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「やれやれ…仕方ないとは言え居心地の悪さはどうにもならんかかねぇ」
功夫スタイルの青年、九十九(
ja1149)は、ぼやいた。
現在、六人の撃退士は筧村商店街にいる。
前任者の三井からデータを受け取った時、彼らはすでに村に到着していた。
宿泊先の診療所に辿り着いても飯も出て来ず、おかしいと思っていたが、完全にやっかいもの扱いである。
「舞さんを危険に晒さずにあの天魔を出来るかもしれないんです。 お願いします、お肉を売ってください」
繊細な容貌を持つ少女・ユウ(
jb5639の切実な表情にも、精肉店の老店主は耳を貸さなかった。
「能無しに売るものはねえ、あんたらは下手に考えず、俺たちの言う通りに動いてくれればいんだ」
この精肉店に辿り着くまでにも、何度も聞いた台詞である。
撃退士たちが三井のデータを元に考え出した作戦の実行に、どうしても必要ゆえ、精肉店を探していたのだが、どの村人に道を尋ねても、同音異句に軽視され、取り合ってもらえなかったのだ。
「あんたらが失敗し続けたあげく、中郡んとこの達太は死んだ。 これ以上、余計な真似をしないでくれ」
「だからと言って、舞さんを犠牲にするような作戦は、まだ幼いのでしょう舞さんは」
沙 月子(
ja1773)の言葉に、老店主はふて腐れたかのように顔を背けた。
「舞さん舞さんと軽々しく呼ぶが、あんたら、舞に会った事があるのかね?」
「ありません」
「要は、縁も所縁もないんだな。 顔も知らない子供なんて、海の向こうでは日に何人も飢え死んでいるんだ。 あんたらだってそれを知りながら毎日、美味い物を喰って生きているんだろ? それと同じだ、入れ込む事はない」
「そんな!」
冷水をかけられ、省みてみると月子だって、以前とある依頼で別れることになった少女の名が舞だったから、気持ちとして少し引っかかっているだけなのだ。
この村の舞が、見ず知らずの少女だというのも事実だった。
銀髪の青年・イリン・フーダット(
jb2959)が、実直さが溢れる目で無言のまま老店主を見つめる。
老店主は慌てたように新聞を広げ、表情を隠した。
「そんな目で見ないでくれ、辛いのは俺たちなんだ」
天井を仰ぎ目を閉じる。
「達太と舞は、小さい頃から週に何回も母親に連れられてウチに肉を買いにきてなぁ……来るたびに大きくなっていくのを見ると、ウチの肉を食って成長してくれたんだなあって嬉しかったもんさ」
閉ざした老店主の目から涙が溢れ出た。
「なんで、なんでそれを……!」
咽び泣く老店主。
村全体としては酷い事をしようとしている。
だが、村を為す人は、それぞれ心ある暖かな人たちなのだ。
追い詰められた気持ちの人間が集まり続け、集団ヒステリーのような状態になっているのかもしれない。
九十九が、老店主にゆっくりした口調で訴えた。
「うちらは前任者とは違う……と言いたい所だが、前任者が失敗を包み隠さず伝えてくれたから、生まれた作戦があるんさぁね」
「話を聞いて欲しい、です」
店主の五分の一も齢を重ねていないように見える矢野 胡桃(
ja2617)が言うと、老店主は小さく頷いた。
「歳の割に耳は遠くなっていない、聞こう」
イリンが、六人で練った作戦を説明し始める。
「対象の生命活動の有無は無関係、という部分が突破口かと思われます」
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診療所に戻ると黒百合(
ja0422)が、前任者たちが残した可動式人形の改造を喜々として行っていた。
「部品が手に入ったのねぇ、あはぁ、これだけ本格的な御人形を作るのは久しぶりだわねぇ……腕が鳴るわぁ♪」
黒百合は、皆が出かけている間に、人形の駆動機構をビニールで防水処置していた。
空きスペースに、精肉店で調達してきた“部品”――動物の内臓や肉片、骨を充填する。
紙粘土に、レバー肉が浴びている血液を混ぜて人形に顔の造形を作り、人形の表面を動物の皮で覆い、糸で綺麗に縫い付け健康的な人肌に見える様にペイントをした。
