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依頼初日。
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は、雑誌記者から電話で取材の挨拶を受けていた。
「取材ですか〜? 特に取材されるような事はないと思いますが、うちの子も普通の地味な子ばかりですし」
『いやいや、カーディスさんの猫ファミリーはある意味有名ですよ』
記者が言う通り、三毛とか、キジとか、ハチワレとか、模様違いの猫PCを何匹もカーディスは持っていた。
『ところで、そろそろウチでお願いしているシナリオの予約締切時間ですが、大丈夫でしょうか?』
「(ΦωΦ)フフフ……! この依頼! 幾多数多いる子達の中でも一番付き合いの長い子を出しましょう!」
器用に猫の手でキーボードをうつ、黒猫忍者。
カーディスが『日輪色の悪魔』依頼に予約申し込みしたのはキジトラ猫の着ぐるみを着用したPC『虎さん』だった。
キジトラ猫の着ぐるみを着用して街を闊歩する怪人物という、設定のPCである。
『どのPCも、色違いのPLさんに思えるんですが……』
「なにか?」
『何でもないです』
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カーディスと共に、予約欄に名のある一人がソーニャ・ブルーミング。
容姿は波打つ黒髪と輝く蒼眼、十九歳のアクション女優。
それが、咲魔 聡一(
jb9491)のPCだった。
PLは坊ちゃん刈りの眼鏡少年である。
『PCさんは女性で、咲魔さんは男性なんですね』
電話の取材挨拶に、咲魔は答えた。
「アイドルオーディションとか、女性に有利なシナリオも多いので、より多くの依頼に参加できるよう女性PCにしました。 お気づきかもしれませんが、名前も本名からつけまましたのよ」
ソーニャのPLとしての取材なので、うっかり、PCと語調が混ざる事がある。
「オーディション系というと、エリーゼ・ミュラーさんなんかが有名ですね」
「はい! 依頼でよくご一緒します! 実はさっき、そのエリーゼさんから交友承認のメールが来たんですよ!」
超有名PCエリーゼ・ミュラーには、交友申請してもなかなか通らないと言われている。
PLもエリーゼ同様、男性慣れしていない清楚な女性だという噂だ。
ソーニャが交友を通してもらえたのは、ソーニャとエリーゼが、同じ十九歳で女優というシンパシーからかもしれない。
『交友承認ありがとうございます。 これからあたし達ライバル同士ですね。負けませんよ』
レター送信しながら、咲魔はほくそ笑んでいた。
「ふふ、背後が男だと知ったらビックリするだろうな」
『あ、いえ、実はエリーゼさんも』
「なにか?」
『何でもないです』
記者は口の滑り過ぎを反省して、電話を切った。
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「プレイヤー歴ねえ」
礼野 真夢紀(
jb1438)は、気だるげに取材アンケートを書いていた。
『年数だけは長いけど有名って訳じゃない、別ゲームで遊んでいた数人とはこちらでも交流あるけど、って感じ』
と、書き込む。
電話での取材を、記者には申し込まれたのだが、時間が合わないのでメールでの一問一答に切り替えてもらったのだ。
そもそもシエリュオンには、あまり力を入れていない。
同じ会社の別ゲームに全力投球中なのだ。
小学四年の女の子“南野蒼穹”というPCを持ってはいるが、お小遣いがきついのでキャラ絵もまだない。
時々、キャラ絵サイトを覗いて蒼穹のイメージに合うイラストあったら頼もうかな、って程度だ。
旗取りもしない。
基本予約抽選のみだ
八時は登下校時間だし、十二時半は授業中、十六時に二十時は依頼とか宿題とかご飯とかで潰れるし、二十三時はもう眠い……。
