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海の家シティ開業初日。
地元のサラリーマン、井上は海岸に立ち並ぶ海の家の中から、手近な一件を選んで中に入った。
『海の家SS』
そう看板のある建物だ。
「すみません、シャワーと、更衣室借りたいんですが」
中に入って、井上はきょとんとした。
内装が海の家ではない。
むしろ、井上が勤めている会社のオフィスに近い。
奥から、一人の娘が申し訳なさげな顔で出てきた。
「……すみません……ここはぁ……海の家では、ないわけでしてぇ……」
えらくおっとりした話し方だ。
「え? でも看板には」
問いかけて、井上はある事に気付いた。
おっぱいだ。
この娘、とんでもないおっぱいを持っている。
「……海の家専門の人材派遣会社なんですぅ……SSはスタッフサービスの略でしてぇ……」
SS?
そんなわけあるまい。
LL、いやさXXXLだろ!?
井上が知っている最も大きなサイズがそれなだけで、実際はそれ以上なはずだ。
「……シャワーと更衣室でしたらぁ……右隣のぉレンタル釣り具店でどうぞぉ……お食事でしたらぁ……そこから六軒先なんですがぁ……準備がお昼までに間に合いますかどうかぁ……」
女の子が俯き加減のまま、チラッとオフィスの奥に目をやると、眼鏡をかけた男の子が
両腕でバッテンを作って見せた。
「恋音、今日はまだ無理」
見ると、奥ではボブカットの少女が、板前らしき男に魚の捌き方を教わっている。
「……すみませんですぅ……お食事は、別のお店探していただけるとぉ……」
「は、はい」
食事とか、井上にはどうでもよかった。
この娘、話すたびに、めちゃくちゃおっぱいが揺れるのだ。
三十年近く生きている井上だが、ここまでのは初めて見た!
帰宅後、井上は先週分の地元新聞を漁り、その記事を見つける事が出来た。
「この娘だ!」
十年に渡り、海岸を占拠していたワカメ天魔を倒した英雄たち。
地元紙のトップ記事を飾るその写真に、今日顔を合わせた三人も映っていたのだ
料理を教えていた少年は、袋井 雅人(
jb1469)、教わっていた少女は、山科 珠洲(
jb6166)、規格外サイズの娘は月乃宮 恋音(
jb1221)という名だった。
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日比谷陸(
ja8528)は元気にスマイルを浮かべた。
「ビーチボールレンタルですね、二時間で三百円になります」
海の家シティ開業から三日目、彼女は『ビーチレンタル日比谷』という名の海の家を営んでいる。
釣り具を始め、水着・パラソル・浮き輪・ビーチボール・ゴムボートなどのレンタルをする店だ。
町の英雄のお店として看板を立てているが、それに胡坐を掻くことはなく、お客様に対しては、いつもスマイルを心がけている。
ただ問題は、そのスマイルを浮かべる機会が極端に少ない事だ。
海岸に、客が少ないのである。
皆無ではないが、『海の家シティ』の規模に比べ、寂しい。
「……やはりぃ……まだ天魔の不安がぁ……拭えないのではないかとぉ……」
同じく時間を持て余し、店に遊びにきてくれた恋音がそう分析した。
「ですよねー、町長さんたちも宣伝はしてくれたみたいですが、十年間ずっと天魔の浜辺だったってイメージはそうそう拭えません」
「……袋井先輩がぁ……後継人材の育成管理はしてくれているんですがぁ……お店の質を高めてもぉ……人件費分、赤字かとぉ……」
撃退士たちがこの浜辺にいるのは、今週一杯だ。
自分たちの起ち上げた店を、上手く引き継ぎして、永く存続出来るよう、皆、工夫しているのだが、
「まずは、お客がいなきゃね――でも、これはこれでいいじゃないですか」
言いながら、陸は、店のロゴが入ったエプロンを脱ぎ捨てた。
「水着似合ってますか……? 去年の水着なんですけど……?」
オレンジのフリル付きワンピースの水着に包まれた、若々しすぎる肢体が現れる。