精肉店の隣に会った整髪店でもらった髪の毛も、頭部に埋め込む。
「命名、タスケ君4号機ィ♪」
出来上がった瞬間は歓喜したものの、まじまじ顔を眺め、黒百合は若干残念そうな顔をした。
「顔に豚の目玉でも使えれば、もっと可愛い子になったのだけれどねぇ」
田舎の精肉店に、それは置いていなかった。
「勘弁してくれ、現時点でリアル過ぎて恐いくらいさぁね」
九十九はタスケ君4号機の姿を見て、生き人形という怪奇話をすら連想した。
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十五時二十分。
撃退士たちは、ある農家の庭にいた。
鷹の縄張り内で、立案した作戦に条件が合致したのが、ここだったのだ。
「手押し車も借りられたし、これで準備万端だよねぇ」
ここを戦場とする許可をとることに尽力してくれたのが、九鬼 龍磨(
jb8028)だ。
精肉店の老店主が村内に連絡網を回してくれたのもあったが、龍磨が村人たちの冷遇にめげず、紳士的対応に徹したのが、うまくいった原因かもしれない。
十五時二十七分。
各撃退士が所定の配置に付いた。
母屋の陰で月子が呟いた。
「殺させません……『舞さん』は!」
その時、ハンズフリーにしたスマホからユウの声が流れてきた。
「来ました!」
鷹が来たのかと思い、武器を構える月子。
だが――。
「舞さんです! 舞さんがここに来てしまいました!」
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撃退士たちのいる農家の庭に停まったのは、スモークの貼られた窓ガラスの黒い外車だった。
「舞ちゃん、降りなさい」
静かだが、狂気を孕んだ女性の声と共に後部座席のドアが開く。
降りてきたのは、小学校にあがったばかりであろう歳頃の少女だった。
白い死装束を着ている。
舞――殺された中郡達太の妹だろう。
背中を丸めたその足取りは、前に進もうとはしているものの、憔悴したかのようにふらついている。
「何をしているの、お兄ちゃんのところへ急ぎなさい!」
苛立ったかのような声とともに、運転席と助手席から男女が降りてきた。
おそらくは、舞の両親だろう。
「走るんだ舞! お前が囮になれば、撃退士たちが鷹を倒してくれる!」
「あなたの手で、達太のカタキを討つのよ!」
舞が走り出した。
無表情のまま、焦点の合わない目で。
その顔は、黒百合の生き人形以上に空虚だった。
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「あの一家に、あらかじめ接触しておくべきだったか!」
言いながら、龍磨は縄を引き始めた。
縄の先にあった台車が、動き出す。
台車の上には先程、再構築した人形(黒百合曰くタスケ君4号機)が乗っている。
“撃退士ではなく“”九歳児以下の体格で“”血肉を持つ動く人の形をした“”動くもの“
『脚の無い鷹』の攻撃対象としてあてはまるはずだった。
だが、今、この農家の庭には、攻撃対象となるものがもう一つ――舞が来てしまっているのだ。
鷹がこちらに食いついてくれれば、よかったのだが――。
『上空から鷹が降下してきます! 狙いは舞さんです』
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上空千メートルを旋回していた鷹。
それが褐色の楔と化し、蒼天を切り裂きつつ、地上めがけ降りてくる。
その先にいるのは、舞だ。
鷹はその小さな胸をめがけ、ダイブする!
「舞さん!」
だが、それが貫かれる事はなかった。
見えない壁のようなものが鷹を阻んでいた。
『庇護の翼』
イリンが、本来、舞が受けるはずだったダメージを自らの身で受けたのだ。
「くっ……」
苦痛に顔を歪めるイリン。
勢いを失った鷹は、再び上空に戻ろうと、空へ舞いあがろうとしている。
「この時は、速度が鈍るはず」
「ハンティングの御時間だわァ……」
ユウと黒百合が、それぞれスナイパーライフルを構えた。
上空へ向け羽ばたく両翼を狙い、引き金を弾く。
だが、当たらない!