「アンケートは終わり、と、次の指示は――この依頼に入ってください?」
メールに書かれていたURLをクリックして、真夢紀は眉を潜める。
「期間が『老人ホーム慰問』依頼で拘束中じゃない……第一、小学生にスズメバチをどうしろと?スルー系依頼だよぉ」
しかも、アンケートをのっそり書いていたので、気付けば予約期間が終了していた。
町内会で愚痴をこぼすと、久遠町で隣りに住んでいる設定のお兄さんが、予約当選している事がわかった。
「サポート参加させてもらっていいですか?」
こうして南野蒼穹も『日輪色の悪魔』に参加する事になった。
「まあ、いつも通り、プレイングはギリギリまで提出しないんだけどね」
雑誌に載るとはいえ、あんまり前のめりにならない真夢紀だった。
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対照的に前のめり、というか興奮気味なのが、雁久良 霧依(
jb0827)だった。
「リムリア・ナポリットちゃん♪ 小学3年のちびっ娘で髪は紫のショート、スク水型の日焼け跡あり、黒タンクトップをワンピース代わりに着用し、いつもパンツ見えてる♪
元気一杯で悪戯好き♪ オネショが治ってなくて、よくお姉さんにお尻叩かれてるの♪ リムにゃん可愛いい!」
記者は、ドン引きしている。
『使用PCは、どのキャラですか?』
と尋ねただけなのに、性的興奮を帯びた声で、まくしたててきたのである。
そのリムリアをチェックしてみると、どれも経験値が高く、装備品も高級品だった。
「よく、ここまで強化しましたね」
「だって愛する子は強くしたいじゃない♪」
しかし数あるキャラグラは、どこにその装備をしているのかというくらい、肌色率が高い。
「よく、倉倫通りましたね」
「だって、愛する子はHな目に合わせたいじゃない♪」
電話で声を聴くだけでも、規格外の変態だとわかる。
(これで容姿が、リムリアちゃんのお姉さんだというキャラにそっくりだったら大興奮なんだけどな――)
リムリアの交友欄にある“お姉ちゃん”キャラは黒ロンストレートで、マイクロビキニに白衣という美痴女なのである。
記者的にどストライクなのだが、こういう場合、PLの容姿の方は期待外れというのが経験則だった。
(自画撮りした写真を後で送ってくるというが、あまり期待しないでおこう――)
直後、メールで送信されてきた自画撮り画像を見て、記者はデスクから立てなくなる。
霧依の自画撮りは、“絶対、倉倫通らない”レベルの画像だった。
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「これからイラストレーター、あまごいさんの窓開けがあるからな。 さて、もうすぐ予定時間……」
若杉 英斗(
ja4230)はキャラグラサイトの窓を開いていた。
「開いたっ! おっしゃ、発注文をコピペして発注ボタン!」
部屋で一人、ドヤ顔の若杉だが、切り替わった画面に表示されたのは、エラー画面だった。
意訳すると『速さが足りない』。
「ってなんだよ、もうノミネートいっぱいじゃん、みんなどれだけ早いんだよ」
ブツクサ言いながら、購買に行き、籤を引いてみる。
「時代よ、俺に微笑みかけろっ!」
画面が切り替わると、また若杉に失望が待っていた。
「またEEかよ、一回五百久遠とか、学食でたぬきそばが二杯ぐらい食えるっつーの!
もー、俺のばかばかばかっ!」
何度も同じ過ちを繰り返してしまうのは、若杉が『自分は幸運の星の下に生まれた』と信じて疑わない人間だからである。
実際には、それほど運は良くない。
なにせスズメバチ依頼の、予約抽選にも外れているのだ。
「あー、 そういえばもうすぐシナリオの旗取りだな」
電波時計の秒針をチェックし始める。
「3、2、1…… F5!」
マウスクリック!
