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深夜。
横浜市の工業地帯を、激しい雷雨が襲っていた。
闇の中、数多の工場の一つを雷光が直撃する。
その工場の看板『奇跡の新甘味料 サッカロース』が、炎をあげて燃え上がる。
炎上する工場、ドアや窓の隙間から、次々に何かが這い出してくる。
白い、ゲル状の生き物。
数千体はいるであろうゲル体は、工場の前に集うと、体を重ねてゆき、巨大な個体へと成長していった。
工場が燃え尽きた頃、百二十メートルはあろう、人間型の上半身が闇夜を徘徊し始めていた。
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その様子を、サッカロースの開発者、向坂 玲治(
ja6214)博士が茫然と見つめている。
「俺は、何というものを生み出してしまったんだ」
サッカロースは、スプーン1杯で東京ドーム1杯の水が甘くなる奇跡の甘味料。
生命に近い分子配列を持たせた事が惨劇の引き金となった。
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川崎市防衛軍基地。
『現時刻を以て、未確認生命体の呼称を“サッカルガン”に変更』
『特殊機動兵器“メカドラゴンゾンビ”に、緊急出撃要請!』
様々な無線が飛び交うコックピット内で、パイロット姿の袋井 雅人(
jb1469)が、発進レバーを引いた。
「了解! 袋井一尉出撃します!」
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横浜の町を、サッカルガンが這いずりまわっている。
サッカルガンに触れられたものは人も建物も、全て等しく溶解し、腐敗臭のする粘液へと変化してゆく。
空から戦闘機が、陸からは戦車が、砲弾を浴びせかけるが、ミサイルはサッカルガンの肉体をすり抜けてしまう。
「またか、どうなっている!」
兵士たちが焦る中、サッカルガンの全身がほのかに輝く。
その瞬間、影の刃が無数に現れ、戦車を、戦闘機を切り刻んだ!
逃げ惑う人々。
瓦礫が銀髪の少女・アトリこと、橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)の上に落ちてくる。
足を挟まれ、動けないアトリ。
そこに迫る、サッカルガン。
その前に立ちはだかるものがいた。
巨大な四足歩行の黒狐。
「……助けて、エリー!」
一見、禍々しく見えたそれはアトリの祈りに応じ、姿を変えた。
九尾を持つ、白き神の狐へと!
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横浜の夜空を、銀の機械竜が飛翔している。
袋井が、モニター越しに眼鏡白衣巨乳の女性から報告を受けている。
「……新たに現れた怪獣の解析出来ましたぁ……古代都市を壊滅させた記録のある獣『エルリック』と思われますぅ……」
「了解! 相手が何者だろうが、恋音……失礼、月乃宮博士が作ってくれた、このメカドラゴンゾンビ君がいる限り、負けはしません!」
恋人でもある月乃宮恋音(
jb1221)に笑顔を向ける袋井。
「メカドラゴンゾンビ君、いきますよ、バトルモード!!」
メカドラが変形し、着地する。
だが、サッカルガンは消えていた。
地面に吸い込まれるかのように姿を消していたのだ。
「逃げた?」
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舞台は変わり、東京の空。
そこに一台の報道用ヘリが飛んでいる。
女性記者が恐怖を抑えるような面持ちで、マイクに向かい叫んでいた。
『横浜に続いて、東京にも怪獣が現れました!』
ヘリの前を、巨大な黒獅子が駆けている。
黒獅子が歩くたび、その爪は道路に亀裂を走らせ、身から延びる棘はビルをなぎ倒した。
『新たな怪獣の呼称を、政府は“ガレオン”と決定いたしました!』
ガレオンの行く手に、一本の大樹が生えている。
634mあるTV搭だ。
その頂きに、不敵な笑顔で立っている少女がいた。
「フフフッ、地球の諸君、ボクのペットに素敵な名前をありがとう」
少女――桐原 雅(
ja1822)の姿は、日本中のTVに映し出されていた。
TV搭を通して、電波ジャックを行っているのだ。
雅の姿が麒麟に似た人型の生物に変わってゆく。
「ボクはM45プレアデス星団より訪れし者。 地球は我らが植民地とさせていただくよ」
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その時、新たな影が現れ、ガレオンめがけて、槌を振り下ろした!