鷹が人形を標的とする前提で戦闘配置をしていたので、舞というイレギュラーな要素を狙われては、まともに間合いがとれないのだ。
「バカな事はよすねぇ」
九十九が走っていた舞を捕まえると、鷹から隠すように胸の中に抱きかかえた。
「ここに隠れているねぃ」
スモーク張りの外車に押し込めようとドアを開けようとするが――。
「何をするの! その子に達太のカタキを討たせなさい!」
両親が内側からドアをロックしてしまっている。
月子が駆けつけ、ドア越しに訴えた。
「私たち、代わりの囮を用意しました、舞さんを犠牲にする必要はないんです!」
「囮って、またあの変な人形でしょう?」
「結局、役に立っていないじゃないか!」
目を釣り上げて反論する両親。
「それは、あんたらが娘を連れてきたせいねぇ」
「生餌でなくてもいいんです、足のない鷹は死体でも構わず攻撃してきました。 わざわざ生き餌を用意して歓待することもないかと思います」
そうしている間にも、鷹は再び降下してきた。
九十九が抱きかかえているのに、体の隙から縫うように舞を目がけ突進してくる。
イリンが再び庇護の翼を使おうとしたが、これ以上、ダメージを肩代わりするのは限界だと傍目にもわかった。
「今度は僕が!」
もう一人のディバインナイト、龍磨が庇護の翼を発動させる。
「ぐう……」
突進の威力は相当なものらしく、屈強のディバインナイトが一撃で地に膝をついてしまう。
「鷹は舞しか狙わないわ、人形なんて役に立たないじゃない」
「また仕留められなかったのか、無能だな!」
罵られても、そばに人の乗った自動車がある状況で思い切った狙撃が出来るはずもなかった。
「人道的にどう、となんて説教はしません。生きている舞さんではなく人形を利用する語が理に適っていると思います。 これ以上、死者を増やさないためにも」
「死者? 貴方たち舞を守れないの!? 死なせる気っ!?」
「そうねぇ、俺ら無能ものだから守り切れず死なせてしまうかもねぇ」
九十九が、相手の言葉を受け流して淡々と言う。
「どうしてだ! 舞は達太の復讐に命を捧げているんだぞ!」
父親が怒りの籠った目で撃退士たちを睨み付けた。
「あらぁ……?」 大事なものを捧げたら、望みが叶うと思い込んでいるのかしらぁ?」
いつの間にか、黒百合がそこにいた。
「そういうの“狂信”って言うのよぉ、信じたものに裏切られる前に、早く捨てるべきだわぁ」
黒百合の声に、いつもとは違う悲しみのようなものが含まれているように、撃退士たちは感じていた。
車のドアが開いた。
母親が、九十九から舞を奪い取った。
「嫌よ……舞、貴女まで失うなんて絶対に嫌……」
涙を流して抱きしめる。
復讐に燃えるあまり、視野が極端に狭くなっていた事に気付いたようだ。
怒りが激しすぎると、想像通りに事が運ばなかった場合の可能性を排除してしまう。
どんな人間にもある事かもしれない。
「パパ、ママ、私、お兄ちゃんのカタキを――」
虚ろな舞の言葉に月子が答えた。
「いいんです舞さん、達太くんのカタキは私たちが獲りますから」
潤んだ金色の目に、舞が頷いた。
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ドアを閉め、父親が車を発進させると、繰り返された鷹の降下攻撃はピタリと止まった。
「形なんか人間を認識しているのねぇ、おバカな天魔」
笑い声をあげる黒百合。
『全員、所定の場所に再配置完了、です』
スマホから胡桃の声が流れてきた。
今度こそ、邪魔は入らない。
万全の形で作戦を発動出来る。
上空千mに、鷹の姿を確認したユウが宣言する。
「第四次『脚の無い鷹』討伐作戦スタートです!」