「サーバーが重いなぁ、まだ再表示されないんだけど……新WTがはじまってから異様に重くなったよなぁって、再表示されたっ! よし、なんとか入れたな、やはり、時代は俺に微笑みかけたか」
旗取りのために電波時計まで用意するあたり、運より力押しの人間なのは間違いない。
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「あくまで旗取りに拘るのが自分のジャスティス。 最近始まった新作WTに浮気していた分、激戦区に揉まれて自分の旗取りスキルも上昇している筈。 真っ白の画面にもうろたえず枠ゲットです。 まあ自分なら余裕ですけどね」
取材電話に答えつつも、菊千田 一(
jb6023)は悠々と『日輪色の悪魔』の参加権を獲得した。
力みゼロの辺りが、リア友でもある若杉と対照的だ。
「おっと、若杉さんと猫にゃん、もといカーディスさんPCも一緒ですか、PCメールで挨拶しておこうかな」
菊千田がメールを打とうとすると、電話の向こうの記者から、
『若杉さんのPCが、チャットにいますよ』
という情報が来た。
「……ん? チャット?」
【若林:雛菊さん、今度の依頼、よろしくおねがいします
雛菊:若林君ょろしくね(*・ω・)ノ
若林:幼女を装ってあまり他の人を惑わせないでくださいね
雛菊:ぅちゎむずかしいことゎかんなぃけどがんばるねっ
雛菊:今度ツィピンゃりたいな(*´∀`人)】
千田のPCは中学生アイドル・雛菊。
ピンク髪ボブの、乙女ゲー主人公あるある系美少女だ。
若杉のPCである、ウザイぐらいに熱血な天才GK、若林秀人に雛菊を護ってくれるようにお願いする。
【若林:俺が守るのは、ゴールだけじゃない町内の平和と、雛菊ちゃんだって守ってやるぜ!】
「ふッ、モテない男は御しやすい」
眼鏡を中指でたくしあげながら、冷笑する菊千田。
『この顔、見たらすぐ腹パン』
アイドル雛菊の背後は、陰でそう言われる腐男子だった。
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若杉や菊千田の友人である星杜 焔(
ja5378)は、依頼を受けた七人の中で唯一の、WTRPG初心者だった。
「どうせなら自分とは違う可愛い女の子かな〜。 子供の頃助けてくれた撃退士のお姉さんみたいな感じにしようかな〜 名前は……白鷺歩(しらさぎあゆみ)だったかな……外見年齢は20前半位で適当にきめよう〜。 腰までの黒髪ストレートで〜、睫が長くて目が大きくてちょっと猫っぽい感じで〜、肌は綺麗な色白で〜、清楚で物静かな感じで〜」
電話取材している記者の前で、のん気にキャラ作りを始めている星杜。
『あの〜、もしあれでしたら取材は後日お忙しくない時間にという事で――私も、他の仕事がありますから』
電話を切られ、ハッと気づく、星杜。
相手がいるのに、放置して自分の作業に没頭してしまっていた。
「しまった! コミュ障な俺が、この手のゲームを円滑に進められる筈がなかったんだ!」
絶望し、頭を抱える星杜。
だが、すぐにキーボードを動かし始める。
『お世話になっております。 先ほどは失礼いたしました。 後日、記者さんのご都合のつくお時間に――』
こんな時こそ紳士的対応、やっててよかったディバインナイト。
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ディバインナイト――そう、星杜を始め、今回取材を頼んだPLたちの本職は撃退士なのだ。
後日、星杜に再取材の電話をかけた記者は懺悔とともに、それを思い出した。
『“高速機動”に“魔具魔装活性”でINI高め “聖なる刻印”で精神統一 。 “冬”で命中確保――』
電話の向こうに、星杜の声が聞こえてくる。
普通の人間である記者だが、これくらいはわかる。
――天魔との戦いの最中に、偶然、電話が繋がってしまったのだ
湯水のようにスキルを使っている所から見て、よほどの強敵。
何と、間の悪い電話をかけてしまったのか!