獣の俊敏な動きが、それを辛うじて躱す。
「誰かな?」
問いかけに、地上にいた智美が答える。
「国防軍特殊機動兵器“ヤマト”!」
国防軍一尉・礼野 智美(
ja3600)の手には、リモコンが握られている。
メカドラとは別系統で開発された外部操縦式人型機動兵器、それがヤマトだった。
交戦する黒獅子と黒武士。
「素早さでは、向こうが上か」
ガレオンの動きを捕えるべく、智美はヤマトのリミッター解除“血界”を決行した。
突きが烈風と化し、獅子を覆う甲羅を打ち砕いた。
「やるね、けど」
黒獅子の背に鴉の翼が生えた。
翼は、獅子を空へと舞いあがらせる。
「くっ!」
装備した銃の射程のさらに外に、陣取られてしまう。
陸戦兵器のヤマトにとって、そこは手の届かぬ世界だった。
「やむをえん、この身朽ちるとも、奴は落とす!」
智美はデバイスの裏蓋を開け、そこに隠された第二のリミッター解除ボタン“死活”を押した。
ヤマトの全身が灼熱化し始める。
「残りは三分――ヤマト、共に死ぬぞ」
ヤマトは両手で槍を構えた。
ガレオンは、鎌鼬や火球を容赦なく降り注がせる!
その直撃を受け続ける、ヤマト。
だが、こゆるぎもしない。
一分間、槍にエネルギーを充填し続けた。
「間に合え!」
天をめがけ槍を投げ放つヤマト。
彗星と化した槍は、星空へと向かい、その途上にいた黒獅子を粉々に打ち砕いた。
「勝ったか――あとはヤマトを」
灼熱化し、爆発寸前のヤマトを沈めるべく、共に海へと向かう智美。
その背中に、M45星人が語りかけた。
「そのオモチャ、面白い事になっているね――もっと面白くしてあげるよ」
ヤマトが突然、リモコン操作を無視して走り出した。
「ヤマト!?」
「今日は情報集めをさせてもらったよ、試作品一つの対価としては充分な量をね」
智美の耳元に囁くと、姿を消すM45星人。
ガレオンは、いくつかの生物を合成して作った、現地調達の急ごしらえ兵器だった。
「ヤマト! 戻れ! ヤマト!」
必死でリモコンを動かす智美だが、ヤマトは命令を受けつけない。
向かっているのは、巨大な電波塔の麓。
「そんなところで爆発したら!」
634mの搭が倒れ、この町は壊滅する!
ヤマトが電波塔にしがみついた。
爆発まで残り二秒!
「ヤマトぉぉッ!」
智美が、声をかすらせ叫んだ時だった。
天から突如、楕円形の“蓋”が落ちてきて、ヤマトの上に覆いかぶさった。
大爆発を起こすヤマト。
大地が大きく鳴動する。
だが“蓋”は、その威力が外界を破壊する事を封じてくれた。
「――亀だと?」
蓋の正体は、巨大な亀だった。
巨亀は、爆発の威力で腹に大穴を穿たれ、身を震わせている。
その足元に、腹部を抑え、やはり身を震わせている人影がいた。
「キミ、大丈夫か?」
智美が駆け寄ると、人影は顔をあけた。
黒く長い髪を持つ、たおやかな美貌の少女だった。
少女は、痛みに苦しみながらも智美に答えた。
「この痛みはガイアの痛み……これは巫女としての宿命なのです」
「ガイア? この亀か?」
少女は、黒神 未来(
jb9907)と名乗った。
ガイアは普段、沖ノ鳥島近くに浮かぶ無人島の姿で存在している。
今回は、未来が勾玉を拾ったため、復活したのだと言った。
「南西の驚異はまだ去ってはいません、私はガイアとともに、それを治めに行きます」
「しかし、こんな体では」
ガイアの腹の甲羅には穴が開き、その目は苦しげに閉ざされている。
「祈ります。 祈りがガイアに力を与えてくれるのです」
祈り始める、未来。
やがて、その周りにこの町の人々が集い始めた。
自分たちを爆発から救ってくれたのが、この大亀だと悟ったのだ。
「私も、祈ろう」
智美までもが、その祈りに加わる。
やがて、ガイアの目が赤く輝いた。
