、なぜ裸アルか?」
霧依は、サンバの衣装をいつのまにかキャストオフしている。
「裸じゃないわ♪ 草津の湯の煙が蔵倫から、私を守ってくれているもの」
草津湯畑の湯気と化した星の輝きが体をガードしていた。
「消したまえ、硫黄の香りが洗練された素晴らしき、ウィーン料理の妨げになる」
芸術家さながらの神経質さで、包丁を動かしているイツキ。
「ターフェルシュピッツやバックヘンデルなど、諸君らも知っているだろう」
「それって貴方の妹ちゃんのお名前? どんな幼女なのかしら?」
そんなわけはなく、牛肉の煮込み料理と、ウィーン風の鶏のフライの事である。
「何? 知らないのか! ま、後は何と言ってもデザート類だな。 美しく美味しいモノばかりだ!」
「そうね、幼女ほど美しく美味しいものはないわ♪」
「何だ、何も知らんのか! これだから日本人は!」
永遠に話がかみ合いそうにない。
聡一は我関せず、重箱に入ったご飯を食べていた。
「数ある名古屋めしの中で、今回僕は丑の日は少し過ぎたけどひつまむしを推すがや! 鰻はめちゃんこ(すごく)滋養が付くで、夏バテ知らずになれるでよ! 鰻を櫃のご飯に乗っけて、よそって食べるひつまむしは、高級品である鰻を庶民的な食べ方で楽しむ、最高の贅沢だがや! そのまま食べても勿論、ワサビや海苔を乗せて爽やかな風味と共に頂くもよし」
ひつまむしの元になった料理は名古屋の料理店で登録商標されており、名古屋の郷土料理だとする人もいる。
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審査が開始された。
全員の料理を食べた後、自分以外の料理に票を投じるという方式だ。
だが、皆、他人の料理には目もくれず、ひたすらに自分の郷土料理を食べている。
最初から、白票投票を決め込んだ態度である。
恐るべし、ワクチンの副作用!
貴子はにこにこしながら、恋音にイカ人参を勧めている。
「めんごい娘っこだなー。 もっと食って肥えとけ肥えとけ。 おめーはもっと丸っこいほうがめんごいぞ?」
「どこを見て言っているアル! そこはすでに丸すぎアル!」
そんな中、一際目立ったのは、聡一の食いっぷりだった。
「うまいがや! 出汁で茶漬けにしたらもう箸が止まりーせん(〜らない)! やはり愛知は最高だがや!」
細い体のどこにしまいこんでいるのか、七人分のひつまむしの器が空になっている。
さすがに、そこまで旨そうに食われると、自分の郷土にしか目がいかなくなっていた被験者たちにも興味が湧いてくる。
「そんなに旨いのか?」
ようやく自分料理以外――ひつまむしを口に含む被験者たち。
その顔色が、一気に変わった。
「待て、これは俺が知っているひつまむしじゃないぜ」
「ネットのレシピ通りに作ったがや?」
聡一は、レシピ通りに作るほど料理が不味くなるという謎スキルの持ち主だった。
「絶対ちゃいます、名古屋のひつまむしを食べた事があるんですか?」
聡一が真顔で答えた、
「僕は冥界出身、愛知には行ったこともねーがや」
全員がギョッとして聡一を見る。
ならなぜ、あそこまで愛知愛を語っていたのかという疑問。
それが、被験者たちに我が身のおかしさを振り返らせた。
さらには聡一の味が、身深くを侵していたワクチンの副作用を、駆逐してくれていた。
「……今のショックで、悪い夢から醒めましたぁ……」
恋音の顔と口調が、元来のものに戻る。
「なぜ私は、方言丸出しでしたの?」
「あのドクター、おしおきが必要ね♪」
皆がげんなりしたり、おしおき用武器を整えたりしている中、聡一だけが、美味そうに八杯目のひつまむしをかきこんでいた。