「……かわいいですぅ……」
客商売時とは違う、幼いスマイルで、砂浜に飛び出た。
「人がいなければいないで、この海岸は私たちの物です! 恋音さんも泳ぎましょう!」
波打ち際ではしゃぐ陸。
だが、恋音は店の中から、その様子を眺めているだけで浜辺に出てこようとしない。
「あれ、恋音さん泳がないんですか? 遊ばなきゃ損ですよ!」
「……そういう気に……なれないのでぇ……」
恋音は、胸に対するコンプレックス、それに加えて人件費を使っている割に成果が出ない気まずさもあってか、この砂浜で遊ぼうとしなかった。
恋人の雅人と、二人きりで遊ぶチャンスなのにである。
「う〜ん、海に入らずにすむ店は、かなり繁盛しているんですけどねえ」。
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翌日、陸の店から五軒先の『海鮮料亭・山科』
「涼しー!」
陸がそこに足を踏み入れると、熱帯の浜辺とは別世界が、広がっていた。
店内を雪の結晶が舞っている。
調理場に入ると、ここの店長・珠洲が氷結スキル・ダイヤモンドダストを放っていた。
「陸さんいらっしゃい、夏の調理場は熱がこもりますからね」
壁にあったシフト表を見ると、全従業員に一時間ごとに一回交代で休憩が用意されている。
「お客のみならず、従業員にもこの気遣い! このお店はホワイト企業ですー!」
陸の言葉に、珠洲はクスッと笑った。
クールな美貌で冬が似合うと思われた珠洲だが、夏の浜辺にいても涼しげで心が癒される。
「ところで、そちらのお客様は?」
「ああ、そうでした」
陸は釣り客を連れて来ていた。
陸の店で釣り船釣竿のレンタルをしてくれた客が、収穫を持って帰ってきた場合、この店に陸がご案内するのが一つの流れになっている。
「若女将、この魚を料理してくれるかな?」
クーラーボックスを、珠洲に渡した。
「若女将って……似合い過ぎる」
珠洲はもう呼ばれ慣れているのか、落ち着いた動作でそれを受け取り、中を見た。
「まあ、立派なカンパチですこと、これでしたら御造りにしても、網焼きにしても美味しいですよ」
「網焼きがいいかな」
「畏まりました」
恭しく言うと、珠洲はテーブルに客を案内し、調理場で職人に捌いてもらったカンパチを七輪に乗せた。
「失礼いたします」
炎焼のスキルで七輪に火を着ける。
ショー的な演出に周りの客たちが喜び、店内に拍手が満ちる。
「ママー、あのお姉ちゃんすごーい」
「町の英雄だからなー、ああいう技で、ワカメ天魔を倒したのかなー」
客や従業員への気遣いや、ショー的演出だけではなく、店は掃除が行き届いており、ゴミ一つない。
そのおかげもあって、地元TVにも取り上げられ、『海の家シティ』の中では稀な繁盛店になっていた。
「珠洲さんすごいなー、料亭の女将とか適職なんじゃないかなー」
「そんな事ありません、恋音さんの所の研修教官に、料亭の元女将さんがおられましたので、ご指導通りにさせていただいているだけです」
この店に来る客は多いが皆、食事とパフォーマンス目的だ。
泳いで帰る客は少ない。
天魔の海というイメージが染みついてしまっているのだ。
「この『海の家シティ』が失敗すると町の財政再建は望めないそうです」
「他に流行っているお店は――宮子さんの所とかですか」
「あそこはあそこで、いろいろ問題が……」
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浜辺にパステルでリリカルマジカルな家が建っていた。
「魔法少女の家へようこそにゃ♪ 着替え? 休憩? それとも、食事かにゃー? なんでも願いを叶えるにゃー♪ ……出来る範囲で」
水着姿に猫耳尻尾、肉球グローブ、肉球ブーツ装備の猫野・宮子(
ja0024)が玄関でお出迎えすると、肉付き豊かな体型のお客様たちが、
「ブヒー! ブヒー!」
と、歓喜の声をあげてくれる。
繁盛はしているが、客層が偏り過ぎていた!