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夜の横浜。
残る怪獣、エルリックに重力弾を放とうとした袋井を、モニターの中から月乃宮博士が制止してきた・
『……袋井一尉……脚部がぁ……』
「何だ、この粘液は!?」
地面を白い溶解液が覆っている。
そこに立っていたメカドラの脚部装甲が、融解し始めていた。
袋井は慌てて、メカドラを飛行モードに切り替えた。
対峙していたエルリックも、大地に立つのを避け、ビルに張り付いている。
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横浜ランドマークタワーの頂上では、向坂博士が双眼鏡で戦場を見つめ、戦慄していた。
「サッカルガンだ、奴は逃げたのではない、大地に身を這わせていたのだ」
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張り付いていたビルが根本から溶けて倒壊する直前、地面に飛び降りるエルリック。
目の前には、人の上半身に似た全長百二十mのスライム・サッカルガンが再出現していた。
尾に火を灯し、炎を吐くエルリック。
サッカルガンが、身悶える。
『……サッカルガンに物理攻撃は無効、温度で攻めるしかないかとぉ……』
「了解!」
上空にいるメカドラも、火炎弾による爆撃を開始した。
だが、当たらない!
炎も、爆撃も、見当はずれに建物を焼くばかりで、サッカルガンに当たらないのだ。
「エリーの感覚が狂っている? まさかこの粉のせい!?」
瓦礫に足を挟まれ、依然、動けないアトリ。
彼女の周りには、白い粉のようなものが漂っていた。
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『……シュガーミスト粉末で、周囲に認識障害を起こしているのかとぉ……』
月乃宮博士の分析は、袋井を却って混乱させた。
「しかし、この空に粉は届いていない、なのに攻撃が当たらないというのは?」
『……装甲の一部が溶解して、剥き出しになってしまったせいかとぉ……』
メカドラの本体は“くず鉄”と呼ばれる謎の金属で出来ている。
人の思念を宿すという特殊な性質を持つ金属であり、その思念がメカドラの原動力だ。
無機質な兵器に見えるメカドラは言わば、一種の付喪神なのだ。
問題なのはその思念の内容である。
くず鉄には“失望”とか“後悔”等、負の要素が多分に含まれているのだ。
『……今まではぁ……くず鉄の負の力を、表面装甲を介して正に変換していたんですぅ、それが一部、溶けてしまったのでぇ……』
「メカドラは、もう思い通りにコントロール出来ないと?」
コクンと頷く月乃宮博士。
「……袋井一尉、脱出をぉ……』
その時、黒い刃をサッカルガンが放ってきた。
「回避……だめだ!」
動きの鈍いメカドラを黒い刃が切り裂いた。
地上に落ちゆくメカドラ。
だが、袋井は脱出しようとしなかった。
「ここで奴を止めなければ、人類が……恋音が危ない! 瀕死の私を助けてくれた恋人を守るためならばこの命惜しくはない!!」
残るブースターに全出力を集め、サッカルガンに決死の体当たりを仕掛ける!
サッカルガンに特攻せんとするメカドラ。
『袋井一尉、やめてぇ!』
恋音が叫んだ時、機体が、大きく後ろへと傾いた。
投げられ、地面に頭部が激突! 粉々に砕ける!
メカドラは大地に倒れたが、胴にあるコックピットは無事だった。
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ランドマークタワーの頂きからそれを見ていた向坂博士は驚愕した。
「プロレスする亀だと!?」
ガイアだ!
大亀・ガイアがメカドラを、切れ味鋭いバックドロップに落としたのだ!