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「よし!」
龍磨が再び縄を引き、人形を動かした。
元々、人形には三井による無線操作移動可能な仕掛けがあったのに、わざわざ有線人力移動式に変えたのは、理由がある。
固体物で繋がっている限り、阻霊符の効果は有効。
龍磨が阻霊符を持ち、人形の乗る台座に繋いだ縄を持つ事で、人形に激突した瞬間に鷹が透過能力を使用する事、そして周囲の建物を透過する事を阻止出来るのだ。
追い詰めたあげく、透過で逃げられたでは話にならない。
「あとは、この人形に食いついてくれるかだ」
ロープを引き、ゆっくりと人形を移動させる龍磨。
人形を乗せた手押し車は、農家の母屋とその裏にある倉庫の間を移動してゆく。
撃退士たちが、その姿を固唾を呑んで見守る。
条件を満たしたものの、条件そのものが正しいのかは別問題である。
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「来ました!」
スマホから、ユウの声が響いた。
地上十五メートルに待機し、鷹の動きを監視していたユウの双眼鏡が、超高速降下してくる鷹を捕えたのだ。
胡桃がネットガンを構える。
「素早かろうがなんだろうが……絡めとれば、同じ事、よ」
この瞬間、鷹の動きが一瞬鈍る。
胡桃が上空からネットガンを放った。
地上からは、月子がネットガンを放つ。
蜘蛛の巣にも似た二枚の網が銃口から放たれ、落ちた鷹の上に覆いかぶろうとした。
危機を察した鷹は、左に急旋回した。
その先は母屋の壁。
透過し、屋内に逃れるつもりなのである。
だが、透過は成らなかった。
「それも、想定済です」
龍磨だけでなくイリンも阻霊符を持っている。
彼が地上に立っている限り、周囲の物質は透過不能になるのだ。
それを考慮し、鷹の縄張り内で両サイドが建物である場所を探していたのだ。
鷹は、前から上から、二枚の網に捕らわれた。
慌てて羽ばたいたが、網に翼が囚われ、飛び上がる事が出来ない。
「不自由な翼じゃ、飛べないわね?」
胡桃がほくそ笑む。
「散々、苛立つかせてくれたが、これで終わりさね」
九十九が弓を引き絞り、放った。
闇の霧を纏った矢が、鷹の右翼に当たり、血を噴き出させる。
アンタッチャブル戦術に特化して造られた天魔である以上、それを破ってしまえばもはや脅威ですらない。
「改名してあげるわぁ 『首の無い鷹』にねぇ」
黒百合がライフルで鷹の頭を吹き飛ばした。
頭を失った鷹は二度と羽ばたくことはなかった。
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筧村の墓地。
ユウと龍磨が、達太の墓に線香を捧げ、合掌している。
村の長老たち、そして中郡一家が、撃退士たちに深々と頭を下げていた。
「お兄ちゃんのカタキをとってくれて、本当にありがとう!」
「儂らも己の子供可愛さ、鷹憎さにどうかしていたんだ」
「肝心な時に、邪魔をしてしまって申し訳なかった」
「お察しします、どうか頭をおあげ下さい」
傷の癒えきれない体を推して、イリンは言った。
「しかし、あんたたちは頼りになるねぇ、何で最初から来てくれなかったのかと、つくづく残念だよ」
村人たちは前任者よりも、目の前にいる撃退士たちを高く評価しているようだ。
胡桃が首を横に振った。
「それは違う、です」
九十九も胡桃に同意する
「うちらが先に来ていたら、うちらが前任者と同じ過ちをしていたさぁね」
三井たちが、積み重ねた失敗。
彼らはそれを隠さず、後任者の足掛かりとして伝えてくれた。
積み重なった屈辱と後悔の地層を駆け上がり、撃退士たちは触れる事が適わないはずの千mの高みに、登りつめることが出来たのだ。