「お食事メニューは“具の少ないラーメン”“具の少ない焼きそば”“粉っぽいカレー”の三種類にゃん」
「ブヒー! ブヒー!」
お客様たちはそう言って注文し、宮子の手作り料理を食べる。
メニュー名を海の家ナイズにしただけで、実際は普通の料理である。
宮子の手作りだという事を考えれば、並の専門店より美味しく感じてくれているかもしれない。
「ブヒー! ブヒー!」
しか言わないので、よくわからないが。
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「という具合で、偏ったビーチ造りには貢献してしまっているにゃん」
他の海の家も覗きに行こうという事で、恋音と雅人のオフィスに来た宮子は、そう報告した。
「……そうなんですかぁ……ご苦労なさってますねぇ……」
「コメント付き動画サイトだったら『なんだ、ここは養豚場だったのか』ってコメが入る状態ですね、それ」
呆れる雅人。
「ところで、恋音さん、雅人さん一緒に泳がないかにゃん? ここまで来て海で遊ばなかったら嘘になるよね」
猫耳等を外し、水着姿になる宮子。
雅人が鼻の穴を膨らます。
「ふぉぉー! ぜひ!」
「……袋井先輩ぃ……」
恋音に不安そうな目で見られ、雅人は我に返った。
「い、いや、恋音が恥ずかしくて海へ行けないみたいだから、僕も遠慮しておきますよ!
隣の店の陸さんとか、誘ってはどうですかね?」
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「うーみー♪」
宮子は、陸を伴って海に入った。
「宮子ちゃん、すんごい水着!」
陸が、頬を赤らめる。
なにせ宮子の水着は、股間から両肩にかけてV字型布きれを張っただけのの、余りにも大胆過ぎる代物なのだ。
「ブヒー! ブヒー!」
また、浜辺が養豚場化し始める。
「もう一人の娘も、ロリっ娘丸出しでござる!」
「ポロリは!? ポロリは!? まだなのかしら!?」
人間の言葉を取り戻したらしい。
それはいいが、携帯やカメラを取り出し、波と戯れる少女たちを勝手に撮影している。
立派な犯罪者だ。
「はふ、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかな? 何か視線が……きゃ!?」
とんでもない水着で、とんでもない事になる宮子。
「い、今の撮ったでござるか!? 早期アップロードを要求するでござる!」
「これはぁ! 一万再生はいただきなのかしら!?」
その様子を見ていた恋音が、長い前髪の下で何かを決意した目を輝かせた。
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数日後『海鮮料亭・山科』のから七軒離れた『鉄板焼き百八夜』の調理場では、
「ぐほっ」
百目鬼 揺籠(
jb8361)が、『とりあえず腹パン』されていた。
「油売ってねえで、働け」
「ちょまって釡サン、サボってねェってちょっと楽しくお喋りしてただけ――げふっ」
もう一発、腹パンを見舞う、八鳥 羽釦(
jb8767)。
「そーゆーのをサボってたっていうんだ」
『鉄板焼き百八夜』は、潮干狩りや海釣りでお客さんが獲った魚介類に、下拵えをして鉄板でお客さん自身に焼いて貰うタイプの店である。
見た目ほとんどヤクザな羽釦であるが、中身もほとんどヤクザで、非常に以てガラが悪い。
ただ旅館の厨房経験から、料理は得意だ。
対照的に揺籠は、人当たりは良いから接客には向いている。
客足が鈍る時間になると飲み物や焼きそばのパック持って海岸まで売りに行くなど、やる気はある。
「焼きそばにはさっぱり烏龍茶がお勧めですね、美味しい魚介類にビール合わせて如何ですか」
こんな具合で、売上は持ってくるのだが、
「そちらの可愛い御嬢さんにはサービスしちゃいますねっ」
若い女の子を見つけると、お喋りが弾んでそれっきり帰って来ないのだ。