悔やみと、生きて帰ってきて欲しいという願いを込め、記者は涙ながらに応援した。
「頑張れ! 星杜さん、頑張れ!」
『はい、頑張りました! 窓瞬殺イラストレーターさんへの発注、成功しましたよー!』
元気な声が返ってきた。
「――キャラグラを、注文していたんですか」
『今の要領で、旗取りとかもイケますよね?』
「――イケるんじゃないですか?」
記者には、撃退士がよくわからなくなった。
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出発日二日前の夜、皆が相談卓に集まり出した。
【相談卓】鈴木のじいさん掃討作戦
【虎さん:卓立てましたにゃ
蜂は住人が寝た後夜間狙うのがよろしいと思いますにゃ、掃除機持って行って吸い込みますにゃ! 住人さんが起きてきてしまった場合は、一時寝ていてもらいますにゃ(ロープ&猿轡用意】
【白鷺歩:卓立てご苦労様ですの〜
>虎さんさん
それ犯罪ですの〜
夜狙いはOKですの〜 スズメバチは黒いものを狙うと聞きましたの〜 全身包める白い防護服を着ていきますの〜】
【リムリア・ナポリット:卓立てありがとね!
あたしは、お兄ちゃんたちを呼ぶよ! じいさんやっつけてくれる居合のお兄ちゃんとか、駆除業者のお兄ちゃんとかね! 後でキスやお触りさせてあげるって言えば、言う事聞いてくれるもんね!】
【若林秀人:卓立ておつかれ!
>虎さん、リムリア
犯罪で解決はよくないぜ!
俺は正々堂々といく! じいさんの刀は真剣白羽取りだ! 蜂の巣はジャンプ一番、スーパーキャッチしてみるぜ!】
【雛菊:卓立てぁりがと
ぅちゎじいさんが家から出てきたところでシャイニーエフェクトで、きらきらおねだり☆ ぁとは応援かなぁ みんながんばれ☆
>若林君 それ死んじゃぅんぢゃないかなぁ ぅちらゎ撃退士ぢゃなぃょ】
【南野蒼穹:卓立てお疲れ様。 しかし、問題のある卓名ね……
今回はサポ参加だから、鈴木さん家にボール投げ入れて、自転車に乗って逃げるくらいかなぁ、惹き付けつつ逃げられればいんだけど】
【ソーニャ・ブルーミング:
卓立てありがとうございます。 出遅れごめんなさい。 私は対G用決戦兵器スプレータイプを持っていきます。 Gもbeeも軽く蹴散らしてさしあげますよ】
こんな感じで、卓での相談をし、それを元に、PLたちはプレイングを書き、提出した。
そして、一週間後――。
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リプレイを読んだ参加者たちは、記者に感想戦を要望され、チャットに集まっていた。
【雛菊:若林君、重体判定くらっちゃったね(・ω・)
若林:いて〜、百回以上刺された! 刀は自重したけど、巣は丸いから天才GKならキャッチできると思ったんだ。 普通の人間って、撃退士と違ってひ弱なんだな。
蒼穹:他のゲームなら死んでいるわよ……。
ソーニャ:私も重体でした。 対G用スプレーって、スズメバチだと一匹倒すのがやっとだそうですね。 顔が腫れてしまったので、演劇系依頼を受けにくくなってしまいました。
蒼穹:刺されて虫の息なのに、じいさんに凄んで、治療費とか経費請求していたのが怖かったわ。 女優って裏表激しいのね。
歩:防護服効果覿面でしたの〜、襲われてもノーダメ余裕でしたの〜
リムリア:え〜ん、居合のお兄ちゃんにいろんなとこ、お触りされちゃったよ〜!
蒼穹:あの男の人たち、ついでに私まで触ろうとしてきたわよ……。
リムリア:触りたい、私もリムにゃんにお触りしたいわ! ハァハァ
虎さん:リムリアちゃん、背後がはみ出ているにゃん。
虎さん:でも掃除機があそこまで効くとは思わなかったにゃん。 ショートで久々のMVPだったにゃん】
MVPに気をよくしたカーディスは、シングルピンナップを発注した。
後日、キリっとした虎猫イラストが『日輪色の悪魔』のリプレイページと、撃退士たちを取材した雑誌『週刊オンラインゲーム』WTRPG特集ページを飾るのだった。