大地に、火球を吐くガイア。
その威力は、溶けかけていたビル群を完全に焼き払い、地面に広がっていた溶解液をも蒸発させた。
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神狐エルリックは、最後の賭けに出た。
溶解液の上で長く戦いすぎたその足は、もはや使い物にならなくなりかけている。
だが、真の敵がサッカルガンだと理解していた。
朽ちかけた脚部に残る力の全てを集め、大地を蹴った。
自らの尾の炎で全身を包み、紅蓮の矢と化す神狐。
サッカルガンを貫かんと、飛ぶ。
対するサッカルガンは、右手を斧状に変化させた。
薙ぎ払い!
決死の炎の矢は無情に薙がれ、あらぬ方向へ弾き飛ばされた。
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「エリー!」
アトリが悲鳴をあげた瞬間だった。
「ガイアは地球の白血球のような存在、例え残酷な手段であろうと、必ず地異物を滅ぼすのです」
ガイアが、薙ぎ払われた炎の矢をキャッチした。
エルリックの尾を掴み、ガイアは己を軸に廻り始める。
炎のジャイアントスイング!
十回、二十回……回転するたびに、その速度は増してゆく。
やがて、エルリックとガイアは一つになる。
炎の大車輪に変化する!
ビルも、車も、サッカルガンさえも、紅蓮の車輪に焼かれてゆく。
全てが炎に包まれた時、運命の車輪は止まる。
炎と化した横浜に、ガイアが勝利の咆哮をあげた。
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「痛たた……死ぬかと思いました」
袋井が目を覚ました。
「……袋井先輩ぃ、よかったぁ……」
月乃宮博士……いや、恋音が泣きじゃくっている。
袋井が出てきたのはコックピットではない、メカドラの着ぐるみの中からだった。
ここは雄宝映画第六スタジオ。
日高監督最新作品の撮影現場である。
「死にはせえへんよ、その辺の加減は完璧やで」
未来が、ガイアの着ぐるみの中から出てくる。
彼女のバックドロップで袋井は、気を失っていたのだ。
「エリー! 大丈夫?」
着ぐるみの上からスタッフに消火器をかけられているエルリック・R・橋場(
ja0112)を、アトリが心配している。
チャックを開けて着ぐるみを脱がせる。
火傷こそなかったものの、未来のジャイアントスイングで、完全に目を回していた。
「ふえ〜、地球が廻っているでござる〜〜」
「お前ら、少しは俺の心配もしろよ」
ぶっきらぼうに言いながら、燃えるサッカルガンの着ぐるみを脱ぎ捨てたのは、玲治だ。
「はっはっ、いかにも逞しいから心配無用だ、玲治くんは」
九十二歳の日高監督が笑っている。
「やりすぎだろ、何だよ最後の技は、台本にねえぞ」
炎のジャイアントスイングは、日高監督の案だった。
あまりにも強い悪役・サッカルガンを倒して映画を大団円とするため、苦肉の策として考えた合体攻撃だったのだ。
「ほんま監督、無茶苦茶やわ、うちもほら」
未来のTシャツのお腹には、焦げ跡が残っている。
智美演じる機動兵器・ヤマトの爆発の凄まじさを表現するため、ガイアの着ぐるみの腹には、通常以上の火薬が仕掛けられていた。
日高監督が、その焦げ目をじっと見る。
「う〜ん、他は君らのスキルでリアルに撮れたのに、あそこだけ特撮に頼ってしまった、悔やまれる」
監督が、智美に尋ねる。
「智美君、肉体を木端微塵に爆散させるスキルとか、使えないのかね?」
「出来ません、出来てもやりません」
「困った、他との迫力の吊り合いが」
深刻な顔の老監督に、雅がさらっと言った。
「袋井さんなら出来るんじゃないかしら、リア充だからよく爆発すると思うわ」
袋井は、劇中でも現実でも仲睦まじい恋人・恋音の膝に頭を乗せ、汗を拭ってもらっている途中だった。
「ふむ、袋井君はいかにもよく爆発しそうな顔だ。 スタントをやってくれ、火薬量は未来君の二十倍でいく」
「死んじゃいますよ!」
「いーや、袋井君は一度爆発すべきや!」
撃退士たちの捨て身の演技が、CGにはない迫力を生んだ。
怪獣神・日高監督の新作映画は話題沸騰の中、鋭意公開準備中だ。