店には羽釦一人になり、客が来れば、あまり得意ではない接客までせざるをえなくなる。
羽釦としては――自分と近い外見を持つ人間が堅気の方々に迷惑をかけた時に、胸ぐら掴んで店裏にご案内、理性的なご相談に乗る――という流れ以外では接客したくないのだ。
なので、揺籠がさぼると、腹パンやむなしである。
特に最近、なぜか客足が増えてきた。
忙しくて、羽釦は外に出るヒマもない。
「そもそも、何で俺まで付き合う必要があるんだよ……てめぇ一人でやってろ」
などと言いつつ、最後まで付き合ってやっているのが羽釦であり、この二人の関係だった。
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数日が経ち、撃退士たちが『海の家シティ』を去るその日。
「揺籠。 仕事終わったら外に出るぞ、奢ってやる」
昼時の営業が終り、引き継ぎ用の報告書を纏めていた揺籠に、羽釦が声をかける。
「奢り?……なんかいいことありました?」
「別にねえよ、海を見ながら夕涼みして、二人で西瓜でも食べようって程度の話だ」
なんだかんだ言いながら、二人でやり通せたので羽釦は機嫌がよかった。
だが、海という単語を聞いたとたん、揺籠の顔色が変わった。
「海――を見ながらですか?」
「不満か?」
「それは、西瓜が美味しくないかと」
「なんだ、今年の西瓜は甘くねえのか?」
「そうじゃないんですが――外に出ればわかります」
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「なんじゃぁ、こりゃあ!?」
久々に、厨房の外に出た羽釦は声をあげた。
海風は優しく、浜辺の太陽が眩しい――だが、爽やかさはまるで感じない。
原因はおっさんたちだ。
日焼けし脂ぎったおっさんたちで、海が埋め尽くされている。
戸惑っていると、興奮にたぎる声が海に轟いた。
「来るぞー」
「待っていたぜ、Wカップの英雄」
サッカー選手でも来ているのかと思ったが、違う。
沖の方から波打ち際へと走ってきたのは、恋音だった。
羽釦が手にぶらさげている西瓜よりも大きな胸を、たゆんたゆん揺らしながら波と戯れていた。
それを、ハンディカメラを持った雅人が楽しげな顔で追いかけている。
おっさんたちが、ハイテンションで騒ぐ。
「おお、震えとる震えとる!」
「まさしく、渚の振動バストばい!」
恋音の水着のブラジャーには『鉄板焼き百八夜』というロゴが描かれていた。
恋音は、羽釦と揺籠の店の前まで来るとカメラ目線になり、
「……こちらがぁ……『鉄板焼き百八夜』さんですぅ……」
ブラに描かれているロゴを、恥ずかしげな顔ながら突きだして強調した。
「……潮干ゾーンや海釣りでとった魚や貝をお店の方下拵えしてもらい……鉄板焼きで美味しくいただけますぅ……」
「何してんだ、あれ?」
「文字通り、自分の胸を看板にしているんですよ、『海の家シティ』全体の繁盛のために。
最近、忙しくなった原因がこれです」
揺籠は、業務連絡用に預かったスマホをいじり、動画を羽釦に見せた。
『渚の振動バスト』というオヤジギャグ丸出しな題で、恋音の動画があがっていた。
おじさん世代の夏の定番曲まで添えられ、完全におっさんほいほい動画と化している。
「店でも、おっさん客が妙に多いと思ったが」
「そういう事です、撮影は朝昼夕と日に三回やっていますから、夕方までおじさんだらけですよ」
「暑っ苦しすぎる」
「この海を見ながら、夕涼みして西瓜喰いますか?」
さざなむ波の上に、おっさんたちの体から染み出た脂が浮いている気がした。
「――場所を変えよう」
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かつてワカメ天魔に埋め尽くされて、黒く不気味に輝いていた海。
それが今、おっさんたちの黒光りした肥満体で埋め尽くされている。
おっさんは、一番お金を持っている人種である。
町の財政は潤ったから、ハッピーエンドだ!